愛するNPCが現実化したら勝手にギスギスし始めた挙句バカ重い責任が生えてきた話   作:フォン・デ・ペギラパギラ

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10話:暇やで

 鳥のさえずりが、澄んだ音色で爽やかに響く。

 

 ――すでに廃墟は朝を迎えていた。

 

 崩れかけた窓枠から、やわらかな日差しが差し込む。

 白い光は室内の宙を踊る埃を照らし出し、床や壁に、細く長い線を描いていた。

 

 空洞だらけの廃墟だからこそ、涼やかな外気が“ぶわり”と自由気ままに通り抜け、こもった空気を一掃していく。

 要は、それに身を委ね、爽快な気分に浸っていた。

 

 建物の中では手持ち無沙汰になったクーやクルルが、ぱたぱたと忙しなく動いている。

 木片をどかし、埃を払い、使えそうな場所を整えている。

 

(手伝いたいけど……必死に止められるからなあ……)

 

 その様子を横目に、要は、もそもそとエナジーバーをかじっていた。

 

 誰かの携行食らしい。

 職員の誰かの分を分けてもらった形のようで、要は恐縮だった。

 

(うまい……)

 

 もちろん、膝の上には――ベルが、これ以上ないほど無防備な姿で、仰向けにひっくり返って眠りこけている。

 要の膝に引っかかるように弓反りで。

 

 口を半開きにし、胸を上下させ、世界の危機など微塵も感じていない寝顔。

 大量の真っ白な髪が、ゆるりと弧を描きながら床に広がっているが、当人はまったく気にしていない。

 

 落ちないようにと、要は無意識に太腿へ少し力を込めていて、そのせいでじわじわと足が辛かった。

 

 ――ぱらぱらと落ちそうになる食べくずが、ベルにかからないように。

 要は首を曲げ、自然と窓の外へ視線を逃がす。

 

 窓の外から聞こえてくる、いくつもの少女たちの声。

 

「そこ危ないよー!」

「それ取って! あ、違うそっち!」

 

 怒号や張り詰めた指示ではない。

 ただ、仕事を進めるための、緩やかで雑多なやり取りが層を成して響いている。

 

 ――信じられないことに。

 

 眼下には、すでに簡易キャンプ場と言える光景が広がっていた。

 

 要のいる廃墟を中心に、放射状に広がる仮設の住居群。

 枯草で組まれた、一人用の三角形の小さな小屋。

 廃材や枯れ木を継ぎ接ぎにして作られた、バラックめいた建物。

 

 雑多で、統一感はまるでない。

 いや、色味だけは素材そのままの茶色一色だ。

 

 とにかく、形にすることが最優先――そう言わんばかりの、迷いのなさ。

 

 まるで、建築様式もデザインも知ったことかと、子供が空想のまま紙いっぱいに描き殴った街のようだ、と要は思った。

 

 だが、よく見れば、構造だけは決して雑ではない。

 柱の取り方、屋根の角度、倒れにくさ。

 

 遠目でも、それが“間に合わせ”であっても“いい加減”ではないことが分かる。

 

 たった一晩。

 闇の中で。

 ここまで作り上げた。

 

(すごいなあ……)

 

 要は、純粋な驚きとともに、どこか納得もしていた。

 “総帥”としての記憶が――これくらいなら彼女たちの能力を以て容易いと、静かに告げていたからだ。

 

(俺が……してあげられることなんて、無いなあ……)

 

 ――すっと、無力感が覆うように襲ってくる。

 

 ぼんやりと、その光景を眺めていると。

 

 仮設住居の間を縫うように伸びた、人通りの多い道――いつの間にかメインストリートのように機能し始めているそこから、際立って目を引く少女がこちらへ向かって歩いてくるのが見えた。

 

 背筋がすらりと伸び、歩き方には迷いがない。

 雑踏の中でもひときわ目立ち、むしろ自然と衆目を集めている。

 

 その進路が、まっすぐこの廃墟へ向かっていることは、一目で分かった。

 

(……何か、用かな?)

 

 要はそう思いながら、エナジーバーを少しずつかじり続ける。

 視線だけを外へ向け、少女が近づいてくるのを待った。

 

 

 ***

 

 

「――御前、失礼するのじゃ」

 

 そう告げて、ゆるやかに、しかし寸分の乱れもなく一礼したのは――ツァンだった。

 

 中国の古い説話から抜け出してきたかのような、翡翠色の枝分かれした龍角。

 すらりと伸びた細い手足、朝の光を弾く翠の鱗が連なる龍尾が、ゆったりと揺れている。

 薄翠色の透き通るような髪。おでこは大きく出して、肩口でくるりと波打ち、風を受けるたびに淡い色香を漂わせた。

 

 前掛けと見まごうほど露出の高いチャイナドレスはあまりにも無防備だが、それでいて不思議と下品にならない。

 むしろ、その大胆さすら計算済みのようで、彼女の持つ翡翠の冷たさと艶やかさを、これ以上なく引き立てていた。

 

(これ、強い風が吹いたら全部丸見え……)

 

 と、一瞬よからぬ想像が頭をよぎり、要は思わず鼻を膨らませる。

 慌てて、それをごまかすように声を出した。

 

「ああ、ツァン。おはよう」

「うむ、宝主よ。早くからお目通りが叶い、感謝じゃて」

 

 にこり。

 その表情一つで、場の空気がふっと柔らぐ。

 

 無垢な少女のようでいて、どこか歴戦の淑女の気配を帯びた微笑み。

 

 露出の多い装いではある。それに線は細く、肉付きも乏しい。

 それでも――纏う雰囲気と、何気ない仕草の一つ一つが、否応なく意識を引き寄せ、香り立つような色気を感じさせた。

 

「ご機嫌はいかがかのう?」

 

 ツァンが可憐に小首を傾げて問いかける。恐らく、その仕草が可愛らしく映ることを承知の上で。

 

 気付こうはずもない要は、目の保養だなあ、と満足そうに目元を緩めて微笑み返した。

 

「ああ、おかげさまで」

 

 実際、気分は悪くなかった。

 

 なんだかんだ言って、要は昨晩はよく眠れたのだ。

 

 少女たちの衣類に恐る恐る横たわり、包み込まれるような――いや実際、途轍もない“いい香り”に包まれた。

 

 しかし思っていた以上に疲れ切っていたのだろう、緊張で眠れないに決まっていると高を括っていたが、記憶が途切れるほど爆睡。

 

 とはいえ、その“ベッド”に腰掛けるのも気が引ける。

 

 ふと要が視線を落とすと――大量に積まれた衣類が、幾層にも重なり、即席のマットレスの形を成している。……ずもももも、という擬音が聞こえてきそうだ。

 

「……心配してくれて、ありがとう」

「なに、宝主のために身命を投げ打ち、腐心することなど、さも当然のことじゃよ」

 

 そう言って、たおやかな白魚のような手を口元に添え、くつくつと笑う。

 その指先には、長く整えられた翠色の爪が光を受けてきらりと瞬いた。

 

 表情は幼い少女のそれなのに、仕草は百戦錬磨の貴婦人のようで。

 そのちぐはぐな調和が妙に目を引き、要は少しだけくらっときた。

 

「――送り込んだマルタは、ちゃんと働いとるかえ?」

 

 その名を聞いて、要の脳裏に映像がよみがえる。

 

 糸目で、明るいブラウンのポニーテール。

 敬礼しながら、やけに元気よく笑っていた少女。

 

 今にも――『作ったっすー!』という声が聞こえてきそうだった。

 

「すごい働きだよ」

 

 要は、素直な感嘆を込めて答える。

 

「まさか、寝ている間に“シャワー室”まで出来てるなんて思わなかったからさ」

 

 朝、何気なく案内されたときの衝撃を思い出し、要は思わず苦笑が漏れる。

 

 簡易ながらも実用に耐える構造。

 シャワー、というよりは“かけ流し”に近いが、不満は無い。

 

 ただ――それを動かすのに、熟練の魔法師が二人も必要だと聞かされた時は、さすがに背筋が伸びた。

 

 それでも、結果として身体はすっかり清潔になり、何よりもじっくりと温まることができた。

 朝の冷えを追い出すには、あまりにも贅沢な設備だった。

 

「うむ。あの者は、わらわよりも古参じゃろうて」

 

 ツァンは、少し遠くを見るような顔で言う。

 

「どんな状況でも耐え、作る……古強者よ」

「ああ、うん……そうだったね」

 

 そう言って彼女に思いを馳せる。

 

「あやつにとって、この程度の状況など、苦境の内に入らんのじゃろう」

 

 ――ふと要とツァンは天井を見上げた。

 トンテンカンテン、と物音が聞こえている。今もこの廃墟の二階に上がって、何か作ったり整えてくれていた。

 

 ふう、と一息つく。

 要は気を取り直し、ツァンへと向き直る。

 

「――それで……何か用なのかな?」

 

 そう告げるや否や、片付けを程の良いところで打ち切ったクーが、すすす、と静かに寄ってくる。

 

 それを迎え撃つように――ツァンが、ゆるりと視線を持ち上げた。

 舌で舐め回すような冷ややかな目。

 

 そしてその切れ長の目が細められ、口の端だけを冷笑の形に歪めた。

 わざとらしく、芝居がかった抑揚を乗せて言葉を放つ。

 

「……おや、()()班長どの。お早いのう……暇じゃろうに、ベルと一緒に寝ておったらどうじゃ?」

 

 くつくつ、と口蓋で空気を鳴らすだけの嫌味な笑い。

 

 クーは顔色一つ変えない。

 ただ、瞳孔だけがひやりと開き、冷え切った視線を向ける。

 

「……ツァン()()班長さまは、ご主人さまの護衛が()()()()()()()()()()――そのようにお考えなのですね」

 

 冷え返す刃物のように、感情の温度を完全に失った声。

 起伏も、揺らぎもない。

 

 その言葉を受け、ツァンは大仰に肩をすくめ、両手をひらりと振った。

 

「まさか! わらわはただ、目に映ったままを口にしただけじゃよ!」

 

 細く、白磁のような指で口元を覆いながら、その奥で――にまぁ、と歪んだ笑みが花開く。翡翠色に磨き上げられた長い爪が、きらりと光を弾いた。

 

「いやはや、勘繰らせてしもうたかのう……堪忍、堪忍」

 

 クーは沈黙したまま、微動だにしない。

 まるで感情の抜け落ちた人形のように、空洞めいた眼差しでツァンを見据えている。

 

(……んん!? な、なんか空気が怖いんだが!?)

 

 要は思わず、引き攣った笑みを浮かべる。

 

「おほん――えーと。だ、大丈夫……?」

 

 その瞬間。

 示し合わせたように二人の雰囲気が百八十度反転する。

 

 つい先ほどまで嘲笑に歪んでいたツァンの目元がすっと緩み、優雅で艶やかな、美術品のような微笑みを浮かべる。

 

 クーもまた、氷が溶けたようにいつもの“へにゃり”とした人懐っこい笑顔へ戻った。

 

「うむ! すまぬすまぬ、宝主よ。……幹部同士の、ほんの形式ばった挨拶じゃて」

 

 そう言いながら、ツァンはしなやかに体を揺らし、腰へと手を添える――翡翠の龍尾がゆるやかに揺れた。

 

 チャイナドレス……というか前掛け同然の衣装が揺れ、隙間から色々見えそうで危うい。

 

(……何度も思うけどすごい格好だな。……いや、着せたの俺か……)

 

 浮き出た肋骨の稜線に思わず目を奪われていると、ツァンが続ける。

 

「宝主に余計な手間を取らせてしまい、まことに心苦しいのじゃが……少々、稟議を通しておきたい事柄があっての」

 

 要は慌てて首を振った。

 

「手間なんて、そんな風には思わないよ……いつでも話しかけてほしい」

 

 そう言って笑みを向ける。

 ツァンは切れ長の目尻をとろりと下げ、胸元を手で押さえ、しなを作り、溶けるような微笑を返す。

 

「んふ……宝主よ、そう優しゅうこと言われてしもうては……わらわ、少しばかり昂ぶってしまうではないか――」

 

「――早く」

 

 クーが一歩前に出る。

 

「本題に入ってください」

 

 要を背に半歩庇うような位置取りで、能面めいた凍えた薄笑いを浮かべながら、ツァンへ冷水を浴びせた。

 

 ツァンは一瞬、舌打ちを噛み殺したかのように顔を歪め――すぐに、何事もなかったかのように宝主へ向き直る。

 

「野暮な犬がうるさかろうて……まあ、よい。話を進めるとしよう」

 

 こほん、と可愛らしい咳ばらいをする。

 

 そして、事務的な、しかし底の見えない笑みへ切り替える。

 

「――宝主よ。三つほど、ご裁可を賜りたい案件があるのじゃ」

 

 そうして、ツァンは静かに語り出した。




ねっとりとした忠誠を向けられたい人生だった。
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