それから、俺は毎日のようにスマホを見るようになった。
通学電車の中。
授業の合間。
夜、布団に入ってから。
特別なやり取りをしているわけじゃない。
勉強の愚痴とか、学校の話とか、どうでもいい雑談とか。
模試や志望校の話をしているうちに、相手も俺と同じ高三だと分かった。
画面の向こうに「同じ場所にいる誰か」がいるというだけで、気持ちは少し落ち着いた。
ある日の夜。
>今日、模試だった
>手応え、あんまりなかった
俺は少し考えてから返した。
>わかる
>できた気がするほど、結果見るの怖くなるよな
>うん
>自己採点する前から落ち込んでる
スマホを見つめて、小さく笑った。
>そっちは、もう志望校決まってるの?
送ってから、少し間が空いた。
>一応ね
>私立の有名なところ
>親は安心してるみたい
有名私立。
その言葉だけで、彼女がずっと先を歩いている気がした。
>すごいな
>もう進路の形が見えてるんだ
>形だけ、かな
>ここなら大丈夫そう、って思っただけ
>理由は、それだけ?
>うん
>向いてるって言われたし
>否定するほどの自信もなかったから
画面の文字が、妙に正直に見えた。
俺は、少し迷ってから打った。
>俺はさ
>行きたい大学の理由、もっと単純だよ
>どんな?
>キラキラしてそうだから
>それだけ
送信したあと、胸の奥がきゅっとした。
>やりたいこともないし
>情けないと思ってる
既読がつくまでの時間が、長く感じた。
>別に悪くないと思う
意外な言葉だった。
>理由なんて、
>最初から持ってる人の方が少ないんじゃない?
>……そうかな
>うん
>私も入りたい大学はあるけど
>やりたいことは、特にないし
その文を読んで、俺はしばらく画面を見つめた。
思っていたより、近い場所にいる気がした。
>似てるかもね
>俺だけじゃなかったんだな
>たぶん、みんな何かしら抱えてるんだと思う
>表に出さないだけで
その夜は、いつもより長く話した。
受験のこと。
友達のこと。
どうして不安になるのか分からないこと。
>別に不幸じゃないのに
>満たされないのが、ちょっと嫌なんだよね
>贅沢って言われそうで
>誰にも言えないやつだ
>そう
>悩んでる自分が、ずるい気がして
画面の向こうで、同じような気持ちを抱えている人がいる。
それだけで、世界が少しだけ広がった気がした。
その夜、最後に彼女が言った。
>ね
>今度、会ってみる?
俺は、少しだけ考えた。
>……いいよ
送信したあと、心臓が少し早くなった。
どこへ向かう関係なのかは分からない。
ただ――
(同じ場所にいる人が、もう一人いる)
そう思えたことが、
その日は少しだけ嬉しかった。