雨脚が少し収まった頃、一同はアリウス自治区へと入り込める唯一のカタコンベへと、向かっていた。だが、その入り口はすでに完全な警戒態勢にあり、無数の黒いガスマスクが通路を埋め尽くしていた。
「なんか多くないすか!? 事前情報だと少数精鋭って聞いてたんですけど!! あの情報屋話盛りやがったなぁ!?」
そう言いながら、探索者は容赦のない手際でデザートイーグルをぶっ放し、迫り来るアリウスの分隊を的確に撃ち抜いていく。
放たれる大口径の銃弾が次々と兵士たちの額を弾き飛ばし、前線を強制的にこじ開ける
「ひゃぅっ!? 多い、多いですぅ! 」
「仕方ないよ。私たちが通るのは目に見えてるし」
ミサキは冷静に状況を分析しながらも、手慣れた動作でランチャーの照準を合わせ、密集する敵の足元へ容赦なく擲弾を撃ち込んだ。爆風が狭い地下通路に木霊し、敵の突撃が一瞬だけ鈍る。
「クッ…手負いの猟犬の意地を見せてやる!」
サオリが傷口の痛みを押し殺すように鋭い息を吐き、アサルトライフルを構えて鋭い火線を走らせた。その確実な射撃は、かつてアリウスのリーダーとして恐れられた実力そのものだった。
「ハッ、猟犬の意地ねぇ! 結構なことですが、死に損ないの意地ってのもなかなか捨てたもんじゃありませんよ!」
「しかし…懐かしいねぇ!こう猟犬という名を聞くと、あのクソったれの惑星の事を思い出す!」
探索者は激しい銃撃戦のただ中だというのに、愉快そうに喉を鳴らして笑った。目が、一瞬だけここではない「どこか遠い地獄」を追憶するように細められる。
「わ、惑星!? この人、急に何を言ってるんですかぁ!?」
「……気にしなくていい、ヒヨリ。あの女の言うことは、いちいち真に受けるだけ無駄」
ミサキは冷徹に引き金を弾き続け、敵の増援を足止めしながら淡々と告げた。だが、その視線はどこか異質な気配を放ち続ける探索者の背中に釘付けになっている。
「どこの世界だろうがクソッタレな組織が仕掛けてくる包囲網の味ってのは、相変わらずゲロ以下の味がするって話ですよ!聞いてるか企業のアホども!!」
探索者はそんな無駄口を叩きながらも、その動きには一切の無駄がなかった。
崩れた石柱や壁の死角を巧みに利用したゲリラ戦を展開する。真正面から撃ち合うアリウスの兵士たちに対し、彼は煙幕の隙間から唐突に現れては至近距離から銃弾を叩き込み、反撃を許さぬまま再び闇へと消えていく。
「クッ…小癪な!!」
敵の指揮官らしき生徒が動揺の声を上げた。
探索者が仕掛けるのは、徹底した搦手。
曲がり角の盲点を利用した奇襲、敵の連携を分断する跳弾の利用、そして心理的な隙を突いた嫌がらせのように飛んでくる銃弾。数に勝るはずのアリウスの軍勢が、たった一人の執拗な一撃離脱戦法によって、面白いように足並みを乱されていく。
「小癪は、探索者にとっては褒め言葉でーす!ひっさしぶりに頭使わないから楽ぅ!Fooo!」
銃撃の嵐をバックダンサーにでも従えるかのように、探索者は甲高い歓声を上げて遮蔽物から遮蔽物へと滑り込んだ
"頭使ってないでアレなんだね…"
インカムから聞こえる先生の、若干引き気味のツッコミに、探索者はさらにテンションを跳ね上げる。
「最近頭使ってばっかで身体訛ってるんですよ!絶対に許さんぞ陸八間!」
「り、りくはちま……!? 誰ですかそれぇ!?」
「……いや、知らない名だ。アリウスの人間じゃない」
「ヒヨリ、リーダー。アイツの行動にいちいち突っ込んじゃ駄目。知能下がるよ」
「酷い!!でも否定できない!!探索者悲しい!!でもルーニーの運命!!だからココナ頑張る!!人質ビジネスやってない!!牧田プロって言わないで!!コワイヨー!!」
芝居がかった調子で胸を押さえ、大袈裟に嘆いてみせる探索者だったが、デザートイーグルを構える手元だけは寸分の狂いもない。
「ルーニーって何ですかぁ!?ココナって誰!? もう意味が分からない単語が多すぎて頭がパンクしそうですぅ!!」
ヒヨリが半泣きでランチャーを乱射し、街の壁を派手に吹き飛ばす。
「……前を向け、ヒヨリ。どんなにふざけたヤツだろうと、この突破力だけは本物だ。私たちが遅れるわけにはいかない」
サオリが前髪を濡らす雨と汗を乱暴に拭い、アサルトライフルを構え直して探索者の背中を追う。その後に、小さくため息をついたミサキが続いた。
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「……あれが入り口ですか。いささかライブ会場にしか見えませんけど」
探索者の目線の先には、文字通り厳戒態勢になった大量のアリウス生徒。
自治区へと繋がる扉を埋め尽くす波は、もはや防衛線というよりは人気アーティストの最前線ブロックさながらの熱気と密度を誇っていた。もちろん、彼女たちが手に持っているのはペンライトではなく、殺意の満ちた突撃銃や重機関銃なのだが。
「…射線に入ったら一瞬でミンチだね」
「カタコンベが閉まるまでの時間は…残り1時間…チンタラしてる余裕もない、が…」
サオリが焦燥感を滲ませながら歯噛みをする。この数を1時間で、しかも手負いの身で突破するのはあまりにも無謀であり、どう考えても犠牲者が出てしまう
"どうする…?"
「一ついい案がありますよ。名付けて「プロジェクト:グッバイ天さん」」
"…それただの自爆だよね"
即座にツッコミを入れる先生。元ネタの悲壮感あふれる散り際が脳裏をよぎったに違いない。
「先生のミサイルも耐えた超防御力なら何とかなるでしょう?」
"まぁ…否定はしないけど"
シッテムの箱の理不尽な頑丈さをアテにされ、先生は微妙な声で肯定するしかなかった。
「…さて、真面目に行きますか。正直犠牲者なしにここを乗り切るのは相当しんどいですよ。陽動、あるいはそれに通ずる何かが欲しい」
"…
「そりゃもう大量に、ミスカトニック大学のフィリピン爆竹研究会メンバーですから」
"初めて聞いたんだけど…何その研究会"
「全人口の7%が信者となっているフィリピン爆竹研究会をご存じない?」
"それ6億人ぐらいじゃないの?"
「そうですけど?」
「真面目に行きましょう。煙幕、閃光、破砕、即席焼夷。だが、この人数をまとめて吹き飛ばせるほどじゃない。時間をかければマシにはなりますが、今最も必要な時間を浪費する」
「まぁ、ここだけにおいては勝つ必要はないんですけどね」
"えっ?"
「見つかりさえせずカタコンベ内部へと入り込めれば私達の勝ちです」
「…それが出来ないから悩んでるんじゃないの?」
「方法さえ選ばなければ結構いけますよ。ただ、色々と却下されそうな要素は山盛りですが」
「一番簡単なのは真面目に爆弾抱えて自爆ですね。それが一番楽です」
「ただ却下されるのは目に見えてます。ので……」
「追い剥ぎしましょうか」
"えっ?"
「……は?」
ミサキが本日一番の、心底不愉快そうな、そして本気で耳を疑ったような声を漏らした。
「お、おい剥ぎ……!? あの、それって、倒した相手から身ぐるみを剥がすっていう、あの身も蓋もない犯罪行為ですかぁ!? う、後ろに先生がいるんですよ!?」
ヒヨリが顔を青くしてワタワタと両手を振り回す。
「……いや、待て。一理ある」
だが、ここでまさかのサオリが腕を組み、至って大真面目な顔で頷いた。
"待ってサオリ!? 一理ないから! ないよ!?"
インカムから聞こえる先生の悲痛なツッコミ。しかし、ゲリラ戦の申し子たるアリウス分隊の元リーダーにとって、それは極めて合理的で「馴染み深い」戦術でもあった。
「アリウスの制服とガスマスクを奪って変装すれば、あの密集地帯を怪しまれずに通り抜けられる…我々は服装を差別化するよう彼女から言われていたし…確かに理にかなっているな」
「変装用のウイッグやらなんやらはありますよ。持ち歩いているので」
「…いや、サイズ的にアイツの服は無理でしょ。しかもリーダーは長身だからギリサイズが合わない」
ミサキが冷ややかに、先生のガタイとアリウス生徒の華奢な体型を見比べた。
「そこは探索者の腕の見せどころですよ。これでも裁縫技術は石の世界で学んだんですから」
探索者が気絶した生徒たちから手際よく剥ぎ取った制服に、持参した針と糸で一瞬にして魔法のようなリサイズを施し、ガスマスクとウイッグをセットしていく。
「ひゃぅぅ……なんか、自分の学校の制服なのに、別の誰かになったみたいで凄く落ち着かないですぅ……!」
サイズを詰められ、カツラを被らされたヒヨリが、ガスマスクの奥からくぐもった声を上げる。完全に一般のアリウス生徒に擬態完了していた。
「……本当にガタガタだったサイズが、完璧に私にフィットしている……」
サオリもまた、自分の長身に合わせて見事に調整された制服の袖を引っ張りながら、驚愕の目で探索者を見た。
「ただ、まぁもし見破られて戦闘になれば、その時点でほぼ終わりです。だから今までしてこなかったわけですし」
探索者はガスマスクの奥から、それまでのふざけたトーンとは打って変わった、冷徹なほどに現実的な声を響かせた。
「……そう、だね。この距離で、この密集地帯の真ん中で正体が割れれば、四方八方から一斉にハチの巣にされて一秒と持たない」
ミサキがガスマスクをきつく締め直し、自分のアサルトライフルをモブ生徒たちと同じように、極めて自然な脱力感で持ち直す。
「なので必要な合言葉なんかを教えてください。スクワッドはおそらく声も割れてるので、あまり喋ると違和感が出る」
「…恐らくだが、変えられているぞ。ベアトリーチェのことだ、私たちが裏切った直後に、分隊間の通信暗号も識別コードもすべて刷新しているはずだ…電波の周波数も特殊な物で、アリウス自治区にしか届かないが極めて機密性が高い…解読は無理だ」
サオリがガスマスクの奥から、苦渋に満ちた声を漏らした。かつての身内だからこそ、敵の警戒レベルが最大であることも、過去の知識が役に立たないことも痛いほど分かっていた。
「それでも大丈夫ですよ。詐欺師舐めないでください」
探索者は重装兵のマスクの下で、ニヤリと口元を釣り上げる。
「向こうは訓練されているとは言え実戦経験がない。それならいくらでもつけ入る隙はあります」
「そ、そんな即興で騙し通せるものなんですかぁ……!? もし『おいお前、今日の合言葉は?』って聞かれて間違えたら、即座に銃殺刑ですよぅ……!」
「向こうはシリアルキラーじゃない。訓練された兵だ。なら同士討ちは避けたいと考える」
「引き金に指をかけているのは、同じアリウスの制服を着た『仲間』です。合言葉がちょっと怪しいからって、即座に頭をぶち抜くようなサイコパスはそうそういませんよ」
「ただ、元となる文がなければそれは成り立たない。過去の物でも"アリウス生徒しか知らない情報"がなければただの不審者ですから」
探索者は歩調を崩さないまま、ガスマスクのフィルター越しに低く滑らかな声を響かせた。
「だからこそ、さっきの質問ですよ。ベアトリーチェが暗号を変えていようが構わない。アリウスの根底にある教条、お決まりの祈りの文句、あるいは以前使われていた古い識別コードの『形式』……そのへんの共通言語を、すれ違いざまにブラフの肉付けとして使わせてもらいます」
「……なるほど。完全なデタラメではなく、部分的に本物を混ぜることで、相手の『疑心』を『勘違い』へ誘導するわけか」
サオリが納得したように小さく顎を引く。
「そういうことです。向こうが『あ、こいつ古いコードと新しいコードを混同してやがるな?』とか『別の分隊の奴か?』と勝手に脳内補完してくれればこちらの勝ちです。さぁ
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「──待て。そこの重装兵、および随伴の四名。所属と識別コードを」
アリウス生徒が、突撃銃の銃口をわずかに上げ、鋭い声を響かせる。
一瞬、ヒヨリの身体が強張るのが分かった。だが、探索者は歩調を一切変えず、むしろ焦燥感を全身から滲ませて一歩前に出た。
「所属は南区の警戒部隊だ! 『彼女』へ直接伝えるべき重要情報がある!早急に自治区内へ通してくれ!」
「……その情報とは何だ。現在、自治区は厳戒態勢にある。コードの照合がない限り、何者であっても通すなと言われて──」
「早急なんだ!取り返しのつかないことになるのかもしれない!その責任を、お前たちが取れるんだな!?」
「っ…!?しかし…」
「…だが、このカタコンベは使用禁止と出ていただろう!」
もう一人の生徒が、混乱を振り切るように一歩前に出て、銃口を探索者の胸元へと突きつけた。規律に忠実な兵士としての、これが最後の抵抗と言わんばかりに。
「彼女から聞いていないのか?スクワッドが来る可能性があるのはこの入り口のみ、ならば使う入り口をここだけに絞り、他の入り口から入ってきた者が裏切り者であると」
「そんな話は聞いていないぞ!」
困惑と疑念の混じった声を荒らげる。当然だ。ベアトリーチェからそんな通達など、あるはずがない。
「だが、このアリウスにもスクワッドへ手を貸す裏切り者がいるのかもしれない。ならば見てくれで判断でき、ここまで厳戒態勢にしているここからしか通さないのは合理的な判断ではないのか?」
探索者はガスマスクの奥から、さも「上層部の意図を理解している賢い兵士」を装った、冷徹で説得力のある声を響かせた。
「……っ」
アリウスの徹底された恐怖政治と情報統制のせいで、彼女たちは常に「自分たちが知らない上層部の決定があるかもしれない」という不安を抱えている。
(……完全に自分たちの『ルール』を逆手に取って、相手の思考を誘導してる……)
後ろに控えるサオリたちのガスマスクの奥で、驚愕の汗が流れる。
探索者の言っていることは完全なデタラメだ。しかし、「裏切り者がいるかもしれないから、あえてルートを一つに絞って検問している」という理屈は、一件納得できるものであり、現在のアリウスの状況に、あまりにも不気味なほどマッチしていた。
「……確かに、一理ある。もし本当に裏切り者が紛れ込んでいるなら、使用禁止のルートを使うはず……」
「そうだ。そして、私たちがこうして堂々と正面から戻ってきたのが、何よりの証明だ……これ以上、貴重な時間を浪費させるな。彼女への報告が遅れれば、私たちだけでなく、ここら一帯の責任となり『罰』を受けるぞ」
「……判断は任せる。ただし、私たちを止めたという報告は必ず上へ行く。その時に説明するのは私じゃない。お前達だ」
探索者は、彼女が連帯責任という言葉を好いていることを、これまでの調査やアリウスの歪んだ構造から完璧に把握していた。
失敗した者だけでなく、その周囲にいた者、ひいては組織全体に連座で罰を与える恐怖政治。その「絶対的なルール」を、探索者は今、末端の兵士たちに突きつけているのだ。
「ひっ……!」
生徒たちの間に、明確な戦慄が走った。
ベアトリーチェの不興を買う。それが何を意味するか、アリウスに属する彼女たちが一番よく知っている。もしこの重装兵の言う通り「重要な報告」を自分たちのせいで遅延させたと上層部に知られれば、自分たちだけでなく、この防衛線にいる全員がまとめて消されるかもしれない。
「……ッ、通れ! 今すぐ通れ!」
恐怖が規律を完全に打ち負かした。門番の一人が引きつった声で叫び、探索者たちを通すために道を開ける
「賢明な判断、感謝する。ヴァニタス・ヴァニタータムだ」
探索者はガスマスクの奥でほくそ笑みながら、素早くサオリたちを促して扉の向こうへと滑り込んだ。