愛するNPCが現実化したら勝手にギスギスし始めた挙句バカ重い責任が生えてきた話   作:フォン・デ・ペギラパギラ

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17話:怖いっす

 重いドアが、ゆっくりと閉まる。

 静寂。

 

 残されたのは――要、クー、クルル、ベル。

 

 そして。

 

(……あれ?)

 

 要は、視線を落とした。

 

(イナ、帰らなくていいのか?)

 

 膝の上。

 

 そこには、いまだ満足そうな表情で全身をすりすりと擦り付けているイナの姿があった。

 うりうり、と要の首筋に額を押し付け、完全に自分の居場所だと言わんばかりだ。

 

 遠慮という概念を知らないかのように甘えている。

 

 ――クーが、それを見逃すはずもなかった。

 眉をこれでもかというほど顰めて、低く告げる。

 

「……イナさま? 職務に、お戻りください」

 

 にこり、ともしない。

 

「んー……」

 

 イナは、もぞもぞと体勢を変えながら、要の胸元に頬を押し付けた。

 

「あるじ♪」

 

 ――完全無視。

 

 クーのこめかみに、びきり、と分かりやすい青筋が走った。

 

 見たことない顔だ、これはまずい。と要は直感した。

 

 膝の上で離れる気配のないイナの背中を、宥めるように軽くぽんぽんと叩きながら恐る恐る声をかける。

 

「イナ……? そろそろ、戻らなくていいのかい?」

 

 その言葉が終わるより早く。

 

 ぎゅう、と。

 思いきり抱きしめられた。

 

「やだぁ……」

 

 甘えた声が、耳元に落ちる。

 

「あるじ……おねがい……」

 

 超至近距離。

 逃げ場ゼロ。

 

 アクアマリンのような潤んだ瞳が、ゼロ距離でまっすぐ要を射抜いてくる。

 

(……ぐっ)

 

 これは、無理だ。

 理性が音を立てて後退する。

 

 困った顔のまま、これ以上何も言えないことを要ははっきりと悟った。

 

 ――だが。

 

「……イナ様」

 

 冷水をぶっかけるような声が割り込む。

 

 クーだった。

 ついに我慢の限界に達したらしく、感情を削ぎ落とした冷徹な声で一方的に告げる。

 

「これ以上は、職務放棄として処断対象となりますが――よろしいですね?」

 

 その言葉はエイシム幹部に向けられるものとしては、ほぼ最悪の部類に入る。

 

 イナが、ぴたりと動きを止めた。

 そしてゆっくりとクーへ振り向き、きっと睨みつける。

 

「……チッ」

 

 舌打ち。

 

「分かったよ! ボクのほうが、ずっと働いてるのに……」

 

 感情を剥き出しにした叫び。本音が零れ落ちる。

 

 しかしクーは、その冷たい表情をぴくりとも動かさなかった。

 

 イナは、なおも要の首に腕を回したまま、アーモンド形の瞳を伏せ、途轍もなく名残惜しそうな顔になる。

 

「……じゃ、またね。あるじ……」

 

 要は、苦笑しながら小さく頷いた。

 

「うん。いつでも来ていいからね」

「それじゃ、ボク行ってくるね」

「……うん、頑張ってきて」

 

 そのまま終わるはずがない。

 

「ボク、またすぐ帰ってくるから! 絶対、ぜーったい相手してね! それからそれから――」

 

 ――ごほん。

 

 クーの、わざとらしい咳払い。

 

「イナさま。お帰りは、あちらです」

 

 そう言って、入口の方を示す。

 凍えるような蒼い瞳が、はっきりと『さっさと帰れ』と告げていた。

 

 ぎり、と。

 歯の軋む音が聞こえそうなほど、イナの顔が歪む。

 

 次の瞬間。

 

 ぎゅーっと、最後の力を込めるように要を抱きしめ――首筋に、ちょこん、と軽い口づけ。

 

 ぱちり、と。

 小さな静電気が走る。

 

「あ……ちょ……?」

「――イナさま!? 不敬です!!」

 

 要は完全にドギマギしながら、イナを見やった。

 

 イナは、するりと要の懐から抜け出すと、ふわりと宙へ浮かぶ。

 

 そして、珍しく長い犬歯を覗かせながら怒っているクーに向かって――。

 

「べーっ!」

 

 舌を出した。

 

「ふーんだ! こっちから帰るもんね!」

 

 そう言い放ち、入口とは逆。

 バルコニーへ続くドアの方へ、ひゅん、と軽い音を鳴らし飛ぶ。

 

 そして。

 

 ――バチン。

 

 激しい明滅。

 イナは青白い閃光となって、風通しのためにわずかに開いていた隙間から外へと一閃する。

 

 ジグザグの光線が網膜に焼き付いたと思うと、一拍遅れて――外から、ゴロゴロ、と雷鳴のような音が響いた。

 

 文字通り――嵐のような子だった。

 

 雷鳴の余韻が、まだ耳の奥に残っている気さえする。

 要は肩の力を抜き、ふう、と深く息を吐いた。

 

「……ご主人さま」

 

 すぐ横から、柔らかな声。

 

「大変、お疲れ様でした……少し、お近くに寄ってもよろしいでしょうか?」

「ああ、いいけど……?」

 

 返事を終えるより早く、クーはするりと距離を詰めてきた。

 

 ――近い。

 

 思わず、そう意識してしまうほどの距離。

 しかし要は動かなかった。

 逃げ場がないわけではないが、避ける理由も見当たらないし、なにより悲しむ顔も見たくない。

 

 クーは、どこから取り出したのか、真新しい手拭いを広げる。

 

「失礼しますね」

 

 そう一言添えてから、要の首筋へ、そっと手を伸ばした。

 柔らかな布地が触れる。撫でるように、包み込むように。

 

 イナの残した痕跡を消すつもりなのか。

 それとも、ただの気遣いか。

 

 いずれにせよ、その手つきはとても優しく――やけに念入りだった。

 

 あまりにも自然な所作だったため、要は美容院にでもいるかのように、そのまま身を任せてしまう。

 

 手の動きに合わせて、ふわり、ふわりと。

 甘く、それでいて清涼感のある香りが鼻先をくすぐる。

 

 心が妙に落ち着いた。

 

「……はいっ。これで、終わりました!」

 

 そう言ってクーは一歩引き、へにゃ、と目じりを溶かすように微笑んだ。

 

(……別に、汚れたわけじゃないんだけどな)

 

 過保護というか。

 独占欲というか。

 

 そういう感情がはっきりと伝わってくるが、要はもちろん嫌ではなかった。

 むしろ――少し、可愛らしいとすら思ってしまう。

 

 ――その一連のやり取りを。

 

 少し離れた位置から、クルルがじっと見ている。

 眉をひそめ、赫い瞳を細めたまま。

 

 クーは、胸の前で手を合わせながら、柔らかな微笑みを浮かべて言った。

 

「……しかし。大きな前進ですね、ご主人さま!」

 

 ぴくぴく、と。

 半ばから折れる形の半立ちの犬耳が、元気を取り戻したように揺れる。

 懐いてくる犬のように、金色の尻尾もふりふりと小さく振れていた。

 

 蒼い瞳がまっすぐに要を見つめている。

 

「この事実は――明確な“手札”です」

 

 その言い回しに、空気がわずかに変わった。

 

 要は、深く考えることもなく、つい癖で小首を傾げる。

 

「……そうかな?」

 

 軽い調子。

 だが、それを待っていたかのようにクーははっきりと頷いた。

 

「ええ。間違いなく――今後の指針となり得る、非常に重要な材料だと考えます!」

 

 ぴょん、と。

 つい先ほどまでの甘い余韻を引きずるようにクーは小さく跳ねたが──その言葉は、もう完全に仕事のそれだった。

 

「特に……今後の“商業地区を取り仕切る商人”とやらとの交渉に対する、大きな対応方針になり得るかと」

 

 一拍。

 

 その言葉が脳裏に届いた瞬間、要は、はっと顔を上げた。

 

「え、ちょっと!? 武力制圧とか、ダメだよ!?」

 

 反射的な拒絶。

 

 クーは、慌てるように眉を下げ、口をへの字にして、ぶんぶんと首を振った。

 それに合わせて、ぱたぱたと金の犬耳が揺れ、金髪がぶわりと広がる。

 

「も、もちろんです……! そのような手段ではありません!」

 

 すぐに、姿勢を正す。

 

「ぜひぜひ、次の方針について――僭越ながら、クーから一案、献上させて頂きたく存じます!」

 

 その瞬間。

 

 一連を見ていたクルルの赫い瞳が、きらりと光った。

 顎に手を添え視線だけで『言ってみろ』と促しているようだ。

 

 一方で、要はというと。

 ほっとしたような、それでいて期待を隠しきれない微笑みを浮かべる。

 

「うん、もちろん……! ぜひ聞かせて」

「はい!」

 

 クーはわざとらしく一拍置き、オホン、と可愛らしい仕草で咳払いをした。

 

 そして。

 先ほどまでの柔らかな雰囲気を、静かに切り替える。

 

「――端的に、申し上げます」

 

 蒼い瞳が、冴えた光を宿す。

 

「武力を……売るのです」

 

 ほう、と。

 要は、分かったような、分からないような顔で相槌を打った。

 

 言葉の意味は理解している――つもりだったが、そこにはもやっと霧がかかっていた。

 

「現在、フェルマさまが進めている初期調査では、まだ詳細な情勢分析までは含まれておりませんが。……推測するに、この街における“武力”を実質的に司っているのは、王権、ならびに貴族層でしょう」

 

 一言、間を置く。

 

「対して、商人たちの武器は“お金”です」

 

 にこり、と柔らかく微笑みながら。

 

「……それだけでも、十分に戦える手段ではあります。ですが、いかに個人資産で私兵を募ろうとも、最終的に“権力”そのものには抗いきれない――それが実情かと存じます」

 

 そこで、ぴん、と人差し指を立てた。

 

「――だからこそ」

 

 蒼い瞳が、冴える。

 

「我々エイシムは、商人たちと“連携”するのです」

「おお……」

 

 要はよく分からないまま小さく息を呑んだ。

 すごそう、という感想だけが先に出てくる。

 

「エイシムは、武力をもって商人たちの後ろ盾となる」

 

 クーは、もう一方の手で、見えない天秤を示すように続ける。

 

「そして商人たちは、エイシムを“公の存在”として立たせるための後ろ盾となる――」

 

 一拍。

 

「この二つの側面を併せ持つ、共同関係案を提案、締結するのです」

 

 なるほど? と要はよく分からないまま拍手しそうになった。

 

 しかしそこへ、クルルがゆっくりと口を挟んだ。

 赫い瞳を宙へ向け、思考を転がすように。

 

「……仮にだ」

 

 静かな声。

 

「既に商人側が十分な武力を保有していた場合はどうする? あるいは、そもそも協力を拒否する可能性もあるだろう」

 

 問いは、鋭い。

 

 それに対しクーは、にこり――と柔らかな微笑みを湛えた。

 

 その笑みは、要に向けた“いつもの可愛さ”。

 だが一方で蒼い瞳の奥は、ひやりと凍え切っている。

 

「……見せつければ、よろしいのです」

 

 一拍。

 

「エイシムが、どの傭兵団や私的武装勢力にも劣らぬ存在であると――」

 

 さらりと。

 

「目の前で、“実演”すればいいのです――商人でさえ、理解せざるを得ない形で」

 

 クルルが、思わず口元に手を当てた。

 

「――ほう」

 

 赫い瞳が、強く煌めく。

 

「つまり、メリットの提示と……エイシムの脅威。その二つを同時に“理解させる”芝居を打つ、というわけか」

 

 言葉の端々に、愉悦すら滲む。

 

 要は、もう完全についていけていなかった。

 

 ただこくこくと小さく頷きを繰り返すだけの置物と化し、議論の背景として静かに存在感を消すという技を駆使した。

 最近使い慣れてきた、“沈黙”という必殺技だった。

 

「ええ」

 

 クーは、何のためらいもなく肯定する。

 

「あらかじめ趣旨を説明したうえで“実演”を行えば、それは“脅迫”でも“示威行為”でもありません」

 

 さらりと。

 

「――ただの、“売り込み”です」

 

 言葉が、軽い。

 内容が、重い。

 

 会話は何事もなかったかのように、どんどん先へ進んでいく。

 

(……え)

 

 要の脳内だけが、置き去りにされる。

 

(なに……? どゆこと……?)

 

 理解が追いつかないまま、要はとりあえず、“分かってますよ”という顔だけを作るため口元に笑みを貼り付けた。

 ――それが、後々どれほど重い意味を持つかも知らずに。

 

 クルルは、笑みとも威嚇ともつかない表情を浮かべた。

 赫い瞳を細め、喉の奥で低く唸るように言葉を落とす。

 

「それは――我の分掌で進めるぞ?」

「……決裁権は、ご主人さまにあります」

「当たり前のことを言うな……発案は貴様だから“取っていいか”確認しただけだ」

「あら珍しい……別にいいですよ。でも分かってるでしょうね? “脅迫”じゃなくて――“手品”よ?」

 

 いつの間にか、クーの敬語が自然に崩れている。

 要は内容よりもそこに気を取られた。

 

「アティは却下ね。ミリエルあたりを使った方がいいんじゃない?」

「使わせろ」

「私の部下とはいえ――それはご主人さまに稟議を通して」

 

 ふん、と鼻息を洩らすクルルに、ぴしゃり、とクーが言葉で切った。

 

 とん、とん、とん。

 

 要の目の前で、会話が積み木のように積み上がっていく。

 

(……頭、良すぎじゃない?)

 

 要は、内心で乾いた笑いを浮かべた。

 

(ついさっき、“侵略行為はしない”って決めたばかりなのに……もう代替案が完成してる?)

 

 思考が追いつく前に話は次の段階へ進んでいく。

 要は固まった微笑みを貼り付けたまま、とりあえず“見届ける”という選択をすることにした。

 

 そんな中。

 

 クーが、さて、と言わんばかりに表情を切り替えた。

 先ほどまでの鋭さを引っ込め、主人専用の、へにゃっとした柔らかな笑みを浮かべる。

 

「ということでして――恐れながら、もう一点。具申させてくださいませ」

 

 不意打ち。

 

「んん!? あ、ああ……ええと、なにかな?」

 

 要の頭がびくりと揺れる。

 笑みは維持しているが、どこか引きつっている。

 

 そして、クーは、静かに告げる。

 ……その笑みの陰に、少しだけ焦りが見えるような気がした。

 

「――そろそろ、エイシムの暫定組織編成を、元に戻しませんか?」

 

 クルルの、細く整った眉が――ひくり、と跳ねた。

 

 クーは躊躇なく朗々と語り始める。

 

「フェルマは、確かに優秀です」

 

 一度、評価を置く。その上で続けた。

 

「しかし一方で、情勢把握や組織間の関係性といった“政治的調査”に長けているかと言われれば、そうではありません」

 

 言葉は丁寧。

 だが、容赦はない。

 

「現状も、外部情報は断片的に降りてきていますが……それらは、意図を持った調査の成果ではありません」

 

 すう、と一呼吸。

 

「よって、元の組織体系に戻します」

 

 即断。

 

「クーが――正確には、特別近衛保全局が案件をハンドリングし、現在の情報班を引き継ぐ形で主導します」

 

 淡々と、だが明確に。

 

「そして、商人たちとの会合に合わせて、情勢調査および関係者の素性調査を実行します」

 

 ――その瞬間。

 

「急ぎすぎだ」

 

 鋭い一言が、横合いから叩き込まれた。

 たったそれだけで、空気が変わる。

 

 ぎろり、と。

 焔のような赫い瞳が、クーを射抜く。

 

 クーもまた逃げない。

 酷く澄み切った氷蒼の瞳で、真正面から受け止める。

 

「今進めている立て直し案件を、半ばで引き継ぐなど――ありえん」

 

 クルルは、床に叩きつけるように告げた。

 

 似た輪郭を持ちながら、温度の正反対な視線が衝突し、見えない火花がばちりと散る。

 

「ようやく軌道に乗り始めた開発計画も、部隊を再編すれば再始動だ」

 

 低く、噛み殺したような声。

 

「それが、どれほどの後退を生むか……“分からない”では済まんぞ?」

 

 犬歯を剥き出しにした、黒い獣の威圧。

 

 だが、クーは怯まない。

 

 ――まるで、高い崖の上から、ぱ、と小石を落とすように。

 軽く正確に、はるか上空から言葉を放つ。

 

「事の重要性を鑑みれば」

 

 一拍。

 

「それは“後退”ではなく、“前進”とも捉えられるけれど?」

 

 蒼い瞳が、静かに細まる。

 

「――あなたこそ、物事の“優先度”を理解していないのでは?」

 

 その言葉が落ちた瞬間、空気が凍り付いた。

 びしり、と見えない氷が軋むようだった。

 

 クルルは、ついに牙を剥き出しにした。

 理性の皮が裂け、言葉の端がはっきりと荒れる。

 

「再編は、帳簿上の話だけで済むものではない! ――エイシムは貴様の“自由帳”ではない!」

 

 赫い瞳が、燃える。

 

「今この段階で組織を戻せば現場は必ず混乱する。積み上げてきた流れも、指揮系統も――そして、それを作り上げてきた時間もだ! 二度と、元には戻らんぞ!!」

 

 感情を叩きつけるような怒声。

 

 だが、それに対するクーは驚くほど冷静で冷徹だった。

 声音は低く落ち着き払っている。

 

「――それでも、今やるのよ」

 

 一切の揺らぎもなく。

 

「政治的に取り返しがつかなくなる可能性が、あなたには見えないの?」

 

 蒼い瞳が、静かに細まる。

 

「内部の混乱はいずれ収まります。でも外部勢力はこちらの都合など待ってくれません――多少の損失を生んでも、今はそこに注力すべきなのよ」

 

 クルルは、噛み殺すように息を吐き、なおも食い下がる。

 

「……理屈としては一定理解できる。しかしだ――それが、なぜ“再編”に直結するのかと、私は問うている!」

 

 赫い瞳が、鋭く光る。

 

「貴様の手中でなくとも、今の“情報班”ならば十分やり切れるはずだ!」

 

 その言葉に、クーは一瞬も逡巡せず、冷酷なほど明確に言い切った。

 

「“優秀な者が操縦桿を握る”――それを、私は注力と呼んでいるの。それに……」

 

 蒼い瞳が、すっと細くなる。

 

「あなた――ご主人さまが定めた通りの分掌に、戻したくないのかしら?」

 

 ぞくり、とする瞳。

 

「“後退”を、“再始動”を恐れている限り、いつまで経っても――“ご主人さまのエイシム”には戻れません」

 

 その瞬間。

 

 クルルの怒りが、明確な形を持った。

 それは理屈への反発ではない。

 

 ――独善を、見定めた怒りだ。

 

「だから、それが今は性急だと言っている!!」

 

 声が、裂ける。

 

「ならば今、貴様だけが情報班に移ればよかろう!!」

 

 一歩、さらに踏み込んだ。

 それは、明確な一線を超える発言だった。

 

「……それを良しとせぬのは、エイシムに伸びている“ツァンの影響力”を、崩し削ぎたいだけではないのか!」

 

 痛いところを突いたはずだった。

 

 だが、クーは、蒼い瞳の色すら変えない。

 動揺も、怒りもない。

 

 むしろ――それを言うなら、こちらも言わせてもらう。

 そんな覚悟が、静かに滲んだ。

 

「……あなたこそ」

 

 一拍。

 

「“主のため”、“現場のため”という言葉で、自分の執着を正当化しているだけに見えるけれど」

 

 蒼い瞳が、静かにクルルを射抜く。

 まるで子供にでも問いかけるように、少し軽視する音が声色に混じる。

 

「現場が混乱して困るのは職員。でも――会談の準備ができず、最終的に責任を負うのは誰?」

 

 ずしり、と重みのある問いかけ。

 

 クルルが、ハッとして要を仰ぎ見た。

 

(………………え!? 俺!?)

 

 流れを見守っていた要は、急な展開に遅れて瞠目した。

 

 クーは少しだけ俯き、本音をぽろりと床に零す。

 

「ツァンのことは、無いとは言い切れません……でも私は」

 

 はあ、と軽くため息。

 

「ご主人さまのご負担を取り除きたいの……早急に、的確に。そして、それは自分でやるのが一番確実――それだけ」

 

 一方で、と冷たい視線をクルルに突き刺す。

 

「それで、結局あなたが気にしてるのはエイシムでも、現場でも、ご主人さまでもない――あなた自身が“ご主人さまから離れたくない”、それだけでしょう?」

 

 瞬間。

 

 ――ぎりい、とクルルが歯を嚙み締める音が響き渡った。

 

 赫い瞳がぐにゃりと歪む。

 胸を刺されたかのように、強く掻き抱く。

 

 そして、二の句を告げなかった。

 

 論理としてはクルルの言い分も破綻なく通っているように思える。

 しかし――クーの一言は、クルルすらも気づいていなかった盲点を、弱点を、酷く貫いたようだった。

 

「ぐ……う……」

 

 まるで傷口に酸を注がれたかのように、クルルはただ低く唸った。

 

 ……要は、声を出せない。

 ただ、視線だけで二人を追っていた。

 

 右を見て。

 左を見て。

 

 ……また、右を見て、左を見る。

 

 いつの間にか、手のひらは汗でびっしょりだった。

 

(怖い、帰りたい……)

 

 要はひっそりと泣き言を胸に落とした。




キャラクターリストの需要あるか、これ……?
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