愛するNPCが現実化したら勝手にギスギスし始めた挙句バカ重い責任が生えてきた話   作:フォン・デ・ペギラパギラ

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16話:急にやめてください……

 目を向けた先。

 

 いつのまにそこまで歩を進めたのか、フェルマはすでに要の正面、机越しに静かに立っていた。

 まるで画面に突然ポップアップしたウィンドウのように、そこに存在している。

 

 先ほどまでの、貼り付けた笑みは一瞬で消える。

 そして、何も乗っていない無表情へと切り替わった。

 

 フェルマはわずかに首を傾けてから、スピーカー越しのアナウンスめいた抑揚で語った。

 

「ご報告を実行してもよろしいでしょうか。現在の情報班の成果を出力します」

 

 その声は丁寧なはずなのに、どこにも人肌がないような違和感。

 

 要は特に気にせず、期待に思わず背筋を伸ばした。

 

(よし、これで何か掴めるかな……)

 

 これまでもクーやクルルから断片的な話は聞いていた。

 だがそれらは、あくまで感覚的な伝聞だ。

 情報班の、しかもフェルマの報告となれば、初めてこの世界の現実が、きちんと文章になって目の前に並ぶ気がする。

 

 胸の奥で、かすかな緊張が揺れた。

 

 要は少しだけ身を乗り出し、視線をフェルマに固定する。

 

「うん、ぜひ頼むよ」

 

 フェルマは小刻みに、まるで動作確認をするように口を開閉しながら、答える。

 

「承知しました、マスター」

 

 一拍。

 

 彼女の瞳の中でノイズのような銀光が走った。

 

「報告を開始いたします。本調査の主目的は、エイシム基準における当該世界の定量的把握となります。当該目的を設定した理由としましては、エイシムの居住安全性を最優先事項として処理すべきである、と判断されたためです。調査期間は、マスターより“情報”班の権限付与を受領後、連続五日間。調査スコープは――」

 

 話を断ち切り、クルルが告げる。

 剥き出しの犬歯が光る。

 

「――フェルマ、御前だ……要点だけ報告しろ」

 

 まるでスイッチを切られた機械のように、ぴた、とフェルマの口が止まった。

 

 そして小さく首を傾げた――愛らしい仕草のはずなのに、関節の可動域を誤った人形のような、がくりとした違和感が伴う。

 

 「受命いたしました」

 

 一呼吸分の空白。

 

「――明確な脅威は有りませんでした」

 

 それだけ。

 ぴたり、と電源が落とされたようにフェルマの挙動が止まる。

 

 一拍。

 

 二拍。

 

 三拍……。

 

 時間だけが、妙に居心地悪く流れていく。

 

 要は、ぽかんとした顔でフェルマを見つめた。

 

 クーは額に手を当て、深く息を吐く。

 クルルは堪えきれずに吠えた。

 

「お前はゼロかイチしかないのか!? ある程度全容が伝わるくらいは説明しろ!」

「受命いたしました」

 

 先ほどと同じ動作で、フェルマは答えた。

 首の傾げ方まで寸分違わず同じ。

 

 さながら録画された映像を巻き戻して再生しているかのようだった。

 

 そして――やっと本題が語られる。

 

「報告いたします。本調査は生物および兵器の脅威度測定となります。尺度の基準点はエイシム組織末端の戦闘員を1.0として算出いたしました」

 

 フェルマの声は、淡々と、まるで機械が読み上げるデータのように流れていく。

 

「戦闘を生業としない一般市民層の戦闘強度は0.1未満と推定。対して、"高位冒険者"の呼称で分類される一握りの上位個体群においては、末端と同等、すなわち1.0前後の数値を確認しました」

 

 一拍。

 

「リスク要素として分類するべきですが、幹部クラスの戦闘値には到達しておりません」

 

 ただ、段落を分けるようにフェルマは区切る。

 

「補足事項といたしまして――幹部クラスとは能力が隔絶され過ぎており正確な数値は算定不可能です。また、スキャンを回避することができた高位存在が潜伏している可能性においても、完全な否定は困難です」

 

 ここまでずらっと情報を並べた後、フェルマは嘘のように黙った。

 

 クルルが間髪入れずにフェルマに問う。

 

「幹部との差が算定不可能とはどういうことだ」

 

 フェルマが全く声色を変えず、淡々と返した。

 

「ほぼ全幹部において、"物理攻撃の完全無効化"など、様々な特異能力を会得しています。そのため下位の戦闘員がどれだけ並ぼうとも、特定の対策法を持たない限り理論上の勝利確率はゼロです。対策の有無という不連続な変数によって戦闘値が極端に変動するため、単純な線形比較は適用困難です」

 

 クルルがゆっくりと首を振る。

 

「なるほど……了解した」

 

 うんうん、と要が首肯を繰り返している。

 

 その動作は、自分自身を安心させるような、どこかほっとしたようなリズムを持っていた。

 

 すると。

 

 一緒に聞いていたイナが、唇を尖らせて要の首元で不満を露にする。

 

「ちょっと、あるじぃ、ボクのことも見てよ~……」

 

 小さな声にほんのりと拗ねた響きが混じる。

 

「ああ、分かったって」

 

 要は苦笑しながら、イナの頭を撫でた。

 イナは満足そうに、また要の首に顔をうずめる。くすぐったい温かさが首筋に伝わってくる。

 

 フェルマの報告によって安堵を得た余裕か、イナを撫でる手も軽い。

 

 そのやり取りを監視カメラのような温度のない視線で見ながら――フェルマがガクンと小首を傾げた。

 

「ご報告を続行します」

 

 平坦な調子で、しゃべり始める。

 

「魔力を持つ敵対生物――便宜上"魔物"と称します。これらも危険性は認められますが、組織運営上の脅威には該当しないと判断されます」

 

 声の抑揚は相変わらず一定で感情も抑揚も何もない。

 

 そしてフェルマは、何の予告もなく手のひらを上へと向けた。

 

 ――その手のひらの中心へ黒い霧が集まりだす。

 

 空気が震え、鳴動する。

 ざわざわ、じゃらじゃらといった不気味な音を立てながら。

 

 やがてそれは立体的な図形へと変わる――恐らくは地形の立体図だ。

 

「生物、植生データ及び文明発達段階についての報告ですが、まず当該世界の生物は、"魔力"を保有する個体と、保有しない個体、この二種に大別――」

 

 再び機械的に言葉を紡ぐその途中。

 

 クルルがずんずんと大股で歩み寄った。

 そして、まるで煙たい空気を追い払うようにその黒霧をばさばさと腕で乱暴に払いのけた。

 

 ぶわあ、と霧が四散する。

 立体図は一瞬で形を失い、空気に消えていった。

 

 「細かいことはいい! そういうのは後で報告書にまとめろ!」

 

 クルルの声には明確な苛立ちが滲んでいる。

 

 対照的に、フェルマは――表情一つ変えなかった。

 ぱたり、と手を下ろしたその動きは、スイッチを切られた人形のようだ。

 

「記録媒体が存在しません。データの書き出しができません」

 

 平坦な声。

 抗議でも確認でもない、ただ事実だけを述べる音。

 

 クルルは額に手を当て、深く息を吐いた。

 

 「何でもいいから、どうにかしろ……!」

 「了解しました。代替手段を用いて後刻回覧いたします」

 

 フェルマの返答は、命令を受理したプログラムのように、やはり感情を欠いていた。

 

 そして、一拍。

 

 フェルマが――がくん、と首を傾げた。

 

 ちゃらり、と髪につけた大量の髪飾りが互いにぶつかり合い、硬質な音を立てる。

 

「――次に、ここからは“簡潔に”提案を行います」

 

 その声には、先ほどまでと変わらぬ平坦さ。

 

 けれど――何かが、違う。

 言葉の端に作り物めいた雰囲気が滲み始めている。

 

「取得情報を総合的に分析した結果――()()()()()()()()を推奨いたします」

 

 場が、静まり返った。

 

 要の耳から音が消える。

 呼吸さえ止まったかのように、空気が凍りつく。

 

 その静寂を、フェルマは気づいていないかのようにマイペースに続けた。

 

「王都全域の制圧および支配体制確立の成功確率は、96.2%と算出されました」

 

 要は、目を見開いた。

 

(はあ……?)

 

 理解が追い付かない。

 思考が、どこか遠くへ置いてけぼりにされたような感覚。

 口が開いたまま、閉じることを忘れている。

 

 要は咄嗟にクーへ視線を向けた。

 

 それは無意識の行動だった。

 感情を確認し合うための、助けを求めるための、本能的な動き。

 

 ――しかし。

 

「…………」

 

 クーは少し首を傾げながら、顎に手をやり視線を床に落として考え事をしている。

 

 その表情は――とんでもないことを言われたから何を言うべきか困っている、というものではなかった。

 むしろ、具体的なプランとして練っている。

 

 ――冷徹な合理性の光が、その瞳の奥に宿っていた。

 

 要は慌てて視線を巡らせた。

 

 逆に――クルルの方が少しだけ渋い顔をしていた。

 それは要をもってしても意外だった。

 彼女だけが唯一、この提案に違和感を抱いているように見える。

 

 そして、クーの声が響いた。

 

「……かなり高い数値ですね。その精度の根拠は?」

 

 その声は――冷たかった。

 まるでAIの応答のような、普段の暖かみが完全に消えた音。

 感情を切り離した、計算の声。

 

 フェルマは、相変わらず淡々と答える。

 

「対象地域の立地情報、現在の王都人口、戦力構成、個体能力値、これらのデータを基に数千回のシミュレーションを実行しました。演算過程に偏りが存在する可能性は排除できませんが、高精度の数値であると判断しております」

 

 クーは一拍置いて、さらに質問を重ねた。

 

「――失敗する要因は?」

「エイシム幹部による情報伝達の齟齬に起因する誤射、それに伴う損害発生。もう一つは天変地異による作戦目的の無意味化です。それ以外の失敗要因は――検出されておりません」

 

 フェルマの即答。

 

 その言葉に、クーも、クルルも――考え込んでいる。

 現実の手段として。

 実行可能なプランとして。

 

(いや、ちょっと待ってくれ……)

 

 要はカラカラに乾いた口の中で粘つく唾液の感触を覚えながら、必死に思考を巡らせた。

 

 確かに、ゲームの頃のエイシムは、侵略組織だった。

 

 しかし今は、現実だ。

 

 もし実行したなら、どれほどの被害が及ぶのか――想像もつかない。

 

 要の脳裏に、かつての現代でのニュースが巡る。

 

 宗教を理由にした戦争。侵略行為を契機に始まった紛争。

 そして――それらの凄惨な被害者の姿。暴力の爪痕。焼け焦げた街。泣き叫ぶ声。

 

 要は上手く動かない口で、かすれた声を絞り出した。

 

「ひ、被害は……どれくらいになる?」

 

 フェルマは表情を変えず、即答する。

 

「エイシム側の想定被害は、死者数ゼロ。負傷者数は三十名程度と算出されます。いずれも軽傷の範疇に収まるものと考えられます」

 

 要は思わず首を振った。

 目が乾き、喉の奥がひりついている。

 

「違う……そうじゃない。この王都の住民は、どうなるんだ……?」

 

 フェルマは――わずかに、きょとん、とした。

 

 予想外の命令を受け取った機械が処理に戸惑っているかのように。

 そして次の瞬間、がくん、と首を傾げた。

 

「作戦成功のためには、軍事による強硬手段の採用が推奨されます。よって、王都住民の被害は――死者、重傷者、軽傷者を合算し、総人口の64.6%程度になると予測されます」

 

 要は、唖然とした。

 

 言葉が出ない。

 思考が真っ白になり、理解が追いつかず、ただ黙り込んでしまう。

 

 膝の上では、いまだにイナが楽しそうに身体をすり寄せている。

 足元では、ベルがスヤスヤと寝息を立てている。平和そうな穏やかな呼吸音。

 

 ――でも。

 

 それらの日常が、どこか遠いところにあるように感じられた。

 薄い膜で隔てられた別世界のもののように。

 

 そんな要の様子を感じ取ることもなく、フェルマは淡々と話を進める。

 

 「マスターが立案された"物資射出作戦"により、情報拡散は高いレベルで抑制されました――しかしながら、刻一刻と情報は外部へ漏出しております」

 

 一言、切る。

 

「実行するのであれば、現時点が最も成功確率の高いタイミングです。実行に問題がなければ、具体的な作戦プランをクルル主席戦略監に提示させていただきます」

 

 重く、冷たい沈黙が落ちる。

 

(冗談じゃない……)

 

 要のこめかみに汗がつう、と伝った。

 

 要は錆び付いた歯車のように、ギリギリと軋む音を立てて視線をクルルへと向けた。

 

 ――黒い少女は、僅かに渋面を浮かべ、考え込むように舌先で唇を舐めていた。

 腕を組み、黒い犬耳がピンと立っている。

 

 その表情には珍しく――迷い。

 

 クルルが、ゆっくりと要へ振り向く。

 視線が、交差した。

 

「……性急すぎではありませんか、主?」

 

 クルルは眉を下げたまま、零れ落ちそうな声で要に問いかけた。

 

 クーが――珍しいものでも見たように、目をぱちぱちと瞬きを繰り返した。

 そして、首を小さく傾げる。

 

「非常に高い成功確率が示されていますので、検討する価値は十分あると思うけれど……」

 

 その声は冷静だったが、『あなたが否定的だなんて、明日は槍でも降るのでしょうか?』――そんな驚きが、言葉の端々から染み出している。

 

 それに対し、クルルは短く断ち切るように言い放った。

 

「――名分が立たん」

 

 言葉と同時に背後で黒い尾がゆるやかに揺れる。

 それは苛立ちというより、思考を整理するための彼女なりの癖だった。

 

「仮に、強硬的に王都を制圧したとしてもだ。……その後、この王都“以外”へは、どう説明する?」

 

 低く抑えた声。

 その問いは、鋭く、そして冷たい。

 

 クーは、思わず「ふむ」と小さく息を漏らし、人差し指を唇へと添えた。

 視線が宙を泳ぎ思考が組み上がっていくのが、ありありと分かる。

 

「ああ……他国が存在する場合、不要な敵対関係を招く可能性がある、と……?」

 

 クルルは腕を組んだまま赫い瞳を伏せる。

 まるで、すでに何通りもの最悪の未来を脳裏に並べ終えているかのように。

 

「それだけではない」

 

 一度、言葉を切る。

 静寂が、ひやりと場に落ちた。

 

「周囲諸国が警戒し、利害で結び合い、こちらを“共通の敵”として結託する可能性も十分に考えられる」

 

 淡々とした口調。

 その一言一言が、重たい石を積み上げるように順番に置かれた。

 

「……まあ」

 

 クルルは、わずかに視線を逸らし、続けた。

 

「その程度であれば、エイシムはこれまで幾度となく踏み潰してきたが、それは――」

 

 そこで言葉は止まる。

 クルルはその先を口にせず、ゆっくりと要へ視線を向けた。

 

 ――主の、能力があってこそ。

 そう続くはずだった言葉を、彼女は飲み込んだ。

 

「とにかく……」

 

 改めて、クルルは姿勢を正す。

 

「一度、慎重になるべきだと、私は考える。……いかがでしょうか」

 

 その瞬間、クルルとクー、二人の視線が要へと集まった。

 

 評価でも圧力でもない。

 ただ、判断を委ねるための――透明な眼差し。

 

 要は、無意識に眉間へ力を込めていた。

 

 テレビの向こうで見た、あの凄惨な光景。

 瓦礫と炎と、悲鳴。

 

 ――それを、容易く生み出せる“ボタン”が、今、自分の手の届く場所に置かれている。

 そんな、悪い冗談のような感覚。

 

 喉が、ひりつく。

 

 要は、どうにか口を開いた。それだけで精一杯だった。

 

「侵略とか……良くないよ……」

 

 声は掠れ、頼りない。

 

「……それは、やめよう」

 

 エイシムの今後。

 少女たちの未来。

 

 それらを冷静に天秤へかける以前に――要の身体が、思考そのものが、“侵略”という選択肢を拒絶していた。

 吐き気に近い感覚が、腹の奥からせり上がってくる。

 

 ――掠れたその声を受けて、クルルとクーは、深く、確かに頷いた。

 

 判断は下った。

 それ以上、誰も異を唱えなかった。

 

「……そうですね」

 

 クルルは一度だけ小さく頷き、迷いのない声で続けた。

 

「やはり、何らかの名分は掲げるべきでしょう。この辺りは――ノインあたりに一案、考えさせても……いや、あれはダメか」

 

 少しずつ語尾が自信無さげに変化した。

 

 一方で。

 

「はいっ!」

 

 クーからもすぐさま、弾むような返事が返る。

 

「では今回は、時間をかけて、じっくりと“裁量権”を獲得していきましょう!」

 

 へにゃり、と。

 春先の陽だまりのように、穏やかな笑みが浮かぶ。

 

 ――その表情を見た瞬間。

 

 要の背筋を、ぞくりと冷たいものが這い上がった。

 

 要の言葉は、“明確な拒絶”の意味だった。

 

 それなのに。

 

 彼女たちは――“的確な指示”として受け取っている。

 

 鈍感な要ですら、そのズレをはっきりと肌で感じ取ってしまった。

 

(……違う)

 

 胸の奥で、小さく否定が鳴る。

 

 ここには、今この瞬間の自分の感情を正確に汲み取ってくれる者が、誰一人としていない。

 その事実が、じわじわと要を締め付けた。

 

 人の輪の中心にいながら、硝子の壁一枚隔てられているような生々しい孤独。

 

 彼女たちの思想の根幹には、確かに刻まれている。

 ――()()

 

 選択肢として。

 手段として。

 繁栄における、当たり前のものとして。

 

 そしてそれを刻み込んだのは――間違いなく、自分だ。

 

 ここで、倫理を説くこともできる。

 『侵略は間違っている』、『力で支配すべきではない』と。

 

 ――しかしそれは。

 

 平然と行ってきた自分自身の選択を、今さら全否定することになる。

 ひどく、歪んだ矛盾。

 

 ゲームの中ならいくらでも酷いことができた。

 街を焼き、国を滅ぼし、数字として処理できた。

 

 しかし、今は違う。

 ここが現実だと知っているのは――自分だけだ。

 

 彼女たちは、去年も、昨日も――そして今日もずっと地続きなのだ。

 

 昨日まで“武力侵略”を是として与えられていた世界から、今日突然『それは間違いだ』と切り捨てられたら。

 

 それは彼女たちを支えている大事な“支柱”を、何の準備もなくへし折ってしまうことになりはしないか。

 

 ……分からない。

 

 本当に、どうなるのかは分からない。

 だが、その不確かさが恐ろしくて――言葉を、継げないまま黙り込んだ。

 

 その沈黙を正確なタイミングで切り取るように、フェルマが口を開いた。

 

「今回は……侵略行為は行わず進める、という理解でよろしいでしょうか」

 

 一拍。

 

「非効率です。推奨はされませんが」

 

 感情の起伏はない。

 善悪の評価もない。

 ただ、事実を読み上げるだけの声音。

 

 すかさず、クルルが眉間を指で押さえ、低く唸るように言葉を投げた。

 

「おい……余計な口を挟むな」

 

 制止というより、釘を刺す声音だった。

 

 フェルマはそれ以上一切の反論を挟まず、パクッ、と音がしそうなほど素直に口を閉じる。

 

 数秒の沈黙。

 

 やがて彼女は、何事もなかったかのように結論だけを拾い上げた。

 

「では、改めて方針の展開をお待ちします」

 

 こてん、と首を傾げる。

 

「私は職務に戻ります」

 

 そう告げて、丁寧に、ぺこりと頭を下げた。

 

 くるり、と踵を返す。

 その歩調は軽く、ぽてぽて、と腕を振り床を叩く音はどこかペンギンの歩みのように妙に愛嬌がある。

 少しだけ、わざとらしいほどの可愛らしさ。

 

 ドアを潜る直前、クルルが低く声を投げかけた。

 

「……他の幹部にも、仔細を説明しておけ」

 

 その瞬間。

 

 ぞわり、と。

 フェルマの足元から、黒い霧のようなものが一瞬だけ立ち上った。

 

 フェルマは振り返らない。

 立ち止まることもなく、淡々と答えた。

 

「受理しました」

 

 それだけ。

 

 そして、そのままドアの向こうへと消えていった。




小説書きすぎて腰痛くなってきた。
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