巡る探索者、青き青春の果てを見る   作:抹茶3939

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だとしても

 

 

 

 

 

 

 

──そして、魔の時間が経過する

 

在庫切れのカウントダウンがゼロを叩き、そこからの数分間は、まさに地獄だった。

 

 

 

生理食塩水が完全に底を突いてからは、ただの綺麗な水を沸かす時間すら惜しみ、即席で集めた綺麗な布で傷口を圧迫し続けた。バックヤードがパンクしかけ、テントのキャパシティが限界を迎えたその時──

 

 

 

「──救護騎士団本隊、到着しました! これより救護活動を開始します!!」

 

 

 

現れたのは、トリニティが誇る医療の象徴。救護騎士団団長、蒼森ミネ。そして彼女が率いる、完全な医療物資を携えた本隊の部員たちだった。

 

「セリナ! 無事ですか!?」

 

「団長……! はい、なんとか……!」

 

セリナが安堵の声を上げるのと同時に、探索者はスッと負傷者の前から立ち上がり、嵌めていた手袋を躊躇なく引きちぎってゴミ箱へと放り捨てた。

 

「貴方が団長か」

 

声をかけられたミネが、鋭い視線を探索者へと向ける。マスクに隠れた顔、血に塗れた衣服。およそ正規の医療従事者には見えない女の姿にミネは一瞬警戒を露わにしたが、探索者はそんな視線を歯牙にもかけず、胸ポケットから血痕のついたメモ帳を引っこ抜いてミネの胸元へ叩きつけた。

 

「トリアージの割り振り、重症者の容態、即席の固定位置。全部そこに書いてある。黄色で回してあるが、何人か赤に落ちかけてる奴がいる……あとはお前らの仕事だ。引き継げ」

 

ミネが慌ててメモを開く。そこには、およそプロの書くカルテとは思えないほど乱暴で、しかし極限状態の戦場を生き抜いてきた者だけが書ける「一人も死なせないための最適解」が、狂気的なまでの正確さでびっしりと書き込まれていた。

 

 

「これは……あなたが、この人数を一人で……?」

 

 

驚愕するミネの呟きに、探索者は歩みを止めず、ただ背中越しに短く、ぶっきらぼうに言葉を返した。

 

「……想定よりもずっと速い、助かった」

 

その一言には、本物の医療物資と、訓練された大勢、そして何より自分のような凡人とは違う『医師を志す者』が来てくれたことへの、彼なりの最大の賛辞と安堵が込められていた。

 

「大門を名乗った以上、失敗は許されねぇし、腕のないヤブ医者は死んだほうがいいらしいんでね。じゃあな」

 

言い残し、引き留めようとするセリナたちの声を背中で聞き流しながら、探索者はすでに戦地へと歩き出していた。

 

「主さん、もう行くの?」

 

隣に並ぶ希望の従者に、探索者はマスクの奥で低く、けれど鋭い声を返す。

 

「あぁ。ここに転がってる連中は、あのナースたちにバトンを渡した。これ以上、俺がいても何もできんし、医者の真似事はもうしんどい」

 

そして何より、この大混乱のどこかにいるはずの、『先生』の安否。

 

「それに……待ってたら救えない命が戦場では転がってるらしいからな」

 

探索者は、今度は本来の『探索者』の顔へと戻り、硝煙の立ち込めるトリニティの戦場へと再び足を踏み入れた。

 

 

 

──────────────────────────

 

 

 

 

 

 

「チッ……! コイツら、何なんだよ!」

 

「分からないけど、すごく強い!」

 

瓦礫の陰から応戦するトリニティの生徒たちが、悲鳴に近い声を上げる。

青白い肌に、壊れかけのヘイロー。顔をガスマスクで隠し、シスターの頭巾であるウィンプルを被る謎の集団。突如何処からともなく現れて、倒すと虚空に溶けるように消えていくその姿は、まさに亡霊そのものだった。

 

問題は、いくら倒しても再現なく湧き出てくること。そして、そんな不気味な謎の兵力が、ガスマスクの集団──アリウス分校の生徒たちに付き従っているという事実だ。

 

「主さん、あれ……普通じゃないよ」

 

隣に潜む従者が、武器を構えたまま低く告げる。

幸いなことに、探索者は事前に仕入れた知識から、あの青白い兵力が「アリウスの戦力」として運用されていることを知っていた。だからこそ不意打ちを受けることだけは免れたが──それでも、目の前の光景は異様の一言に尽きる。

 

(生身のアリウス生徒を気絶させても、あいつらは止まらねぇのか……)

 

痛覚がないのか、あるいは意志そのものがないのか。まともな生物の動きじゃない。自律駆動型の人形──というのが、今の探索者の知識で絞り出せる一番近い表現だった。

 

「……人形ってよりは、もっと何か別の『ヤバいシロモン』だな、アレは」

 

「…どうする?」

 

次々に湧き出る青白い亡霊の群れを視界に収めながら、従者が低く問いかける。探索者は忌々しげにマスクの奥で毒づいた。

 

「……R社の特異点じゃないことを祈る」

 

「えぇ…」

 

「とりあえず叩いてから考えろ!」

 

さすがにその最悪な例えには、従者も嫌そうな声を漏らさずにはいられない。

なにせ自分たちの行動が知られているかのように、自らが最も嫌がる行動を的確にとってくるのだ。

一人一人の対処は容易でも、それが5人10人となればいくら魔法少女や探索者の力があっても苦戦してしまう。

 

 

 

(とはいっても…流石にキツイ。いくら魔法少女達が強いといってもこの広大な戦場で特定の人物を探し回るには、肉体的にも時間的にも限度がある…ならば)

 

 

 

「従者!頼めるか!」

 

「いいよ!何!?」

 

 

押し寄せる亡霊の群れを前に、探索者は芯火か、取り出したメガホンを握りしめたまま、限界の喉から声を張り上げた。

 

 

「殲滅頼んだ!俺は矛を取りに行く!」

 

「分かった!それが一番合理なんだね!」

 

 

従者は躊躇なく、その小さな足で大地を蹴った。

無限に湧き出る敵を前に、ただの防戦一方ではジリ貧になる。ならば、彼女が圧倒的な暴力で敵の軍勢をその場に釘付けにし、文字通り「殲滅」の盾となる。

 

裏切りの痛みに囚われていた少女が、主の提示した極限の合理に、100%の信頼を乗せて己の力を解放する。

 

 

「──ここは僕が全部引き受ける! 主さんは、その矛を絶対に掴んで!」

 

 

爆音と共に、従者の槌から振るわれる暴力が正面の亡霊どもを文字通り「圧殺」し、戦場を引き裂いていく。

 

 

「また会おう!ヤバくなったら逃げろよ!」

 

 

生み出された一瞬の隙間、瓦礫の向こうへと地を這うように走り出しながら、探索者は振り返らずに鋭く叫んだ。

 

 

「うん!もちろんだよ!」

 

 

吹き荒れる硝煙と亡霊の絶叫の向こうから、少女の弾んだ声が返ってくる。

かつて裏切られ、一人で泣いていた彼女はもういない。失敗の許されない過酷な戦場で、互いに命を預け、背中を託せる確かな信頼がそこにはあった。

 

 

──────────────────────────

 

 

 

 

 

 

(次に必要なのは…キングを逃がすためのナイト、だがうちの主戦力は救急に当ててる。なら)

 

 

 

 

どこか別の場所で戦っているはずの、状況をひっくり返せるだけの「暴力()」を、この盤面に強制的に引っ張り出す。

探索者は懐から、薄汚れたメガホンをひったくるように取り出すと、トリニティの硝煙交じりの空に向けて、最大音量で声を張り上げた。

 

 

 

 

「迷子の呼び出しじゃあ!!!」

 

 

爆音の響く戦場に、およそ不釣り合いな間の抜けた、しかし致命的に通りが良い大音声が響き渡る。

 

 

 

「迷子の一人目ェ! 特徴、首にカウベル! 手首にゴツい手枷! それと横乳! バカみたいな服装着てるのに本人はなんも思ってなさそうなヤツぅ!!」

 

「最近の趣味は、首輪に繋いだリードを先生に引いてもらいながらの散歩プレイなゲヘナ3年の天雨アコ!!」

 

 

大聖堂周辺の空気が、一瞬だけ別の意味で凍り付いた気がした。

 

 

だが探索者は止まらない

 

 

「二人目ェ! 褐色肌! 銀髪のツインテール!勝ち気な性格!!」

 

 

 

「以前先生に足を舐めまわされて以降、性癖がそっち寄りになったと噂で将来が心配になるゲヘナ2年の銀鏡イオリ!!」

 

 

 

「三人目ェ!!赤手袋に赤タイツ!!赤いメガネ!!」

 

 

「この前先生と二人きりで、体にタオルを巻いただけの状態で混浴温泉に入って来たらしいゲヘナ1年とは思えない正妻ズラの火宮チナツ!」

 

 

 

「お前らが風紀乱してどうするんだよ!! 略して風紀委員会のメンバー!!お呼び出しだ!!」

 

 

 

 

メガホンを口元から離し、探索者はマスクの奥でニヤリと、最悪に不敵な笑みを浮かべた。

 

 

 

「___________カスは何処だァ!!」

 

 

 

少し後、轟音。トリニティの歴史ある瓦礫が、凄まじい脚力によって文字通り粉砕される音が響き渡る。

 

 

「……やっと来たみたいだね」

 

 

探索者が少し覚悟を決めたをして、形の構えを取る

 

 

「あンのホラ吹きゴミカスは何処だァ!!!」

 

 

声のする方を見ると、そこにはアリウスの集団を、文字通り単騎で蹴散らし、踏み台にしながらこちらへ向かって一直線に爆進してくるイオリの姿があった。

 

 

「遅いぞ足フェチ──」

 

「黙れ!!」

 

「おっと、落ち着けよ。ほら、あれだあれ。アンガーマネジメント」

 

探索者は飛んできた膝蹴りを前に、まるで近所の調子のいいおっさんのような軽薄さで、ひらりを身を翻す

 

「ぶち殺されてぇのか!! どの口がアンガーマネジメントなんて抜かしてんだ!! 公衆の面前で、しかもこんな時に、ありもしないデタラメを……ッ!!」

 

怒髪天を突き、顔を真っ赤にして怒鳴り散らすイオリ。

まあ、イオリとチナツに関しては半分は噂だが、アコの犬プレイに関しては100%の純然たる事実だと探索者は聞いている。

風紀委員会のトップ陣がこれだけ風紀を乱しまくっているのだから、ツッコミとしてのキレ味は抜群だったと言わざるを得ない。

 

「デタラメかどうかは後でいくらでも聞いてやるよ。そこら辺も後で纏めて説明するから取り敢えず天雨さんの所に案内を」

 

「案内って……」

 

「その必要はありません」

 

低く、地を這うような冷徹な声が、イオリの言葉を遮った。

 

「_______アコちゃん!」

 

声のする方を見ると、そこにはアコにチナツ、そして銃を構えた複数の風紀委員の生徒たちが立っていた。

先頭に立つアコは、額に青筋を浮かべ、今にも世界を滅ぼしそうな凄まじい怒気を放っている。その隣のチナツは、赤いメガネの奥の目をこれ以上ないほど冷たく細めていた。

 

「イオリ、いくらソイツをぶち殺したいとはいえ、今のこの状況で怒りに任せて単独行動するのは止めて下さい……本来なら、私が一番最初にソイツの頭を撃ち抜いているところなんですから」

 

「ゔっ……ご、ゴメン」

 

正論と圧倒的な威圧感に押され、さっきまであれだけ暴れていたイオリが小さく縮こまる。

 

「でも事実ですし」

 

探索者はメガホンを肩に担ぎ直しながら、マスクの奥でしれっと言葉を付け足した。アコに関しては1ミリの誇張もない純然たる事実なのだから、引く理由がない。

 

 

「ぶっ殺しますよ!!」

 

 

アコの怒鳴り声がトリニティの瓦礫に木霊する。手枷のついた手元が怒りでワナワナと震え、首のカウベルがチリンと虚しく鳴った。

 

 

「こっわ。更年期かよ。カルシウム足りてますか?」

 

 

 

探索者はやれやれと大げさに首を振る。

彼がここまで執拗に煽り散らかしていたのは、一刻も早く風紀委員会をこの場に呼び出したかったという戦術的意図が半分。

 

 

 

そしてもう半分は──慣れない戦傷医療作業というクソ面倒で責任重大な大仕事をワンオペで押し付けられ、内心キチゲが限界突破寸前まで溜まっていたからという、きわめて個人的な憂さ晴らしの側面が強かった。

 

 

 

「とりあえずざっくりの事情説明な。まず最初、あのガスマスクの集団はアリウスの連中だ。彼女たちはゲヘナ、トリニティ両者に恨みがあるからな。そこを上手く利用してる」

 

「ミサイルが撃ち込まれた理由は知らんが……ま、そこはどーでもいい。今対処すべき問題じゃない。それよりも、ゲヘナを退避させることが重要」

 

「トリニティにはエデン条約反対派が多い。だからこそ戦闘になってるわけだし…それにゲヘナもただ黙って見てるわけでもないだろ?」

 

探索者は淡々と、だが的確に現状の歪みを並べ立てた。

アコの額の青筋はまだ消えていないが、さすがに風紀委員会の行政官だ。状況の深刻さを突きつけられ、その鋭い瞳に冷徹な理性が戻ってくる。

 

「後、アリウスの動きから見て目的はトリニティとゲヘナだけど恐らく優先度的にシャーレの排除の方が優先度が高いと思われる。戦地に出たら今の今までも狙われ続けてたからな」

 

「…ですがヒナ委員長が単独で先生の元へ向かっています。私たちは一刻も早く追いつき、委員長を、安全な場所へお連れしなければならない……」

 

「だったら話は早い、多分あの子は先生がキングだと分かってる。だったらあの子ほどの切れ者はどう動くか?」

 

「……委員長もそれを察して先生の救助を優先に動いた、と?」

 

「多分な。そこはもう推察でしかない。だから責任持って奥地まで探索するさ。俺一人ならなんとか切り込めるし、今ならうちの仲間が穴開けてるから後退できる」

 

 

数巡の沈黙の後

 

 

 

「……分かりました。委員長が先生を連れて離脱している可能性がある今、私達がここに留まって戦闘を続ける理由はありません」

 

「よし、聞き分けのいい子は好きだ」

 

「ただし、我々に何か一言言うべきなのではないですか? シャーレ事務員」

 

アコの氷のように冷たい視線が探索者を射抜く。

戦況の合理とは全く別件の、一人の乙女として絶対に譲れないプライドの弾劾。

 

──その言葉が終わるか終わらないかの瞬間だった。

 

 

「すまんかった。緊急時とは言え不快にさせたな」

 

 

探索者は一切の躊躇なく、即座に頭を下げた。

一ミリの言い訳も、一瞬の間すらも挟まない、あまりにも電光石火の綺麗な謝罪

 

 

「……ッ!?」

 

 

あまりの切り替えの早さに、アコは突きつけるはずだった怒りの言葉を完全に喉に詰まらせて目を見開いた。隣のイオリも「えっ、あ、う、うん……?」と拍子抜けしたように銃口を泳がせている。

 

さっきまであれだけ身内を煽り倒してキチゲを大放出してやがったくせに、交渉が成立した途端にこれだ。プライドなど最初から一銭の価値もないと言わんばかりの、最悪に合理的で迷いのない頭の下げ方だった。

 

「お前らの機動力と火力が大至急必要だった。だが、やり方は最悪だった。そこは全面的に俺が悪い……だから今は、頼む」

 

頭を下げたまま、マスクの奥から響く声だけは、真剣そのもののトーンに変わる。

 

「……はぁ。本当に、食えない人ですね」

 

アコは大きくため息をつき、額の青筋を指で揉みほぐしながら、通信機へと手を当てた。

 

「もう結構です。その件のケジメは、すべてが終わった後にシャーレのオフィスでたっぷり請求させていただきますから」

 

「──風紀委員会総員、直ちに前進! アリウスの包囲網を食い破り、ゲヘナ本隊の撤退を支援します!」

 

アコの苛烈な号令が飛ぶ。その声には、先ほどまでの羞恥や怒りを完璧に引き剥がした、冷徹な軍師としての響きがあった。

 

「……では、私たちはこれで。どうかご無事で、シャーレの事務員さん」

 

チナツが赤いメガネの奥の目を一度だけ探索者に向け、すぐさま救護班の統率のために地を蹴った。

 

頭を上げた探索者は、「ナイト」の進撃が、アリウスの強固な包囲網を外側から派手に引き裂いていくのを見届けた。

 

 

これで外側の盤面は大きく動く。ゲヘナの暴力がアリウスの戦線を押し留め、反対派のトリニティ生徒たちもこの大乱戦には下手に手を出せない。

 

 

(よし、十分だ。あとは俺の仕事だな)

 

 

 

 

探索者はマスクの位置を直すと、空崎ヒナの気配を追うように、硝煙の立ち込める最深部の闇へと深く、泥臭く滑り込んだ。

 

 

 

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