この言葉で
「…さて、落ち着いた?」
少しだけ脳の熱が引いたのを見計らって声をかけてみるが、胸元の王と女王はピクリとも動かない。それどころか、離されまいとするように、ぎゅっと俺の服を掴む手に力がこもった。
「ゔぅ…ヴン…」
「だめだこりゃ…お~いそろそろ離れてくれんか?」
「ヴゥヴ……」
「エケちゃんのグズり方…」
探索者は天井を見上げたまま、お手上げだと言わんばかりにため息をついた。
世界を滅ぼしかねないほどの力を持つ魔法少女たちが、今や完全に言葉を失った幼児のようになっている。脇腹に顔を埋めている従者も、心なしかさっきより深く潜り込んできている気がするし、肩を押さえている騎士の手も全く退く気配がない。
「おい騎士、お前からもなんか言ってくれ」
「……嫌です」
「…お前もかよ」
「はいはい。真面目な話するよ」
その真剣な響きに、胸元でグズりかけていた王と女王の身体がかすかに強張る。従者も騎士も、静かに耳を傾けた。
「まず…君たちの肉体は完全な人間じゃない…っていうのは、もう分かってるよな。DNAが無い。だから維持できる時間も限られる。放っとけば、2週間もすれば元に戻る……ここは俺の力量不足もあるし、縛りでもある」
「んで、そうすると、君たちの核として使っているブローチもおそらくそのタイミングで溶けてしまう。それに君たちがいること自体、この世界の運命には無いこと。だから、早めに元のあの都市に戻ってほしいんだけど…」
一拍置いて、探索者は彼女たちの顔を順番に見つめた。誰一人として、引き下がるような色は瞳に宿っていない。言葉にするまでもない、あまりにも分かりきった拒絶の意志。
「…まぁ戻る気毛頭ないって感じよな。分かってるよ」
「だから…10日だ。今すぐに帰すわけじゃない。その内に覚悟を決めてくれ」
「…また俺は会いたいからそこは飲んで欲しい」
その言葉が落ちた瞬間、医務室の空気がピキッと凍りついたように静まり返った。
「…主の御心のままに」
「…うん。分かった」
「……二人はそれでいいの…?」
女王は従者と騎士の二人に問いかける。なぜそんな、胸を切り裂かれるような決断がすぐにできてしまうのか、彼女には心底分からないといった様相だった。
「……確かに、私も、騎士も……出来ることならずっと主さんと居たいよ」
「でもね」
「主さんがすっごく譲歩してるのが分かっちゃうもん」
その言葉に、女王はハッと息を呑み、それから悔しそうにギュッと唇を噛み締めて、再び探索者の胸元に顔を埋めた。
「……ずるいよ、主ちゃん。そんなの、嫌だって言えるわけないじゃん……っ」
胸元で再び溢れ出した女王の涙が、シャツに冷たく染みていく。
「探索者は卑怯なんだ。よく知ってるだろ?」
「…ホント…なんでこんな人に惚れちゃったんだろ」
「別に今からでも鞍替えしても良いと思うが?こんな男世間のどこに立っているぜ?」
どこか自暴自棄めいた、けれどいつもの飄々とした調子で肩をすくめてみせる。その瞬間、脇腹に額を押し当てていた従者が、キツめの力で服の裾をぐいっと引っ張った。
「…落ちてなんかない。どこを探しても、私たちの主はあなた一人だけだよ」
そう言って、従者が腕の中でふにゃりと濡れた笑顔を浮かべる。他の三人も、一切の迷いなくその言葉に無言で同意を示していた
「買いかぶりすぎだがねぇ…こんな雑魚のどこが良いんだか」
「主ちゃんが雑魚なら並大抵の人は雑魚になるぞ」
王が呆れたように、けれどどこか誇らしげに涙目のまま鼻を鳴らした。
彼は降参を告げるように両手を少しだけ持ち上げ、それからまた、愛おしい「ウチのコ」たちの温もりをそっと引き寄せた
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あまりにも突拍子もない、けれど一切の冗談を含まないドスの利いた声が、その場の空気を一瞬で凍りつかせた。
「おい
「…は?」
「表出ろや、ここにいる全員な」
「……は!?」
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DU地区郊外。
ここは学園都市の喧騒から完全に切り離された場所。人工的な建造物は見当たらず、ただ吹き抜ける潮風と、切り立った崖、そして眼下に広がる荒々しい海だけが視界を占拠している。
そんな荒涼とした景色の中で、二つのエンジン音が重く響いていた。
探索者とマコトは、互いに1台の車に乗り込み、一定の距離を置いて対峙している。
マコトが乗るのは、ゲヘナの権力の象徴とも言える、重厚で威圧的な高級黒塗りセダン。対する探索者が調達してきたのは、どこかボロっちい、しかし足回りだけは異常なほど弄り回された気配のする、おとうふ屋とステッカーが貼られたGT-APEX…一昔前の車だ。
「こんな所に呼び出して何のつもりだ?」
「…さてマコト議長。単刀直入に聞く。アリウスと結託してやがったな?」
「キキッ…さぁなんのことやら?」
「別にそれを責めるつもりはねーよ…まぁあくまでしらばっくれるんだな」
「あぁ、私には身に覚えがないのでな」
「…これを聞いても?」
探索者はある一つの音声記録を再生させる
『キキキキキッ!!成功だ!これぞ計画通りっ!キヒャヒャヒャヒャッ!!』
『マコト先輩一体何を…?』
『これで邪魔者は全て消える。ティーパーティーも、あの目障りだったヒナも!』
『分かるかイロハ、これぞ一石二鳥ってやつだよ』
『何を隠そうこのマコト様は、トリニティを恨んでいるアリウスと前々から結託していたのさ!』
『ティーパーティーの内紛も、クーデターも、私は最初から知っていた。全ては今日の計画の為に!』
『いつの間にそんな事を…つまり先輩は最初からエデン条約を結ぶ気は無かったと』
『ああ、そんな事これっぽっちも興味はないね!私の関心はずっと邪魔者を排除するだけ!』
『何時まで経っても姿を現さないティーパーティーの奴らをおびき出す為、あくまでその為に条約へ同意する振りをしていたのさ』
『そのついでにヒナまで片付いた。こんなラッキーな事はない!キキキッ!』
『アリウスは多大なサポートをしてくれた。この飛行船だって私達の友好の証としての贈り物……敵の敵は味方ということだよ、キキキキッ!!』
『さぁ、アリウスに連絡を。本格的にトリニティの壊滅戦を始めようじゃないか』
『ヒナにナギサ、私の邪魔者はもう誰もいない!今こそトリニティをキヴォトスの地図から消し去る時だ!』
安物のスピーカーから流れたのは、あまりにも聞き覚えのある、そしてイロハにはあの飛行船であまりにも傲慢なマコト自身の声だった。
「……ッ!?」
マコトの表情が初めて明確に強張る。スピーカーから漏れる己の肉声を前に、さすがの彼女も弁明の言葉を失ったように目を見開いた。
「さて…ずいぶんと景気のいい覇道だな、マコト議長」
「…」
「……どこで、それを」
マコトの口から、先ほどまでの余裕が嘘のような、低く掠れた声が漏れ出た。
あの飛行船の爆発と共に、すべては闇に消えたはずだった。イロハ以外の誰にも聞かれていないはずの、完璧なマコトの「勝ち鬨」それが、今この何もない崖っぷちで、最悪の証拠として突きつけられている。
「どこから手に入れた、なんて野暮なことは聞くなよ? 情報収集ってのは私の本職だ……それとも何か? 音質が気に入らないからって、もう一回ここで生アフレコでもしてみせるかい?」
「…それがどうした!確かにそれは言った!だが我々はアリウスに騙されていた!被害者だ!」
マコトは堂々と、自らの意見を探索者へとぶつける。まるでそれが必ず通るような確定事項であるかのように
「…はぁ…」
「……救えねぇよお前」
心底呆れ果てた、けれど同時にどこか冷めきった声が探索者の口から漏れる。
「さて、そんなマコト議長に一つチャンスをやろう。この音声データは今ここにあるスマホにだけ入ってる。バックアップなんかはない。勝負に勝ったらくれてやるよ」
探索者はダッシュボードのスマホを指先でトントンと叩いてみせた。ゲヘナの議長という立場を、いや、羽沼マコトという存在を社会的に一発で終わらせるだけの信管が、そこにある。
「…なんのだ」
マコトはセダンのハンドルを握る手に力を込め、値踏みするように探索者を睨みつける。
「見てわからねぇか…世代かねぇ…」
「チキンレースだよ。どれだけ車体を崖に寄らすことができるかの」
サイドブレーキを引いたまま、ギチギチと車体を震わせる探索者。その目線の先には、ガードレールすら存在しない、ただ海へと垂直に落ちていく断崖絶壁が広がっている。
「ルールは単純だ。あの崖っぷちに向かって車を走らせる。より車体を崖際に寄せれた方の勝ち。ビビって手前で止まるか、バックギアに入れた方が負けだ……分かりやすいだろ?」
「…」
「私が勝ったらゲヘナの政治に口出しをさせてもらう。一応無いとは思うが、引き分けは私の勝ちな」
「主導権はこっちにある。それぐらいの有利は取ってもいいだろ?嫌なら帰れ。その代わり、その音声は明日の朝にはキヴォトス中に流れる」
「……フン、引き分けはそっちの勝ち、だと?」
マコトは一瞬だけ絶句し、それから喉の奥から絞り出すようにして、ククク、と低く笑い始めた。その笑い声は徐々に大きくなり、やがてDU地区の海風を切り裂くような高笑いへと変わる。
「キキッ、キハハハハハッ! 面白い、面白いではないか! 私にそんなハッタリが通じると思ったか! この万魔殿の議長、羽沼マコトをただの政治屋と一緒にするなよ!」
マコトは勢いよくセダンの高級な革巻きハンドルを握り締め、凄まじい力でアクセルを踏み込んだ。メーターの針が跳ね上がり、重厚なエンジンが大地を震わせるような咆哮を上げる。
「いいだろう、その勝負乗ってやる! 私の覇道が、そのような安っぽい脅しと崖っぷちごときに屈することなどあり得んのだ! その音声データごと、お前の小癪な鼻面を叩き割ってくれるわ!」
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(……何か引っかかる)
万魔殿、戦車長のイロハは探索者の言葉に引っかかりを覚えていた。あのアホ議長が「被害者だ!」などとしらばっくれた時、彼女は心底呆れたように「救えねぇよお前」と言った。
それなのに、一応勝ち目のあるこのチキンレースを行なっている。探索者という存在は徹底して合理的で、時には非情なまでの選択をも厭わない人間である。そういう情報は自分の耳にも入っている。
本当に、マコト先輩に「チャンス」なんて上等なものを与えるために、わざわざそんなギャンブルに付き合っているのだろうか?
否だ。あり得ない。
あの冷めきった瞳は、マコト先輩を対等な勝負の相手としてすら見ていなかった。
探索者は言っていた。「引き分けは私の勝ちだ」と
二台の車。ガードレールのない崖。ブレーキを踏まないチキンレース
より車体を崖際に寄せれた方の勝ちというルール
(……ぁ…!)
「駄目です!マコト先輩!罠です!!」
しかし──その声も虚しく、二台の車は猛烈な白煙を上げて、虚無の海へと繋がる崖に向かって一直線に走り出した。