愛するNPCが現実化したら勝手にギスギスし始めた挙句バカ重い責任が生えてきた話   作:フォン・デ・ペギラパギラ

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一章:胎動
1話:目覚めたら美少女に囲まれてた件


「――ご主人さまっ!」

 

 己を主と呼ぶ声で、意識が切り裂かれた。

 一瞬、思考が停止する。

 

 しかしその時間も僅か。

 ぱ、と視界が開く。

 

 したら、眼前いっぱいに――夜空の欠片が映った。

 

 そう思ってしまったが、違う。

 少女だ。

 

 余りにも煌びやかな、珠のような少女だった。

 

 くりくりとした、たれ目。

 透き通った蒼い色の人懐っこい瞳。

 金の光を跳ね返す短めのボブヘアが肩先で揺れる。

 

 少女は、まるで愛する恋人が病床に伏せってしまったように、今にも泣きそうにその愛くるしいかんばせをぎゅっと強張らせていた。

 

 しかし彼の意識が戻ったと見るやいなや、ぱあ、と桃色の花が咲く。

 

 へにゃっとした蕩けるような笑み。

 それを視界いっぱいに受けた彼は、ぞくりと心を絆され、思わず息を止めた。

 

「――……〜〜っ、……ああ、ご主人さまっ」

 

 万感の想いを混ぜて、少女はため息を洩らす。

 

 はあ、と。そのあたたかな吐息。

 ミントのような清涼とした香りと、そして――その奥にある確かな人間の生の呼気。

 

 それが彼の鼻先を撫でるようにくすぐり、根源的な衝動が揺らされる。

 無意識に、腰元の一点に僅かに血が群がった。

 

「あ、……その」

 

 彼はただ息継ぎのように声を紡ぐ。

 

 悲鳴を上げる脳を強引に巡らせて、ゆっくりと事態を整理し飲み込んでいく。

 

 なぜ少女の顔が逆さまなのか。

 なぜ背中が冷たく硬いのか。

 なぜ後頭部だけがこんなに――驚くほど柔らかくてあたたかいのか。

 

 横たわったまま、疑問だけが残る。

 

 少女はただ、とろりと微笑んだまま、世話を焼くように男の前髪を手櫛で整えた。

 冷たい指が額を撫でて、髪を掻き分ける。

 そのくすぐったさと丁寧さに、ひやりとした快感がうなじを駆け上る。

 

 「……?」

 

 その後頭部のあたたかさが、妙に気になった。

 頭の下、枕代わりになっている“それ”。

 

 何の他意も無く、手を伸ばす。

 

 すると、布に包まれた心地よい()()に手が滑り込んだ。

 

 しっとりとして、それでいてなめらかで。

 人肌のぬくもりで。

 あまりにも心地がいい。

 

 ふにふに、と無意識に揉む。

 

 ずっと触っていたくなるような弾力が手のひらを支配した。

 

「――ひゃ、あ」

「え?」

 

 連動して、少女の頬がじわりと赤く染まった。

 好き勝手に踊る指の動きに合わせて、その“枕”はわずかに弾み、もぞりと形を変えた。

 

 少女は、桃色の吐息を洩らす。

 

「は、あっ……、ご主人さま……そんな」

 

 少女が悶え、身をよじる。

 やわらかな枕がもぞりと動き、視点が揺れる。

 

「うう……ご、ご随意に……」

 

 しかし、笑んだ。耐えるように。

 

 赤い頬。

 少しだけ淫靡に、へにゃり、と全てを受け入れる微笑。潤んだ瞳。

 

 ――無垢な印象との落差。

 

 彼の思考が一瞬白くなる。

 

(あ、これ)

 

 そこでやっと、意識が完全に覚醒した。

 ようやく彼ははっきりと理解する。

 

「ひッ、ひざまくらだァ!!」

 

 ――彼は目いっぱい絶叫し、勢いよく飛び起きた。

 風が唸る。

 

 覗き込んでいた少女と――ぶつからない。

 少女は笑みを浮かべたまま“しゃなり”と避ける。金の髪が空中で弧を描いて、きらきらと太陽の光を乱反射させた。

 

 彼は、どたばたと転がった。

 どうにか膝立ちになると、少女を見下ろした。

 

 少女は女の子座りで、ちょこんと床に収まっている。

 

 ――そして、懲りずにまた心を奪われた。

 

「……っ」

 

 華奢で小さな体つき、十代前半ほどだろうか。

 白と赤を基調にした巫女服めいた服装が、場違いなほどよく似合っている。

 

 少し儚げ。

 それでいて妙に人懐っこい顔立ち。

 

 元気がありそうなのに、どこか無理をしているようで、胸が締め付けられる。

 

 犬みたいだな、と彼は思った。

 自分だけに懐いてくれる、小さなコーギー犬のような……。

 

 ――いや、と思わず彼は息を吞んだ。

 

 少女の頭には実際に金色の犬耳が付いていた。

 

 もさり、と片方は立ち、片方は垂れている。

 ぴくりぴくりと忙しなく空気を探る。

 

 そして床に広がる巫女服の裾を押し上げ、同じ色の尻尾がぶんぶんと揺れていた。

 

 その様子があまりにも愛らしく、現実離れしていて――。

 男はしばらく、言葉を失ったまま立ち尽くしてしまった。

 

「ご主人さま……?」

 

 こてん、とその小さな頭を傾け、不思議そうにこちらを見上げた。

 犬耳も一緒にぱたりと倒れる。

 錦糸のような金色のボブヘアがふわりと肩口を舞う。

 

(な、なんていう美少女……)

 

 男が、ぽかんとしながら思考の余韻に身を沈めていると――。

 

「おおおーーッ! つがいよ! 目覚めおったか!!」

「うおぁあ! びっくりした!!」

 

 横合いから、空気を叩き割るような声が飛んできた。 

 

 あぐらをかいた褐色の幼い少女。

 その子が、腹の底から呵々大笑している。

 

「余は心配したぞ。うむ……しかし、よきかな。わーっはっは!!」

 

 びりびり、と腹の奥、横隔膜を直接震わせるほどの声。

 

「……ちょっと、グラ。うるさい」

「……! え!?」

 

 またもや急に――冷えた声が頭上から降ってきて、彼は咄嗟に見上げる。

 

 手を伸ばさなくても届くような位置。

 か細く真っ白な少女が――宙に浮かんでいた。

 

 目が合った瞬間、一転、にぱっと笑顔を弾けさせた。

 

 「あるじっ! おはよっ」

 

 素直な喜びの感情が直に伝わってくる。

 

 ……男はしばし固まった。

 

 人が浮いているという事実を処理しきれなかったからだ。

 

 そしてようやく彼は気付く。

 ぐるりと、周囲を見渡す。

 

 この少女たち――だけではない。

 

 ずらり、と。

 

 一瞬で数えられないほどの少女、少女、少女。

 

 さまざまな姿勢で。

 さまざまな色をした瞳が。

 ただ一人の男だけを中心に据えて、まっすぐに見つめていた。

 

「………………」

 

 男は、空転する脳にブレーキを踏み、一旦人数を数えようとするのをやめた。

 

 

 ***

 

 

 彼らがいる建屋は、誰が見ても分かるほど建設途中だった。

 天井はやたらと高く、太い柱が間延びした間隔でずらりと並んでいる。

 

 むき出しの梁。

 窓枠だけの開口部。

 荒い板敷きの床。

 

 釘や金具と、木片。

 それらが片付けられずに転がっている。

 

 箱だけが先に出来上がってしまった――そんな場所。

 

 その一角。

 一脚だけ、ぽつんと置かれた椅子に男は座らされていた。

 飾り気も威厳もない簡素な椅子。

 

 そして、その周囲を――少女たちが、ぎちぎちに取り囲んでいた。

 

 立っている者。

 背後からしなだれかかる者。

 足元に寝転がり、彼の足の甲を枕にしている者。

 

 など。

 それぞれがそれぞれの体勢で。

 

 男は、少女たちに固定された姿勢で、疲れたように小さく息を吐く。

 

「ご、ご主人さま……よろしいのですか?」

「え? ……ああ、大丈夫だよ、クー。……はは」

 

 隣の犬耳の少女が、眉をきゅっと下げて、心配そうに問いかける。

 

 金色の和装犬耳少女。

 その名を男はクーと呼んだ。

 

 クーは、渇いた笑みを浮かべる男の顔色を窺うように、そっと身を寄せている。

 

 それもそうだろう。

 男の背後からだった。

 

「ねえ、ねえ、わたし、あなたに逢えて本当にうれしい!」

 

 背中に軽やかな重み。

 やわらかな体温と一緒に、背後から首もとに腕が絡みつく。

 

 白く大きな天使の羽。

 穢れを撥ね除ける白い輝きを生やした少女が、ベタベタと甘えている。

 

「ほら、こうして実際に会えるなんて! これって運命だと思わない? ねえ、あなたもそう思うでしょ?」

 

 ぴょんぴょんと天使少女が跳ねる。

 それに合わせて男の後頭部に一際やわらかな神秘がむにゅ、むにゅ、と押し付けられた。

 

 甘い少女の香りがぶわっと漂い、男は参ってしまう。

 

 ――その瞬間、甲高い声が空気を切り裂いた。

 

「嬉しいわけねえだろ!! 兄貴から離れろ!」

 

 背の小さな赤い少女が、引き離さんと強引に割り込もうとする。

 小さな体をめいっぱい使って、牙を剥くように睨みつけた。

 

「はあ? やめて、邪魔よ」

「こんの……馬鹿力女!」

 

 男を抱きしめている腕は、まるでワニガメが餌に噛みついているようにがっちり組み付く。

 

 赤い少女が小さな手で一生懸命外そうと試みるが、努力も虚しくむぎゅむぎゅと男に体を押し付けるだけに終わった。

 

 男は苦笑と共にぐらぐらと揺れる。

 

 そのやりとりを皮切りに、周囲も一気にざわめきだす。

 

「ぬしさま……本物の、ぬしさま……」

「おんしら、わらわの宝主に触りすぎじゃ! ギトギトと手垢を付けるでない!」

「順番を決めましょう、と我々は提案します」

 

 声が重なり、視線が交錯する。

 空気が一気に膨れ上がる。

 

 少女たちの感情がキンキンと反響して、収拾がつかなくなりかけた――。

 

 そのとき。

 

「――静まれ!」

 

 鋭い声が落ちる。

 

「正気か、貴様ら――御前だぞ」

 

 たった一言。

 だが、その場の空気がぴたりと凍りついた。

 

 その声の主は。

 

 背丈も。

 輪郭も。

 耳と尻尾の形までもが。

 

 ――クーと瓜二つ。

 

 同じ血を引いているのだと一目で分かる。

 

 だが、印象は正反対だ。

 

 漆のような黒い髪。

 その犬耳はぴんと張り詰めて、決して揺れない。

 尻尾は苛立ちを示すように、ゆらり、ゆらり、とゆっくり振れている。

 

 その身にまとっているのは、騎士を思わせる漆黒のドレス。

 ところどころに赤い紐リボンがあしらわれ、動きやすさや実用性とともに可愛らしさも兼ね備えていた。

 

 同じ顔立ちなのだが与える印象は、クーが「穏やかな愛犬」なら、この少女は「容赦ない番犬」だった。

 

 ――腕を組み、赫い目をギロリと光らせる。

 

 天使の少女は、ぷくっと頬に不満を溜めた。

 しかし、名残惜しそうに絡めた腕を離した。

 

 赤い少女も同様に歯噛みしながらも一歩下がる。

 

 怯えて従った、というより――。

 ()()()()()()()()()()()()、と思い出させられたというような様子だった。

 

 不満げな視線。

 しかし言い訳ひとつ挟まず、全員身を引いた。

 

 ……男の足に絡まってスヤスヤ寝ている者を除いて。

 

 爆睡している童女を一瞥するが、無視して黒衣の少女が宣告する。

 

「――節度を守れ。主がおわしになり、興奮するのは分かるがな」

 

 ふん、と鼻を鳴らし、周囲に視線を一巡させる。

 

 そして、黒い少女は男の前へ出た。

 片膝を立てて静かにしゃがむ――さらり、と漆黒のドレスの裾が膝を流れる。

 

「失礼いたしました、我が主。御前を乱した不始末、すべて私の監督不行き届きにございます」

 

 赫い目を伏せ、厳かにこうべを垂れ、粛々と言葉を差し出した。

 

 りん、と。

 空気が、澄んだ音を立てたような気がした。

 

 かくも静かに、かくも丁重に扱うので、男はまるで自分がひどく位の高い貴賓にでもなったのではないかと錯覚する。

 

 その張り詰めた空気に男は耐えきれなくなり、軽く答えた。

 

「あ、全然全然! なんでもないよ、でもまとめてくれてありがとう。……ええと……クルル、だよね」

 

 少女はなおも顔を伏せ、地面を見つめたまま。

 しかしその黒い犬耳だけが、ぴくぴくっと小刻みに揺れ、嬉しさを雄弁に語った。

 

「はっ!――近衛筆頭役、クルルでございます。主の御身と御意思、我が剣をもってお支えいたします!」

 

 まるで神へ捧げる宣誓のように、澄んだ声。

 ぶんぶんぶんぶん! と尻尾が勢いよく振られた。

 

 ……すぐ後ろの美麗な少女が、わっ、とその尻尾をかわす。

 鬱陶しそうに手を払った。

 

「……あー、うん」

 

 男は言葉を失い、助けを求めるようにクーへ視線を投げる。

 

 その視線にクーは即座に反応した。

 しゅたっ、と小気味よい動きで男のひざ元に片膝を立てる。

 

 まるで、忠犬がお手をするかのようだった。

 

「ご主人さまっ」

 

 へにゃり、とやわらかな笑顔を向ける。

 

「それでは――いかがいたしましょう?」

 

 指示を求められ、男は目をぱちくりと瞬かせた。

 

(いかがって……何を、どうしろって言うんだ?)

 

 少女たちの視線が一斉に自分へと集まる。

 

 期待。

 信頼。

 待機。

 

 さまざまな感情が、己一点を向いている。

 

 たらり、と、こめかみを冷たい汗が伝った。

 

 ――やばい。なにか言わないと。

 

 考えるより先に、口をついた。

 

「……えーと、とりあえず。今って、どうなってんだろう」

 

 一拍。

 

 ぽかん、と。

 

 誰もが言葉を失った。

 まるで、飼い猫が生まれて初めて鏡に映った自分を見たときのような、そんな雰囲気だった。

 

 その中で――クーだけが、わずかに反応を示した。

 目が鋭くなり、脳内で何かを組み立て直すように視線が揺れる。

 

 そして、半秒も経たず口を開いた。

 

「ああ……現状のご共有、ですね。承知しました」

 

 胸に手を当て、丁寧に一礼。

 ふさっ、と犬耳が垂れた。

 

「同じく近衛筆頭役、クーが、代表してご説明いたしますね」

 

 彼女は上体を上げると、ゆっくりと話し始めた。

 

「――とはいえ、状況自体はいたって単純です。急に前触れもなく、クーは見知らぬ場所におりました」

 

 淡々とした口調で、すらすらと説明。

 

「そして周囲を見回すと、この建築物と、エイシムの面々――推定、全職員が集結していることを確認しました」

 

 すっと、手を横に広げ――ぞろっと終結している少女たちを示した。

 それぞれ自由な姿勢で男に目を向けている。

 

「拠点“エイドロン”は見当たりません……。座標も、経緯も不明。ここが、“ウルズヘイム”であるのか、そうでないのかも分かりません。みな、不安げに辺りを見回して騒然としていました。そして、その混乱の中心で――」

 

 クーは、情景を思い出したのか、胸元をきゅっと握りながら告げる。

 

「倒れていらっしゃったのが、ご主人さまでした」

 

 彼女は目を伏せ瞼を震わせた。軽くため息をついたあと、また喋り始める。

 

「……クーは心臓が止まるかと思いました。しかし、生命反応は安定していらっしゃいました。ご主人さまの御身を野ざらしにするわけにもいかないと、クーの独断で一旦この建築物に避難させていただきました」

 

 そう言ってクーは、へにゃり、といつもの通りに笑った。

 

 男はふと疑問に思い、そこで口を挟む。

 

「あれ? なんで俺だって分かったの?」

 

 クーは、きょとん、と目を瞬かせた。

 犬耳がぴくっと動く。

 

 そのあと、眉をハの字にして申し訳なさそうに答えた。

 

「すみません……どういった意図のご質問でしょうか?」

「ええと――俺と君は、直接会ったことないだろ? 何で俺がその……あー、ご主人様だって知れたんだ?」

 

 その問いはもっともだった。

 そう、記憶を辿っても、男は彼女と直接対面した覚えはない――そう、直接は。

 

 瞬間、男の脳裏に巡る。

 何千時間を費やした画面越しの世界。

 

 コロニーシミュレーションゲーム、――“ウルズヘイム”。

 

 男は、何年もかけてそこで巨大な組織を育てた。

 超常統合管理機構――エイシム。

 

 美少女だけで構成された、男の屈折した妄想組織。

 妥協せず、設定を重ね、彼女たちの思想や行動基準まで緻密に作り上げた。

 

 しかしただひとつ――最上位席、総帥の椅子だけは空白にした。

 何故かは言わずもがなだろう。

 

 ……今になって思い返すと、男はほんの少しだけ頬が熱くなるのを感じた。

 

 クーは、人差し指を唇に当てた。

 頭の中で何かを組み立てているように、瞳が揺れている。

 

「……なる、ほど、ご主人さまからは()()()()()のですね」

 

 その言い方には少し含みや感心があるように見えた。

 

「論理的に説明するのは難しいです……しかし」

 

 クーは椅子に座った男の足元へ滑り込んできた。

 その距離は息遣いが混じるほど近い。

 

 男は思わず少しのけぞった。

 

 クーは目を細めて微笑し、綺麗に揃った前髪の間からひたむきに見上げる。

 尻尾がふりふりと振れる。

 

「ご主人さまから受けた途方もない愛、このクーが見紛うはずありません」

 

 ――断言。

 

 まるで、朝日が昇る理由や雨が降る理由を説明するような、確固たる口調。

 

「ご主人さまが“いらっしゃる”。それだけで我々は分かるのです。疑念の余地はありません。そういうものなのです」

「そういうもの……」

「はいっ! そういうものです」

 

 男は押し切られ、考えることをやめた。

 

「……あー、遮って悪かった。続けて」

 

 クーはしれっと男の膝小僧に頬を寄せる。

 

「はい……でももうご説明はほぼ終わりです。ご主人さまをこの建物にご避難させ、四時間ほどお眠りになられ、今に至ります」

「え? 俺、四時間も寝ていたのか……? マジか、長すぎだろ……」

 

 男は短く息を吐いた。

 頭を掻きながら目をしかめ、視線が宙を彷徨う。

 

「ゴメン、迷惑を掛けたんだな。そうか、じゃあその間に何かしてた?」

「め、迷惑など……。いえ……すみません。ご指示が無かったので待機しておりました。お恥ずかしいです」

 

 しゅんと項垂れるクーに、彼は慌てて安心させるように手のひらを上げる。

 

「いやいや! 仕方ないよ、はは」

 

 クーはまるで叱られた飼い犬のように眉尻を少しだけ下げた。

 金色の犬耳が、不安を映すようにしゅんと伏せられる。

 大きな瞳が、くりり、と揺れる。

 

 ――ううむ、と男は思わず唾をのむ。

 

 どこを切り取っても、この少女には視線を奪われずにいられない。

 

「しかし……そうか、まさかほんとに……」

 

 男は、胸の奥で静かに息を吐いた。

 

 かつて画面の向こう側にあった理想が、いまは質量を伴って現実として目の前にある。

 

 クーから視線を外し、今一度周囲を見渡す。

 そこにいるのは――異彩を放つほどの美貌ばかり。

 

 だが、不思議と胸に芽生えるそれは、支配欲や欲情ではない。

 

 例えるならアイドルや配信者のライブに行ったときのような、一方的に知る存在がちゃんと同じ空気の中に立っていると知った――あの名前のつけようのない高揚感。

 

 現実なのに、どこか夢の延長で。でも現実。

 芯が震えるような、じわりと立ち上がる感動を覚えた。

 

「すごいな……」

「?」

 

 ポロっと本心が零れ出る。

 

 クーが小首をかしげる。

 現実味のない、美しすぎる少女。

 

 夢かもしれない。

 もしくは、精神が壊れたのか。……そんな思考が過る。

 

 ――だが。

 

 愛したキャラクターが、目の前で息をし、言葉を返してくる。

 不安よりも、その感動の方が圧倒的に大きかった。

 

 今はただこの瞬間を受け入れよう。そう彼は頷いた。

 

「――うん。まあ、とりあえず……何も分かってない、って感じなのかな」

 

 男は曖昧にそうまとめ、視線をクーに向けた。

 

 クーはその言葉に「はい」と小さく頷く。

 そして、思い出すように視線を外へ向けた。

 

「そうですね、周囲の景色についてでしたら、ある程度は記憶しております。どうやら、どこかの街の中のようでした」

 

 穏やかな口調で、言葉を選びながら続ける。

 

「この建物の周辺は、比較的開けた土地です。まるで再開発の途中で放置されたかのような……そんな印象を受けました。見える範囲では、背の低い建物が多く、あまり栄えている様子はありません」

 

 急に。

 

 機械的な、抑揚のない声が重なる。

 別の少女だ。

 

「――補足します」

 

 びりびり、と空気を震わせるような独特の声質。

 

 男は目を見開いてその声の主を見た。

 

 黒い長髪とロングコート。

 そのシルエットの輪郭から、黒い霧のようなものが淡く滲む。

 

「クー近衛筆頭が説明されたのは建屋の前面区域に相当します。この建屋の背面側、さらに奥にはより老朽化した住居群を我々が確認しています」

 

 淡々と、感情を挟まず。

 

「粗末な屋敷、及びバラックが密集しており、当該区域は極めて低所得者層が居住するエリアである可能性が高いと我々は推測します」

 

 ――言い切った。

 

 パクパクと動かしていた口をぱちっと閉める。

 もう言いたいことは終わった、と微動だにしない。

 

 クーはその少女の突然の発言を見届けると、小さく息を吐いた。

 少しだけ申し訳なさそうに微笑む。

 

「……とのことです。申し訳ございませんが、詳細は後ほど、ご自身の目でご覧いただければと」

 

 男は短く息を吐いた。

 

「……そうか。うーん、どうしたもんかな」

 

 そうどこか上の空で言いつつ、男は記憶を辿った。

 

 先ほど補足を入れた少女――あれは、きっとフェルマだ。

 また感動が押し寄せる。

 

 十二人。

 手塩にかけて育て上げたエイシムの幹部たち。

 大好きなキャラクターたち。

 

 無意識に眺めていたそのとき――ふと、違和感が引っかかった。

 

「……ん?」

 

 男は、ゆっくりと顔を上げる。

 

「ちょっと待って。さっき、最初にさ、エイシム全員って言った?」

 

 クーは、きょとんとした表情で頷く。

 

「はい。おそらくは、全員かと」

「全員って……その、全員?」

「え、ええ……そうですが……」

 

 ――その言葉の意味が、遅れてゆっくりと頭に落ちてくる。

 

 全員。

 

 それは、目の前の幹部たち十二人――だけではない。

 

 のべ、()()

 

 瞬間、男の背中を冷たいものが伝った。

 

「………………え。じゃあ、どこにいるんだ?」

 

 思わず立ち上がり、周囲を見回す。

 だが建物の中にいるのはどう見ても幹部クラスだけ。

 

 クーは、何でもないことのように答える。

 

「――外です」

 

 その一言が、やけに重く響いた。

 

「さすがに、全員を中に入れるわけにはいきませんので」

 

 そのクーの言葉に殴られたような衝撃が走る。

 

 男は無意識に立ち上がる。

 足取りも定まらないまま、ふらふらとガラスがはまってない窓辺へ向かった。

 

 気づけばクーが隣にいる。

 その後ろに、幹部たちがぞろぞろと続いてくる。

 

 窓の外を見た瞬間、言葉を失った。

 

 ずらり。

 

 建物をぐるりと囲むように、少女、少女、少女。

 全員きっちり等間隔で、ほぼ隙間なく。

 なぜか全員、背をこちらへ向けて外を向いている。

 

 白と黒を基調とした制服に身を包み、種族も、髪の色も、体格もばらばらな美少女たち。

 

 それがまるで行進前の兵隊みたいに、誰も音を立てず整列していた。




こんにちは、ギスる感じのハーレム大好きおじさんです。
俺TUEEEはないです。
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