愛するNPCが現実化したら勝手にギスギスし始めた挙句バカ重い責任が生えてきた話   作:フォン・デ・ペギラパギラ

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19話:マジでまずい待ってマジで

「……か、勝手に……何を、作っている……」

 

 クルルが、声を喉の奥で転がした。

 

 このクルルをもってしてすら、怒りはすでに通り越していた。

 赫い瞳は冷え切り、表情はほとんど無に近い。

 

 あり得なさすぎて、ただ困惑している。

 そんな顔だった。

 

 ポエヤマは一拍遅れて目を限界まで見開く。

 

「ええっ!? か、勝手に……作っていたのですか!?」

 

 声が裏返る。

 

「てっきり、閣下の許可を得ているものと……!」

 

 クルルとクーは、ほとんど同時に同じ動作で頭を抱えた。

 信じたくない現実を突きつけられた反応だった。

 

「あの……気ぐるいが……いったい何を考えているのだ……」

 

 数秒、沈黙が落ちた。

 

 そして、ようやくクルルは思い出したように怒りを取り戻す。

 がっと牙を剥き、赫い瞳に火が戻る。

 

「というよりだ!」

 

 床を踏みしめる。

 

「なぜ、あやつが直接来んのだ……! ふざけているのか!!」

 

 その勢いに、ポエヤマが慌てて補足する。

 

「あ、アウクトリア卿は、現在、手が塞がっており――」

 

 ――最後まで、言わせてもらえなかった。

 

「その“アウクトリア”という呼び方をやめろォ!!」

「ひぃん!!」

 

 ポエヤマは、もはや悲鳴とも鳴き声ともつかない声を上げた。

 

 ――このままでは埒が明かない。

 

 そう判断したのだろう。

 クーが一度、静かに息を吐き、冷静さを取り戻して問いを投げる。

 

「……それで。結局、ノインは何の用件で、あなたをこちらに送ったのですか?」

 

 低く整えられた、正確な一言。

 

 ポエヤマは、今一度びしっと背筋を伸ばす。

 

「はっ! アウク――い、いえ……ノイン監督官が。エイシム内に潜り込もうとしていた子供を、捕縛しまして……」

 

 要は、思わず反射的に声を漏らした。

 

「――え? こ、子供?」

 

 ポエヤマはまるで遥か天空の存在から問いかけられたかのように、さらに畏まる。

 

「は、はい! そうなのです! ええと……このくらいの……」

 

 そう言って、手のひらを水平に伸ばし、空中をすっと切った。

 

 現代で言えば、小学生の中学年ほど。

 グラとそう変わらない身長。

 

 要はその光景を見つめながら、さらに問いを重ねる。

 

「それでその子が、どうしたの?」

 

 ポエヤマは、こくりと一度だけ頷き、言葉を選ぶように口を開いた。

 視線を泳がせながら、続ける。

 

「その……どうやら、浮浪者のようで……食料などを探していたものかと、推測されます……」

 

 一拍、区切る。

 声がわずかに落ちる。

 

「……侵入者ですので、本来であれば処断対象なのですが、ノイン監督官が、その……“可哀想だ”と……」

 

 赫い瞳を細め、クルルが鼻で笑った。

 

「ふん……自分の境遇にでも重ねたか?」

 

 その言葉にクーが一瞬思案し、そのあと“なるほど”と頷く。

 

「救助要請、あるいは難民に該当する場合は、一定の救済措置を講じることがご主人さまによって規定されています」

 

 音声ガイダンスのように淡々と説明。

 

「……つまり、侵入者としてではなく、“救助要請”として扱えないか、という打診でしょうか?」

 

 だが、ポエヤマは複雑な表情のまま首を横に振った。

 

「あ、いえ……」

 

 歯切れが悪い。

 

「その……“救済”してもよいかどうかを、閣下に直接ご裁可いただくよう、指示されまして……」

 

 沈黙。

 

 しん、と空気が凍り付く。

 

 ポエヤマ以外の全員が。

 いや、ポエヤマ自身ですら頭の上に疑問符を浮かべていた。

 

 ……数秒ののち。

 

 とにかく、あるがままに伝えねばならないと判断したのだろう。

 ポエヤマは恐る恐る言葉を継ぐ。

 

「……“試練”を与え、それを乗り越えられれば、真の救いがもたらされる、と……」

 

 さらに声を小さくして。

 

「その……あの……なんか、そんな感じのことを……」

 

 クーが、完全に固まった。

 何を言われたのかまったく理解できない表情だ。

 

 一方で要は。

 記憶の奥を、必死に手繰り寄せた。

 

「……“救済”……“試練”……」

 

 その目が、徐々に見開かれていく。

 

「……あ、ちょっと待って……。まさか……嘘だろ……?」

 

 唾を飛ばし、必死の形相で思わず身を乗り出す。

 

「え、もう……やっちゃったのか!? マジで!?」

 

 最終決裁者に詰め寄られ、ポエヤマはほんのりと目に涙を滲ませた。

 慌てて否定する。

 

「え!? い、いえっ! ノイン監督官は、その子供を自ら拘束したまま……現在は、待機しているかと……」

 

 要は胸の奥で、ほんの少しだけ息をついた。

 だが、次の瞬間にはもう切り替わっていた。

 

「ポエヤマ」

 

 はっきりとした声。

 

「悪い、とりあえず――止めてきて! 今すぐ!」

 

 迷いはない。

 

 ポエヤマは反射的に背筋を伸ばし敬礼した。

 

「は、はっ!! 総帥勅命、確かに承りました!!」

 

 一も二もなく、踵を返す。

 

「止めてきます~~!!」

 

 開け放たれた総帥室の扉から、ほとんど転げるように駆け出していった。

 その叫び声が、廊下の奥へと遠ざかっていく。

 

 要は振り返り側近たちに告げる。

 

「二人とも――俺たちも行くぞ!」

 

 凍り付いていたクーが、はっと再起動する。

 だが即座に渋い表情を浮かべた。

 

「ご主人さま、危険です!」

「いや。間違いがあったらマズイ!」

 

 要は、すでに走り出しながら言い放つ。

 

「すぐ出るよ!」

 

 ――そして。

 

 クーとクルルが、焦燥を隠すことなく、空間に向かって怒号を放った。

 

「――武管職員、即応追従!!」

「特保要人警護班、同じく追従護衛体勢!!」

「訓練通りだ! 抜かった奴は殺すぞ!!」

 

 その瞬間。

 

 ざわざわ、ばらばらと、けたたましく床を叩く音が空間を満たす。

 

 足音。

 短く、鋭い指示の声。

 

 側近たちは即座に要へ追いつき、固めるように並走した。

 

 

 ***

 

 

「こちらです、主」

 

 軽やかな足取り。走るたび、黒い尻尾が弧を描いて揺れる。

 

 そのクルルの背を追い、要は必死に駆けた。

 

 ぜえぜえと肺全体を無理やり膨らませる。

 喉の奥に、口の中いっぱいに、あの鉄錆と胆汁が混ざったような嫌な味が広がる。

 

 ――視界の端を、職務中のエイシム職員たちが次々と掠めていく。

 

 一瞬驚いた顔を浮かべ、次の瞬間には弾かれたように道の脇へ退き、流れるように敬礼を並べた。

 

 周囲を見渡せば、ロッジ風の小屋の屋根や、足場代わりの梁の上――ありとあらゆる高所に、護衛職員が無数に並走している。

 

 影が、影を追い、影が重なる。

 

(……付いてきすぎじゃね?)

 

 一瞬、そんなことを思ったが、疲労で酸素を失った脳はすぐに考えることを放棄した。

 

 やがてエイシム拠点の中央から離れ、等間隔に並ぶ小屋の間をすり抜け続けた先。

 

 視界が、ふっと開ける。

 

 ――そこは、エイシムの外縁。

 

 外界との境界には仮設の木枠がいくつも並べられているが、遮るものは少なく視界が通る。

 

 その向こう。

 裏手に広がる、スラムめいたバラックの集合体が、むき出しの現実として目に入る。

 

 ……そして。

 

 追いやられたかのようにぽつりと建つ、少しだけ大きな、ただの木造の掘っ立て小屋。

 周囲の雑多さに比べて、妙に“隔離された”存在感を放つ建物。

 

 その周辺が、ざわついていた。

 

 クルルに導かれるまま走り寄ると、ようやく全景が見えてくる。

 

 掘っ立て小屋の脇にたむろするように、白いミリタリーコートを着た職員が数名集まっている。

 

 要は、その輪へと駆け込んだ。

 

「……はあ、はあ……っ、んぐ……はあ……」

 

 上体を折り、肩で息をする。

 

 肺の奥からせり上がる、じくじくとした苦痛。

 それでも――どこか、久しぶりに全力で走ったことへの、奇妙な爽快感が混じっていた。

 

 その背後からクーが、音も立てずに歩み寄り、要の身体を、そっと支える。

 

 ――その瞬間、何事かと要の姿を認めた白いミリタリーコートの集団が、波打つようにざわりと揺れた。

 

「……あ……」

 

 声にならない音を、誰かが零す。

 

 それは言葉ではなく、喉が勝手に開いてしまった結果の呼気だった。

 

「……サルヴァトリア……」

 

 一拍、遅れて。

 

「……閣下……?」

 

 すぐさま確信には至らない。

 だが、否定もできない。

 

 瞳が揺れる。

 肩が強張る。

 その場に縫い止められたように、誰もが立ち尽くす。

 

 ――信仰としてしか存在しなかったものと不意に邂逅してしまったかのように。

 

「……か、閣下……!」

 

 誰か一人が、耐えきれずに膝をついた。

 

 その動きが引き金になる。

 

 ばらばらと、周囲の者たちが、次々と続いた。

 

「サルヴァトリア閣下……」

「サルヴァトリアさま……!」

「……閣下……」

 

 呼び方はまだ揃っていない。

 声も震えている。

 じわりと涙が滲む。

 

 全員が順に跪き、胸元で拳を握り込む同じ所作を取る。

 

 ……静かな祈り。

 

 白いミリタリーコートに施された金の刺しゅうが、僅かな光を受けてきらりと瞬いた。

 

 一方で要は、まだ肩で息をしていた。

 

 クーに軽く身体を支えられながら、眼前の光景をただ困惑と驚愕で見つめている。

 

(……ええ……?)

 

 よく見ると、ポエヤマもキョロキョロしながら周囲に従っていた。

 

 そうして。

 

 跪いた白い背の、そのさらに奥。

 人の気配がふたつ。

 

「ああ……」

 

 幼く、掠れた吐息のような声が、場の静寂を撫でた。

 

「ぬしさま……まさか……ご来臨、賜るとは……」

 

 ほう、と息をつく。

 

 言葉は遅く、舌足らず。

 一語一語を確かめるように丁寧に紡がれる。

 

「ああ、今日も……なんと……神々しい、お姿……」

 

 そう告げたのは、ひと際、金の刺しゅうと荘厳な装飾を施された白いミリタリーコートを纏う少女だった。

 

 深く被られたフード。

 クーやクルルより、わずかに低い背丈。

 

 褐色――というより、どこか土気色に近い肌。

 

 ざんばらで、無秩序に切られた、まとまりのない短めの白髪が、フードの縁から無造作に覗いている。

 

 そして。

 

 フードの奥で、薄黄緑色の眼光がどこか毒々しく輝いていた。

 ――比喩ではない。

 本当に、淡く、発光している。

 

 その目の周囲には、幾晩も眠っていないかのような、濃い隈が刻まれている。

 

 その少女は、恭しく拳を胸に当て、ゆるりと深く一礼した。

 

「ご尊顔を、拝し……恐悦、至極に存じます……」

 

 その仕草は、演技でも、社交辞令でもない。

 ――心から、そう信じ切っている者の動きだった。

 

 クルルが腕を組んだままその少女を睨む。

 赫い瞳には、露骨な嫌悪と警戒が滲んでいる。

 

「……細かい話は後だ」

 

 低く、切るように告げる。

 

「それで――貴様が捕らえているソイツが、(くだん)の子供か……?」

 

 少女――ノインは、柔らかく微笑んだ。

 

 しかし。

 

 その薄黄緑の瞳孔は、まるで開け放たれたマンホールのように、底知れない空洞を映している。

 

「そうでございます……」

 

 声は、穏やかだ。

 

「ノインが……見つけて、捕らえました」

 

 そう言って視線をわずかに横へ移す。

 

 そこにいたのは――ノインの片手に捕えられた、一人の子供。

 

 後ろ手に回された両手を、指先だけでまるで物のようにつまみ上げられている。

 

 十歳前後の、小さな体躯。

 肩口まで伸びた暗い茶色のボサボサの髪。

 継ぎはぎだらけで、擦り切れた貫頭衣。

 眼光だけ、飢えたハイエナのように、剥き出しで鋭い。

 

 ――リュネだ。

 

 リュネは、ひとしきり暴れた後なのだろう。

 肩で荒く息をし、瞳は疲労で濁っている。

 

 それでもなお、歯を剥き出しにし、身体を揺らし、抵抗の意思だけは決して手放していなかった。

 

「離せ……っ!」

 

 甲高い声が場に響く。

 憎悪と恐怖をない交ぜにして、叫ぶ。

 

「痛っ……クソ……! なんなんだよ……コイツ……!!」

 

 ノインは、まるで焼きたてのパンケーキでもつまむかのように、指先だけでリュネの両腕を軽く摘まんでいた。

 見た目だけなら、今にも振りほどけそうな頼りない拘束だ。

 

 ――だが。

 

 リュネが体当たりしても、身を捩っても、必死にかかとで蹴り上げても。

 

 ノインは薄く微笑んだまま、鉄柱のようにびくともしない。

 

 揺れない。

 踏ん張らない。

 微動だにしない。

 

 ノインは、静かに――舌足らずでどこか可愛らしく、それでいて掠れたハスキーボイスでリュネに語りかける。

 

「だいじょうぶ……だよ……」

 

 なだめるように。

 

「すぐに……試練を……課すからね……」

 

 フードの奥で。

 淡い緑の眼光が、ゆっくりと細まり。

 裏返した三日月になる。

 

「きっと……ぬしさまから……救いが……もたらされる、からね……」

「意味わかんない!!」

 

 リュネが、半ば泣き声で叫んだ。

 

「オマエら……気持ち悪いんだよ!!」

 

 相当精神を削られているのだろう。

 その目じりにはうっすらと涙が滲んでいる。

 

 その様子を見ながら。

 

 ようやく息が整ってきた要は、恐る恐る声を上げた。

 

「ノイン……!」

 

 ざわり、と白コートの集団が波立つ。

 

 その声色を、何かの啓示か祝詞の一部だと受け取ったのか、中には感極まってはらはらと涙をこぼす少女までいる。

 

 要は一瞬尻込みしかけるが、なんとか踏みとどまる。

 

「ええと……」

 

 言葉を探しながら。

 

「その……試練って、何するつもりなの……? ……まさか……」

 

 ノインは、まるで天気の話でもするように。

 ふわりと――綿菓子のような笑みを浮かべた。

 

「――ノインの、病毒に……晒すのです……ぬしさま」

 

 しん。

 

 音が、消えた。

 

「その……患いに……打ち勝てば……」

 

 にこり。

 

「きっと……薄汚い乞食でも……ぬしさま、お選び……くださる……」

 

 そう言って、笑みをさらに強める。

 瞳が、愉悦に光る。

 

「ノインが……そうだった、ように」

「――ダメです」

 

 要は、その空気を切り裂いた。

 目をしょぼしょぼさせながら、一も二もなく、はっきり言う。

 

 ぽかん。

 

 ノインの表情が、完全に止まった。

 

「そんな……むごい、です……」

 

 眉尻を下げ、本気で悲しそうに言う。

 

「ぬしさまの、救いが……届かない……ところで……苦しむなど……」

 

 要は深くため息をつき、頭を掻きながら続けた。

 

「あのねえ……」

 

 一拍。

 

「そんなことしたら、十中八九、死んじゃうでしょ!!」

 

 ――いや。

 十中八九どころではない。

 

 ほぼ、確実に死ぬ。

 

 ノインは口元だけを柔らかく歪め、しかし目に狂気を宿したまま嗤った。

 

「それは……仕方が……ないのです……」

 

 くすくす、と。

 まるで、『なにを仰るのか』というように嗤う。

 

「クー殿や……クルル殿のように……」

 

 手を向け、二人を示す。

 

「最初から……祝福されし、存在でもなければ……」

 

 声音は、どこまでも穏やかだ。

 

「当然……ぬしさまの……御元の、末席を汚すに足るか……“選別”が、必要……なのです……」

 

 ノインは、楽しそうに、嗤う。

 

 一方で。

 

 リュネは、頭上で交わされている会話を聞く。

 意味は分からずとも恐ろしいことだけは分かるという顔で、完全に青ざめていた。

 

「でも……心配は、要りません……」

 

 ノインは、ふわっと笑い、目は見開いたまま優しく告げる。

 

「死は……“永劫の荒廃”が、訪れるより……」

 

 にっこり。

 

「よっぽど……“救い”……なのです、から……」

 

 沈黙。

 しん、と静まり返る。

 

 とりわけクーは、論が不可解すぎて、見たことない表情を呈している。

 

 要は、しょぼしょぼした目を擦り、そして言い切った。

 

「――ダメです」

「そんなぁ」

 

 ノインも眉尻を下げ、本気で残念そうにしょぼんとした。

 




(´・ω・`)<そんなぁ
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