愛するNPCが現実化したら勝手にギスギスし始めた挙句バカ重い責任が生えてきた話   作:フォン・デ・ペギラパギラ

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趣味全開ですが、誰かに楽しめていただけていたらそれはとても幸せな事だと感じています。


11話:耳が痛くて聞きたくないンゴねえ

「さて……まずはのう……」

 

 ツァンはすぐに言葉を継がず、わざとらしく一息置いた。

 思考を整理し、周囲の視線を集めるための間。

 

「倉庫を設けようかと考えておってな……その件につき、宝主のご裁可を賜りたいのじゃ」

 

 前髪を払い、淡々と――しかし含みを持たせて続ける。

 

「これから先、物資……ことに食糧を溜め込むことになろう。腐らせぬためにも、冷やして保管できる場は必須じゃて」

 

 要は、すぐに腑に落ちたように頷いた。

 

「ああ、確かに……俺でも、まずそこから手を付けるな」

 

 要は顎に手をやり、自然と考え込む。

 

 その何気ない一言を聞いた瞬間、ツァンの口角がほんの僅かに吊り上がった。

 ――にま、と。

 だがそれは一瞬で、唇を引き結ぶことで押し殺される。

 

 主の考えを先んじて掬い取れた――そんな静かな喜びが滲む、抑えた笑みだった。

 

「ふふ……ではの、建設予定地じゃが――宝主のおわす、この屋敷のすぐ隣に設けようかと思うてな」

「うん、いいんじゃないかな。それでお願い」

 

 即答だった。躊躇いもない。

 

 ツァンは、手放しで信じて託してくれていることに、思わず喉を鳴らした。

 

「うむ、うむ! 調理場も併設するでな。多少、広めに場所を取らせてもらうぞえ」

 

 からり、と。

 先ほどまでの含みをすべて払うような、朗らかな笑い声。

 

「一つ目はこれにて終いじゃ」

 

 そう締めくくり、間を置かずに続ける。

 

「さて、それで二つ目じゃが……井戸、じゃな」

 

 要は、ふむ、と小さく息を吐き自然と姿勢を正した。

 

「最低限の水なら問題はなかろうが……流石に千人規模の生活用水となれば、魔法師とて賄い切れぬ」

 

 その言葉に、要は眉間を押さえた。

 

(……あ)

 

 痛いところをつかれたような感覚。

 忘れていたというより、見ないふりをしていた問題だった。

 

「ああ……エイシムは武力一辺倒だからなあ……」

 

 過去の自分の趣味。

 効率と制圧と、派手さを優先したゲーム的な選択。

 

 それが今になって現実の重さとしてのしかかってくる。

 要は、ゆっくりと息を吐いた。

 

(……まさか、ここで生活インフラに泣かされるとは)

 

 ツァンはその様子をじっと見つめながら、要の肩にかかる重さをそっと持ち上げるように、言葉を選んだ。

 

「幸い、この都市を横断するように川が流れておってな」

 

 ツァンは指先を顎へと添え、思案するように言葉を継ぐ。

 

「“統基庁”のインフラ調査班に探らせたところ――地下水脈も、なかなかに豊かじゃという話で……ううむ、本来であれば次の折に持たせるつもりであったが……」

 

 ふと、決断したように視線を上げる。

 

「――よい。今ここへ、持って参れ!」

 

 言い終えると同時に、ツァンは、ぱちん、と指を鳴らした。

 

 乾いた音のはずだった。

 だが、要の耳には――まるで澄んだ鈴を打ったかのような、清らかな余韻を伴って響いた気がした。

 

「はっ!」

 

 少女たちの、高くあどけない返事が幾重にも重なる。

 

 次の瞬間。

 わっせ、わっせ、と可愛らしい掛け声とともに、三人の職員の少女が、大きな“何か”を抱えて現れた。

 

「……おお」

 

 要は、思わず声を漏らす。

 

 ――机だった。

 

 個人用のそれとは比べ物にならぬほど大きい。

 縁取りは、まるで流木をそのまま削り出したかのようで、木肌の温もりが生々しく残っている。

 実用品でありながら、工芸品のような風格すら漂わせる一品だった。

 

「流石に、間に合わせではあるが……」

 

 ツァンはそう前置きしつつ、要へと視線を向ける。

 

「しばらくの間、総帥の机として使うてはくれぬかの」

 

 胸元へそっと手を添え、わずかに小首を傾げる。

 

 上目遣いで見つめてくる、明るい橙色の瞳。

 縦に長い瞳孔が、じっと要を捉えて離さない。

 

 要は心臓を、ぎゅっと掴まれたような錯覚を覚える。

 

「もちろん! 嬉しいよ。……すごく、綺麗だ」

「うむ! 宝主がそう言ってくれるなら、わらわも本望じゃ」

 

 ツァンはここにきて、計算も老獪さもすべて脱ぎ捨てたような子供めいた笑顔を見せた。

 

 その横で、クーは要に見えぬ位置から、しらりとした視線をツァンへ投げている。

 

 ――誰かに作らせたんだろう。

 

 そんな無言のツッコミがありありと伝わってくる。

 

 ツァンは楽しげな表情のまま、職員の少女たちへ片手を払ってみせる。

 ――もう下がれ、という合図。

 

 三人は軽く一礼し、無言でその場を後にした。

 

 そして。

 

「それでの……こうすると、じゃな」

 

 ツァンは、細い指先を机の縁へと滑らせる。

 

 片手で軽く掴み――がこっ、と。

 鈍い音とともに、分厚い天板が持ち上がった。

 

(……力、ヤバ)

 

 要は、固まったまま目を見開く。

 

 人ひとり分はあろうかという長さの天板が、まるで板切れのようにひっくり返され――また脚部のパーツと、正確に噛み合った。

 

 そして露わになった机の裏側には、何か模様がびっしりと所狭しに描かれている。

 

「……これは?」

 

 要が問うと、ツァンはどこか誇らしげに胸を張った。

 

「この都市の地図じゃ。フェルマに書かせた」

「えっ! もう!?」

 

 要は、思わず声を漏らした。

 

 よくよく目を凝らしてみれば、それは単なる模様などではなかった。

 机の裏一面に広がる、巨大で、非常に緻密な都市図。

 

 都市を縫う道筋はまるで生き物の血管のように張り巡らされ、川は流れを感じさせる曲線を描き、山々の起伏までもが等高線を用いて木板の上に刻み込まれている。

 

 それらすべてが、焼き印という原始的な手法でありながら、工業製品のように寸分の狂いもない直線と曲線で構成されていた。

 

「ほう……もう、ここまで仕上がっていたか」

 

 そう呟きながら、ゆらり、と黒くふさふさした尾を揺らし、クルルが腕を組んで歩み寄ってくる。

 

 それを見たツァンは、露骨に眉をひそめた。

 

「なんじゃ……次から次へと。宝主との逢瀬をどいつもこいつも邪魔しおって……」

「私は軍事顧問だ」

 

 クルルは涼しい顔で言い放つ。

 

「地形情報は、主の次に私にも共有されるべき事項だ……違うか?」

 

 綺麗に揃えられた黒い前髪の奥から、赫い瞳が鋭くツァンを射抜いた。

 

 ツァンは、まるで鬱陶しい虫でも払うかのように、ぱしっ、と龍尾をひと振りする。

 そして、何事もなかったかのように要へと向き直った。

 

「まあよいわ……裏面はの、軍略やら配置やらを語るためのものじゃ。宝主も、存分に使うてくれればよい」

 

 要は、思わず大きく頷いた。

 

「……いや、ほんとにすごいよ。ありがとう」

 

 満面の笑みで何か言いかけるツァン――それを遮る影。

 

「そうですね」

 

 クーが淡々と付け加える。

 

「フェルマ“情報”班長は、非常に良い仕事をされているようです」

 

 ――それは、静かな釘刺しだった。

 これはお前の手柄ではあるまい、と。

 

 ツァンは、一瞬だけ僅かに頬を歪める。

 だがそれも束の間、何事もなかったかのように表情を整えた。

 

「……すまぬな、話を戻そうぞ」

 

 そう言って、翡翠色の長い爪を地図へと滑らせる。

 

「まず、エイシムの現拠点がここじゃ。して、井戸の候補地じゃが……ここ……それから、ここじゃな」

 

 かり、かり、と。

 硬い木の表面をなぞるその音が、不思議と心地よく響く。

 

 要は、こくこくと何度も頷きながら、真剣な表情で聞き入っていた。

 

「位置取りとしては……やはり、ここが最もよかろう」

 

 ツァンが、こん、と机を軽く叩く。

 居住区にも近く、運用面でも無理のない配置だ。

 

「そうだね。俺も、そこがいいと思う」

「――うむ!」

 

 ツァンはぱっと手を合わせ、切れ長の瞳が弧を描くように細まり、心底嬉しそうに頷いた。

 

「では、善は急げじゃ! すぐにでも、手を付けようぞ」

「うん、よろしく」

 

 要のその一言を聞いて、ツァンは満足げに尾をゆらりと揺らした。

 

 そうして、一拍。

 ツァンは話を区切るように姿勢を正し、先ほどまでの柔らかさをすっと引っ込めた。

 浮かべたのは、遊びも媚びもない実務の顔だった。

 

「――さて、ここまではの。宝主に、ただ“よい”と丸を付けてもろうただけの話じゃ」

 

 細く息を吸い、続ける。

 

「三つ目は……資材と、食糧についてじゃな」

 

 ツァンは机に刻まれた地図へ指を伸ばす。

 その先は――山。

 

「都の城の背後に、山がある。いや……正確には、この都そのものが、半ば山に抱かれておる」

「ああ……ほんとだ」

 

 要は、今さらながら気づいたように声を漏らす。

 

 ツァンは地図を見下ろし、どこか感心したように鼻を鳴らした。

 

「切り立った山を越えるか、限られた橋を渡らねば城へは至れん。守りとしては、なかなか悪くない立地じゃて」

「……なるほど。確かに、そうなってるね」

「まあ、その話は今はよい」

 

 ツァンはそこで言葉を切り、無意識のように唇を軽く舐め、湿らせた。

 そして、静かに核心を落とす。

 

「問題は――エイシムの拠点と、王城が、見事なまでに真逆に位置しておるという点じゃ」

 

 するり、と。

 翡翠の爪が地図を滑り、城の対角線上にあるエイシムの居地を指し示す。

 

「山へ入って木を伐るにせよ、狩りをするにせよ……王都を横断せねばならん」

 

 ツァンは一息置き、その明るい橙色の瞳をまっすぐに要へ預けた。

 

「――つまり、目立つ」

 

 要は、息を呑んだ。

 

「この拠点は四方を街に囲まれておる。どの道を選ぼうが、多かれ少なかれ人目には触れる」

 

 白い指先が、エイシム拠点の周囲をぐるりと円でなぞる。

 そこには、びっしりと描き込まれた街の建物群。

 

「最短を取れば……城は避けるとしても、商業区と城下町のど真ん中を突っ切ることになるのじゃ」

 

 示された道筋を、要は黙って目で追った。

 

 事実が、ゆっくりと腹の底へ沈んでいく。

 何を問われているのか、理解が追いつくにつれ、背中に冷たい汗が滲んだ。

 

「――迂回すれば?」

 

 クルルが、短く問いを投げる。

 軍略家の無駄のない声。

 

 だがツァンは、待っていたとばかりに即座に答えた。

 ここに来て、冗談も芝居もない。

 

「都の外縁……さらにその外。防壁沿いを通れば、そこに住み着いた浮浪者や難民の目に触れる。更に大きく回ろうものなら、次は農地じゃ。遮るもののない平地……視線は通り放題じゃて」

 

 淡々と、現実を並べる。

 

「結局、誰かには見られる。その上効率は最悪じゃろうな」

 

 クルルは口元に手を当て、思考の底へ沈み込む。

 思案に潜るように口元を押さえ、それ以上、言葉を挟まなかった。

 

 要の瞳がわずかに揺れる。

 胸の奥で、焦燥がじわりと脈打ち始めた。

 

 眉を下げながら要のその様子を見るクーが、静かに代案を差し出す。

 

「夜間のみ、行動するという手はありませんか?」

 

 ツァンは地図から視線を上げ、クーを見る。

 予想していた問いだったのだろう、迷いなく答えを返す。

 

「それも、一案ではある。……だが、夜とて人の目が消えるわけではなかろう」

 

 一拍。

 逃げ道を塞ぐように、言葉を重ねる。

 

「フェルマやイナ、ミリエルのような、飛行能力持ちを用いれば夜間のリスクは更に下げられよう」

 

 だが、と。

 

「その者らは“情報”班じゃて、本来の務めが塞がる。他の飛行能力持ちをかき集めても……効率は悪い。食糧を運ぶだけで、手一杯になろうな」

 

 一息。

 

「――つまり、じゃ」

 

 ツァンは、要の心の奥を覗き込むように、視線を送る。

 透き通るような、光を湛えた橙色の瞳。

 

 そこには、いくつもの選択肢を見通した者の覚悟があった。

 どの道を選ばれようと、己は添い遂げる――そんな決意が、静かに、しかし確かに宿っている。

 

「――エイシムを、この世に顕わにしてよいか? 宝主よ」

 

 ごくり、と誰かの咽が鳴った。

 




ちなみに、グラのフルネームは「グラオルディア=ウル・ジドラ=エンドラグニル=カタストロフ」です。
……だから何?
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