僕らはまだ名前のないまま   作:清月奏嘉

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2話 同じ場所にいる人

 それから、俺は毎日のようにスマホを見るようになった。

 

 通学電車の中。

 授業の合間。

 夜、布団に入ってから。

 

 特別なやり取りをしているわけじゃない。

 勉強の愚痴とか、学校の話とか、どうでもいい雑談とか。

 

 模試や志望校の話をしているうちに、相手も俺と同じ高三だと分かった。

 

 画面の向こうに「同じ場所にいる誰か」がいるというだけで、気持ちは少し落ち着いた。

 

 ある日の夜。

 

>今日、模試だった

>手応え、あんまりなかった

 

 俺は少し考えてから返した。

 

>わかる

>できた気がするほど、結果見るの怖くなるよな

 

>うん

>自己採点する前から落ち込んでる

 

 スマホを見つめて、小さく笑った。

 

>そっちは、もう志望校決まってるの?

 

 送ってから、少し間が空いた。

 

>一応ね

>私立の有名なところ

>親は安心してるみたい

 

 有名私立。

 その言葉だけで、彼女がずっと先を歩いている気がした。

 

>すごいな

>もう進路の形が見えてるんだ

 

>形だけ、かな

>ここなら大丈夫そう、って思っただけ

 

>理由は、それだけ?

 

>うん

>向いてるって言われたし

>否定するほどの自信もなかったから

 

 画面の文字が、妙に正直に見えた。

 

 俺は、少し迷ってから打った。

 

>俺はさ

>行きたい大学の理由、もっと単純だよ

 

>どんな?

 

>キラキラしてそうだから

>それだけ

 

 送信したあと、胸の奥がきゅっとした。

 

>やりたいこともないし

>情けないと思ってる

 

 既読がつくまでの時間が、長く感じた。

 

>別に悪くないと思う

 

 意外な言葉だった。

 

>理由なんて、

>最初から持ってる人の方が少ないんじゃない?

 

>……そうかな

 

>うん

>私も入りたい大学はあるけど

>やりたいことは、特にないし

 

 その文を読んで、俺はしばらく画面を見つめた。

 思っていたより、近い場所にいる気がした。

 

>似てるかもね

 

>俺だけじゃなかったんだな

 

>たぶん、みんな何かしら抱えてるんだと思う

>表に出さないだけで

 

 その夜は、いつもより長く話した。

 

 受験のこと。

 友達のこと。

 どうして不安になるのか分からないこと。

 

>別に不幸じゃないのに

>満たされないのが、ちょっと嫌なんだよね

 

>贅沢って言われそうで

>誰にも言えないやつだ

 

>そう

>悩んでる自分が、ずるい気がして

 

 画面の向こうで、同じような気持ちを抱えている人がいる。

 それだけで、世界が少しだけ広がった気がした。

 

 その夜、最後に彼女が言った。

 

>ね

>今度、会ってみる?

 

 俺は、少しだけ考えた。

 

>……いいよ

 

 送信したあと、心臓が少し早くなった。

 

 どこへ向かう関係なのかは分からない。

 ただ――

 

(同じ場所にいる人が、もう一人いる)

 

 そう思えたことが、

 その日は少しだけ嬉しかった。

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