僕らはまだ名前のないまま   作:清月奏嘉

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1話 知らない誰かの言葉

 放課後の駅前は、今日も騒がしかった。

 

 制服姿の高校生があちこちに固まって、笑い声を上げている。部活帰りの集団、スマホを覗き込みながら盛り上がる男女、コンビニの前でだらだらと時間を潰している連中。

 

 その横を、俺は、なるべく人にぶつからないように歩いていた。

 

(……みんな、楽しそうだな)

 

 別に、孤立しているわけじゃない。

 クラスに友達はいるし、話しかけられれば普通に返す。昼休みも一人で過ごしているわけじゃない。

 

 ただ。

 

 楽しいか、と聞かれると、少しだけ言葉に詰まる。

 

 楽しくないわけじゃない。

 でも、胸を張って「楽しい」と言えるほどでもない。

 

 電車に乗り、空いている席に腰を下ろす。イヤホンをつける気にもなれず、スマホを取り出した。

 

 画面には、SNSのタイムラインが流れている。

 

 誰かの模試の結果。

 誰かの「志望校、そろそろ決めないと」という投稿。

 誰かの「受験生って感じしてきた」という言葉。

 

 スクロールするたび、胸の奥が少しずつ重くなる。

 

 高三の夏。

 

 そういう時期だ、と言われればそれまでだ。でも、分かっていても焦りは消えない。

 

(俺、何してるんだろ)

 

 帰宅部になってから、もう一年以上が経つ。

 昔は部活をやっていたけど、辞めてからは特に何かに打ち込むこともなく、なんとなく日々が過ぎていった。

 

 大学には、行くつもりだ。

 

 理由は、はっきりしていない。

 

 とりあえず行った方がいいかな、とか。

 どうせ行くなら、キラキラしてるところがいいな、とか。

 

 自分でも思う。

 

(……浅いよな)

 

 やりたいことがない。

 夢もない。

 なのに、いいところには行きたい。

 

 そのことを、誰にも言えないまま、時間だけが過ぎていく。

 

 気づくと、匿名の投稿画面を開いていた。

 

 誰に向けるでもなく、ただ、指が動く。

 

>別に不幸じゃないのに、

>なんかずっと不安で。

>これって、俺だけなのかな。

 

 送信。

 

 少しだけ、胸が軽くなった気がした。

 

 電車を降り、家までの道を歩く。

 スマホが震えた。

 

 通知。

 

 誰かが、俺の投稿に反応している。

 

 画面を開く。

 

 短い返信だった。

 

>たぶん、私も同じ。

 

 それだけ。

 

 なのに、不思議と目が離せなくなった。

 

(……同じ、か)

 

 名前も、アイコンも、よく分からない。

 ただの匿名の誰か。

 

 でも、その一言が、胸の奥にすっと入ってきた。

 

 俺は、少し迷ってから、返信を打った。

 

>不安の理由も分からない感じですか?

 

 すぐに返事が来る。

 

>うん。

>ちゃんと幸せなはずなのに、変だよね。

 

 画面を見つめながら、小さく息を吐いた。

 

(……ああ)

 

 俺だけじゃなかった。

 

 理由もなく、不安を抱えているのは。

 

 その夜、気づけば、俺たちは何通もやり取りをしていた。

 学校のこと。受験のこと。どうでもいい話。

 

 名前は聞かなかった。

 聞かれもしなかった。

 

 でも、言葉だけは、妙に噛み合った。

 

 最後に、相手から一言。

 

>よかったら、DMでも話さない?

 

 少しだけ、迷ってから。

 

 俺は、その誘いを受け入れた。

 

 この出会いが、何になるのかは分からない。

 ただ。

 

(この人となら、もう少し話してみたい)

 

 そんなふうに思ったのは、久しぶりだった。

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