僕らはまだ名前のないまま   作:清月奏嘉

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5話 名前をつけないまま

 それから、会うことはなくなった。

 

 約束をしなかったわけじゃない。

 ただ、日付を決める前に、時間が埋まっていった。

 

>今日は、行けなさそう

>ごめん

 

>大丈夫

>無理しないで

 

 そんなやり取りが、何度か続いた。

 

 最初は、来週ならどう?とか、

 この日なら空いてるかも、なんて話もしていた。

 でも、模試や課題や小テストの予定を並べているうちに、

 どちらともなく、「また今度」に変わっていった。

 

 放課後、まっすぐ家に帰る日が増えた。

 寄り道をしないで、改札を抜ける。

 スマホを取り出しかけて、ポケットに戻す。

 

(……今は、そっちだ)

 

 自分に言い聞かせるように、足を速める。

 

 家に着くと、机に向かって問題集を開く。

 シャーペンを持つ指は、まだ少し落ち着かない。

 

 最初は、五分でスマホを見ていた。

 通知が来ていないか、無意識に確かめてしまう。

 

 次は、十分。

 問題を解きながら、画面が光る気配を探している。

 

 そのうち、

 スマホを見ない時間の方が、少しずつ長くなった。

 

 夜。

 

 布団に入ってから、スマホが光った。

 

>最近、返事遅くてごめん

 

 その一文に、胸が少し緩んだ。

 

>大丈夫

>私も、あんまり見れてない

 

 嘘じゃなかった。

 前より、確実に見ていなかった。

 

>忙しい?

 

>うん

>そろそろ、本気でやらないと

 

 短いやり取り。

 前なら、そこから別の話題に移っていたのに、

 今は、それで終わる。

 

 前は、どうでもいい話をしていた。

 電車が混んでたとか、

 雨が降りそうだとか、

 そんなこと。

 

 今は、用件だけ。

 

>無理しないで

 

>そっちも

 

 その二行で、会話が終わる夜もあった。

 

 少し寂しい気もしたけど、

 嫌な感じはしなかった。

 

(たぶん、こうなるんだろうな)

 

 どこかで、わかっていた。

 

 しばらくして、画面に新しい通知が出た。

 

>ね

>たぶん、もう

>前みたいには話せないと思う

 

 その文を見つめたまま、

 しばらく指が動かなかった。

 

 間違っているとは思わなかった。

 むしろ、正しい気がした。

 

 でも、終わるとわかると、

 少しだけ、胸の奥が重くなった。

 

>うん

>わかる

 

 送信してから、

 その一文を何度も読み返した。

 

>嫌とかじゃないよ

>ただ

>今は、そっちが先かなって

 

>俺も

>同じ

 

 短い言葉なのに、

 前より、ちゃんと意味があった。

 

 少し間が空く。

 

>ここまで話せたの

>よかったと思ってる

 

 その文を読んで、

 胸の奥が、じんとした。

 

>俺も

>ありがとう

 

 それで、会話は止まった。

 

 次の日も、その次の日も、

 通知は来なかった。

 

 何度か、いつもの場所を開きそうになった。

 でも、やめた。

 

 ノートを開いて、

 わからない問題に線を引く。

 

 前より、集中できている気がした。

 

(これで、いいんだ)

 

 名前も知らない。

 顔も、はっきりとは思い出せない。

 

 それでも、

 確かに、誰かとつながっていた時間があった。

 

 不安を吐き出して、

 同じ場所にいると知って、

 少しだけ、前を向いた。

 

 何者でもない二人が、

 何者でもないまま、

 それぞれの場所に戻っていく。

 

 それで、いい。

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