僕らはまだ名前のないまま   作:清月奏嘉

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4話 期限のある時間

 会うようになってから、やり取りの内容が少し変わった。

 

 前は、どうでもいい話が多かった。

 学校のこと。電車のこと。天気のこと。

 

 今は、受験の話が増えた。

 

>結果、どうだった?

 

>前よりはマシ

>でも、安心できるほどじゃない

 

>そっか

>私は、志望校の判定出た

 

>どうだった?

 

>一応、A

 

 その文字を見て、胸の奥が少しざわついた。

 

 A判定。

 もう、形になっている。

 

>すごいな

>もう見えてきてる感じする

 

>見えてるだけ

>安心していいかは、わからないけど

 

 画面の向こうで、彼女が肩をすくめている気がした。

 

 週末、また会った。

 

 前より、会話はスムーズだった。

 無理に話題を探さなくても、言葉が続く。

 

 カフェの窓の外は、少しずつ色づいてきている。

 

「最近さ」

 

 彼女が、カップを持ち上げたまま言った。

 

「クラスで、進路の話する人増えてない?」

 

「……してる」

 

「推薦とか」

 

「うん」

 

 同じ教室にいるクラスメイトの顔が、いくつも浮かんだ。

 

「なんかさ」

 

 彼女は、カップを置いた。

 

「空気が変わってきた気がする」

 

「受験生って感じ?」

 

「それもあるけど……」

 

 少し考えるように視線を落とす。

 

「もう、寄り道できない感じ」

 

 その言葉が、胸に引っかかった。

 

 寄り道。

 

 この時間のことを、そう呼んだみたいだった。

 

「私ね」

 

 彼女は続けた。

 

「このまま、ずっとこうしてるの、想像できなくて」

 

 俺は、何も言えなかった。

 

「嫌とかじゃなくて」

 

「……うん」

 

「たぶん、余裕なくなるんだと思う」

 

 沈黙が落ちた。

 

 でも、さっきみたいな沈黙じゃない。

 言葉が必要な沈黙だった。

 

「俺も」

 

 やっと、口を開いた。

 

「最近、スマホ見る時間、減らそうとしてる」

 

「勉強?」

 

「うん」

 

「……えらいじゃん」

 

「今さらだけど」

 

 笑おうとしたけど、うまくいかなかった。

 

「私たち、いつまでこうして話すんだろうね」

 

 彼女が、少しだけ声を落とした。

 胸が、きゅっとした。

 

「わかんない」

 

「だよね」

 

 彼女は、小さく息を吐いた。

 

「でも、たぶん」

 

 少し間が空く。

 

「今みたいなのは、長く続かない気がする」

 

 否定できなかった。

 

 受験。

 志望校。

 合格発表。

 

 その先に、この時間が入る余地は、あまりなさそうだった。

 

「……でもさ」

 

 俺は言った。

 

「無駄じゃなかったと思う」

 

「何が?」

 

「こうやって話したこと」

 

 彼女は、少しだけ目を細めた。

 

「うん」

 

「前より、考えるようになった」

 

「何を?」

 

「ちゃんと、自分で決めないとって」

 

 彼女は、少し驚いた顔をした。

 

「それ、いいじゃん」

 

「いいのかな」

 

「いいと思う」

 

 即答だった。

 

「理由なくてもさ」

 

「……」

 

「動き出したなら」

 

 その言葉が、胸に残った。

 

 帰り道。

 

>今日はありがとう

 

>こちらこそ

>なんか、話せてよかった

 

>うん

>でもさ

 

>なに

 

>これから、

>少し減るかも

 

 少し間があって、返事が来た。

 

>うん

>わかる

 

>お互い、だね

 

 スマホをポケットに入れて、空を見上げた。

 

 夕方の空は、もう夏じゃなかった。

 

(終わりが、近いんだ)

 

 はっきりした形はない。

 約束もしていない。

 

 それでも。

 

 この時間には、期限がある。

 そんな気がしていた。

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