愛するNPCが現実化したら勝手にギスギスし始めた挙句バカ重い責任が生えてきた話 作:フォン・デ・ペギラパギラ
「………………」
男は、ずらりと整列する無数の少女を見て言葉を失った。
すると、その中の何人かが気配に気づいたのか、そっと振り返った。
そして数秒、見惚れるようにぽーっと男を見つめる。
――あっ、と我に返ったように首をぶんぶん振り、何事もなかったかのように前を向いた。
職員少女の可愛らしい仕草も今は何とも思えない。
男の頭の先から血の気が引いていくのをはっきり感じた。
世界が遠のき、大きな心臓の音が心を苛む。
「……もしかして、その。四時間、このままだったのか?」
男の問いに、クーは即座に頷いた。
「はい」
「……本当に?」
「? はい。拠点ごと配属された職務を喪失していますので、現状、エイシム職員は警戒待機状態にあるかと」
淡々と告げられた言葉が、彼の中に遅れて沈んでいく。
つい先ほどまで胸を満たしていた幹部たちを眺める高揚感や、どこか夢心地なワクワクはきれいさっぱり消えている。
残ったのは――ああ、これはマズい、という感覚だけだ。
でも何がマズイかも良く分からない。真っ暗な海に放り出されたかのようだ。
これはもう、男の想像の範疇にある出来事ではなかった。
でも、何か言わなければ。
男はもがくように、一番気になったことをそのまま口に出した。
「……とりあえず、ら、楽にさせてあげる?」
彼の口から、震えた声がこぼれた。
クーは犬耳をびくっと立て、焦ったように問う。
「……えっ! 始末なさるのですか!?」
「ち、違う違う! そうじゃなくて! ほら、ずっと立ちっぱなしなんだったら、座らせてあげた方がいいのかなって……!」
慌てて訂正すると、クーは一拍遅れて首を傾げる。
「ええと……?」
それから、ほっとしたように胸を撫で下ろし、へにゃっと柔らかく微笑んだ。
「ご随意に」
――いや。
男はびっしりと静かに並んだ無数の少女を見ながら、内心で首を振る。
それでは根本的に何も解決しない。
他に考えることが、山ほどあるはずだ。
唖然としたまま、窓の外を眺め続ける。
頭の中では色んな思考が駆け巡るが、どうでもいい連想が割り込んできて思考が乱れる。
「……ど、どうしようね……これ……」
男は笑うべきか迷った末のようなカラカラの声を出す。
誰に語り掛けるでもなく、ほとんど独り言だったが、クーは反応して言葉を返した。
「ご主人さまの手足でございます。どうぞお好きにお使いくださいませ……?」
クーは喋りながら、男の異様な様子に気づいたように、そっと覗き込んでいる。
男は背中へじっとりと脂汗が滲むのを感じながら、必死に記憶を掘り返した。
――ゲームのとき。最初に確認すべきは、何だった?
……そうだ。食糧。
「これって……食糧とか、資材の自給システムも、供給ラインも……全部、失ってるんだよな?」
口にしながら、数年分の知識を貯めた頭脳がゆっくり回りだし、嫌な予測を加速させる。
「いや、それどころじゃない。居住区すら……?」
クーは、静かに頷いた。
「はい。その認識で問題ありません。その……倉庫も存在しませんので、職員が身につけていた装備品や携行アイテム以外は……」
男の真っ青な顔色に完全に気付いたクーは、男を窺いながらゆっくりと確かめるように言葉を紡ぐ。
「――すべて、喪失しているものと考えられます」
世界が、ぐらりと傾いた。
次の瞬間、足元が遠のき、男の身体がふらつく。
倒れるほどではなかったが、クーが素早く腕を伸ばして支えた。
「ご主人さま!? 大丈夫ですか!?」
クーの声には、はっきりとした焦燥が滲んでいた。
「……ほ、他に。他に、どんな問題が考えられる?」
「他、ですか?」
問い返すクーの表情は、心配に満ちている一方で、どこか不思議そうでもあった。
――なぜそんなことを聞くのか。本気で分かっていない、という顔だ。
(……なんで、そんなに責任感が無い?)
男は内心で舌打ちしそうになる。
何もせず、待っている。
状況が好転するのを、ただ期待している。
今、そんな段階じゃないだろう――!
頭の中を真っ白にさせていた動揺が、じわじわと形を変えていく。
焦りは熱を帯び、燻る火種のような苛立ちへと姿を変え始めていた。
眉間に皺を刻みながら、乱暴に周囲を見回す。
そして気づく。
――自分よりも頭一つも、二つも低い少女たちが、彼の感情に引きずられるように揃っておろおろしていた。
誰もが、落ち着きなく視線を彷徨わせ、眉を下げている。
クルルは毅然と立っているが、黒い尻尾を股下に巻き込み、内心かすかに怯えていることが見て分かる。
先ほどまで床で転がって眠っていた童女でさえ、よろよろと立ち上がり、両手を胸に抱え不安そうにこちらを見つめている。
男は、はっと息を呑んだ。
――責任?
この小さな女の子たちに、か?
もし、ゲームのルールがそのまま適用されるのなら。
キャラクターは、常に指示を待つ存在だ。
ならば。
責任の所在は――自分だ。
男はごくりと唾をのんだ。
――そのとき、急に外でざわめきが強くなる。
ざっ、と空気が乱れた音と、人のどよめき。
「な、なんだ?」
男は引っ張られるように窓の外に目を向ける。
先ほどまで静かに直立していた黒と白の少女達が、一斉に各々の武器を取り出し、一点に向け構えている。
あるものはキッと睨み、またあるものは周囲を不安げに見回してどうしたらいいのか、と目線で相談している。
「なにが起こってる……?」
思わず窓から身を乗り出して周囲を見回すが、ざわめきの強い方向は建物の影に隠れて見えない。
そっ、とクーがあたたかい手を添え、支える。
くりくりとした潤んだ瞳を真摯に預けてくる。
「確認させましょう。……さ、御身は中へ」
「あ、ああ……すまん」
そう言ってクーに手を添えられ、ゆっくりと身を引いたときだった。
建物の入り口。
大きなドアが取り付けられる予定だっただろうが、今は骨組みだけを残した空洞として開け放たれている。
その向こうから、遠慮がちなノックの音が響いた。
「すみません! 失礼いたします!」
張りのある、高い少女の声。
反射的にクルルが威嚇するように答えた。
「なんだ! 所属と用件を述べよ!」
ドアの外側に、数名の職員がびしっと背を伸ばしている。その立ち姿はよく訓練されたものだ。
しかし緊張で強張った肩が彼女たちの不安をよく表していた。
先頭に立つ少女が緊張を押し殺して声を張り上げる。
「はっ! 外界調停局、主任調停官のエクメアです! その、お、お客様がお見えです……!」
「は? ……客だと?」
クルルの眉がピクリと動いた。
「その、規定に従い処理してもよろしいのか、アーティフェル局長かツァン副局長にご裁可を頂戴したく……!」
その名が出た瞬間。
クルルはゆっくりと振り返った。
それに合わせ、幹部全員の視線も一点へと集まる。
ウェーブのかかった黒に近いダークグレーのツインテール。
美しい光沢を揺らめかせる髪の間から、蛇腹状の立派な艶のある黒角が生えている。
鋭い眼差し。固く結んだ唇。
銀の装飾を随所に施した美麗な軍服に、体の線を際立たせるタイトスカート。
小柄な体躯。
だが、背筋はぴんと張られ、空気を支配するような存在感があった。
――まるで極悪非道な悪の首魁のような容貌。
男も思わず目を奪われる。
(この子が、アーティフェルだ……)
理解が追い付いたその瞬間。
「…………ふぇ?」
その少女の厳めしい風貌に似つかわしくない、間の抜けた声が零れた。
「アティ、決裁を求められているぞ。……アティ局長?」
呼びかけられた瞬間、びくり、と少女の肩が大きく跳ねた。
――明らかに、跳ねた。
その様子に、場にいた全員が一瞬だけ首を傾げる。
だが次の瞬間、まるで今の挙動など存在しなかったかのようにアティは一歩前へ出て、腕を組み、堂々たる立ち姿をとった。
背筋はぴんと伸び、小柄な体からはありえないほどの威圧が放たれる。
視線は鋭くぎらりと研ぎ澄まされ、空気そのものを突き刺す槍のようだった。
ぞぞぞ、と。
冷気が床から這い上がってくる錯覚に、数名の職員が無意識に息を詰める。
「――私に」
低く、硬い声。
「何を、求める」
クルルが、混乱と苛立ちを混ぜた顔で、眉を顰めてアティに口を開いた。
「……まさか、聞いていなかったのではあるまいな?」
一瞬の沈黙。
アティは、ゆっくりと目を細めた。
遠くを見るような視線で、主任調停官と名乗った少女を捉える。
その瞬間、アティから放たれる圧が、主任に一直線に集中した。
びりびり、と空気が震える。
「ひっ……!」
主任は肩をすくめ、背を丸める。
完全に叱られている部下の姿だった。
(……ああ、現場教育か)
クルルは、勝手にそう納得した顔になる。
ほかの幹部たちの間にも、『局長が対応する流れだな』という空気が流れる。
一拍。
二拍。
三拍――。
……終わらない。
数十秒が経過する。
奇妙な沈黙が流れる。
アティは、それっぽい威圧を全力で維持したまま、微動だにせず硬直していた。
フードを深く被った少女が、きょろきょろと周囲を見回した。
『これ、何の時間?』と仕草が語っている。
男はじっとアティを見つめていた。冷や汗が背中を伝う。
やがてアティの首が、ぎこちなく男を向いた。ギチギチ、と効果音が聞こえてくるようだ。
強烈なオーラが彼女の周囲の空間を歪めているように見えたが――違う。
よく見ると、“アティ本人が小刻みに震えている”。
それに気づいているのはこの場でただ一人。
設定を熟知し、人格を作り込み、弱点まで把握している男だけだった。
(……あ、これ)
男はピンとくる。
(助け、求めてるな)
キャラ知識だけではなく、男の社会経験を通じての直観でもあった。
なんだか見覚えがある。まるで新人が打ち合わせの司会をその場で頼まれたような雰囲気だった。
アティは、険しい表情のまま必死に睨みつけてくる。
しかし男には、威厳ある局長ではなく――恐怖で固まったチワワが、視線だけで『助けて』と訴えているようにしか見えなかった。
周囲の幹部たちは黙したまま、それぞれ、『何か深い意図があるのか?』と考え込んでいるようだ。
しかし長尺の間に痺れを切らしたクルルが、さすがに口を開こうとしたその瞬間。
「……いや」
男が、ぽつりと言った。
「俺が、出ようか」
その一言に、即座に反応が返ってきた。
「な、なりません!」
クーが、思わず一歩前に出て制止する。
勢いで声を張ってしまったことに気づいたのか、はっとして頭を下げた。
「あっ……失礼しました。ですが、それは危険です」
言葉は丁寧で真摯で、必死だった。
本気で止めようとしている。
アティの方を見ると、瞳がふるふると小刻みに揺れている。
総帥に対応してほしい。
だが、総帥が危険に晒されるのなら、自分がやるべきではないか。
その二つの思考がせめぎ合っているのが、はっきりと分かった。
男としても平静ではいられなかった。
胸の奥がざわつく。
それでも――両肩にずしりとのしかかってく重圧。
自分が動かなければならない。そんな強迫観念が、背中を押した。
「今は普段通りじゃない、異常事態だ」
言い聞かせるように、言葉を選ぶ。
「だから、これはアティの裁量を超えてる。……俺が、話してみるよ」
「……しかし」
なおも食い下がろうとするクーの瞳が、うるんで揺れた。
思わず、その頭に手を伸ばしてしまう。
一度軽く撫でると、わっと頬を染め、犬耳がぴくぴくっと揺れた。
あっ、と手を放し、話を切るように告げる。
「ああ、ごめん。……ありがとう、でも大丈夫」
そう言って、まだ入り口の外で待機している職員の方へ歩き出そうとした、その瞬間。
クルルが、さりげなく、失礼にならないように行く手を塞いだ。
「主がご対応なさること自体は問題ありませんが……主がわざわざ外へ出る必要はないかと」
ばさっと黒い尻尾を揺らす。
「呼びましょう」
「えっと、それって……失礼にならないかな?」
「まさか、むしろ突然の来訪の方が失礼でしょう」
『そうか?』と男が疑問に思っている間にも、事態は進む。
クルルはちらりとアティを見る。
「……おい、アティ。せめて呼んで来い」
アティは、ぴくりと肩を震わせた。
一拍置いて、どこか貫禄のある表情で歩き出した。
猛然としたオーラを放ってはいるが――その足が微かに震えているのを、男は見逃さなかった。
(……大丈夫かな)
そう思いつつも、クーとクルルにそっと促され、椅子に座り直す。
アティは時間を稼ぐつもりなのか、わざとゆっくりと歩いていく。
傍から見れば、凄みを纏った堂々たる歩みだ。
小柄な体躯を感じさせない威圧感を残しながら、その背は次第に遠ざかる。
主任や職員たちのお辞儀を浴びながら、堂々と外へと消えていった。
気づけば、男は椅子に座らされたまま、両脇をクーとクルルに固められている。
示し合わせたわけでもないのに、他の幹部たちも、放射状にずらりと整列していた。
中央には――総帥である男。
さっきまで寝ていたものも、あぐらをかいていたものも、すべからく全員が――何かあれば即座に殺すとでも言いたげな、殺伐とした不穏な表情を浮かべている。
眉間を寄せた少女たちの顔を見渡しながら、男は、修羅場前のヤクザ映画のワンシーンを、ふと思い出していた。
全員が、ただ黙って各々威圧的に構えている――重い空気が場を支配していた。
「さて……」
男は小さく息を吐いた。
勢いで『俺が話す』と言ってしまったが、いざ待ち受ける段階になると、手先や喉の奥が、はっきりと震えているのが分かる。
(……なんで、こんなことに)
そんな考えが、一瞬頭をよぎる。
が。
この子たちに、それを悟らせるわけにはいかなかった。
男は背筋を伸ばし、ただ真っ直ぐに、ドアの方を見据えた。
最初からキャラ多すぎるとは思います。
徐々に覚えていただけるように書きたいなと思ってますが……難しいところです。