愛するNPCが現実化したら勝手にギスギスし始めた挙句バカ重い責任が生えてきた話   作:フォン・デ・ペギラパギラ

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20話:考えすぎじゃない?

 要は、場に溜まった重苦しい空気を払うように軽くごほんと咳払いをした。

 

「とにかく……離してあげて」

 

 その言葉を受けて、ノインは片手でつまみ上げている浮浪者の少女――リュネを、フードの奥からじっと見下ろす。

 

 煌々と、薄黄緑色の瞳が輝いた。

 

「でも……逃げます、よ……?」

 

 ゆっくりと、確かめるように告げるノイン。

 

 そう言われ、要も改めてリュネへと目を向ける。

 

「はなせ……! このっ……!」

 

 疲労で息が乱れているにもかかわらず、リュネはなおもバタバタと暴れ続けている。

 まるで、罠に引っかかりながらも意味のない足掻きを繰り返す小動物のようだった。

 

(うーん……)

 

 要は、胸の奥で小さく唸る。

 

(逃げられても……解決しないよな……)

 

 そう思い、要はリュネの方へ、ほんの一歩だけ近づいた。

 

 その瞬間。

 

 クーが、すっと要の腹部あたりに手を添え、やんわりと、しかし確実に制止する。

 

「大丈夫だよ」

 

 要が小さく言う。

 

「……ですが、これ以上は」

 

 眉尻を下げた、至近距離の困り顔。

 

 要もまた、少し困った顔。

 そして、その場から動かぬまま、子供に向けてできるだけ穏やかに問いかける。

 

「ええと……キミ、お腹……すいてるのかな……?」

 

 リュネと要の視線が、真正面からぶつかる。

 

「困りごとがあったら――」

「うるさい!!」

 

 キン、と耳に刺さる声。

 

「オマエ、誰だよ! 話しかけるんじゃ――」

 

 最後まで言わせなかった。

 

 ノインが、摘まみ上げている手とは逆の手で無造作にリュネの首根っこを掴んだ。

 

「うぎ……っ!」

「ぬしさま、に……不遜……」

 

 声が、ひずむ。

 

「……不ドウ徳……」

 

 ぎん、と。

 薄黄緑だった眼光が、一瞬で――“真緑”へと変わった。

 声には、ざらりとしたノイズが混じる。

 

 空気が、ぴり、と張り詰めた。

 

「いい、いい!!」

 

 要が、反射的に叫ぶ。

 

「許すから! 首はダメ! それはダメ!!」

 

 その声に。

 

 ノインの瞳の光が、すう、と弱まる。

 歪んでいた雰囲気も元に戻っていく。

 

 ――『赦された』。

 

 そう解釈したかのように、ノインは、にっこりと笑った。

 ぱっと、首から手を離す。

 

 リュネは、その場で崩れるように半泣きになり、涙と鼻水を混ぜながら喚いた。

 

「なんなんだよ……コイツ……! 離してよ!!」

 

 要は、深くため息をついた。

 

(これじゃあ……ゆっくり話せる感じじゃ、ないな……)

 

 なおも暴れ続けるリュネへ要は視線を向けた。

 

 投げつけられるのは錆びついたナイフのような視線。

 敵意と恐怖と――生き残ろうとする必死さが剥き出しになっている。

 

 擦り切れた貫頭衣。

 汚れた頬。

 伸び放題の髪。

 

 要は、それを見て、胸の奥がちくりと痛んだ。

 

(……こんな小さな子が、生きるために、必死になるしかなかったんだな……)

 

 自然と、言葉が零れる。

 

「……何か、食べさせてあげられないかな」

 

 すぐ隣で、クーが困ったように眉を下げた。

 

「備蓄自体は、問題ありませんが……」

 

 歯切れの悪い、半歩引いた返答。

 

 だが要は、だったら構わないと言うように、小さく頷く。

 ぼさぼさの髪を振り乱して暴れるリュネへ、改めてできるだけ穏やかに声をかけた。

 

「あのさ、キミ、とりあえず……ご飯、食べていきなよ」

 

 その瞬間。

 

 リュネの動きが、ぴたりと止まった。

 ぎろり、と本当に音がしそうなほど要を睨みつける。

 

「……何で?」

 

 短い問い。

 

 ――なぜ、施すのか。

 ――なぜ、見返りもなく。

 

 そう語る、懐く気など毛頭ない野良猫のような眼光。

 

 心の底から警戒している。

 

 それがはっきりと分かって、要は不憫さと苦笑を混ぜた曖昧な微笑みを浮かべる。

 

「お腹が膨れたらさ……話、聞かせてくれたら嬉しいな」

 

 リュネはすぐには答えなかった。

 

 ほんの数秒。

 だが、その沈黙は、さっきまでの暴れ方とは別物だった。

 

 視線が揺れ、唇がわずかに引き結ばれ――。

 

 やがて。

 

 こくり、と。

 ほとんど分からないほど小さく、頷いた。

 

 あまりにもすんなりとした了承に、要は少しだけ面食らったが、それでもふっと力を抜いて優しく笑った。

 

「じゃあ……一緒に行こうか」

 

 要がそう言いかけた、その瞬間。

 

「――お待ちください」

 

 低く、硬い声が割って入った。

 

 クルルだ。

 

 その表情には露骨な警戒が浮かんでいる。

 怒りでも、嫌悪でもない――危険を察知した顔。

 

 ――リュネに何かしらの腹づもりがある。

 

 それを、彼女は嗅ぎ取っていた。

 

 同じ結論に至ったのだろう。

 クーもまた、一歩前に出て要を止める。

 

「ここは、まず職員に任せましょう」

 

 へにゃ、と目尻を下げたまま、すぐ隣から耳をくすぐる声。

 語調は柔らかい。

 だが、その声ははっきりとした拒否だった。

 

 クルルが場を締めるように告げる。

 

「――そこの武官職員。この子供に食事を与えよ。後の命は、追って出す」

 

 鋭い声が、場を貫く。

 

 ……そして、虫でも見るような目でノインを含む白コートの集団を睨め付ける。

 彼女らは未だに、膝を折り要に祈りを捧げたままだった。

 

「護疫学会は……」

 

 一瞬、言葉が途切れる。

 

 その隙間を縫うように、ノインが一歩前に出た。

 顔には親切心百パーセントとしか言いようのない表情。

 だが開ききった瞳孔が、どうしても不穏だ。

 

「クルル神使……」

 

 柔らかく、しかし妙に粘ついた声で進言する。

 

「その者……学会が、ぜひ……庇護しま、しょう……」

 

 はあ、と。

 

 クルルは盛大にため息をついた。

 心底、疲れた声で零す。

 

「主に信仰を持つのは構わん……だが、我まで特別視するな……」

 

 ノインは、ゆっくりと首を振る。

 

「クー神使、クルル神使は……ぬしさまに……手ずから、形を与えられた……祝福の……神子……」

 

 瞳孔を開いたまま、ふわりと笑う。

 そして、静かに続けた。

 

「ノインのような、一介の学徒とは……格から……違います、ゆえ……」

 

 そう言って深く目を伏せる。

 

 クルルは、ほんの一瞬白目を剥きそうになった。

 それを必死に堪え、追い払うように手を振って言い放った。

 

「……じゃあ、とっとと失せろ」

「承知」

 

 即答。

 ノインと白コートの集団はぞろぞろと連なり、近くの大きめの小屋へと入っていった。

 

 その背中を見送りながら、クルルはこめかみを押さえて小さく呟く。

 

 ――面倒な奴等だ、と。

 

 

 ***

 

 

 帰路。

 要は、護衛職員に幾重にも囲まれながら歩いていた。

 

 作業中の職員たちは、こちらに気づくや否やきゃあきゃあと色めき立ち、ある者は慌てて敬礼し、ある者は硬直したまま頭を下げる。

 

 ――正直、落ち着かない。

 

 視線が刺さる。

 空気がざわつく。

 

 そんな中、歩調を合わせるように、クルルが横から声を掛けてきた。

 

「それにしても主……悪辣な手段ですね」

「?」

 

 要は、きょとんとして問い返す。

 

「なにが?」

 

 心当たりがまったくない。

 

 するとクルルはぴくりと黒い犬耳を揺らし、さも当然のように続けた。

 

「あれが、わざと送り込まれたと仮定した場合の話です」

 

 尻尾が、ゆらりと揺れる。

 

「どう転んでも、次の一手に繋がる」

 

 要の中に、疑問が浮かぶ。

 

(……送り込まれた?)

 

 そもそも、子供が“送り込まれる”という発想自体が要には無かった。

 

 ――思えば。

 この時点で、ちゃんと確認すべきだった。

 

 クーが、その空白を埋めるように言葉を引き継ぐ。

 

「あの子供を保護すれば」

 

 一拍。

 

「その子供に“権利者”が存在した場合、“所有物に手を出した”という口実を与えることになります」

 

 歩きながら、淡々と言葉を置いていく。

 蒼い瞳が細まる。

 

「一方で、そのまま追い払えば――“人心を軽んじる冷酷な組織”だと吹聴する余地を与える……かもしれません」

 

 要は、思わず口を挟んだ。

 

「……考えすぎじゃないかな?」

 

 率直な疑問。

 

 クーは、その透き通った蒼の瞳で要を見つめた。

 

 ――まるで、その奥底まで測るように。

 

 そして、すぐに。

 にこ、と柔らかな笑みを作る。

 

「そうですね!」

 

 声色も、表情も、いつものクー。

 

「しかし懸念は払拭するに限ります。お食事が終わりましたら、しかるべき場所へ帰しましょう!」

「――待て」

 

 ぴしりと、空気を切るクルルの声。

 

 その一言で、クーの笑みが一瞬にして消える。

 クルルに向けられたのは、感情を一切排した、冷たい光を返す瞳。

 

「……何か問題が?」

 

 機械のような問い。

 

 クルルは腕を組み、ゆらりと尻尾を揺らしながらクーを睥睨した。

 

「あれは――我が、預かろう」

 

 その言葉には、譲る気のない硬さがはっきりと宿っていた。

 

「……どうして」

 

 クーの声がすっと低く沈んだ。

 柔らかさは消え、蒼い瞳が静かに据わる。

 

「厄介ごとになる可能性が高いと、申し上げています……」

 

 一拍。

 

「施しを与え、しかるべき場所へ帰す……それで貴方の欲しがる“名分”は保たれるはずです」

 

 言葉は丁寧。

 だが、その奥にあるのは感情ではなく計算だった。

 

 クルルが、ふん、と短く鼻を鳴らす。

 明らかに反論を用意した顔。

 

 ――その前に。

 

「ま、待って、待って……」

 

 要が慌てて割って入った。

 

 このままではまた喧嘩が始まりかねない。

 二人の中央へ踏み出し、互いの視線を遮るように立つ。

 

 赫と蒼の視線が、要でぶつかり、止まる。

 

「俺も、クルルに賛成だな……きっと、あの子には、助けが必要だよ」

 

 そう言って要は苦笑した。

 自分でも、論理ではなく感情で話していると分かっている笑み。

 

 ――クーは、一瞬だけ口を開いた。

 

 何かを言いかけた。

 反論か、別案か、あるいは警告か。

 

 だが、それは口にすることなくすぐに押し黙った。

 

 困ったように――それでいてどこか諦めたように、微笑んだ。

 

 一方でクルルは、要の返答を聞くやいなや、少し誇らしげに胸を張り宣言する。

 

「主」

 

 一拍。

 

「私が主導して見せましょう」

 

 その声には、自信と忠誠、そして――わずかな昂りが混じっていた。

 

 要はその姿を見てふと胸の奥に引っかかるものを覚える。

 

(……なんだろう。)

 

 じっとクルルを見る。

 

(少し、勘違いをしていないか……?)

 

 だが、その違和感を言葉にすることはしなかった。

 

 この選択が――取り返しのつかない誤りだった。

 そう理解するのはすぐ後であった。

 




ノイン書いてて楽しかった
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