「さぁ、出陣と参りますか」
ギィ……と重厚な音を立てて、公会議場の観覧席へと続く大扉が開く。
一瞬で押し寄せてくる、熱を帯びた異様な空気。
広い吹き抜けの議場を見下ろす観覧席には、びっしりとトリニティの生徒たちが詰めかけていた。彼女たちの視線が向かう先──中央の処刑台のような被告席には、ただ一人、うつむいたまま佇むピンク髪の少女、美園ミカの姿があった。
「…どちら様で?」
議長席から響く厳格な声。
「いやぁ、遅刻して申し訳ない。聖園ミカの弁護人兼証人です」
「……証人?」
議長席に座る生徒が不審そうに眉をひそめ、手元の名簿とスクリーンを交互に見下ろす。当然、そんな人物が証人として事前登録されているはずもない。議場全体に、動揺と失笑の混じったざわめきが広がっていく。
「ふざけないでください。 ここは公会議場です。関係者以外の立ち入りは認められていません。警備、その車椅子の人間を速やかに連れ出し——」
「あぁ、こういったほうが良かったですかね。連邦捜査部シャーレ所属の人間です」
探索者は、膝の上のパソコンを片手で軽やかに弄りながら、議長のことばを嘲笑うように遮った
「シャーレはあらゆる規約や法律による規制や罰則を免れる超法規的機関です。組織としては完全に中立。それならば、この傍聴会にも入れる権利はあると思ますが?」
「……」
「それに、新しく証言があるというのに握りつぶしたというのは、今後のトリニティの威厳にもかかわるのでは?」
探索者は挑発するように肩をすくめ、追い打ちをかけた。
「トリニティ総合学園が、都合の悪い証言者や証拠を門前払いしたなんて噂が広まるのはよろしくない。学園の権威も、審判の正当性も丸潰れ……それとも何か? トリニティの法は、都合の悪い真実から目を背けるためにあるんですか?」
「……証言があるというなら、手短に話しなさい……」
苦虫を噛み潰したような顔で認める議長に、探索者は満足そうに口元を歪めた。
「話が早くて助かるよ。本来は認められないのは分かっていますが、そうせざるを得ない状況なのでね」
探索者は車椅子の輪をひとつ回し、被告席で呆然と自分を見上げるミカへと視線を向けた。
「さて、確か今この大馬鹿者がかけられている罪としては…『百合園セイアの殺人未遂』『クーデター』『脱走』議長、その3つで間違いないですね?」
念を押すように問いかける探索者に、議長は忌々しそうに、しかし肯定の頷きを返すしかない。
「では、一番最初。『百合園セイアに対する殺人未遂』ですが…」
「この件について弁護するつもりはありません」
「……は?」
思わぬ言葉に、公会議場が一瞬静まり返り、次いで大きなざわめきが波のように広がった。
「な……!?」
「弁護しない……ってどういうことだ!?」
被告席のミカ自身も、信じられないものを見る目で弾かれたように顔を上げる。自分を助けに来てくれたはずの男から突きつけられた思いがけない言葉に、その瞳が大きく揺れていた。
「勝手に勘違いして動揺しないでください。私は『事実に反する弁護はしない』と言っただけです」
「聖園ミカがセイアに対してアリウスに指示し、怪我を負わせたのは動かしようのない事実です。証拠も揃っている以上、ここで『実はやってませんでした~』なんて白々しい嘘を吐くつもりはないですよ……ですが」
探索者はゆっくりと人差し指を立て、議長席を、そして観覧席全体を冷たく見回した。
「それは『殺人未遂』という罪名が正しいかどうかとは、まったく別の問題ですがね」
「な……!? 弁護しないと言っておきながら、罪名を否定するのか!?事実を認めたのなら、何を争うというのです!」
検事側が困惑と憤りを隠せない様子で身を乗り出す。観覧席からも「往生際が悪い」「言い逃れだ」といった罵声が飛び交う。
「静粛に!!」
議長の木槌が激しく打ち鳴らされようやく辺は静かになる。それを見計らったように探索者は話を続けた。
「続けますよ。『セイアを殺そうとした』という前提でミカを『魔女』として吊るし上げようとしている……だが、法的に『殺人未遂』が成立するためには、明確な『殺意の立証』が必要不可欠だ」
探索者は冷ややかな眼差しで議場全体を見渡した。
「アリウスを使った連絡、現場の状況、そして何よりミカ本人の意図……彼女が望んでいたのはセイアの『無力化』であって、ヘイローの破壊——すなわち完全な『殺害』ではない。現に、セイアのヘイローは破壊されていないし、命も取り留めている」
「け、結果として命の危険があったことに変わりはありません! それを殺人未遂と言わずして何と言うのですか!」
「それを法律上では『傷害罪』または『重傷罪』と呼ぶのでは?」
静かだが鋭利な探索者の声が、検事側の発言を一蹴する。
「さて、『殺人未遂』の罪状に重大な疑義が生じたところで……次は『クーデター』と『脱走』の件に行こうか」
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「まずは『クーデター』これについては私は減刑を要求する」
「確かに彼女はクーデターを起こし、実際にエデン条約をめちゃくちゃにした。それは事実だ」
静まり返る議場に向かって、車椅子の肘置きに頬杖をつきながら、淡々と、しかし全員の耳に届く明確な声で言葉を重ねる。
「だが、最後までその意思があったかといえばそれには疑問が浮かび上がる」
静寂が包む議場の中で、探索者の言葉は冷徹に、そして着実に楔を打ち込んでいく。
「こちらを聞いていただこう。弁護人請求証拠にはのってませんが、極めて重大な証拠になりうる物です」
探索者は懐からとある少し古ぼけたボイスレコーダーを取り出す。
「再生しても?」
「……どうぞ。どのような証拠か拝見いたしましょう」
議長が変わらない様子で許可を出すと、探索者は口角を歪め、ボイスレコーダーの再生ボタンを迷わず押し込んだ。
『クフフッ、これで私の神秘は更に上のものへと至る!』
『お前が…このエデン条約クーデターの元凶か、ベアトリーチェ』
『ええ、そうです。あの愚かな子供たちを利用し、私がより高位な存在になるために用意された舞台なのです』
『より高位なものになること……それを通じて救うことが大人の義務。そして高みに登り、全てを救う!』
ノイズ混じりのスピーカーから流れ出したのは、痛々しいほどに鮮明な「悪役」の音声だった。
「さて、この音声は先日、私と先生で独自にアリウス地区へと赴き調査を行った際、であったある大人との会話です」
探索者は淡々と事実を告げるような。変わらない声色で話を続ける。
「お前らが『すべての元凶』『処分すべき魔女』と決めつけて叩いていた美園ミカは……実際には、外部の危険な『大人』——ゲマトリアのベアトリーチェに言葉巧みに利用され、踊らされていた『加害者』であり『被害者』だ」
探索者は人差し指を立て、静まり返る議場全体に向かって冷たく突きつけた。
「ミカの犯した罪そのものが消えるわけじゃない。だが、外部の脅威による精神的誘導、および洗脳に近い構造的利用の可能性がある以上、彼女だけに全責任を押し付けるなど、まっとうな法理において絶対に認められません。これは明確な『情状酌量』の根拠だ」
観覧席の生徒たちが、言葉を失って顔を見合わせる。
自分たちが激しい憎悪をぶつけていた対象が、実は恐ろしい外部の悪意に翻弄されていた少女だったという事実に、議場を包む空気の質がガラリと変わり始めていた。
「…ならば、逃げた件はどうするのだ」
その声は、検事側からの冷ややかな突っ込みだった。
「彼女はセイア様を殺害しようとし、実際に気絶にまで追い込み、そして逃走した。証人は居るんだ。その件についてはどう考える」
沈黙に包まれかけていた議場に、再びピンと糸が張り詰めたような緊張が走る。
探索者は深いため息をひとつ吐くと、まるで聞き分けの悪い子供を見るような目で検事側の席を見つめた。
「話を聞いていなかったんですか? 今はクーデターについて話しています。逃走については後ほどきちんと触れます。論点を混ぜないでください」
「ぐっ……」
検事が二の句を継げずに詰まると、探索者は車椅子の背もたれに体を預け、パチンと小さく指を鳴らした。
「…ま、とりあえずクーデターの話についてはこれで十分でしょう、逃走の件についても弁護しましょう」
「この件に関しましては…無罪を要求します」
「む、無罪だと……!? ふざけるな!」
議場に雷が落ちたかのような衝撃が走り、検事側の生徒が怒号を上げた。観覧席からも悲鳴と怒りが混じり合った罵声が同時に湧き起こる。
「逃亡は明らかな事実だ! それを無罪などと……! シャーレの人間だろうと、支離滅裂な暴論が通ると思うな!」
「えぇ、事実です。それは認めます。ですが…彼女には逃走の意思がないと言えるだけの証拠があるのだとすれば?」
「逃走の意思がない……だと!?」
検事は思わず机を強く叩き、声を荒げた。
「ふざけるな! 彼女は自らの足で脱走し、現に正義実現委員会の包囲網を破って逃げ回っていたんだぞ!? 意思がなかったなどという戯言が、通ると思っているのか!」
「これが通るんだよなぁ…こちらをご覧ください」
探索者は膝の上のパソコンに視線を落とし、軽快な音を立ててエンターキーを叩いた。
大型スクリーンにデータ──探索者のモモトーク画面が映し出される。宛先は勿論聖園ミカ。そして
『緊急だ』
『援護を頼む』
その切迫した悲痛な叫びとともに添えられていたのは、逃亡先ではなく、探索者が追い詰められていた場所の正確な緯度経度——リアルタイムのGPS座標データ。
検事側の生徒が絶句し、目を見開く。
探索者は嘲笑うように口角を吊り上げ、車椅子の背もたれにゆったりと体を預けた。
「見ての通りですよ。彼女は『自分だけが逃げ延びるため』に収容所を抜け出したんじゃない。『アリウスに残された生徒たちや、危機に瀕した事態を救うため』に、自らを投げ打って現場へと急行していたんだ」
トントン、と探索者はパソコンの天板を指先で叩く。
冷徹で、けれど圧倒的な説得力を秘めた声が、凍りついた議場に響き渡る。
「少なくとも、『責任から逃れるための逃走』という検察側の主張とは、この行動は一致しません。彼女は安全圏へ逃げたのではなく、より危険な場所へ向かっている。それを『保身のための逃亡』と評価するのは、あまりにも無理がある」
「……ちょっと待て」
検事側の生徒が片手を突き出し、探索者の言葉を力任せに遮った。その表情には焦燥と、かき集めた疑問を突きつける必死さが滲んでいる。
「何故お前は聖園ミカにこのメッセージを送った? 救援を呼ぼうと思えば正義実現委員会が真っ先に思い浮かぶはずだ。ましてやこの時、聖園ミカは監視の元に置かれていたんだ」
「それなのにそのメールが聖園ミカに届いている…これはお前と聖園ミカが共犯であり、証拠を作るために仕組んだことじゃないのか!」
観覧席からも「そうだ!」「お前も共犯だ!」といった罵声が飛び交う。
「静粛に!!」
議長の木槌が激しく打ち鳴らされるが、観覧席から巻き起こった怒号の波は容易には収まらない。味方を得たと確信した検事は、ここぞとばかりに胸を張り、探索者へと強く指を突きつけた。
「そうだ! 監視下の人間と事前に示し合わせ、意図的に救援要請のログを残した……! 彼女の脱走を正当化し、罪を覆い隠すための出来レースだったと言われても弁明できまい!」
矛先が被告席から自分へと向けられても、探索者は眉一つ動かさなかった。
「確かにその可能性はある。だが、私の端末では少なくとも私の知りうるトリニティ関係者全員に向けこのメッセージを送っている」
観覧席の怒号がピタリと止まり、検事が怪訝そうに眉をひそめた。
「な……全員に、だと……!?」
探索者は膝の上のパソコンのエンターキーを静かに叩いた。
大型スクリーンに展開されたのは、膨大な数の送信履歴データ。正義実現委員会、シスターフッド、救護騎士団、果ては各部活の長に至るまで——当時のトリニティにおける主要な生徒全員の端末IDと、先ほどの『緊急だ』『援護を頼む』という一斉送信ログが整然と並んでいた。
「確かに共犯や自作自演の可能性を疑うのは結構です。ですが、私の端末から送信されたこの緊急SOSは、私が知り得るトリニティ関係者『全員』に対して同時に発信されたものですよ」
探索者は車椅子の背もたれに深く体を預け、あきれ果てたように肩をすくめた。
「まぁただ……アリウス自治区特有の異常な電磁妨害と電波状況の関係上、偶然にも受信可能圏内にいた美園ミカにしか、そのメッセージは届かなかったようですがね」
「なら……その偶然を証明しろ!」
「無理ですね。それは」
「……は?」
思わず素の声を漏らした検事の顔は、滑稽なまでに固まっていた。議場全体にも、あまりに堂々とした「証明不能」の宣言に対する戸惑いが広がっていく。
だが、探索者は悪びれる様子もなく、車椅子の肘置きに頬杖をついた。
「この電波妨害、先ほどのベアトリーチェを倒した瞬間に消滅したんですよ。ですから、今さら同じ環境を再現して実験することなど不可能です」
「な……っ!? 証明できないだと!? ならばそんなものはただの言い逃れ——」
「ですが」
探索者は検事の言葉をあっさりと遮り、スクリーン上の音波解析データを指差した。
「先ほど再生した音声の中でも、ベアトリーチェ自身がアリウス地区を己の舞台として利用し、独自の領域を展開していたことを認めています。アリウス特有の超自然的な干渉が存在したことは、エデン条約に居た皆さんも知っている客観的状況なとして既に証明されている」
「通信が遮断されていた環境証拠、ベアトリーチェ本人の自供、そして全生徒へ一斉送信されたログ。これだけの事実が揃っていながら、『偶然ミカだけに届いた』という辻褄の合う現実を否定し、『事前に共犯で仕組んだ』と主張したいのであれば……」
探索者は薄く冷たい笑みを浮かべ、検事に向けて指を突きつけた。
「その場合は『私と聖園ミカが事前に通謀し、この通信記録を偽装した』ことを裏付ける証拠を提示してください。疑うだけでは、法廷では証明になりません」
観覧席の生徒たちが顔を見合わせ、議場にざわめきが広がっていく。
検事はぐっと言葉に詰まり、顔を赤くして探索者を睨みつけることしかできない。言葉を挟もうと口を開きかけては閉じ、拳を固く握りしめて震わせていた。
「言いがかりで罪を着せられるほど、法は甘くありませんよ……立証できないのであれば、あなたの『共犯説』はただの思い込みに過ぎない」
探索者は冷徹な眼差しで検事席を一蹴すると、膝の上のパソコンをパタンと閉じた。その静かな音が、まるで審判の槌音のように議場に響き渡る。
「さて、議長。そして検事さん」
車椅子の背もたれに深く体を預け、探索者は不敵な笑みを浮かべた。
「クーデターの裏にあった真の黒幕の存在と情状酌量。そして、逃走罪を構成する故意については重大な疑義が残る。以上が、弁護側として、そして証人としての私の主張です」
「ですが、最後に一つだけ」
「この学校では私刑が横行し、器物損壊や暴行にまで手を染めた者たちが、それを咎められることもなく過ごしている」
探索者はそこで言葉を一度区切り、観覧席を見渡した。怒号を上げていた生徒たちが、その冷ややかな視線に射抜かれ、居心地悪そうに身を縮める。
「彼女の犯した過ちを正当な法の手続きで裁こうとせず、ただの不満解消や鬱憤晴らしのために痛めつけ、死へと追い詰めようとした者たち。彼らがやっていることは『正義』でも何でもない。ただの『暴力』だ」
「無論、そういう心情を理解しないとは言わない。古代から公開処刑は民衆の娯楽であったし、何より人間がそう簡単に変わるとは思えない」
探索者は自虐的とも取れる嘲笑を浮かべ、肩をすくめて見せた。
「自分たちの平穏を脅かした『悪』を提示されれば、群衆はそれを叩くことでしか結束できない。正義という大義名分を得た暴力がどれほど心地よく、どれほど欲望を満たすか……まあ、私だって嫌というほど知っていますよ」
観覧席の生徒たちが、居心地の悪さに身を縮こまらせ、静まり返る。
「だがな」
探索者の笑みが消え、その瞳に底知れない冷たさが宿った。
「何事にも限度というものがある。罪人と呼ばれる者も、元はあなた方と何一つ変わらない人間だ。それなのに、変わろうとする内面を見ず、一生咎人のレッテルを貼られ、元に戻ろうとする権利すらも奪う。それだけは違う」
静寂が、議場を重く押し潰す。
先ほどまで激しい憎悪と怒号を撒き散らしていた観覧席の生徒たちは、誰一人として探索者と目を合わせることができず、ただ俯いていた。
「過ちを犯した者を叩き潰し、二度と立ち上がれないように踏みにじるのが『正義』だと言うなら、そんなものはただの残虐な娯楽だ……間違えた人間が傷つき、悩み、やり直そうと伸ばした手を拒絶し続ける世界に、一体どんな未来があると言うんだ?」
探索者は膝の上のパソコンに静かに手を置き、議長席と検事席を順番に見据えた。
「聖園ミカは自らの犯した罪から逃げなかった。ボロボロになりながらも、その命を賭して危機に立ち向かった……それが彼女の導き出した『贖罪』の答えだ。その再生への意志すら踏みにじる権利は、あなた方の誰にもない」
「……以上が貴方達よりも少しだけ長く生きている人間の戯言です」