おトモダチの味 ―― 暴食の少女と星天の約束   作:丸呑みトカゲ

5 / 7
チュリンと犠牲者達を救うべく、召喚士ら共同戦線組は、最後の死闘に挑む。
一方で親友の危機を知り、家を飛び出したミーティアは、究極の選択を迫られていた。
選ばれた道は、彼女達をどこへ導くのか。

最終話、お楽しみいただければ幸いです。
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本編は下記要素が含まれます。
・ 「でびるコネクショん」エピローグ後の時系列に相当する物語(ネタバレあり)
・ 「魔けモン!」の設定を引用している部分あり
・ オリジナルキャラクターの登場あり
・ エロ要素を含まない丸呑み表現あり(R-15)
・ 一部血生臭い描写あり
・ 本編は分岐までの共通ルートになります
・ 本作品はPixivにも投稿しております


おトモダチは再会の味 - 共通ルート

 ソルシエール魔法学校の魔法練習室は、もはや学びの場としての静謐を失っていた。

 大気をねじ伏せるような魔力の重圧は、居合わせる者の肺を圧迫し、極限の緊張が室内を支配している。

 

 床一面に展開されたのは、この国の歴史に類を見ない程巨大で、精緻を極めた多重魔方陣であった。幾重もの術式が複雑に噛み合い、花弁のように広がるその大輪の陣は、静かに、しかし凶暴なまでの魔力を孕んで脈動している。

 召喚、拘束、防御、そして結実としての分離。本来ならば国家間の戦争にすら転用可能なこの大魔術は、今、ただ一人の少女を地獄から引きずり戻すためだけに組み上げられた。

 

 召喚士、マルス、ラピス、そして大悪魔ベルゼブブ。

 四者が四方に陣取り、最終的な術式の整合を確認する中、召喚士は手元の水晶が映し出す凄惨な光景を凝視していた。

 召喚の座標を特定すべくチュリンの魔力を追跡した彼の視界には、街の中央に聳える時計塔のバルコニーにて繰り広げられる、異なる理を持つ「怪物」同士の死闘が焼き付いていた。

 

 チュリンが相対している女――ラミアを、召喚士はよく知っていた。

 かつて、でびるんを破滅の運命から救い出すべく、幾十もの時間軸を彷徨い、異なる未来を模索していた日々。魔力吸収の対象として幾度も召喚した内の一人が、彼女だった。

 当時、開眼して間もない邪眼は、召喚士にラミアの忌まわしき過去を強制的に見せつけた。息の詰まるような家庭の重圧、誰からも顧みられない孤独、そして自らを壊してでも世界を呪おうとする破滅願望。

 一歩間違えれば、でびるん共々彼女の毒牙に沈んでいたであろう、歪んだ魂の持ち主。

 

 そのラミアが、理性を失ったはずのチュリンの前に立ちはだかっている。

 召喚士はこの凄惨な騒動の背後で糸を引いていた黒幕の正体を確信し、その因縁の深さに奥歯を噛み締めた。

 

 水晶の向こうで、戦闘は佳境を迎えていた。辺り一帯を灰燼に帰さんとするラミアの大魔術に対し、チュリンは懐から見覚えのある瓶を取り出し、その邪口へと放り込んだ。

 それは、召喚士自らが調合した鎮静薬の予備。チュリンを追うでびるんに託したはずのそれが彼女の手元にあるということは、でびるんは既に彼女との接触を果たしていたのだ。

 召喚士は必死にでびるんとクピャドエルの姿を探したが、どれほど目を凝らしても二人の影はない。最悪の推測が脳裏をかすめ、彼は唇が切れるほど強く噛んだ。二人は既に、彼女の飢餓の中に消えてしまったのか。

 

 次の瞬間、ラミアの放つ烈火を、それを凌駕するほどの水の奔流が呑み込んだ。

 巨大なエネルギーが激突し、爆発的な水蒸気が視界を白濁させる。拮抗は数瞬。勝ったのは、チュリンが放った水魔法だった。

 かつてのミーティアと同じように、抗うラミアをその暗黒の胃袋へと呑み込み、吸収していくチュリン。

 

 止めなければならない。彼女は今、何者にも制止できない程強大な「災厄」へと変貌を遂げている。

 

「召喚士さん、ラピス先生、えーと……BBBさん! 術式の確認、全て終わりました! 問題ありません!」

 

 マルスから作業完了の報告が上がり、その震える声が静寂を破った。召喚士は無言で頷き、それに応じるようにベルゼブブが巨大な腕を天へと掲げる。

 

「準備はよいか! これより、あの不幸な小娘を地獄の淵から引きずり戻す!」

 

 号令と共に、膨大な魔力が回路を一気に駆け巡った。

 魔方陣が起動し、紫色の閃光が網膜を焼く。空間そのものが悲鳴を上げて捻じれ、視界を白一色に染める光の爆発が起きた。舞い上がる爆煙が晴れていく中、魔方陣の中心に、一人の少女の影が揺らいだ。

 

 現れたのは、ボロボロになった魔法学校のローブを纏ったチュリンだった。

 焼け焦げた布地から覗く肌には、生々しい火傷や電撃の痕が刻まれている。だが、その虚ろな瞳の奥には、まだ消え入りそうな理性の灯火が残っていた。

 

「……チュリン、さん……ッ!?」

 

 変わり果てた教え子の姿に、マルスの悲痛な叫びが漏れる。教師として、一人の大人として、目の前の凄惨な光景はあまりに酷だった。持ち場を離れ、今すぐにでもその細い肩を抱き寄せたいという衝動を、彼は必死に抑え込んでいた。

 

 チュリンは朦朧とする意識で周囲を、そして魔方陣の外に立つ面々を見回した。

 自分を囲む檻のような術式と、かつて自分を導いてくれた者たちの真剣な眼差し。それらを認識した瞬間、彼女の瞳から堰を切ったように涙が溢れ出した。

 

「……ッ、ごめんなさい……! 殺して……お願い、今すぐに私を殺して……ッ!」

 

 それは、自我を侵食する、胃の奥に潜む怪物に抗い、彼女が絞り出した最後の一滴と言えるほどの懇願だった。

 でびるんから託された鎮静薬の効力も、もはや限界に近い。内側から這い上がってくる飢餓が、彼女の魂を食い破ろうとしていた。

 

「だめっ、もう抑えられない……! みんなを食べてしまう前に、お願いだから……ッ!」

 

 絶望に震える少女の声。しかし、それを断ち切るように、マルスの怒号が魔法練習室を震わせた。

 

「馬鹿なことを言わないでくださいッ!!」

 

 そこには、いつものおどおどとした臆病な教師はいなかった。一人の生徒を救い出す決意を固めた、覚悟ある男の姿があった。マルスは真正面から彼女を射貫き、叫ぶ。

 

「貴女を殺させなどしません! 絶対に、僕たちが……僕が助けます! だから、諦めないでください!」

 

 その毅然とした言葉に、チュリンは息を呑んだ。

 これまで手を差し伸べてくれた人々を、結果として全て裏切り、食い散らかしてしまった罪悪感が彼女の喉を詰まらせる。助けてと言いたい。生きたいと願いたい。けれど、そんな資格は今の自分にはない。

 

「……にげて……」

 

 祈るようなその一言を最後に、チュリンの瞳から光が剥がれ落ちた。

 代わりに宿ったのは、底なしの飢餓。世界全てを咀嚼しようとする、暗黒の虚無。

 

 直後、少女の喉から人間のものではない咆哮がほとばしった。

 それは言葉ではなく、暴力的なまでの空気の震動。練習室の防壁を共鳴させ、地獄の門が開く音を思わせる絶叫が轟いた。

 少女の意識は深淵へと沈み、そこにはただ、喰らうためだけに存在する暴食の化身が立ち塞がっていた。

 

 最終決戦の火蓋が、切って落とされた。

 

***

 

ひ弱な魔術師(マルス)よ、ボサッとするな! 来るぞッ!!」

 

 チュリンの咆哮に気圧されていたマルスは、ベルゼブブの叱咤に反応し、弾かれたように杖を構え直した。

 四人の勝ち筋は、召喚士による長大な分離魔法の詠唱を完遂させること。そして、それまでに何としてでも、全員で生き残ることだ。

 かつての分離魔法とは異なり、大災害そのものへと変貌した今のチュリンを相手にするには、通常では有り得ない規模の術式と、あらゆる例外を排除するための念入りな詠唱が不可欠であった。

 

 召喚士は仲間たちを一瞥することなく、ただ精神を研ぎ澄まし、祈りにも似た詠唱を開始した。それは一瞬の停滞さえ死に直結する、極限の綱渡りであった。

 

「|大地を穿つ戒めの鎖よ、我が意に従い罪人を縛り上げよ!《グリエ・ズマ・ツェーラ》」

 

 ラピスが冷徹な声で術式を解放すると、床の魔法陣から鋼鉄のごとき硬度を持つ無数の鎖が噴出し、チュリンの四肢へと絡みついた。

 張り詰めた鎖が彼女の動きを止める。だが、次の瞬間、骨を砕き肉を抉るような不快な音が響き渡った。

 

 チュリンの腹にある邪口が、物理的な限界を超えて大きく開かれ、魔力で編まれた鎖そのものに食らいついたのだ。

 鋼鉄を飴細工のように噛み砕き、魔力の結び目ごと嚥下していく咀嚼音。

 拘束が弾け飛ぶや否や、チュリンは爆発的な加速で地を蹴った。ラピスが即座に二重、三重の鎖を展開するが、人知を超えた速度で疾走する彼女を捕らえきれない。

 

 轟音と共に、彼女は自らを破壊的なまでの質量へと変え、周囲の防御障壁へと頭から激突した。

 それは魔術師の戦いではない。野生の猛獣が障害物を粉砕して突き進むような、むき出しの暴力。

 激突の衝撃が魔力回路を逆流し、障壁を維持するマルスの腕に、焼き付くような痺れが走る。

 

「くっ、うぅぅ……ッ!!」

 

 杖を握る指先が震える。だが、休む間もなく叩きつけられる第二撃、第三撃。建物そのものが揺らぎ、何かが砕け散る乾いた音が響いた。

 防御障壁の一角が粉塵となって霧散する。解き放たれたケダモノが、真正面に立つベルゼブブへと躍りかかった。

 

「小娘ぇッ!! 調子に乗るなぁッ!!」

 

 大悪魔は一歩も引かず、分離魔法の支援を維持しつつ、残り三本の腕を突き出した。

 チュリンの全身を巨大な掌で受け止め、真正面からの力比べに応じる。

 質量と質量が激突し、空気が悲鳴を上げる。足元の床には蜘蛛の巣状の亀裂が瞬時に走り、衝撃波が周囲を薙ぎ払った。

 

「はっ! 分離魔法など待たずとも、ワシ自らひねり潰してくれるわ! その身に余る魔力、ワシが喰らい尽くすまでよ!」

 

 ベルゼブブの角が禍々しく発光し、悪魔固有の権能である魔力吸収が発動する。

 接触部位からチュリンの体内に巣食う暴食の魔力が吸い上げられ、彼女の口から苦悶の声が漏れる。勝利を確信したベルゼブブがさらに力を込める。だが。

 

 泥濘を啜るような、湿った音がした。

 

 魔力の奔流が堰き止められ、あろうことか逆流を始めたのだ。ベルゼブブの膨大な魔力が、太い管を通して吸い出されるように、チュリンの手によって逆に奪われていく。

 

「な、何だと……!? ワシから魔力を奪うだと!?」

 

 驚愕に目を見開くベルゼブブの巨体が、ずずる、と後退を始める。チュリンの瞳が飢餓に赤く輝き、獲物を捕らえた捕食者の笑みを浮かべた。

 

「――時よ、我が命に従い歩みを止めよ(ヴレーミャ・ストーイ)

 

 世界から色が剥落した。

 ラピスの行使した時間干渉魔法により、全ての因果が凍結する。静止した時間の中で、ただ一人、ラピスだけが冷徹な足取りでチュリンへと歩み寄った。

 

「……やはり、手に余りますか。召喚士さんには悪いですが――ここで摘み取らせていただきます」

 

 その杖先には、漆黒の闇魔法が凝縮されていた。誰かが犠牲になるくらいなら、躊躇なく元凶を摘み取る。それが彼の合理であり、優しさでもあった。

 ラピスがチュリンの心臓を射抜こうとした、その刹那。

 

 術者を除き、誰も動けないはずの虚無の中で、チュリンの腹にある邪口が、微かに痙攣した。

 

「ッ!?」

 

 背筋を凍らせる死の予感。ラピスは瞬時に抹殺を諦め、防御魔法へと術式を書き換えて放った。

 不可視の衝撃波がチュリンを弾き飛ばし、ベルゼブブとの連結を強制的に切断する。

 さらに空中で鎖による拘束を施し、ラピスは元の位置へと戻った。

 

 世界に色が戻る。

 何が起きたのか理解できずに硬直する一同を余所に、チュリンは全てを予期していた(・・・・・)かのように、即座に暴走を再開した。

 

 ラピスの表情が曇る。もし先程の異変が見間違いでないのなら、彼女は魔法そのものを噛み砕き、その特性を吸収・適応し始めている。

 

「……なんと厄介な。底なしですか」

 

 独り言のように零しながらも、彼は次々と繰り出される鎖で化け物の動きを封じ続ける。

 

 一方、マルスは魔方陣に短い詠唱と共に魔力を流し込み、破られた防御障壁を再構築していた。

 特筆した天賦は持たないが、苦手な分野もないマルスは、全体を見渡し補助に徹する。地味でありながらも、致命的な隙を晒させないその立ち回りは、一人前の魔術師としての矜持であった。

 

 だが、嵐のような暴走を見せるチュリンの生存本能は、極めて冷静に標的を見定めていた。

 このままでは埒が明かない。そう判断した彼女は、邪口を大きく開くと、マルスが再構築したばかりの防御障壁へと噛み付いた。

 魔法という概念を、物理的に喰い破る一撃。障壁が砕け散り、無防備になったマルスへ、狂乱の頭突きが迫る。

 

「しまっ……!?」

 

 ラピスの鎖が一本だけ足に絡みつき、わずかに軌道を逸らすが、それでも衝撃を逃しきれない。

 鈍い音と共にマルスの身体が宙を舞い、床に激しく叩きつけられた。

 

 チュリンは拘束を噛み千切り、追撃のために跳躍する。

 だが、その身体が空中で強引に引き戻された。

 

「――愛すべき稀人を縛る祝福の鞭(ベネ・ギエ・スカーモレ)!!」

 

 分離魔法の詠唱を継続したまま、召喚士が放った二本目の杖からの光の鞭。

 本来ならば集中を削がれ、術式を崩壊させるはずの離れ業。

 かつて愛の天使クピャドエルが、でびるんを「お仕置き」するために開発した拘束術。その不純な動機から生まれた魔法が、今、恩師の命を繋いだ。

 

「ぐぅ……ッ! ま、まだです……! 私は、まだやれます……ッ!」

 

 額から血を流しながらも、マルスが再び立ち上がる。杖を握りしめ、ふらつきながらも彼は戦線へとしがみついた。

 

 詠唱完了まで、残り半分。

 だが、ケダモノの本能が残された猶予を悟った。銀の涎を垂らした口から、本来成立するはずのない知性が俄に宿り、かつてない濃密な魔力が練り上げられる。

 

「|万物の母、古の海よ。慈悲の恵みを、眼前に顕現せよ《ノッド・シーライカ》!!」

 

 それは、時計塔でラミアを攻略したあの魔法であった。

 しかし、今の彼女が放つそれは、もはや水魔法という枠には収まらない。

 床から噴き上がった海水が巨大な柱となり、チュリンを核として渦を巻く。水流は見る見るうちに体積を増やし、彼女の何百倍もの大きさを持つ、巨大な水の巨人――「水の鎧」として顕現した。

 

 全員の肌が、死の予感に粟立つ。

 召喚士は破滅を悟り、苦渋の決断を下した。分離魔法の詠唱を中断。全魔力を、仲間を守るための防御障壁へと転換する。

 

 次の瞬間、天井を突き破らんばかりの水の奔流が、世界を青一色に染め上げて襲いかかった。

 防御障壁に凄まじい水圧がのしかかり、四人の負荷が限界まで高まる。

 

 分離魔法の進行は絶たれ、ただ耐えることだけで精一杯の、絶望的な膠着状態に陥った。

 

***

 

 ミーの意識は、深く暗い淵を漂っていまシタ。

 

 チュリンの温かかったはずの魔法が、いつの間にかドロドロに熱い泥のような闇に変わって、ミーを包み込み、溶かしていく……。あの中では、何度も何度も同じ夢を見まシタ。ジブンが大きな捕食者に呑み込まれて、真っ暗な胃袋の底に沈んで、魔力も命も全部吸い取られて消えてしまう。そんな、終わりのない絶望の夢デス。

 

 けれど、その深い闇の中に、一筋の清らかな風が吹き込みまシタ。

 それは、召喚士サンがミーの身体に流し込んでくれた、穏やかで透き通るような魔力の感触でシタ。その温もりがミーの心に触れたとき、幼い頃、オトヌの森にある小さな暖炉の前で、おかあサンに何度も読み聞かせてもらった大好きなお伽噺の、最後の一節が蘇りまシタ。

 

『相手を想い続ける気持ちと、知性こそが、本能という名の獣を克服する、唯一の光である』

 

 はっと目覚めると、ミーは召喚士サンの家の、柔らかなベッドの上にいまシタ。

 窓の外には、静かな満天の星空が広がっていマス。ミーはどうしてあの一節を思い出したのか、シーツを握りしめながら、静かに思案しまシタ。

 ……そうデス。ミーは無意識に、ミーとチュリンを、あの物語に出てくる「少年」と「少女」に重ねていたのデス。

 

 ミーはあのお伽噺が大好きでシタ。いつか種族も運命も飛び越えて、誰かと手を取り合えるようになりたい……。そんな大きな夢を抱いて、このソルシエまでやってきまシタ。

 

 そこで出会ったのが、チュリンでシタ。

 

 入学試験の集団面接の場。翠と白の綺麗な肌をした珍しい種族の女の子と一緒の組になったと分かった時、ミーの心は躍りまシタ。チュリンと名乗るくりくりとした可愛い目をしたその子は、ミーが知らない海の向こうから来たというのデス。オトヌの古い魔法しか知らないミーにとって、豊かな海の中で紡がれた物語は、面接のために掬い上げられたほんの一雫であっても、キラキラして見えまシタ。

 

 彼女が面接官に見せた、故郷の海で拾った材料で作ったというイルミネーション。大きなサザエの殻に、魔力に反応して光る色とりどりの石を繋ぎ合わせたその作品は、決して派手ではありまセンでしたが、そこには確かな「意志」が宿っていまシタ。

 周りの受験生たちが鼻で笑う中、ミーにははっきりと分かりまシタ。それは、魔法への理解すら浸透していない辺境の海で、たった一人で手探りの努力を続けてきた人だけが持てる、静かな「自信」デス。

 その光に心をぎゅっと鷲掴みにされたミーは、面接中なのに我慢できなくなって、チュリンの作品を褒めちぎり、その場で自己紹介まで交わしてしまいまシタ。

 

 入学式で彼女の姿を見つけたときは、もう、嬉しくテ、嬉しくテ!

 ミーは周りの目も気にせず、彼女に突進していきまシタ。あの日から、ミーの毎日はチュリン一色になりまシタ。

 

 一緒に過ごしていくうちに、ミーはチュリンの素敵なところをたくさん、たくさん見つけまシタ。

 魔法を出すのが苦手でも、放課後の練習室で汗をかきながら、何度も何度も杖を振るひたむきなところ。

 さりげなくみんなを観察して、困っている人がいたら、誰よりも早くそっと手を差し伸べる優しさ。

 ミーよりもずっと素晴らしい才能を持っているのに、いつも自分を低く見積もって、少し照れくさそうに笑うところ。

 放課後のカフェで、一緒に甘いスイーツを食べてほっぺたを落としたり。難しい課題に二人でため息をついたり。夜には、寮の屋上で一緒に星を見上げて将来の夢を語り合ったり……。

 

 いつの間にか、チュリンはミーにとって、世界で一番大切で、絶対に欠かせない「おトモダチ」になっていたのデス。

 

 ……でも、そのチュリンは、数日前から様子がおかしくなってしまいまシタ。

 偉い悪魔サンの呪いに侵されて、食べても食べてもお腹が満たされなくなっテ。そして。

 

 ミーは、チュリンに裏切られたなんて思っていまセン。ただ、ミーは悩みマシタ。

 あの時、ミーにもっと強い「知性」があったなら。あのお伽噺の少年よりも深い「知恵」を持って、彼女の中の「本能」を光で照らしてあげられたなら。あのアゴがミーを呑み込んでしまう前に、止めることができたのでショーか。

 

 答えは出まセン。

 ただ、チュリンがミーを呑み込む瞬間の、あの狂ったような、でもどこか悲しそうな瞳だけが、瞼の裏に焼き付いて離れまセン。

 

「チュリン……ミーは、美味しかったデスか……?」

 

 あのお伽話に出てきた肉食の魔獣は、最後には愛を貫きまシタ。

 

 でも、チュリン。ミーを全部食べ終えた後のアナタの心には、ただの満腹感しか残っていないのデスか?

 それとも、あの物語の少女のように、自分の中のケダモノを呪って、一人で泣いているのデスか……?

 

 ああ、でも、不思議デスね。

 こんなに苦しくて、死ぬほど怖いのに……ミーはまだ、アナタのことを嫌いになれまセン。

 

 ミーは、チュリンの中にいる『本能』に、負けたくないデス。

 

 知性が本能を克服する光なら。

 

 ミーのこの「おトモダチ」を想う心が、アナタの中で、ほんの少しでもいい。あの呪いを抑えるための、知恵の欠片になってほしい。

 

 そう決心してベッドから這い出した時、テーブルの上に置かれた召喚士サンの書き置きが目に入りまシタ。

 

『チュリンさんの体内の魔力が暴走して、現在街は危険な状況です。ミーティアは部屋で待っていてください。僕はチュリンさんを止めるため、ソルシエール魔法学校へ向かいます。先生達の協力を仰ぐつもりです』

 

 それを読んだ瞬間、ミーの指先が氷のように冷たくなりまシタ。

 かつてミーが召喚された時のように、召喚士サンはチュリンを呼び出して、きっと凄まじい魔法を使って止めるのでショー。

 でも、今のチュリンは、魔獣を自分から襲ってしまうほど凶暴な状態デス。もし魔法で止められなかったら、召喚士サンは……、あるいは学校の先生達は、チュリンを「コロして」しまうのではありまセンか……!?

 

「行かなきゃ……行かなきゃ、ダメデス!」

 

 ミーは支度もそこそこに、なりふり構わず家を飛び出しマシタ。

 

 外に出たミーを待っていたのは、地獄のようなソルシエの街でシタ。

 大好きだった建物のいくつかが壊され、あちこちから黒い煙が上がり、夜の闇に人々の悲鳴が響いていマス。

 

 これが、本当にチュリンのやったことなのデスか?

 あの真面目で聡明なチュリンが、こんな……?

 あまりの光景に、恐怖で足がガクガク震えまシタ。尻尾は股の間にきつく巻き込まれ、今すぐ逃げ出したいという動物としての本能が、頭の中で大声を上げていマス。

 

 それでも、ミーは必死に走り続けまシタ。

 すぐに息が切れて胸が苦しくなっても、何でもない石ころに躓いて転びそうになっても。毎日通っていたはずの通学路が、こんなにも遠くて、怖ろしい場所に感じてしまっても、足を止めるわけにはいきまセン。

 ミーの大切な、たった一人の親友の命がかかっているのデス。

 

 冷や汗で身体がベトベトになった頃、ようやく魔法学校の校門の前まで辿り着きまシタ。

 

 その時でシタ。

 

 ――ガアアアアアアアアアアアアアアアッ!!

 

 校舎の奥から、空を、地面を、そしてミーの魂を直接震わせるような、凄まじい咆哮が響き渡りまシタ。

 近くにいた避難民の人たちが悲鳴を上げて逃げ惑い、辺りはパニックになりマス。

 その声は、ミーが知っている優しいチュリンの声とは、全く似ても似つかない、悍ましいケダモノの叫びでシタ。

 

 けれど、ミーには確信がありまシタ。

 これは、チュリンの叫びデス。

 校舎の奥にある、一番広くて魔力に満ちた場所。きっと、あそこの魔法練習室デス。

 あそこでミーの大切なおトモダチが、怪物に成り果てて、一人ぼっちで苦しんでいる。

 

 校門の向こう側からは、底なしの飢えと、どろりとした死の予感が波のように押し寄せてきマス。

 ミーは、両腕を抱き、震えながらその場に立ち竦みマシタ。

 赤く黒い記憶が頭をよぎり、呼吸が早くなるのを感じマス。

 

 ――行かなきゃ。

 

 頭では分かっているのに、ミーの足は石像のように動きまセン。あの生温かい肉壁の感触。全身の骨がきしむ圧迫感。そして、ミーを吸収しようとした強烈な酸の臭い。脳裏に焼き付いた記憶がフラッシュバックし、胃の奥から酸っぱいものがせり上がってきマス。

 

「うっ……えっ、ぅ……」

 

 ミーは口元を押さえ、その場にうずくまりまシタ。

 チュリンはミーの親友デス。大切なおトモダチデス。でも、今の彼女はミーを「餌」として見まシタ。あのアギトが、喉が、胃袋が、またミーを暗闇に閉じ込めようと待ち構えていマス。

 

 『逃げろ』と細胞の全てが叫んでいマス。このまま回れ右をして、寮の布団に潜り込んで震えていれば、きっと大人たちが、召喚士サンが、何とかしてくれるはずデス。 涙が滲んで視界が歪みマス。

 ミーは、なんて薄情なんでショー。あんなに仲良くしていたのに、自分が食べられるかもしれないと思った途端、チュリンを見捨てようとしていマス。

 

 怖くて、怖くて、足が一歩も前に動きまセン。

 この門を潜れば、またあの熱くて、狭くて、苦しい闇に呑み込まれてしまうかもしれまセン。

 それとも、召喚士サンの力を信じて、このままお家に逃げ帰り、布団の中で震えながら朝を待つべきでショーか。

 

 ミーの心の中で、二つの道が分かれマシタ。

 

***

 

 

▼ 魔法学校の校門を潜る

https://syosetu.org/novel/400017/6.html

 

▼ 召喚士サンの家に戻る

https://syosetu.org/novel/400017/7.html

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