……ランキングに乗ってみたいんです…許してください……そして…応援お願いします……
探索者が次に目を覚ましたのは
どこまでも白く、清潔で、ひたすら退屈な──白い天井
(…一応…天丼だけどやっとくか)
「…知らない天井だ」
ボロボロの意識の中、お約束のテンプレ台詞をカサカサの唇で呟いてみる。
「主!良かった…ご無事で…」
「おー…騎士…か、すまんな迷惑かけて」
勇気の騎士は小さく首を振ると、探索者の動かない手をそっと両手で包み込んだ。その手のひらは、いつもより少しだけ震えているように感じられた。
「主が無事であるならば、それ以上の言葉など不要です。貴方が無茶をすることは日常でしたから」
「…ごめんて」
責められるよりも心にクる静かな正論に、探索者は思わず視線を泳がせた。
「……本当に、分かっていらっしゃるのですか?」
ジト目、とまではいかないが、すべてを見透かすような騎士の澄んだ瞳がじっと探索者を捉える。その視線の圧力に耐えかねて、彼は小さく咳払いをひとつ挟み、言い訳めいた本音を白状した。
「まぁ…全取りするには多少の犠牲がね…」
「……」
騎士は何も言わなかった。ただ、探索者の手を包み込む手のひらに、ぎゅっと静かな、しかし明確な力が込められる。
「はい。善処します」
「よろしい……ですが『善処』ではなく『絶対』です。主、あなたの命は、あなた一人のものではないのですから」
騎士はそう言ってようやく張り詰めていた表情を緩め、ふわりと、いつもの慈愛に満ちた柔らかな微笑みを浮かべた。
「……騎士さんや? それはちょっと……言い方不味いのでは?」
「……」
数秒の不自然な沈黙。
そして、自らが口にした言葉の「別の意味」にようやく思い至ったのだろう。
──ボッ!!!
そんな効果音が聞こえてきそうなほどの勢いで、勇気の騎士の顔が急激に真っ赤へと染まっていく。耳の付け根まで完全に茹で上がり、潤んでいた瞳が今度は別の意味でパニックに泳ぎ始めた。
「な、ななな、何を仰っているのですか主! 違っ、違います! そういう不埒な意味では決してなくて、ですね!?」
「いや俺何も言ってないけど」
「私の心傷が持たないとか、命があなた一人のものではないとか、それはその……騎士として! 固い絆で結ばれた主従としての、純然たる親愛の情であって、決して他意は……! いえ……! 決して……お情けが頂けるのであれば私は……!」
あまりの狼狽ぶりに、包まれていた探索者の手など完全に放り出されている。
「いったん落ち着こ? ね? ……分かってるよ。ありがとね、騎士」
「……もう! からかわないでください!」
ぷいっと顔を背けたものの、耳まで真っ赤に染まった勇気の騎士は、両手で自分の頬を押さえて熱を冷まそうと必死になっている。
「あーー!! まーたいちゃついてる!!」
その時、病室のドアが勢いよく開き、文字通り飛び込んできたのは愛の女王だった。いつもの騒がしさと、溢れんばかりのエネルギーを纏ってベッドサイドへと突撃してくる。
「……面倒くさ」
探索者は白い天井を仰いだまま、感情の消え失せた平坦な声で即座に呟いた。
「ひどーい!! ねぇ! 今面倒くさって言った!!」
「面倒くさ!」
「ちゃんと言った! ねぇ! 酷いよ主ちゃん!」
地団駄を踏みそうな勢いで詰め寄ってくる愛の女王に、探索者は痛む身体を少しだけシーツの奥に沈め、やれやれと息を吐き出す。
「 私がどれだけ心配したと思っているの! 意識が戻ったと思ったら、騎士ちゃんと二人でそんな甘酸っぱい空気を醸し出して……私というものがありながら!」
「別に君ともそういう関係じゃないよね?」
「だって騎士ちゃんだけずるい! 私だって主ちゃんの手を握ったり、あんなことやこんなこと言って真っ赤になったりしたいのに!」
「何を仰っているのですか貴女は……!」
騎士が再び顔を真っ赤にしながら、今度は怒りのあまりに声を震わせる。
「ってか、関係なんてこれから作ればいいじゃん! ねぇ主ちゃん、私の愛でそのボロボロの身体を癒やしてあげるから、まずはその無機質なベッドから私の──」
「お取り込み中のところ失礼するわ……随分と元気そうじゃない」
その時、開け放たれた病室のドアを軽くノックする音が響いた。
三人が一斉に視線を向けると、そこには腕を組み、いつもの端正な制服姿に戻ったゲヘナの風紀委員長──空崎ヒナが、呆れたような、けれど底の方に深い安堵をにじませた瞳で佇んでいた。
「あー…すいませんね。うちの娘が…何分まだ魔法少女に憧れている年頃なので…」
「……」
「流石に無理っすよねぇ……説明しなきゃダメですよねぇ……面倒くせぇ……」
「娘、ではないでしょう」
ヒナが呆れたようにそう告げた瞬間、探索者は布団の下、ヒナの死角になる位置で、そっと懐へと手を滑り込ませた。いつでもここから「煙」に巻いてズラかるための、体に染みついた離脱の準備。
「…ってか、私の声が変わっても驚かないんですね」
「えぇ、だいたいの事情は先生から聞いてるわ」
──その瞬間、探索者の指先がピクリと止まる。
まさかの情報共有済み。あの修羅場の中、あの人はどこまで自分の「正体」をゲヘナの委員長に横流ししたのだろうか。
「それに──」
ヒナは腕を組んだまま、ベッドの端へと視線を落とした。そこは、探索者が先ほどから絶妙に重心を移し、いつでも跳ね起きられるよう布団の中で足場を作っていた位置だ。
「ベッドから抜け出して戦場を走り回る元気があるなら、説明する体力もあるはずだけど」
「…バレテーラ」
探索者は懐から手を抜き、両手を上げてあっさりと降伏した。
「主ちゃん、また逃げようとしてたの!?」
「主、安静にとあれほど……!」
背後から女王と騎士のジト目が突き刺さる。
「今回のこの子たちの件…流石に見逃せないわ。観念して、全部話しなさい」
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「…私は湿っぽいのと、シリアスが嫌いです。なのでざっくりやりますよ」
表情からは先ほどまでの緊迫感が完全に消え失せ、いつもの飄々とした、どこか人を食ったような調子が戻っている。
「まずこの子たちは私の友人です「えっ!?恋人じゃなくて!?」ちょっと黙ってようか?ね?」
すかさず割り込んできた愛の女王の口を、探索者は動く方の手でピシャリと塞いだ。
「…お口チャックしてるね♡」
「…続けますね」
探索者はコホンとわざとらしい咳払いをひとつ挟み、じっとこちらを見つめるヒナの紫の瞳に視線を戻した。
「要するに、彼女たちはちょっとばかり『世界の外側』から私が穢土転生っぽいもの……いや、呼び出した…節介で命知らずな私の仲間、です。彼女達が暴れたりすることは決してありません」
あまりにも端的な、けれど嘘のない説明。
ヒナは組んだ腕に少しだけ力を込め、ベッドサイドの椅子に腰掛けたまま、探索者と、その後ろで控える二人の少女を順番に見つめた。
「……『世界の外側』ね。先生から聞いてはいたけれど…飲み込めるものでもないわね」
ヒナは組んだ腕に少しだけ力を込め、目の前の奇妙な三人組を、値踏みするでもなくただ静かに見つめた
「まぁ、普通はそうですよね。私も自分でやっておいて、何がなんだか分かってない部分もありますし」
探索者は、大人しく口をチャックされたまま大人しくしている愛の女王の頭に手を置きながら、どこか他人事のように笑う。
「でも、信じてもらうしかない」
「…一つ質問いいかしら」
「なんですか?」
「いいえ、貴方ではなく…そっちの二人によ」
「貴方達にとってこの人は……探索者はどういう存在かしら?」
ヒナの静かな、けれど射抜くような問いかけが病室に響く。
ベッドの上の探索者は、想定外の矛先の変化に「おっと、そっち?」と少しだけ眉を上げたが、口を挟むことはせず、ただ愛の女王の頭に手を置いたまま静観することにした。
「……主は私の誇りを取り戻してくれたお方です」
勇気の騎士が、迷いのない澄んだ声で答えた。その表情には、先ほどまで赤くなっていた初心な少女の面影はなく、ただ一人の主にすべてを捧げた、気高き騎士の顔があった。
「……似たような回答にはなるけど……私に……そこに居ていいって言ってくれた人かな」
お口チャックをようやく解除された愛の女王が、いつものおちゃらけた調子を少しだけ潜め、はにかむように微笑む。
「……そう」
二人の答えを聞いたヒナは、驚く風でもなく、ただ納得したように小さく呟いた。
「よく分かったわ……あんたたちにそれほど思われているなら、やっぱりこの大馬鹿者をここで死なせるわけにはいかないわね」
ヒナは立ち上がると、制服の皺を軽く伸ばし、ベッドの上の探索者を見下ろした。
「話は終わり……大人しく寝ていなさい」
「へいへい。お姫様もお気をつけて」
ヒナは最後に小さく鼻を鳴らすと、今度こそ病室を後にした。
「ふぅ…疲れた。ってか、そんな大層なこと言ってねーよ?」
「本当のことしか言っていません!」
「そうだよー、主ちゃんがカッコいいのがいけないんだからね!」
「褒められるようなことした覚えないんだが…」
「…そういや、王と従者は?」
「王は、えぇと…べんりや?という方から、主が頼んでいた情報を受け取っています。従者は看護婦の方々への手伝いですね」
「……あぁ、アルたちか。確かにいくつか調べ物頼んだけど……まさかあの王様、普通に女子高生と取引してんの?」
「ええ、王が王と名乗ったら赤髪の方がとても萎縮してしまい…それに乗った王が威厳のある態度で『ふむ、大義であった』と、何やら書類の束を受け取っていらっしゃいましたよ」
「完全にスジモンの交渉現場じゃねぇか……あと従者、ナチュラルに手伝いしてんだ。仕事増やしてなきゃいいけど」
「従者ちゃん、あのセナっていうナースさんに『手際が良いですね、ゲヘナに引き抜きたいくらいです』って言われて、ちょっとドヤ顔してたから。今頃、救急車の備品の整理でも手伝わされてるんじゃない?」
「…流石としか言いようねーな」
「とりあえず……ナースコールして、現状聞くか……ってか、委員長から聞いときゃよかった」
そう言って、探索者は重い腕を動かして枕元のナースコールに手を伸ばそうとし──そこで、自分の身体に走った「違和感」に気づき、動きを止めた。
ただのキヴォトスの先進医療だけでは説明がつかない、身に覚えのある「世界の理の外側」の感覚。
「……俺のカラダ、魔法で治したな。女王、騎士よ」
探索者の、感情を排した低い声が病室に響く。
「ウグッ……」
「……申し訳ありません」
途端に、それまで賑やかだった二人が同時に固まった。
愛の女王は分かりやすく喉を詰まらせて目を泳がせ、勇気の騎士は直立不動のまま、罪を認めるように深く、深く頭を下げた。
「……はぁ……」
探索者は、この日一番の、そして一番深い溜息を白い天井へと吐き出した。
(シリアルや湿っぽいのは嫌いだと言ったばかりなのに…)
「……お前らなぁ…一応事情は分かってるんだろ?」
「ですが……! 主が消えてしまっては、バグを消すこともできません!」
「そうだよ! 主ちゃん…これは必要経費なの! だから怒らないでよぉ……」
怒っているのではない。ただ、どこまでも自分のために命を張る彼女たちの不器用な献身が、やっぱりどうしようもなく背痒くて、そして──有難かった。
「…怒ってないよ。ただ、それが分かってるか聞いただけさ、もう言わん……ありがとう」
「主……」
「主ちゃん……っ」
「さ、この話終わりね。とっとと呼ぼう」
探索者が今度こそナースコールのボタンを親指でカチリと押し込むと、病室に静かな電子音が響き渡った。
穢土転移生
この術は、対象と深い縁を持つ者、精神が宿る依代、完全に構築された肉体、そして接続用のパスが揃った時、対象の精神を一時的にその肉体へ移す技
いわば「穢土転生の模倣」に近いが、本質は再生や蘇生ではなく、“呼び出し”に近い。
その性質上、呼びかけに応じうる強い精神性と、呼びかけを識別する能力、さらに自身の精神を分割・保持できる適性を持つ存在にしか成立しない。