僕らはまだ名前のないまま   作:清月奏嘉

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3話 会わないでいられなくなった

 約束をしてから、何度もスマホを見た。

 

 何度か住んでいる地域の話をするうちに、お互いが思っていたより遠くない場所にいると分かった。

 どちらの路線からも行ける駅前のカフェを、土曜の午後、待ち合わせ場所にした。

 

 なのに、実感がなかった。

 

(顔も知らない人と、会うんだよな)

 

 前日の夜。

 

>明日、雨っぽいね

 

>うん

>傘いるかも

 

>でも行くよね

 

>行く

>約束したし

 

 そのやり取りを見て、胸の奥がじんとした。

 

 当日。

 

 駅前は人が多かった。

 制服より、私服の方が目につく。

 

 俺はカフェの前で立ち止まった。

 

 スマホが震える。

 

>もう着いた

 

>俺も

>店の前にいる

 

>中にいるね

 

 ドアを開けると、コーヒーの匂いがした。

 

 視線を巡らせる。

 

(わかるわけないよな)

 

 そのとき、奥の席から一人の女の子が立ち上がった。

 スマホを見ながら、周囲を探している。

 

 目が合った。

 

 少し迷うような顔をしてから、近づいてくる。

 

「……もしかして」

 

「……うん」

 

 それだけで通じた。

 

 お互い、少しだけ笑った。

 

「思ってたより, 普通だね」

 

「そっちも」

 

 そんな言葉が出てしまって、また笑った。

 

 席に座る。

 

 沈黙。

 

 スマホ越しなら話せたのに、

 現実だと、言葉が出てこない。

 

「……文字のまんまだね」

 

 彼女が言った。

 

「それ、俺も思った」

 

 肩の力が抜けた。

 

 変な人じゃなかった。

 想像と大きく違わなかった。

 

「会わない方がよかったって思う?」

 

 急に、そんなことを聞かれた。

 

「思わない」

 

「よかった」

 

 それだけで、十分だった。

 

 コーヒーが運ばれてくる。

 

「緊張してる?」

 

「してる」

 

「私も」

 

 少し笑った。

 

 どうでもいい話をした。

 学校のこと。

 電車のこと。

 

 不思議と、会話は途切れなかった。

 

 話題は、自然と受験に移った。

 

「そっちは、どんな感じ?」

 

 俺の問いに、彼女は少し考えてから答えた。

 

「あんまり良くない」

 

「正直だね」

 

「嘘ついても意味ないし」

 

 彼女はストローを指で転がしながら言った。

 

「私、進路は決まってるんだ」

 

「うん」

 

「でも、実感はあんまりない」

 

 文字で見た言葉より、少し重かった。

 

「親が安心できそうだから、って理由で決めたの」

 

「前に言ってたな」

 

「うん。でも……」

 

 少し間が空いた。

 彼女はストローから指を離して、ぽつりと言った。

 

「それって、自分で選んだことになるのかなって思う」

 

 俺は、正直に言った。

 

「俺は、何も決まってない」

 

「知ってる」

 

「キラキラしてそうなとこ行きたいだけ」

 

「それも」

 

 彼女は少し考えてから言った。

 

「じゃあ、探しに行けばいいんじゃない?」

 

「……何を?」

 

「理由」

 

 その言葉が、胸に残った。

 

「最初から夢がある人ばっかじゃないと思う」

 

「……」

 

「たぶん、途中で見つけるんだと思う」

 

 俺はカップを見つめた。

 

「俺、ずっと情けないと思ってた」

 

「何が?」

 

「理由ないこと」

 

「私もないよ」

 

 彼女はあっさり言った。

 

「ある“ふり”してるだけ」

 

 それを聞いて、少し笑ってしまった。

 

 外は、いつの間にか雨が降っていた。

 

 帰り際、店の前で立ち止まる。

 

「今日は、ありがとう」

 

「こちらこそ」

 

「会ってよかった」

 

「うん」

 

 名前は聞かなかった。

 でも、それでよかった。

 

 帰りの電車で。

 

>今日はありがとう

 

>こちらこそ

>なんか安心した

 

>俺も

>少しだけ

 

 画面を見ながら思った。

 

(同じ場所にいる人が、ちゃんと現実にいる)

 

 それは、思っていたより、

 ずっと大きなことだった。

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