[出久side]
なっちゃん*1と仲たがいしてから、気づけば一年が経っていた。
ホントはもっと早くに仲直りしたい。けれど何かが引っかかって素直になれない。
そんな悶々とした思いを抱えたまま、僕は説明を聞いていた。
あれから一年なんだ、分かってはいた。
担任の先生が堂々と言い、紙を配る。
そこに書かれている文字は、進路希望調査表。
高校受験をするために書くためのやつだ。
僕は”無個性”だけど、夢を叶えるために雄英高校にいきたい。そして将来、みんなを守れるようなヒーローになりたい。
なっちゃんのお父さんがほめてくれてたんだ、個性は無くてもヒーロー向きだって。なっちゃんと会わなくなってからなっちゃんの家族とも会わなくなっちゃったけれど、その言葉に間違いはないと思う。
だから、やっぱり僕は雄英高校にいきたい。からかいの対象になるのは分かってるけれど、やっぱり諦めきれないから……!!
必死にそう叫ぶと、クラスメイトから笑われる。
分かってたことだ。
けれど諦められるわけがない。ずっと、ずっと、憧れててたんだから。
僕の宣言でクラス中がざわめいたのを、担任の先生が何とか押しとどめてその場は解散となった。
放課後。
僕はなっちゃんと仲直りするために早くなっちゃんの家に行こうとして、かっちゃん達に捕まった。そしてまた始まったいじめ。
なっちゃんと一緒にいた時は、なっちゃんが怖いのかいじめも弱まっていたけれど、なっちゃんと別れてから復活した。しかも、前よりも酷くなっている。
けれどこの事実を訴える気力も、僕にはなかった。
今日もかっちゃんとその取り巻きの子達から心のない言葉を掛けられる。無邪気というには悪意の籠った言葉の数々。それは確実に僕に刺さっている。
かっちゃんの、明らかに自殺をするよう唆す言葉に、僕は何の抵抗もできなかった。
どういってかっちゃん達を躱したか覚えてない。けれどなっちゃんと仲直りする気力もなくて、帰り道とは逆の方向に向かって歩いていた。なんだか気分的に、家には帰りたくなかった。
当てもなくふらふらしていると、敵に捕まってしまった。
失敗した。
僕じゃあどうすることもできないのに。
やっぱりいざという時、僕は無力だ。
毎回なっちゃんに助けてもらってばかり。
あぁもういっそ諦めた方がいいのかな……あんな無謀な夢なんて。
敵に捕まったままそんなことを考えていると、光が見えた。
「SUMASH!」
僕を救うために飛んできたヒーロー。
そこには昔から憧れた、ヒーローの姿。
あぁやっぱり諦められないや。
無個性だけれど、諦めきれない。
あんなにかっこよく助けられたら。
「……あの!」
気付いたら僕は、その場を去ろうとしていたオールマイトを引き留めていた。彼なら希望の言葉をくれるかもしれないと思って。
けれど現実は残酷だった。
憧れの口から出てきた言葉は、周りと同じ夢を否定する言葉。
やっぱりもう無理かもしれない。
そう思うと、昼間の言葉がリフレインする。
お母さんやなっちゃん達には申し訳ないけれど……諦めるしかないのかもしれない。
そんなことを考えていながら、体は明確に動いていた。
気づけば知らないビルの上。
お母さん、なっちゃん、ごめんなさい。
なっちゃんもケー君もきっと悲しむと思うけれど、僕のことはほっといていいから未来を見ててよ。
僕は一思いに、飛び降りた。
[数分前・ケースケside]
結局問題解決の方法が分からず、かといって妖怪探偵団の面々でやるべきこともなかったため、俺はアキノリの家を出た。
俺としては、姉ちゃんといず兄*2には仲直りしてほしい。
正直言って姉ちゃんは大人げないと思う。
確かにあれだけしつこかったら嫌になるのは分かるけれど、突き放すのはやりすぎだと思う。
もういっそトウマが言ってたように、砂男とかバクロ婆とか口すべらし辺りをけしかけて強引に解決したい。
けれどそんなことは出来っこない。
姉ちゃんは妖怪の気配に鋭いから。
だから問題を解決したいのに、口出しが出来ないんだ。
あぁほんとどうにか解決したい。
文句を垂れながら、適当に街をうろついていると虚ろな目をしたいず兄を見つけた。
いず兄の、あんなに元気のない顔は初めて見た。
ずっといじめられてても、笑顔を絶やさなかったいず兄が。
今にも命を絶ちそうな雰囲気をしている。
まさか、ホントに死ぬつもり?
どうにも嫌な予感がして、俺は父さんの友達の力も借りながらいず兄の後を追った。
どうにか外れていてほしいと思っていた予測は、最悪な事に当たってしまった。
無人のビルの上。
せいぜい5階建て程度ではあるけれど、こんなところから飛び降りたら確実に死ぬ。
……放ってなんておけない。
今から追いかけたって間に合わない。
だったら、受け止めるのが最善だ。
ガブリエルとジータンに手伝ってもらい、飛び降りてきたいず兄を受け止めた。いず兄は自ら死んだと思い込んでいるからか、意識はなかった。
なんとかいず兄を受け止められたことにほっとしつつも、複雑な気持ちになる。
どんなに理不尽な事があっても夢を諦めなかったいず兄。そのいず兄が夢を諦め人生を手放そうとしたことはよっぽどのことがあったに違いない。
けれどそのいず兄を、俺が救うことはきっとできない。俺はまだ未熟で、カウンセリングなんかできないから。
やっぱりこんな時に頼りにできるのは、一人しかいない。ジータンには無理して一般男性に化けてもらい、いず兄を抱えて家に戻った。
いず兄は、うちに連れて帰ってもまだ意識が戻らなかった。
母さんも心配そうにしているし、姉ちゃんだって色々こんがらがってすれ違っていただけで、ホントはいず兄を気遣っている。それは不安を含む視線を見れば分かる。
父さんはいず兄の現状を見て顔を顰めた後、ハクを喚ぶように言ってきた。
また聞き慣れない名前に、俺と姉ちゃんは首を傾げる。
でも現状をどうにかするためにはきっと必要。
納得は出来ないながら、俺はハクを喚んだ。
ハク―夢を食べるバクの色違い妖怪。
そして父さんが言うには、記憶を見ることが出来るらしい。
どうやるのか半信半疑で見ていると、空中にパネルが現れ中学校が映る。隣の校区の折寺中学校、いず兄が通ってる学校だ。
その教室の一角で、周りからの嘲笑を振り切って夢を宣言したいず兄。けれどそのいず兄のことを、”頑張れ”と”努力するんだぞ”と応援する言葉はない。しかもクラスメイトや何なら担任や校長まで暗に夢を否定してくる。おまけにあの爆発いじめっ子を中心としたいじめっ子の殴る蹴るは当たり前で、その上に人格否定まで入る暴言。
そして止めの一言。
俺は、いや俺たちは沈黙を貫くしかなかった。
これは余りにも酷すぎる。ハクが言うにはこれでも記憶の半分らしい。
余りにも過酷だ。
この映像だけでもいず兄がなぜ夢を諦め、死を選んだのかはよくわかる。
これ以上酷いことがあってたまるか。
実際母さんは顔を歪め、姉ちゃんは”突き放さなければ……”と強く後悔している。
俺だって同じだ。
姉ちゃんといず兄との問題に遠慮せず首を突っ込んでいてば、こんなことにはならなかったかもしれないんだから。
けれどだからと言って過去はやり直せない。
今の俺たちにできることは、今のいず兄を抱えてどうするかだ。
生きる目標が折れたいず兄にとって、この社会全体が敵だ。
”無個性だから”という理由で謂れのない差別やいじめを受け、夢ですら嘲笑われる。
幾らそうでない人がいるとは言っても、”そういうことをする人がいる”可能性がある以上は”この世界”にいず兄を置いておけない。
「……妖魔界に連れてくわ。きっとそっちの方がよっぽど出久くんのためになる。
あそこは異形系の個性持ちが大量にいる状態なのに、こっちと違って差別も偏見もない。
出久くんが望めばエンマ様もカイラ様も、夢へ向かうための応援をしてくれるはずよ。」
「……うん。僕もそう思う。”天野家の知り合い”とくれば、皆否定しないだろうしね。」
「私もいいと思うわ。」
「俺も。」
姉ちゃんの言葉に、父さんは頷く。母さんも。勿論俺だって賛成だ。
今のいず兄には安寧を得られる場所が必要だ。
妖魔界までの引導は、姉ちゃんがすることになった。
きっと少なからず罪滅ぼしだろう。
いず兄は、きっと心の奥底で死ぬことへの恐怖や俺たちに対する申し訳なさ、そして夢を諦める悔しさを感じていたはずだ。
その微かな残り火を他のワラに移して大きな火の火種にするには、妖魔界が適切だ。
所詮人間の持つ”個性”だなんて、妖怪の猿真似に過ぎない。
だから個性がある無しで差別されることはないし、なんなら
妖魔界との境の扉に立つ姉ちゃんといず兄を見て、お互いが笑い合える未来を祈った。
【今回の妖怪大辞典】
ハク
とても珍しいまっ白なバク。汚れが目立つのが難点。ハクにとりつかれて眠ると必ずよい夢が見られるといういい伝えがある。バクの色違い。白昼夢を見せる力と過去を見返すことができる能力持ち。