「よ、ようかい?」
僕は言葉の意味を理解できなまま、思わず三人の言葉をただ繰り返してしまった。どうしていいか分からず困惑した表情を見せると、マークさんは慌てて弁解し始めた。
「ごめんごめん。急にこんなこと言われたら困っちゃうよね。簡単に説明するよ。……君は、ここが”死後の世界”であることは大王様たちから説明を受けているよね?」
僕は彼の問いかけに頷いた。今までいた世界よりも混沌に見えて実は秩序があって、個性で差別されない-そもそも”個性の概念”がない世界。でもだからと言って、文明は元居た世界と変わらない。娯楽も適度もあって、今まで受けていた差別がない。ずっと居たいと思ってしまう程居心地がいいのに、”死”と隣り合わせ。そんな危うい場所だということは、この世界に来てすぐエンマさんとカイラさんに説明されて、その恐怖でしっかりと覚えていた。
「この妖魔界に棲んでいる存在は、皆”生きていないんだ”。」
「生きて、いない?」
こんなに普通に、”生きている”としか思えないマークさんの口から、衝撃的な言葉を聞いて僕は呆然と繰り返した。
「うん。簡単に言えば、僕達はもう既に死んでいるんだ。と言っても、ここにいる三人は生まれ方が違うから、その法則には当てはまらないけどね。」
それを分かっているのかいないのか、非常に軽い調子でマークさんが返した。それを聞いた瞬間、僕の呼吸は止まった。工場見学前に握手した時、マークさんの体は暖かかった。決して死体のように冷たくなかった。”死んでいる”なんて、とても思えないし思いたくもなかった。
ショックで言葉が出てこない中、マークさんの話は続く。
「妖怪っていうのは、基本的に人間とか動物とかが死んでなるのが主流だった。強い未練を持った場合は、特にね。ほら、怪談とか都市伝説とかあるだろう?あの手の類だよ。」
僕の様子を気にせず続けるマークさんの話を聞く中で、何とか落ち着いてきた。昔—それこそ超常黎明期以前に、よくブームになっていた。今やどんな怪談話を作っても”個性だから”で片付いてしまうため、噂にはなっても流行らない。最近で印象に残っているのは、なっちゃん達と初めて会ったときに遭遇した、あの大男だけ。他は聞いたことがない。
「なんとなく、理解は出来ましたけど……。」
例えになじみがなくて曖昧な返事をしてしまうけれど、そんな僕の様子を悟ってかヒキコウモリさんが引き継いで説明を始めた。
「”個性”が浸透している社会で生まれ育った出久さんには、少し分かりにくいですよね。簡単に言えば、死んだ人間が幽霊として留まっている。これくらいの認識で今はいいですよ。」
「な、なるほど……って、ことは!亡くなってるヒーロー達にも会えるんですか?!」
”死んだ人間が幽霊として留まっている”—そう言われてすぐ、思いついたことがコレで思わず声に出ていた。しかし、ヒキコウモリさんに丁寧に否定された。曰く、”妖魔界に適応できる存在が極めて少ないから”とのこと。
「元々、死んで妖怪になれるのは少数派。亡くなった後魂がすぐ輪廻の輪に入るのが主流です。妖魔界は、人類が文明を築いてもない時代から存在し、幾千年幾万年と今の体制を維持し続けてきたのです。”個性の強さ”を振りかざして威張ったり人を見下したりされれば、この”
「そんな……。」
想像以上に重たい返答に、僕は言葉が詰まった。
余りにも元居た世界に冷たいと思う一方で、納得できる部分もあって否定できない。
病院のお医者さん、先生、周りの大人。皆が皆、真っ先に”無個性”であることを気にした。そしてそこから派生して、心配したり憐れんだり見下したり無視したり。でも誰一人として、僕の味方にはなってくれなかった。お母さんにだって、謝ってほしくなかった。謝らないで、夢を応援してほしかった。でも、”無個性の扱い”が過酷なものであることをお母さんは知っていたから、謝ることしかできなかったんだ。
結局、あの世界でありのままの僕を受け入れてくれたのは、なっちゃんの家族だったんだと思う。なっちゃん家にいる時は自然と気が抜けたし、その居心地の良さに甘えていた部分も大きかった。なっちゃん達だけは、”無個性”というレッテルなんて気にしなかったし、僕の本質を見抜いて接してくれた。口にはしていなかったけれど、行動の節々に”個性なんてクソくらえ”という雰囲気があった。そして今考えてみたら、なっちゃん家は変わっていた。個性に執着しないどころか、ヒーローにすらも興味関心が薄かった。そう言うところが、この世界と似ていた。……いや、そっくりだった。
「話は脱線したが。この妖魔界にいるのは皆、120年以上前に亡くなった存在だ。だから、価値観が君と大きくずれることを理解してほしい。中には数千年と生きる大妖怪も含まれる。そんな相手に君の価値観を押し付けるようなことをしてしまえば、大王様がおっしゃった最悪の事態になりかねない。」
今まで聞き役に徹していたスティーブさんがそう言って、僕の方を見た。視線は真剣で、自然と唾を飲み込んだ。でも、言葉は出せなかった。
「そんな
そんな僕に、スティーブさんに続けてマークさんも声を掛けてきた。
今までにいた世界と何もかも違う世界に、”命がある”は僕一人。周りは超常黎明期以前の考え方の存在ばかりで、”命を終えた存在”ばかり。エンマさん達から説明を受けた時以上に、背中に冷たいものが走る。”死”が隣り合わせなことも怖いけれど、”生”きているのが僕しかいないことも怖い。平和に見えて、本当はとても危険で、一度間違えれば取り返しがつかない。文字通りの”独りぼっち”であることからの孤独感や、本当に僕が僕でいられるのか、この世界に呑まれてしまうんじゃないかという恐怖がさっきからつき纏う。でも、だからと言って、ヒキコウモリさん達を振り払うことはできなかった。”生”きてないとはいっても、なっちゃん達と同じように”僕のことを見てくれる存在”だから。
「……正直、まだ怖いです。ここがどんな世界なのかも、妖怪がどんな存在なのかも、全部は理解できていません。けど、今まで会った皆さんは優しかった。だから信じたいです。もし価値観のずれがあったなら、話し合っていけばいいと思う。それがきっと、人とヨウカイが分かりあうことだと思うから。」
自分自身を奮い立たせるようにして、僕はやっとの思いでそう言った。
「それが君の答えなんだね。……分かった。スティーブ。」
「あぁ。合格だ。」
「えぇ。流石、天野家が認めた方です。」
え?
合格?
一体、何に?
脈絡もなく、そんな会話をしだした三人に対して、僕は混乱を抑えきれない状態で呆然と眺めていた。