神社を護るコロマルの話。

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鳥居の守護者

 最近、夜が永く感じるようになった。

 最近、今まで感じなかった気配を捉えるようになった。

 最近、変わったモノが見えるようになった。

 

 視線を少しずらすと、その"変わったモノ"の最たるモノと目が合う。

 それは三つ首の大きな犬。

 見た目は恐ろしいが、何故だか警戒心は起こらず、害意も無いようなので放っておく。

 前に一度話し掛けたら無視されたので、声もかけない。

 きっと会話は好きじゃないのだろう、と彼は思った。

 

 視線を空に移す。

 目に映るのは、丸い穴が穿たれた夜の空。

 丸い穴は月と云うのだと、大事なあの人に聞いて知っていた。

 

 

 最近、やけに月が大きく見えるようになっていた。

 

 

/*/

 

 いつものように鳥居の階段脇で寝ころんでいたコロマルは、ふとピクリと耳を動かすと頭を起こした。

 目つきは険しくなり、口からは唸り声が洩れる。

 複数の足音。

 それがコロマルにそんな反応をさせていた。

 現れたのは、一組の男女。

 男は相当ガラが悪いようで、肩をいからせて歩き、女はその腕にしなだれかかるようにして歩いていた。

 彼らの目的地はコロマルが棲み処としている神社なわけだが、勿論学業祈願のお詣りなどではない。

 彼らは、神社を溜まり場と定めたのだ。

 現在、神社を管理している祭祀は来るもの拒まず。

 そのおかげで野良となったコロマルも神社に居続けられるのだが、その方針はこういう輩まで招き寄せてしまう結果となった。

 彼らは遊びにくる小学生を追い返したり、病弱な青年に絡んだり、昨日はタバコの火の始末が杜撰なせいで花壇でボヤ騒ぎが起きた。

 この神社を守りたいコロマルからすれば、彼らは完全に悪だった。

 コロマルの殺気に彼らは気付き、足を止める。

 その顔に、馬鹿にしたような表情が浮かぶ。

 

「あーらら、何この犬。やる気マンマン?」

「保健所に電話しちゃう~?」

「それいいじゃん。でもその前にボコっとかね? 最近ストレス溜まっちゃっててさぁ」

 

 男は絡んでいた女の腕を解かせるとコロマルと対峙した。

 コロマルの姿勢が低くなる。

 身体のバネを最大限に利用するために身体を縮め……

 正面でヘラヘラ笑う男目掛けて、飛びかかった。

 手ごたえと、喉にくる生暖かい液体が相手の負傷をコロマルに伝える。

 血が数滴、アスファルトを濡らした。

 しかし、その血はコロマルが飛びかかった男のものではない。

 突然現れた別の男が不良とコロマルの間に割り込んだのだ。

 割り込んだ事によって双方の攻撃にさらされた男の右腕は不良の蹴りを受け止めており、左腕はコロマルに噛みつかれていた。

 コロマルは、噛みついた腕にぶら下がったまま、視線と匂いで相手を確認する。

 

 深く被ったニット帽。

 そこから覗く荒んだ目。

 くたびれ気味のコート。

 猫背の姿勢。

 染み付いた薬の匂い。

 

 たまにコロマルが散歩コースを歩いている時に見かける男だった。

 

「ここは抑えろ…… お前が奴らに怪我させたら、保健所にチクられるかもしれねぇ…… ここにいられなくなるぞ」

 

 男が、囁きというよりも独りごちたとでも言った方がいいような音量で呟く。

 不良には聞こえなかっただろうが、聴覚の鋭い犬であるコロマルにはきちんとその声が聞き取れていた。

 咬んでいた腕を解放して、男に乗せていた前足も下ろす。

 コロマルはこの神社にいたかったし、この人物の見た目に反した暖かい心が感じられたからだった。

 

「あぁ? 荒垣じゃねぇかよ。何犬の躾の邪魔してんだよ」

 

 足を下ろした不良がイラついたように言う。

 顔見知りではあるが、仲良くはないらしい。

 コロマルの視線を受けながら、荒垣と呼ばれた男が口を開いた。

 

「お前ら…もうここには近付くな…… 殺すぞ?」

「はぁ!? 何でテメェに指図されなきゃいけないんだよ」

「ねぇねぇ、やっちゃおうよぅ!」

 

 荒垣の言いように、いきり立つ不良達。

 

「テメェ、ウザいんだよ!」

 

 怒声と共に、男の手が動く。

 反射した光がコロマルの目を眩ませる。

 目を閉じ、開けたとき、既に決着はついていた。

 荒垣の足が男の手の中にあったものをどこかに弾き飛ばして、その次の動作で叩き伏せたのだ。

 

「お…覚えてろっ!」

 

 起き上がった不良は、そんなオリジナリティのない台詞を吐いて逃げていく。

 その後を、置いて行かれる形となった女が慌てたように追いかけていった。

 姿が見えなくなった後、荒垣は足元を見る。

 そこにはお座りのポーズを取ったコロマルが尻尾をパタパタと振っていた。

 荒垣は咳払いを一つすると、コートのポケットから缶詰めのドッグフードを取り出す。

 彼がここに来たのはそんな用件だったらしい。

 

「……食うか?」

 

 コロマルは一つ吠えることでそれに答える。

 ふと視線を動かすと、荒垣の向こう側に座っていた三つ首の犬と目が合った。

 コロマルは一緒に食べるか尋ねてみる。

 無反応だった。

 きっとお腹が空いてないんだな、とコロマルは思った。

 

/*/

 

 しばらくの時が流れた。

 荒垣は何度かドッグフードを届けてくれ、散歩中に不思議な雰囲気の高校生と面識を持った。

 特別な事はそのくらい。

 相変わらず夜は永かったし、変な気配は感じるし、変なモノは見えた。

 そして、相変わらず三つ首の犬は無口だった。

 

 しかし、その日は少し違った。

 

 ――グルル……

 

 三つ首の犬が、初めて感情を露わにしていた。

 牙をむき出しにして唸っている。

 それはコロマルも一緒だ。

 何かが、いる。

 いつも夜に感じていた変な気配を何倍にも濃縮したようなモノをコロマルは感じていた。

 空に穿たれた穴のせいで、辺りは夜と思えぬほどに明るいが、それでも払拭できないほど深い闇が蠢いている。

 闇が一斉に一カ所に固まり、膨れ上がった。

 気配が強くなる。

 闇から産まれた影は巨大な動物のような姿を形取り、声無き声を上げた。

 

 

 それは闘いと言うには余りに一方的なものだった。

 コロマルが飛びかかるも、爪も牙も立たず、しかし相手の攻撃は確実にコロマルの皮膚を裂いていく。

 瞬く間にコロマルの毛皮は朱に染まった。

 

 三つ首の犬が吠える。

 

 

 ――我を呼べ!

 

 

 何を、どうやって呼べばいいか分からない。

 

 影の尻尾にあたる部分が辺りを薙ぎ、それに払われたコロマルは数メートルの距離を飛ばされ、鳥居に衝突した。

 体中の力が抜けていく。

 それでもコロマルは諦めなかった。

 この場所を、汚されるわけにはいかない。

 その思いだけがコロマルを支えていた。

 残された力のほとんどを使い、コロマルは立ち上がる。

 影を睨みつけようと顔を上げると、三つ首の犬がコロマルの近くの地面に視線を向けているのに気付いた。

 視線を落とすと、そこには飛び出しナイフが落ちていた。

 月の光を反射して鈍く光っている。

 その光にコロマルは覚えがあった。

 あの日、不良の手の中にあった光る物。

 どうやらあの時に荒垣に蹴り落とされて、ずっとそのままになっていたらしい。

 鳥居の影に隠れていたので、誰も気付かなかったのだろう。

 コロマルはナイフを咥えると、改めて影と向かい合った。

 先程と同じように飛びかかる。

 しかし、爪や牙で攻撃していた時のように止まりはしない。

 影の傍を駆け抜けざまに切り裂いていく。

 反撃を受けない位置まで走り抜けてから振り返ると、反撃どころか倒れこんだらしく、もがく影。

 コロマルは追撃しようと姿勢を低くする。

 

 

 ――我を呼べ!

 

 

 三つ首の犬が吠える。

 

 

 ――我は汝、汝は我。我は心の海より出しモノ……

   我は汝が爪、我は汝が牙、我は汝が心に宿る焔なり!!

 

 

/*/

 

 そして、しばらくの時が流れた。

 コロマルはしばらくの入院生活で神社にいれない日が続き、退院後はひとまずの仮宿を得て野良ではなくなった。

 特別な事はそれくらい。

 相変わらず夜は永かったし、変な気配は感じるし、変なモノは見えた。

 三つ首の犬の姿は見えなくなったが、コロマルの心の海にいて、呼べば応えてくれる。

 

 そして、相変わらずコロマルは神社の鳥居の階段脇に座っていた。

 前のように四六時中いるわけではないが、やはり鳥居の守護者はコロマルだった。

 散歩に出て神社にやって来ると、寮に戻るまでの短い間、彼は鳥居を護るのだ。

 ふと、耳をピクリと動かし、立ち上がる。

 尻尾が嬉しさを現すように左右に揺れた。

 

「よう…久しぶりだな……」

 

 やって来た荒垣は、ポケットから手を出すと、しゃがみこんでコロマルの頭を撫でる。

 コロマルは気持ちよさそうに目を細めた。

 

「ん? お前、そのドッグスーツはどうし……」

 

 いつもと違うコロマルの格好を尋ねる荒垣の言葉が止まる。

 彼の視線は赤い腕章に止まっていた。

 周囲を注意深く見渡すと、微かに残った血痕と地面の焼かれたような跡が見て取れる。

 

「……お前…ペルソナ使いだったのか……」

 

 コロマルは荒垣の目を覗き込んで尻尾をパタパタと振った。

 荒垣は一つ息をつくと、ポケットからタッパーを取り出す。

 蓋を外してコロマルの目の前に置いた。

 中身は手作りの雑炊。

 コロマルは美味しそうな匂いに瞳を輝かせた。

 

「まぁ、コレでも食え」

 

 勧められ、コロマルは勢いよくタッパーに顔を突っ込んで食べ始める。

 荒垣はその様子を石段に座って眺めた。

 

「お前、あそこにいるなら、あいつらを守ってやってくれな」

 

 ポツリと呟かれた言葉に、タッパーの隅々まで舐め終えて満足したコロマルは、一つ吠えることでそれに答えた。




テスト投稿として自分のHPに置いてたSSを消して、改稿してみました。
でもよく考えたら、このSS、ルビとか全く無かった……

でも、コロマル大好きです。愛してます。
わんわんお!!

見る専で2chにカキコしたことはないけど、開設おめでとう&ありがとうございます。


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