探索者は予定していた次なる潜伏ポイントへと滑り込んだ。
「よっと、この辺かなぁ……あの音と狙える狙撃方向なら…おそらく3〜400メートル付近といったところだろ」
「それに付随して、あの発見速度も加味すると、向こうも発見承知で開けてる場所だな」
着弾音の反響と射線からおおよその距離を弾き出し、移動速度と潜伏位置の特性まで瞬時に計算に入れ、その付近をサーマルスコープで探し出せば自ずと熱源を探知できる。
「んー……見当たらん…ってことはガラスかねぇ」
とはいっても、探索者は万能ではない。たった一撃で全ての距離を弾き出せるほど卓越した才能を持っているわけではないのだ。
だからこそ、彼の強みは「知識」と「泥臭い経験」にあった。
「サーマルスコープはガラス噛ませるとわからんくなるからなぁ…」
サーマルスコープは、物体から放射される赤外線を捉え、その温度分布を映像として映し出す装置だ。暗闇の中でも熱源を捉えられるため、通常の光学スコープでは見つけにくい相手を探知するのに非常に有効である。
しかし、一般的なガラスはサーマルスコープが利用する赤外線をほとんど通さない。そのため、ガラス越しにいる人物は熱源として捉えにくく、場合によってはガラスそのものの温度しか映らない。
「……ガラス全部割れれば良いけど…流石に目立つしなぁ…」
こうなると、探索者は通常のスコープで探すしかなく、優位性は失われる。
卓越した狙撃手なら、ここから先も直感や経験だけで敵の位置を絞り込めるのかもしれない。だが、探索者はそういう天才ではない。
一瞬の閃きで死線をくぐり抜けるような超人的なセンスなど、自分には端から備わっていないのだと、彼は誰よりも自覚していた。
「ま、サーマルが使えないなら使えないで、やることは変わりませんけどねぇ」
探索者は低く呟きながら、暗がりの中で薄く笑った。
探索者は生粋の準備魔である。開始三日前から実際にフィールドへ足を運び、狙撃ポイントとして使われそうな場所を自分の足で確認。その一箇所一箇所に対し、どう対策すべきかまでを緻密に手帳の地図へ書き込んでいた。
頭の中で、蓄積されたデータと現場の状況を照らし合わせる。
先ほど耳に届いた銃声の反響、着弾地点から割り出された弾道。そこに自身の経験を重ね合わせ、条件を一つずつ潰していく。
射線が通る場所
距離が合致する場所
長時間の潜伏に適している場所
そして──サーマルスコープの熱源探知を遮る、ガラスで覆われている場所
理詰めでチェスボードのマス目を消していくように、選択肢が次々と削ぎ落とされていく。
探索者の地図上に、最後にぽつりと残った場所は──たったの一箇所だけだった。
「天才の直感も結構だけど……事前準備で詰ませるのも、なかなか悪くない」
迷いは一切なかった。
探索者はモシン・ナガンのストックを肩へと深々と押し当てると、変更した通常のスコープのクロスヘアを、その『一箇所』──ガラスの奥に潜む敵の影へと静かに吸い寄せていった
──パァァァァン!!
静寂を突く乾いた銃声と共に、一撃、ガラスを突き破り、赤い塗料が着弾したことを確認する。
一瞬遅れて、展望テラスの暗がりに鮮やかな赤が弾けた。
割れたガラスの破片が降り注ぐ中、赤い塗料を浴びたマシロが呆然とした様子で崩れ落ちる。
「うっし、当たり。この距離で外してたらマズイからなぁ…」
探索者は口角を不敵に吊り上げると、撃ち終えた余韻に浸る間もなく、手慣れた動作でモシンを引き寄せた。
どれほど緻密な計算と準備で天才を詰ませようとも、ここは戦場だ。一箇所にとどまり続ければ、今度こそ残った敵に包囲される。
「とっとと移動移動」
──────────────────────────
戦場は混沌を極めていた。
正面の敵を警戒していると、どこから飛んでくるかも分からない狙撃。位置を探ろうにも、発砲場所が遠すぎる。
「くそっ、また持っていかれた! どこだ、どこから撃ってる!?」
「正面に集中するな! 射線に入ってるぞ、下がれ!」
悲鳴と怒号が飛び交い、風紀委員会と正義実現委員会の戦闘部隊は完全に後手に回されていた。
その上隊長格を的確に抜いてくる狙撃能力、カウンタースナイプしようにも、見つける前に両陣営のスナイパーは先に撃ち抜かれる。
(…マズイっすね。両陣営を均等に狙ってきてる)
イチカは冷や汗を伝わせながら、物陰で息を潜めていた。
探索者という存在を、自分たちはどこかで軽く見過ぎていたのかもしれない。
ただの「サバゲー好きの一般人」だとか、「ちょっと小器用な狙撃手」程度の認識だった。しかし、蓋を開けてみればどうだ。
マシロという、トリニティが誇る最高峰の狙撃手を瞬時に沈め、なおかつどちらかの陣営に偏ることもなく、完璧な精度で双方の戦力を均等に削り削ぎ落としていく。まるで両軍の戦力差すらも計算に入れ、戦場全体のパニック状態を意図的にコントロールしているかのように。
(…何か手を…共倒れは目に見えてる…)
イチカは溢れ出る冷や汗を拭いもせず、焦燥に駆られながら思考を高速回転させた。
このままお互いにいがみ合い、正面の敵と見えない狙撃手に怯え続ければ、待ち受けているのは完全な共倒れだ。風紀委員会も正義実現委員会も、ただの「動く標的」として一人ずつ赤く染め上げられていく未来しか見えない。
「……ハハ、参ったっすね。正義実現委員会と風紀委員会が揃い踏みして、たった一人の狙撃手に踊らされるなんて……」
自嘲気味に呟きながら、イチカは物陰から薄く視線を走らせた。
あの「探索者」の狙撃は正確無比だが、決して無差別な無差別殺戮ではない。隊長格やスナイパー、戦場の要となる存在を優先的に潰し、パニックを維持している。
つまり──
(あえて戦局を「拮抗」させてる……片方が全滅したら、もう片方に集中砲火を浴びせられて位置がバレやすくなるから……?)
そこまで思考を巡らせた瞬間、イチカの目つきが変わった。
「……均等に狙ってくるってことは、逆に言えば『両陣営の均衡が崩れること』を嫌がってる証拠っすよね」
理詰めで戦場をコントロールしているのなら、その「理」をぶち壊すしかない。
イチカは腰につけていた無線機に手をかけ、正義実現委員会の全員にとある命令を仰いだ。
──────────────────────────
「ホイ、もう一発。大体スナイパーは殺ったなぁ」
遠く離れた潜伏ポイントで、探索者はモシンのボルトを軽快に引き、空薬莢を弾き出しながらのんきに呟いた。
スコープ越しに見える戦場では、先ほどまで激しい銃撃戦を繰り広げていた風紀委員会と正義実現委員会が、示し合わせたように探索者の方向へ向かい、互いに銃撃をピタリと止めている。
「おやぁ……休戦ですか。こちらの狙いを察してる……エデン条約結ばれたとはいえ、なかなか思い切って判断しますねぇ…恐らく……イオリか、イチカか、両委員長か…どちらかだな」
互いに争うのをやめ、完全に探索者の殲滅へと移行した二大陣営。これでは「混戦に乗じた狙撃」という探索者の優位性は失われ、じわじわと包囲網を狭められることになりかねない。
普通のスナイパーであれば、冷や汗を流して撤退を選択する局面だ。
「正解ではあるが…もう2手欲しいところだな」
「こっちの狙いを読んで休戦する。そこまでは正解。だけどねぇ……」
「相手を出し抜くつもりなら、もう二手先まで読んでほしいところですよ」
だが、探索者はニヤリと口角を悪辣に吊り上げた。
探索者はスマホを芯火へしまい込んだ後、ある銃器を取り出す。
それはモシン以上にゴテゴテにカスタムされ、マガジンには大容量のアモボックスが装着されたPKPペチェネグ。LMGの中ではトップクラスに重く、一人で振り回すにはギリギリの代物だ。
「さぁ、ダンマニウムEX,初お披露目といきますか」
探索者は伏せている姿勢から立ち上がり、下にある建物内へと入り込む
「スナイパーが潜撃を解いて、籠城戦に切り替えるなんて、誰も予想しないでしょうからねぇ……」
ズッシリとした重圧感を両手に感じながら、凶悪な7.62mmペイント弾がぎっしり詰まったアモボックスを軽く叩く。
敵は狙撃手を警戒し、休戦協定を結んで建物の物陰や遮蔽の裏に身を固めているはずだ。遠距離からの精密射撃を無効化されたなら、超ハイパワーな重機関銃による近接掃射で室内ごと真っ赤に染めてしてしまえばいい。
「来るなら、こっちから出向く必要もないですしねぇ…」
「狙撃を警戒しても狭い場所に固まってくれたなら……そこはもう、ただの『処理場』ですよ」
探索者は『ダンマニウムEX』のバイポッドを廊下の重厚な机の上に叩きつけ、射角を完全に固定した。
この建物は、逃げ込むには最適の遮蔽物だ。入り口が一箇所しかない完璧な袋小路。両陣営が一時休戦し、警戒しながら前進してくるルートは完全に限定されている。
精密射撃という「点」の支配を捨て、圧倒的な火力による「面」の絶対防衛線へと切り替える。
ド、ド、ド、ド……
階段を下りてくる足音が近づいてくる。風紀委員会と正義実現委員会──本来なら相容れないはずの二大組織が、慎重に距離を詰め、この部屋へと一斉に踏み込もうとしている気配。
「さぁ、意図は気づいてますかねぇ…」
探索者は暗がりの中で凶悪に目を細め、人指し指を重圧な引き金へと掛けた。
「さぁ…ダンマニストの底力見せてやろうか……!」
扉が激しく蹴り開けられたそのコンマ数秒の瞬間、狭い廊下に重低音の狂瀾が巻き起こった。
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!!!
規格外の連射速度で吐き出される7.62mmペイント弾の豪雨。
アモボックスから次々と送り込まれるペイント弾が、狭い廊下を赤い弾幕で埋め尽くし、ドア枠を粉砕し、壁を削り、跳弾の嵐となって入り口を一瞬で赤く染め上げていく。
「ypaaaaaaaa!!!!!!!」
反動で銃口が跳ね回り、探索者ですら全く狙いがつけられない状態。だが、弾幕射撃とは制圧である。
狙撃手の精密さを捨て去り、狂気に任せて引き金を絞り続ける探索者の雄叫びが、狭い室内と廊下に恐ろしく響き渡る。
あまりの音圧と、視界を埋め尽くす赤い惨劇。
狙いを定める必要など微塵もない。この狭い一本道の通路において、圧倒的な面制圧の弾幕は「そこに存在するだけで死を意味する壁」と化していた。飛び交うペイントの飛沫と破砕音が、突入を試みた両陣営の思考を完全にフリーズさせる。
理詰めで戦場を組み立てる繊細さと、力任せに全てを押し潰す蛮勇。
「あ゛あ゛あ゛あ゛!!気持ちぇぇぇ!!!」
理性のタガが完全に外れた探索者の狂叫が、爆音の隙間を縫って激しく響き渡る。
「ヒッ……な、なにあの怪物……っ!? 正気じゃないっすよあいつ!!」
「退避! 一旦引いて距離を取れぇッ!!」
通路の奥で、正義実現委員会と風紀委員会の隊員たちが悲鳴を上げながら雪崩を打って後退していく。
緻密な事前準備で敵の選択肢を奪い、袋小路へと誘導した末の、圧倒的な暴力による蹂躙。理詰めのスナイパーから一転して「動く固定砲台」と化した暴威の前に、両陣営の協同戦術は影も形もなく瓦解していた。
「アヒャヒャヒャヒャ!!!!」
ガリガリと音を立てて削れていくアモボックスのペイント弾。
マズルフラッシュの閃光の中で、探索者は凶悪な悦楽に顔を歪めながら、重低音を奏でる『ダンマニウムEX』の引き金を、ただひたすらに固定し続けていた。
だがそれも長くは続かない。いくら大容量のアモボックスとは言えども弾は有限であり、いずれはリロードを挟まなければ弾切れを起こしてしまう。
そしてPKPの装填作業──トップカバーを開け、重いベルトリンクを噛ませ直す動作は、とてつもなく遅く、そして長い。
だが探索者は……いや、この狂乱の弾幕使いはそれほどヤワではなかった。
ガッ、ガッ、ガッ、ガッ!
突如として、豪雨のような弾幕の中に発光するような目立つ色──赤蛍光塗料を限界まで塗布した特殊ペイント弾(いわゆる『ペイント曳光弾』)が数発交じり、狭い通路を色鮮やかに駆け抜けた。
「ペイントの曳光弾……!? 嘘でしょ、残弾管理まで可視化してやがるのっ!?」
通路の陰で警戒していた風紀委員が、その発光弾の意味を察して目を見開く。ベルトリンクの末端に仕込まれたその赤い弾丸は、弾切れの直前を探索者自身に教える完璧な合図だった。
カチカチッ──!
ついに『ダンマニウムEX』が空撃ちの乾いた金属音を奏でる。
「弾切れだ! 今のうちに突入しろ──」
隙を突いて押し寄せようとする風紀委員の叫び。しかし、探索者は不敵な笑みを崩さぬまま、すでに左手で腰のピンを抜き去っていた。
「残念、タイムアウトでーす♪」
空になった重機関銃の上蓋を開けるのと同時に、狭い一本道の通路へ向けて投げ込まれる二個の特殊グレネード。
ドォン!! ──パラララララッ!!
爆音とともに炸裂したのは、大音量の音響(フラッシュバン)と、大量の「プラスチック製ペイント弾」ペイント弾を全方位に撒き散らす面制圧型スタングレネード
「ひっ、目が……耳がッ!?」
「痛っ!? 何これ、跳弾が凄まじい……っ!!」
狭隘なコンクリートの通路の中で狂ったように跳ね回る無数のBB弾と強烈な閃光が、突入しようとした隊員たちを再び強烈に足止めする。
「はい、お買い上げありがとうございました〜」
その阿鼻叫喚の時間をフルに使い、探索者は悠々とをリロードを済ますと、すでに予備のマガジンへと装填を完了させていた。
「時間を稼ぐ手札なんて、最初からいくらでも仕込んでありますよ」
再び差し向けられる冷徹な銃口。
理詰めの罠と、狂気の暴力、そして隙のない準備。探索者が支配する「処理場」の地獄は、まだ終わりそうになかった。
と思ったのも束の間──
「パワーイズパワー!!パワードバイパワー!!!パワーイズジャスティース!!!!」
探索者は制圧射撃を続けている。敵いないのに
リロードを終えた『ダンマニウムEX』が、誰もいない無人の通路に向かって再び咆哮をあげていた。もはや戦術もへったくれもない。ただただ快楽に任せて引き金を固定し続ける男の姿がそこにあった。
そんな探索者の後ろの壁が、突如として激しい衝撃とともに吹き飛んだ。
豪快に崩れ落ちるコンクリートの粉塵。
「アヒャヒャヒャヒャ!!!弾幕最強!!弾幕最強!!弾幕使いに栄光あれ!!!」
だが大音量の射撃音で、探索者は後ろの惨状に全く気づいていない。脳汁が出すぎて耳も心も完全にハイになっていた。
──カチリ
硝煙と粉塵が舞う暗闇の中、崩れた壁の隙間から滑り込んできたトリニティとゲヘナ両陣営の長、剣先ツルギと空崎ヒナの姿
「……ア?……ヒィ……ヒヒヒ……」
ツルギの狂気に満ちた呻き声と、ヒナの冷酷な瞳が探索者の背後から覗く
「…もう終わりかぁ…想定してたけど……まあ、そこまでやるなら私の負けですねぇ…」
探索者は『ダンマニウムEX』からそっと手を離すと、観念したように両手を頭の後ろで組んだ。
「一網打尽のつもりが、文字通り『壁』をぶち破られるとは。いやはや、両陣営のトップ自らのお出ましなんて、光栄すぎて涙が出ますよ」
「……随分と楽しそうだったじゃない。私達の部下たちをずいぶんと派手に料理してくれたわね」
ヒナが呆れたように小さく息を吐きながら、銃口をピタリと探索者の額に突きつける。その隣では、ツルギが今にも噛みつきそうな勢いで興奮の息を荒げていた。
「ま、全部ハメて、最後はトップ二人に直接首を獲らせたんです……最高のオチじゃないですか?」
探索者は悪びれもせず、両手を挙げたまま満足そうにニヤリと笑った。
「降伏です。この時点でDie惨陣営は止まります」
両手を挙げたまま道化のように肩をすくめる探索者に、ヒナは眉をひそめて呆れ果てたような息を吐いた。
「まったく、くだらないチーム名をつけて……どれだけの手間をかけさせてくれたのか分かっているんだ?」
隣でツルギが今にも引き金を絞りそうな勢いで威嚇の声をあげるが、探索者は至って涼しい顔だ。勝敗の行方など、彼にとっては最初から二の次。己の描いた
「でも、流石ですね。空崎さん。ちゃんと私の意図に気づいていたんですね」
「……は?」
探索者の呑気な称賛に、ツルギは心底解せないといった風に不機嫌そうな眉を寄せた。
「……貴方はそこまで考えていたのね。発案はチナツよ」
「おぉ、アコさんじゃないんだ。まぁ誰が考えようがその戦術は満点です」
「……あぁ、なるほど……そういうことか」
探索者とヒナの会話にツルギはポンと手を打ち、深く納得したように頷いた。
その瞬間、全員の腰にある無線機から甲高いやまびこのようなブザー音が鳴り響いた。
『ゲーム終了!! 人質回収により、風紀委員会側の勝利でーす!!』
クロノス報道部の賑やかなアナウンスが、硝煙の燻る室内に響き渡る。
「……あー…なるほど……ハハ、一本取られたっすね。まさかそっちが本命だったとは」
イチカは苦笑しながら、ようやく理解した。
探索者を倒すための休戦。
それ自体は間違っていなかった。
しかし、探索者は最初からこの状況を利用することを想定していたのだ。
両陣営が一時的に手を組み、自分へ戦力を集中させる。
ならば当然、敵の中には「探索者を相手取る部隊」と「人質を救出する部隊」に分けるという選択肢が生まれる。
そして探索者には、人質を追う理由が端から存在しない。
探索者の目的はただ一つ──このフィールド内にいる全員の
対して、ゲヘナとトリニティの勝利条件は「人質の救出」か「敵陣営の全滅」
つまり──探索者を独立した第三勢力として扱う限り、人質救出に向かう別働隊は、彼の勝利条件とは何らバッティングしない無関係の存在だった。
だからこそ、探索者は籠城した。
人質救出を狙う部隊をわざわざ追いかけるよりも、自分を倒しに来る両陣営の主力をこの「処理場」で正面から受け止める。
その間に手薄となった相手防御を破壊し、別働隊が安全に人質を回収する。
それこそが、この泥沼の試合において最も被害の少ない勝ち筋。
イチカは、いま足元で突きつけられた結果によって、ようやくその答えに辿り着いた。
だが──
探索者は、その先の景色をさらに前から見ていたのだ。
「だからこそ……」
縛られたまま、探索者はどこか愛おしそうに小さく笑った。
「もう1手、欲しかったんですよねぇ…停戦の条件がなんであれ、私を捕らえれば停戦は終わりますから」
それは、探索者が最初から用意していた「問い」の答えだった。
探索者を倒すために休戦する
そこまでは正解。
だが、それでもまだ足りない。
「私を捕らえた、その後は?」
そこまで考えてほしかったのだ。
探索者という共通の敵が消えれば、停戦を維持する理由もなくなる。
ゲヘナとトリニティは、再び敵同士に戻る。
ならば、次は?
そこまでが、探索者の言う「二手目」だった。
停戦を利用し探索者を押さえる主力と、極秘で人質を救出する別働隊に分ける。
それを予測し、防御の人員を少し増やしておき、カウンターを狙う。
そこまで辿り着いたなら、探索者の採点は満点だった。
「……ハハ、参りましたよ。完全敗北っすね…チナツさんだけじゃなく、探索者さんにも」
探索者は、相手が自ら選び取った「最適解」すらも最初から想定し、その答えをあえて受け入れていただけだった。