力を失い、トウマ達と同じくらいの大きさになった女郎蜘蛛。
しかし、まだ諦めていなかった。
本来の力が使えないならと足掻いた結果出てきたものは、前世よりも酷いものだった。
人質を全て引きはがしたはずなのに、本来女郎蜘蛛が扱うことが出来ないモノが飛び出してくる。
「女郎蜘蛛の奴!魂を吸い取った対象の個性を操ってやがる!」
「厄介ね……。妖怪たちにだって妖術の得手不得手があるから攻められるのに。
これじゃどんな攻撃が飛んでくるかなんて分からないじゃない。」
アキノリが悪態をつくと、ナツメがぼやく。
そう、妖怪にでさえ不得意な事はある。
それを攻めることでナツメたち妖怪探偵団は、人間界で暴れる妖怪たちを制圧してきたのだ。
ナツメたちだけじゃない、ナツメの父・ケータもそうだった。
それを今の女郎蜘蛛はカバーしてしまったのだ、魂を吸い取ったと同時に得た人間が持つ個性のせいで。
おかげで妖怪探偵団は攻めどころが見つからず、攻めあぐねる羽目になってしまった。
幸いナツメが喚べる妖怪の数は無限に近い。
その為女郎蜘蛛が個性を用いて攻撃する分には幾らでも防御できる。
しかし、弱点がない敵妖怪というのは厄介。
防御を得意とする妖怪やアキノリの家・有星家に伝わる結界術などで身を守りつつ、どうするべきか考え込んでいた。その時だった。
「……SMASH!」
オールマイトの右ストレート一発が、女郎蜘蛛の体に入った。
そしてオールマイトは殴った相手である筈の女郎蜘蛛に手を差し伸べる。
その様にナツメたちは驚き喚く。
女郎蜘蛛は厄介な妖怪。
幾ら弱体化し人間を縛る力を持たないとはいえ、生身の人間が一発食らわせることに驚きを隠せないのと同時に、下手すればまた命が危うくなるというのに臆せず相手に向かっていく様が無謀過ぎて。
大袈裟ともいえる反応を示したのは仕方のないことだった。
状況が理解できず叫ぶナツメたちに、オールマイトは少し目尻を下げていった。
「だって少女が囚われているからね。」
このセリフを聞いた途端、ナツメたちは顔を上げた。
すっかり失念していた。
女郎蜘蛛が”単体でいる”と思い込んでいたのだ。
前世で女郎蜘蛛は姫野アヤメに取り憑いていた。
前々世がかつての妖魔王・朱夏であったナツメは、
朱夏から力を借りる形で空亡を倒した。
そして今世ではそんな朱夏の力を、
”鬼姫”という決して個性届には書くことのできない力として得ることになった。
今のアヤメも同じ状況だと考えればいいのだ。
ただし、現状は”女郎蜘蛛”という個性が暴走している、ある種の個性事故のようだが。
「トウマ!」
「分かった!憑依、幻魔・義経!我に力を!」
瞬時にそのことを理解したケースケから、トウマに短い言葉が飛ぶ。
この仮説が正しければ、女郎蜘蛛の中に見慣れた仲間が―
先祖返りの妖術師であり後にアキノリの妻となったアヤメがいるはずなのだから。
トウマはヒーローたちの目も気にせず、義経を降ろす。
そして少し女郎蜘蛛と距離を置き、
義経特有の観察力で女郎蜘蛛の中にある清い妖気の塊を探る。
数秒もせず、結果は出た。
オールマイトの言葉通りそしてナツメたちの推測通り、
姫野アヤメは女郎蜘蛛の糸に覆われた状態で眠っていた。
「ナツメ!アキノリ!作戦変更だ!」
「分かったわ!」
「念のため準備しておいてよかったぜ!分析ありがとな!」
ナツメとアキノリの返事にトウマは頷き、憑依を解除する。
そして、その場で状況を見守る。
もうトウマにできることはないからだ。
「女郎蜘蛛!お前は地蔵菩薩の名において、俺が封印する!」
ケースケの、芯の通った言葉がその場に響く。
そして”言霊”がその場を揺らし、ヒーローたちですら襟元を正す気持ちになった。
それも当然。エンマ族当主である
その二人から”地蔵菩薩”という、人間界に暮らす妖怪たちに対して絶大な力を持つ役職を任されているのだから。
しかもケースケは普通でありながら妖怪に関わる”天野家”の息子。意思を強く持ったその表情は、父・ケータに通ずるものが大きく、どんな妖怪ですら”天野家”には敵わない。
だからこそ、この封印をケースケがやることに意味がある。
アキノリから渡された封印の札を持ち、女郎蜘蛛に張り付ける。そして一言。
「お前は一体の妖怪じゃない、姫野アヤメの”個性”だ。お前のことは俺がしっかり監視するから、覚悟しろ。」
普段なら見ることのできない、冷たい目を女郎蜘蛛に向けてそう言い切った。
女郎蜘蛛は必死に喚くものの、妖術師の名門・有星家謹製の封印札と天野姉弟の想いに勝てるわけもなく。
怨み言を呟きながら小さくなり、やがて姿を消した。
消えた女郎蜘蛛と入れ替わるようにして現れたのは、かなり明るい茶髪を二つ結びにし左目尻に泣きぼくろのある、誰でも二度見してしまう美少女。
幸い命に別状はないアヤメの姿に、その場にいる一同が安堵のため息を吐く。
特に、前世からの知り合いである妖怪探偵団の面々は、尚更だ。
ある意味、前世の事件と同じ状況なのだから仕方ない。
「とりあえず、アヤメさんは俺ん家で預かるよ。また何かしらの反動があるかもしれないからな。」
アキノリはずっと出したままにしてた朱雀の背中にアヤメを乗せてそういった。
女郎蜘蛛が封印された今、世界は“普通”へと戻ろうとしている。
各々が持っている魔導鏡の力は、人間界においてその使用を著しく制限されている。
女郎蜘蛛が撒き散らした妖気が薄れていく中、アキノリが朱雀を出しておける時間にも限りがある。
「分かった。」
「アキノリ、アヤメちゃんをお願いね。」
天野姉弟の返事とトウマの頷きを確認した後、スザクは二人を背に乗せ夕暮れ時の空を舞った。
「さて、と。」
アキノリ達を乗せた朱雀が有星家の方向に向かって飛んでいくのを見送ると、ナツメはスマホを確認した後表情を緩めて言った。
「今日の夕御飯、すき焼きだって。」
「最初っから俺たちが解決するって分かってたんじゃん、父さん。」
「それだけナツメ達を信頼してるってことだと思うよ。
そうじゃなきゃ、友達を二人に託さないだろうし。」
「でもさ〜〜」
一件落着し、まるで何事も無かったかのように日常に戻る三人。
その切り替えの速さに、先程から見ていることしかできないヒーロー達は呆然とするしかない。
あれほどの敵と対峙して戦っておいて、“普通”にできるなんて明らかにおかしいのだから。