巡る探索者、青き青春の果てを見る   作:抹茶3939

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本当の最強

 

 

 

 

 

 

 

 

不条理な裁きは、一人の「教育者」の無謀なまでの献身によって、静かに幕を閉じ、張り詰めていた空気が、ようやく解ける

 

 

 

誰もが息を吐き、崩れた緊張を取り戻そうとした、その瞬間だった

 

 

瓦礫の山となった現場に、唐突に「密度」の濃い静寂が訪れた。

耳を劈くような轟音ではない。ただ、そこにある大気が、物理的な重さを持って皮膚にへばりついてくるような感覚。

 

 

 

(……ッ!? なんだ、この……肺を直接圧迫されるような『密度』は……)

 

探索者の左指が、熱を持つ指輪に吸い付くようにかかる。

それは神への恐怖による逃走本能ではない、戦場を数多渡り歩いた経験が、目前に現れた「暴力の正解」に対し、自動的に最大級の警戒信号を発しているのだ。

 

 

 

(ハハッ……マジかよ。初めてお目にかかるが、想像していた何倍も強ぇ。暴力の出力がこの世界の天井を叩いてやがる)

 

 

 

爆煙を割り、黒い翼を翻して降り立った小さな影。ゲヘナ学園最強の抑止力、空崎ヒナ。

彼女が着地した瞬間、先ほどまで「規律」を武器に探索者の罪に立ち向かっていた数百人の風紀委員たちが、一斉に直立不動の姿勢をとった。それは天秤による強制的な重圧ではなく、魂に刻まれた純粋な畏怖によるものだ。

 

 

探索者は、懐の指輪の中で渦巻く自身の「罪」と、目の前の少女を無意識に天秤にかけていた。

 

 

 

(……俺がこれまでの旅で積み上げてきた、あのドロドロとした『泥濘』そのすべてを、たった一人のこの少女に叩きつけたとして……勝負になるか怪しいな…下手したら全部使ってようやく殺せるレベル)

 

 

探索者は、ヘルメットの奥で冷や汗が流れるのを感じた。

少女の皮を被った男の「生存本能」が、けたたましく警報を鳴らしている。

 

 

(もし、アーティファクト――天秤かそれ以上を総動員すれば、確かに対処は出来るかもしれん…だが、そうなれば俺も、そしてあいつも、ただでは済まない…)

 

 

 

それは、ギャンブルですらない。ただの相互確証破壊だ

一触即発、探索者の指先が、指輪をいつでも回せるよう、固定(ロック)を解いた状態で静止する。掌には、勝ち目の薄いギャンブル(勝負)に挑む直前のような、手の冷たさと嫌な汗が滲んでいた。

 

 

 

 

互いに視線を交差させたのは一瞬、けれどそれで十分だった。ヒナは先生から視線を切り、氷の様に冷たく、刺々しい口調で告げる。

 

 

 

「――アコ、この状況、説明して……一から十まで、全部」

 

 

 

『い、委員長、その、これは……えっと、素行の悪い生徒達を捕まえようと……!』

 

「便利屋68の事?それにしては少々大勢いる様に見えるけれど、シャーレにアビドス――何故、彼女達と戦闘状態になっているの? そもそも、私はこの作戦行動を認知していない、自治区を越えた作戦行動には事前に私の認可が必要なはずだし、何より…便利屋なんていないじゃない」

 

 

 

『そ、それは……あれ!?い…いない!さ…さっきまで……!』

 

 

『え、えっと……委員長、全て説明いたしますので、どうか』

 

アコが必死に取り繕う言葉を、ヒナの冷徹な、それでいてひどく疲れ切った視線が遮った。

 

 

 

 

「………いや、もう良い、大体把握した」

 

『えっ』

 

 

 

「アコ、私たちは風紀委員会であって、生徒会ではないわ、そういうことは万魔殿(パンデモニウム・ソサイティー)のタヌキ共に任せておけばいい」

 

 

一刀両断。アコが積み上げようとした「大人の事情」は、ヒナという絶対的な規律の前では砂の城に等しかった。

 

 

 

『ひ、ヒナ委員長……』

 

 

 

アコは淡々とした口調で告げる委員長に何か弁明を口にしようとして、しかしホログラム越しに向けられる、確かな怒りを孕んだ視線に口を噤み、項垂れた。

 

 

 

「……詳しい話は帰ってから、この場で弁明は聞かない、通信を切って校舎で謹慎していなさい、アコ」

 

『……はい、了解しました』

 

 

ヒナの言葉で風紀委員たちが動きを止めるのを見て、探索者はようやくリューズから指を離した。だが、まだ掌には銃のグリップを握り締めていたような熱が残っている。

 

 

「――じゃあ、改めてやろうか。探索者、天秤出して」

 

 

 

 

「流石に無理っす。勘弁してください。風紀委員長と戦うなんて準備も覚悟も戦闘力も足りないです」

 

 

この状況で再戦? 正気の沙汰ではない。探索者が呆れるのをよそに、シロコが好戦的な光を宿す。

 

 

「シロコ先輩っ! ゲヘナ風紀委員長と云えば、キヴォトスでも最強格と名高い、強者中の強者ですよ!?」

 

 

 

アヤネと探索者の必死の制止に、シロコが不承不承銃口を下げる。アヤネは震える脚を叱咤し、ヒナの前へと歩み出た。

 

「こちらアビドス対策委員会所属、奥空アヤネです、風紀委員長のヒナさん、で宜しいでしょうか」

 

「えぇ、そう」

 

「……現状は把握されていますか?」

 

「もちろん」

 

「事前通達なしで他校自治区における無断兵力運用、及び他校生徒との戦闘行為…此方に不手際があった事は認める――けれど、そちらが風紀委員会の公務を妨害したのも事実、違う?」

 

 

 

ヒナがそう口にすると、にわかにアビドスが殺気立つ。

 

 

「へぇ――……この期に及んで、良い度胸しているじゃない」

 

「私達の意見は変わりませんよ、主義主張を、一寸たりとも曲げる気はありませんよ?」

 

「……何でアビドス、あんなに好戦的なんなの?」

 

 

「ちょっと待ってください! 便利屋の人たちもいない、あっちの兵力の数は変わってない、 私たちにはもう先生しか…どういうわけか味方を止めるのも大変だし…」

 

「おい、ナチュラルに忘れるな」

 

「あうう、こういう時にホシノ先輩がいたら……!」

 

「…ホシノ?」

 

呟きは、ヒナの耳に届いた。ぴくりと、彼女の眉が跳ねる。

 

その名前は彼女にとって

 

 

ある意味特別な意味を持つ名前だったから。

 

 

 

「――小鳥遊ホシノ、か」

 

「はいはい、お呼びかな~?」

 

 

 

 声が響いた。

 

それは今、アビドスの皆が求めていた人物の声だった。

 

思わずヒナが目を見開き、声の方向へと顔を向ければ、アビドスの後方から呑気に歩いて来るピンク髪の少女の姿が見えた。ホシノは周囲の弾痕が刻まれた公道や建物を眺めながら、辟易とした様子で告げる。

 

 

 

「うへ~、こいつはまた何があったんだか、凄い事になっているじゃ~ん」 

 

「ほ、ホシノ先輩ッ!?」

 

「先輩!」

 

 

 

振り向いたアビドスの皆が顔を輝かせ、ゆったりとした足取りで進むホシノを見る。

 

ホシノは頬を掻きながら、「やっほ」と、へらっとした笑みを零しながら皆を見渡し

 

 

 

「ごめんごめん、ちょっと昼寝していてねぇ、少し遅れちゃったぁ」

 

 

変わらずの笑顔。だが、その姿を捉えた瞬間、探索者の胃の奥に再び不快な震えが走った。

 

 

(……なんだ? 今のノイズは。あいつ、どこで何を焼いてきやがった。この砂の匂いに混じって…いま何か…何かが蠢いていやがる……)

 

 

「……一年生の時とは随分と変わった。そう思ったけれど、やはり人違いじゃなかった、根底はあの時のまま」

 

「……ん~? 私の事、知っているの?」

 

「情報部にいた頃、各自治区の要注意生徒はある程度把握していたから」

 

 

 

 そう云ってヒナは、その瞳に痛ましさとも、羨望とも云える光を宿し、言葉を続ける。

 

 

 

「特に小鳥遊ホシノ……あなたの事を忘れる筈がない、あの事件の後、アビドスを去ったと思っていたけれど――あなたは未だ、その場所で耐えている」

 

「………」

 

「そうか、そういう事か……だからシャーレが――」

 

 

 

ヒナは何かを悟ったように小さく息を吐くと、ホシノの拒絶を受け入れるように視線を外した。

そして、その冷徹な瞳が、アビドスの生徒たちの傍らに立つ「ヘルメットを被った小柄な少女」を射抜く

 

 

「……それと、そこにいる貴女。アビドスの生徒ではないようだけれど。……何者?」

 

その傍らで、イオリは怒髪天を突く勢いで銃口を突き出した。

 

「待て、委員長! そいつだ! そいつがさっき、妙な天秤で私たちを……ッ!」

 

イオリの脚はまだ微かに震えている。つい先ほどまで自分たちを無力化した、あの理外の重圧、その発信源である少女を「一般人」として見逃すことなど、現場指揮官である彼女には到底できなかった。

 

(いつかは突っ込まれると思っていたが…やっぱアビドスの制服着てきたほうが良かったな…)

 

チナツも、キヴォトスの理から微妙に外れたその佇まいに、露骨な警戒心を隠さない。

 

"……彼女は、私の知人なんだ。不器用だけど根はいい子でね。……どうしても心配で、付いてきちゃったみたいなんだよ"

 

先生の、必死かつ覚悟の決まった「嘘」……あるいは「真実」

それを見たヒナは、ゆっくりと息を吐き、突き出されていたイオリの銃身を手で押し下げた。

 

 

 

 

 

「……私も戦うためにここに来たわけじゃないから。イオリ、チナツ」

 

「…委員長」

 

「……はい」

 

「撤収準備、帰るよ」

 

「えっ!?」

 

「帰るんですか!?」

 

 

イオリとチナツが素っ頓狂な声を上げる。今まさに「最強」が盤面に揃い、決戦が始まると思っていた彼女たちにとって、それはあまりに唐突な幕引きだった。

 

ヒナは戸惑う部下たちを背に、ゆっくりとアビドスの面々、そして先生へと向き直る。

そして、ゲヘナの頂点に立つその少女は、静かに腰を折った。

 

 

「事前通達なしでの無断兵力運用、他校の自治区で騒ぎを起こした事、そして――シャーレ担当顧問である先生に危害を加えようとした事……この事については私、空崎ヒナより、ゲヘナ風紀委員長としてアビドス対策委員会、並びに連邦捜査部シャーレに対して、公式に謝罪する」

 

 

 

その端的な謝罪の言葉に、アビドスの5人は一瞬、毒気を抜かれたように面食らった。

 

 

「今後、このような事が無いと約束する――どうか許して欲しい」

 

「……」

 

(へぇ……圧倒的な暴力を持ちながら、それを振るう理由がないと悟れば、即座に頭を下げて盤面を畳む。傲慢な正義を振りかざすガキかと思えば、あいつ、本物のリーダーじゃないか)

 

探索者は、ヘルメットの中で小さく口角を上げた。

 

(……これ以上の『罪』を積み上げずに済んだのは、あの小さな委員長の理性のおかげだな)

 

 

だが、アビドスの面々が安堵の空気に包まれようとする中、探索者の鼻腔を突く「異質な臭い」だけは、まだ消えていなかった。

 

 

 

探索者は、仲間たちと談笑し始めたホシノの、その影が不自然に濃く揺れているのを、誰にも気づかれぬよう見つめ続けていた。

 

 

 

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