愛するNPCが現実化したら勝手にギスギスし始めた挙句バカ重い責任が生えてきた話   作:フォン・デ・ペギラパギラ

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14話:マジで何考えてんの

 ポカポカとした陽気が、ゆるやかに屋敷の中へと流れ込む昼下がりだった。

 

 要は、背もたれも肘掛けも深く作られた、懐の広い豪奢な椅子に身を預けている。

 足元ではベルが床に直接ごろんと転がり、腹を上下させながら、無防備な寝息を立てていた。

 

 ――あれから、数日が経った。

 

 基本的に、要は暇だった。

 何かに追われるわけでもなく、命令を出し続けるわけでもない――ただ、時折脳が軋むほど悩まされ、時折知識を引っ張り出して助言を与え、そうして気づけば今日もここに座っている。

 

 拠点は――エイシムは、驚くほどの速度で形を変えていた。

 

 要は、ゆっくりと周囲を見渡す。

 

 かつてはこの屋敷の一階、吹き抜けの伽藍堂な場所にぽつんと椅子と机とベッドが置かれているだけだった。

 だが今、要の居場所は二階に移っている。

 

 新しい木目、木の匂いがまだ香るフローリング。

 同じく木造の壁。

 石を固めて組まれた、重厚な暖炉。

 

 天井には、実用性を保ちながらも、どこか見せつけるように美麗なシンメトリーの木の梁が張り巡らされていた。

 その梁の間を縫うように、小さく洒落たロフトが設けられ、気分転換に茶を飲める空間まで用意されている。

 

 あらゆる角度から光が取り込まれ、日中は明るく、自然と身体が緩むような暖かさに満ちていた。

 

 細部まで行き届いた意匠。

 それでいて、どこかに一匙分の遊び心が匠の手によって忍ばせてある。

 

 その匠の「どうっすかー!?」という得意げな声が、今にも背後から聞こえてきそうだった。

 

(……自分には、ちょっと勿体ないな)

 

 ここへ来てから何度目かになる同じ思考に、ぼんやりと身を浸していると――。

 

 するり、と気配が近づく。

 

 巫女のような和風の衣装に身を包んだ、金色の毛並みの犬耳少女が、音もなく傍へ寄ってきた。

 クーに違いない。

 

「ご主人さま。午後もお疲れさまです……少し、お茶にしませんか?」

 

 そう言って向けられるのは、いつものへにゃりとした、目尻がとろりと溶けるような笑み。

 手にはお盆と、ゆるりと湯気を立てる木製のカップ。

 

(……ほんと、いつ見ても可愛いな)

 

 要は衝動的にそう思いながら、口を開く。

 

「何もしてないから、全然疲れてないけどね……でも、いただこうかな」

 

 その言葉を受けて、クーは少し眉を下げ、申し訳なさそうでそれでいて嬉しさを隠しきれない表情を浮かべる。

 一歩前に出て、その整った顔をぐっと要に近づけた。

 

「何もしていない、など……ご主人さまは、そこにいらっしゃるだけで良いのです」

 

 その声音に、不意に胸が温かくなって――要は思わず、柔らかで繊細な金髪に手を伸ばしていた。

 

「わふっ……!?」

 

 びくり、と犬耳が跳ねる。

 

 ここ数日で要はこの少女にずいぶんと気を許していて、かつ信用もしていた。

 少なくとも、頭を撫でたくらいで嫌がられることはない、と思える程度には。

 

「ありがとな。クーと一緒にいると、落ち着くよ」

 

 そう言って、要はクーをじっと見つめた。

 

 かあ、と頬がみるみる赤く染まり、落ち着かない視線が彷徨う。

 その表情はやがて、恥ずかしさと誇らしさを綯い交ぜにした、はにかみへと変わっていった。

 

 要が手を離すと――。

 

「……~~~!!」

 

 へにゃにゃにゃにゃ、と音が出そうなほど顔を綻ばせ、喜びを噛み締める。

 堪えようとしても、口元はすぐに笑みの形へ戻ってしまう。

 

 耳はへたりと倒れ、尻尾は分身しているかと思うほど激しく揺れる。

 無意識なのか、小さなお尻まで小刻みに揺れていた。

 

「ご主人さま~……! うれしすぎて、どうしていいか分からなくなっちゃいます……!」

 

 かかとだけで跳ねるように、ぴょんぴょんと弾む。

 それに合わせて、艶やかな金のボブヘアが、ふわり、ふわりと傘のように広がった。

 

 些細なことでも全力で喜ぶその様子は、愛情を向けられるのが何より嬉しい飼い犬そのものだ。

 

 手にしたお盆は揺れているのに、カップの中身は一滴も零れない。

 驚くほどのバランス感覚だった。

 

 ……と、その様子を壁にもたれて眺めていたクルルが、恨みがましそうに、ちらりと視線を投げている。

 

 クーはそのまま弾むような気分を保ったまま、跳ねる声を上げた。

 

「ささっ……! 今日はバルコニーでいただきませんか? 本日も、とってもポカポカした陽気ですよ!」

 

 その無邪気な提案に、要は一瞬、何かを思い出したように視線を宙へ泳がせる。

 

「あ、ああ……バルコニーでね。そうしようか」

 

 そう答えると、クーは待っていましたとばかりに、たたた、と小走りでバルコニーへ続く扉へ向かった。

 途中で振り返り、要がついてきているのを確認すると、ふりふりと尻尾を振りながら満面の笑みで待っている。

 

 手にはまだお茶を載せたお盆があるというのに、その足取りは軽やかすぎた。

 

「お茶持ってるのに……あぶないよ」

 

 要は思わず苦笑しながらその後を追う。

 さらにその後ろを、音もなく――影のようにクルルが従っていた。

 

 ドアをくぐると、視界が一気に開ける。

 やろうと思えば小さな球技くらいできそうなほど、広々としたバルコニーだった。

 

 安アパートの狭いベランダしか知らなかった要は、ここへ出るたびに毎回少しだけ驚いてしまう。

 

 今日もまた、日光を受けてきらりと輝く、美しいテーブルがそこに据えられていた。

 

 またもや美しいテーブルが、きらりと日光を跳ね返している。

 

 クーはそこへ駆け寄ると、お盆から、お茶と、お茶菓子代わりらしき見慣れない果物を丁寧に並べていく。

 丸みを帯びた果皮は淡く光り、切り口からは瑞々しい香りが漂っている。

 

 一方でクルルも、やや早足でテーブルへ近づき、要よりも一足先に辿り着くとさっと椅子を引く。

 その動きには一切の無駄がなく、どこか儀礼めいた丁寧さがあった。

 

「ごめんね、ありがとう」

「いえ……お気になさらず」

 

 要はまだ少し申し訳なさを滲ませながらも、その気遣いを素直に受け取り、綺麗な新品の椅子に腰を下ろす。

 ……総帥扱いにも、ほんの少しずつだが慣れてきていた。

 

 感謝の言葉を投げかけられたクルルは、わずかに頬を赤らめる。

 それを隠すように、きゅっと眉間に皺を寄せ平静を装った。

 

 ――だが、尻尾は正直だった。

 鴉の濡れ羽色のような黒い尻尾が、本人の意志とは裏腹に、ふるふると小さく揺れている。

 

 その時だった。

 

 ――きゃっ、きゃっ、と陽だまりを跳ねるような、黄色い声が風に乗って届いた。

 

 反射的に、要はそちらへ視線を向ける。

 バルコニーの手すりの向こう側――屋敷の外、少し距離を置いた先に、木造の建物が見えた。

 

 二階という高さに加え、この屋敷自体がわずかに高台に建てられているせいで、自然と見下ろす形になる。

 視界を遮るものは全く無く、音と一緒に情景まで流れ込んでくる。

 

 丸太をそのまま使ったような太い柱。

 木の温もりがにじむ、素朴な屋根。

 壁は格子状――いや、正確には、細長い羽板をわずかな隙間を空けて平行に並べた、ルーバー状の造りだ。

 

 その隙間の向こうで、うっすらと複数の人影が揺れている。

 追いかけっこをしているのか、じゃれ合っているのか。

 動きは軽く、楽しげで、時折また、きゃっきゃ、と弾んだ声が漏れてくる。

 

 ――要は、はっとしたように視線を逸らす。

 

 胸の奥に、ちくりと何かが刺さった感覚とともに、ある記憶が脳裏をかすめた。

 

 

 ***

 

 

 ――ある日。

 

 今日とまったく同じように、バルコニーに差し込む陽気な昼下り。

 そして今日と同じように、風に乗って届いてきた、きゃっきゃ、という黄色い声。

 

 要はその時も、何の疑いもなくそちらを見た。

 

 当初、その建物には――今のような格子の壁など、存在していなかった。

 

 見通しは良好。

 いや、良好すぎた。

 

 井戸を掘った際に掘り出された石が丁寧に磨かれ、敷き詰められ、木の床と石の床が洒落た具合に混じり合った共用の露天風呂。

 湯気がふわりと立ち上り、陽光を受けてきらきらと反射する。

 見ているだけでも心が温かくなるような、なかなかに風情のある造りだった。

 

 四方には当然、壁が設けられている――はずだった。

 

 ――しかし、なぜか。

 本当になぜか不可思議なことに。

 

 この屋敷に面した一面だけが、堂々と、清々しいほどに、完全解放されていた。

 

 その結果。

 

 今日と同じように、優雅にお茶を片手に。

 今日と同じように、特に何も考えずに。

 バルコニーの外へ、ふと視線を向けた要の目に――。

 

 職員の――あどけない少女たちの、無防備で生まれたままの姿が、スコーンと飛び込んできた。

 

 一瞬、要は思考が完全に停止した。

 脳がフリーズし、時間が止まり、魂だけが一歩遅れて現実を認識する。

 

 様々な髪色。

 様々な体格。

 少女たちはじゃれ合い、笑い合い、ある者は湯に身を沈め、ある者は縁に腰掛けて談笑している。

 

 ――つまり。

 

 入浴中の姿を、直視した。

 

 少し距離はある。

 だが、屋敷に隣接している。

 視界は良好で遮るものは、何もない。

 

 それはもう、はっきり、くっきり、健康的に見えた。

 

 ……これ以上の描写はしません。

 

「のおわぁ――ッ!!!」

 

 要は――お茶を盛大に噴き出し、魂がひっくり返るほど叫んだ。

 まるで安全レンズなしで溶接作業を直視したかのように、反射的に片腕で目を覆う。

 

「ご、ご主人さま……!? どうされましたか!?」

「どうもこうも無いってぇ……!!」

 

 首を向ける勇気もなく、要は人差し指だけで問題の方向を示した。

 

「あ、アレ……! なんで、丸見えなの!?」

 

 クーはちらりとその先を確認し、ああ、と何かを理解したように小さく頷いた。

 しかし、その表情には焦りも動揺も一切ない。

 

「共用風呂ですね。……なんで丸見えかと問われますと、その……そちらの方が望ましいと、設計者が判断したのではないでしょうか」

 

 なぜか、異様なまでに平然。

 むしろ誇らしげですらある。

 

 要は壮絶な表情でクーを振り返り、唾を飛ばす勢いで訴えた。

 

「俺、全部見ちゃったよ……! ――いや、見たくないとかじゃないんだけどね!?」

 

 勘違いが発生しないよう、慌てて一枚、防御線を張る。

 さすがにこの数日で最低限の学習能力は身についていた。

 

 クーはぽかん、とした顔でその言葉を受け止め、少し考えるように首を傾げたあと――さも当然のように、ぽろりと零す。

 

「ええと……ご覧になられてはいかがでしょうか? 全部、ご主人さまの“モノ”ですし」

「はあ!?」

 

 要は、見事なまでに白目をむいた。

 

 

 ***

 

 

 あれから、さすがの要も本気で怒った。

 声を荒らげることはしなかったが、はっきりと『壁を作れ』と命令した。

 

 ――結果として、壁は作られた。

 

 ただし、格子状で。

 しかも、薄っすら透けて見える。

 

 なにかしらの抵抗を感じたが、もうツッコむ気力は残っていなかった。

 要はその時点で、色々なものを諦めたのだ。

 

 そんな苦い思い出を胸の隅に押しやりながら、要はバルコニーから眼下に広がるエイシムの拠点を、視線だけでゆっくりと見回す。

 

 かつてそこにあったのは、雑多に並んだ簡易仮設住居群だった。

 布と木材と最低限の屋根。

 生き延びるためだけの、機能優先の集合体。

 

 ――だが今は違う。

 

 小さなロッジや、バンガロー風の木造建築が、隙間なく、しかし不思議と圧迫感なく立ち並んでいる。

 木の色合いは揃えられ、屋根の角度にも統一感がある。

 

 その合間には板敷きのテラスが設けられ、まるで山間のリゾート地にでも来たかのような、おしゃれな休憩所まで存在していた。

 

 要の頭の中にあるゲーム上の知識は、エイシムの建築技術ならこのくらいはできるだろうと冷静に告げてくる。

 だが、現実として物理的にそれを見下ろしている要の感想は一つだった。

 

(……いや、すごいなマジで)

 

 感心と困惑が、半々で胸に溜まる。

 

 ――と、そこで。

 

 要は、ふとした違和感に気づいた。

 

 視線をもう一度、建物群へと戻す。

 ゆっくり、慎重に。

 

 そして、一応――口に出してみることにした。

 

「ねえ……なんで、建物にも壁が無いの?」

 

 誰に向けたとも言えない問いだった。

 

 眼下に点在する大小さまざまなロッジ状の建物は、以前の共用風呂と同じく、要が住むこの屋敷に向けてだけ、壁が存在しない。

 

 建物の影に隠れている奥の建物までは見えないが、少なくともここから見通せる範囲は、例外なくそうだった。

 

 もちろん、落下防止の手すりや柵といった安全対策はされている。

 だが、それでもなお、視界は異様に開けている。

 

 その光景に、奇妙な違和感と、強烈な既視感が、じわじわと要にのしかかってきた。

 

(……どっかで、見たことあるような……)

 

 要は眉を寄せ、頭を捻る。

 

 そして、唐突に。

 

(あっ!)

 

 答えが、脳内で弾けた。

 

(シルバニアファミリーのお家だ!!)

 

 懐かしいCMの映像が、ありありと蘇る。

 小さなジオラマ。

 愛らしいうさぎの人形たち。

 そして――子供が手を入れて遊ぶため、また中をよく見せるために、側面が大きく抉り取られた、あの独特な構造。

 

(完全に、アレじゃん……)

 

 じっと見下ろすと、もはやそうとしか見えなくなってくる。

 ロッジ一つ一つが丁寧に作られた玩具の家のようだった。

 

 要がその衝撃に、しばし言葉を失っていると――。

 

 クルルの声が、背後から、ふわりと耳に届いた。

 

「恐らく……ウルズヘイムの頃は、主の目が全てに行き届いていたから、ではないでしょうか?」

 

 腕を組み、背筋を伸ばしたままクルルが独り言のように言葉を落とす。

 ゆらり、と黒い尻尾が持ち上がり、風に煽られて漆黒のドレスの裾がふわりと揺れた。

 

「見ていただけている……その感覚が、こちらへ転移してから薄れてしまいましたから。それを補おうとして、この意匠に落ち着いた――そう考えると、私としては理解できます」

 

 あまりにも落ち着いた口調で言われ、要は思わず目を瞬かせる。

 

「え……そうなの……?」

 

 輪郭のぼやけた問いかけ。

 だがクルルは迷いなく、小さく首肯した。

 

「ええ。おそらく、無意識のうちに。誰かに命じられたわけでもなく、自然と“この形”になったのだと思います」

 

 そう言われて、要はもう一度、バルコニーから眼下を見下ろした。

 

 板敷きの休憩所では、職員の女の子たちが、きゃいきゃいと楽しげにじゃれ合っている。

 その中の何人かが、こちらに気づいたのか、要に向かって小さく手を振った。

 

 要は一瞬きょとんとしながら。

 

(……自分に?)

 

 と半信半疑のまま、同じように小さく手を振り返す。

 

 すると――。

 

 きゃあっ、と黄色い声が一段高く弾けた。

 彼女たちは顔を見合わせて興奮したように何かを囁き合い、今度はぶんぶんと大きく手を振り返してくる。

 

 その光景に、要は一気に居心地が悪くなった。

 ひどく落ち着かなくて、足元がふわふわするような感覚――嬉しさとはまた違う。

 まるで突然、身に覚えのないファンクラブが発足したかのような、どう対処していいか分からない戸惑い。

 

(……あれ?)

 

 そこで、ふと思い出す。

 

(ゲームでも、視点を向けてると……エモート返してくれてたな……)

 

 ぽりぽり、と頭を掻く。

 

(……あれ、覚えてるんだ)

 

 思った以上に、ちゃんと“見られていた”記憶がこちらの世界でも生きているらしい。

 その事実が、少しこそばゆくて、ほんの小指の先くらいホラーだった。

 

 そんな要の戸惑いを、クーとクルルは、なぜか揃ってにこにこと穏やかに眺めていた。

 まるで「そういうものですよ」とでも言いたげに。

 

 ――と、その時。

 

 ぴくり、と。

 二人の犬耳が、まるで糸で引かれたように同時に直立した。

 

 来客に気づいた飼い犬が、急に背筋を伸ばすような動き。

 視線は揃って、バルコニーと総帥室を繋ぐ扉のその更に向こう――部屋の入口へと向けられている。

 

「ん……? どうしたの、二人とも」

 

 要が首を傾げると、クーが真面目な表情で鼻をひくひくと揺らしながら答えた。

 

「……誰か、お越しのようです」

 

 その一言で、要の肩がわずかに跳ねた。

 目元と頬が、ほんのり引き攣る。

 

「……し、仕事か……」

 

 さっきまでの陽気が急に遠くなる。

 楽園の外から、現実がノックしてきた感覚だった。

 

 仕方ない、と自分に言い聞かせるように、要はお盆を持って重い腰を上げる。

 

 だが、その瞬間。

 

 クーが『それは断固として許されません』と言わんばかりの表情で、焦ったようにぱっと動いた。

 半ば奪うように、要の手からお盆を取り上げる。

 

 その動きは素早く、迷いがない。

 

 手持ち無沙汰になった要は、ぽつんと立ち尽くしながら深く肩を落とした。

 

(……今度は、何を決めるんすかねえ……)

 

 そんなことを考えながら、要は現実に引きずられるように、のろのろと部屋の中へ戻っていった。

 




あああああ仕事辞めて朝から小説書きたいよおおおおおおおおおんおんおん!!!!
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