愛するNPCが現実化したら勝手にギスギスし始めた挙句バカ重い責任が生えてきた話   作:フォン・デ・ペギラパギラ

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3話:誰か来たんだけど

 ライナス・アッシュフォードは治安騎士隊の小隊長だ。

 

 家から追い出された反感で昔は不良騎士であった。

 しかし、慮外の優秀さがあり、入隊の十数年後にはいつの間にかこの位置にいた。

 

 とはいえ、責任が増えただけ。

 

 単なる治安維持部隊に過ぎないライナスは、本日も通報を受け、尻尾と愛想を振りながら出動せざるを得なかった。

 

 ――だが、今日の通報内容はあまりにも異様だった。

 

 もしも適当な分隊長を送りこみ軽率に不祥事を起こしたら――自分の首が飛ぶ。

 社会的にも、物理的にも。

 

 だから仕方なく、小隊長自らが現場へ向かうことにした。

 

「ライナス小隊長……これは、いったい……」

 

 連れてきた分隊長が、息を漏らしながら目を丸くした。

 

「まさか、本当に通報通りだとはな……」

 

 ライナスの言葉は、静かな驚愕を帯びていた。

 

 ――王都の端。放置された建材と、だだっ広い土地。

 だったはずだ。

 

 しかし、そこに広がるは。

 

「な、何人いるんだこりゃ……」

 

 後ろに連れてきた騎士の一人が、手で額にひさしを作りながら呟いた。

 

 建てかけの建物、開けた土地。

 その周囲に、まるで軍隊のように統一された服装を着た幼い少女たちが、びっしりと並んでいた。

 

 見た限り、百や二百ではきかない。

 

 それだけでも驚きなのに――どの少女も例外なく異常なまでに美しい。

 

 宝石商が店内に並べた宝飾品のように、燦然と並んでいる。

 

 しかしその光景は、美しいというよりどこか不自然で背筋を寒からしめるものだ。

 なにか、悪夢にでも片足を突っ込んだような……異様な光景であった。

 

「は……はは、まさか今日はこのおこぼれに預かれるのか?」

 

 バカが軽口をたたく。

 連れてきた五名ほどの隊の連中の一人だ。

 

 ライナスも軽い冗談だろうことは分かっていたが、釘を刺しておく。

 

「おい、貴族絡みだったらどうする。軽率な真似はするな」

「へ、へい……」

 

 しかし、冗談を言いたくなる気持ちも分かる、とライナス自身も思った。

 

 これから、この意味不明な現場に飛び入らなければならない。

 明らかに厄介ごとだ。

 

 美麗な少女たちは、一人残らず敵意の籠っているような視線を向けてくる。

 

 ライナスは唾を飲み下し、歩みを進めた。

 後ろに、騎士たちも追随してくる。

 

 そしてその美少女集団の先頭まで、あと二十歩でも歩けば接触するとという距離に達した時だった。

 

 その集団が全員、示し合わせていたかのように――それぞれの武器を構えた。

 ざっ、という音とともに空気が鳴動する。

 それは、まるで一つの生き物が呼吸をするような、不気味な統一感だった。

 

 あるものはどこからともなく槍を突き出す。

 またあるものは両の掌に炎を灯す。

 

 ――魔力が、肌を刺す。

 

 ライナスは背筋をぞわりと伝う悪寒とともに、即座に歩みを止めた。

 

(――魔法術者……しかも、複数だと!?)

 

 考えるより先に体が動いた。

 降参を示すように両手を高く掲げる。

 

 同時に、背後の騎士たちへ鋭く目配せし、同じ姿勢を取らせた。

 集中砲火を受ければ、ひとたまりもない。

 

「ま、待て!」

 

 声が、思ったよりも高く上ずる。

 

「我々に戦う意思はない……!」

 

 冷や汗が頬を伝う。

 それでも言葉だけはできる限り短く、誠実に絞り出した。

 

「我々は治安騎士隊だ! こちらで大勢の人間が集まっているとの通報を受け、状況確認に来ただけだ!」

 

 一息。

 

「代表者と話がしたい!」

 

 その言葉に、少女たちの間にざわりとした動きが走る。

 数十秒。視線を交わし、ひそひそと声を落とし、互いに相談しているのが見て取れた。

 

 行動は統一されているのに、意思決定は統一されていない――その奇妙な矛盾が、ライナスの胸を更にざわつかせた。

 

 やがて、少女たちの中から数名が、『仕方がない』と言いたげな表情で歩み出てくる。

 列の隙間を縫い最前列まで進み出ると、一定の距離を保ったまま、ライナスと相対した。

 

「……現場管理者のエクメアと申します」

 

 凛とした声。

 だが、どこか張りつめている。

 

「具体的なご要望をお聞かせいただけますか?」

 

 ライナスはゆっくりと手を下ろし、慎重に言葉を選ぶ。

 

「管理者、でいらっしゃるか。……率直に聞こう。これは、どういう集まりなのだろうか」

「詳細を口にする権限は現在私にありません」

 

 即答だった。

 だが、声はわずかに揺れている。

 

「ならば、誰ならば話ができる? どなたが、代表者なのだ」

「……それも、私の口からは」

 

(話にならん)

 

 内心で悪態をつきながらも、ライナスは表情を崩さず丁寧に続けた。

 

「では申し訳ないが、詳しい話ができる方へ取り次いでいただけないだろうか」

 

 その言葉に、エクメアの瞳が揺れた。

 

 ぱくぱくと、小さく口を開いては閉じる。

 明らかに、迷っている。

 

 数秒。

 やがて意を決したように、それでも不安を拭いきれない表情でエクメアは口を開いた。

 

「承知、いたし、ました……少々お待ちください」

 

 踵を返すと後ろに控えていた少女たちと、こそこそと相談を始める。

 話がまとまったのか一度こちらを振り返り、深く一礼。

 

 そして列の間をまた縫うようにして、建物の方へと歩いていった。

 

 ――ライナスは短く息を吐いた。

 

「一体、何が起こっているんでしょう……」

 

 間が空いたからか、斜め後ろに立つ分隊長が、少し震えた小声で話しかけてくる。

 

「さあな……」

 

 ライナスは視線を逸らさないまま、乾いた声で答えた。

 喉の奥がヒリヒリと水分を欲している。

 

「とりあえず変なことは口走るな。焼け死にたくなければな」

 

 少し大きめの声。

 後ろの隊員にも聞こえるように、わざと強く言った。

 

 周囲を取り囲む少女たちは、今も臨戦態勢を崩していない。

 まるで獲物を狙う猛禽のように、静かに、いつでも行動できるように。

 

 ライナスは、その様子を恐ろしそうに眺める。

 

 ――緊張が、鉛のように重く背筋を這う。

 

 建物は少し高い場所にある。

 丘陵のようなわずかな傾斜のおかげで、入り口の様子がよく見えた。

 

 先ほどの少女の背中。

 わずかに聞こえる話し声は、風に攫われて言葉までは聞き取れない。

 

 ――どうやら、中の人物に何かを報告しているようだった。

 

 ライナスの部隊は、緊張を保ったまま待った。

 数分が、やけに長く感じられた。

 

 そして、永遠に続くかと思われた均衡は、唐突に破られた。

 

 少女たちは一斉に武装を解き、整列した隊列のまま、音もなく左右へと割れていく。

 それは、まるで氷が割れるように、一直線に裂けた。

 

 建物の入り口から、騎士隊の前列に至るまで、一直線に人の身体だけで作られた通路が現れる。

 

 ――なんて訓練された連中だ。

 

 ライナスが呆気に取られていると、その直線の奥、建物の内部から――じわりと異様な気配が滲み出した。

 

 空気が重くなる。

 まるで真っ暗な洞穴の奥から、巨大で、形の分からない“何か”が這い出そうとしているかのような感覚。

 

 ぞくり、と背筋が凍る。

 

 ライナスの体が、意志とは無関係にこわばった。

 その間にも、“何か”は、洞穴の縁に手を掛け、ずるりと姿を現していく。

 

 やがて、全容が見えた。

 少し距離があっても分かる。

 

 ――またしても、異様なほどに美しい少女だった。

 

 白いブラウスに、黒を基調とした華美な軍服を肩にかけ、たなびかせている。

 この集団の頂点に立つ者だと、一目で理解できる装い。

 

 高く被られた軍帽の下から、艶やかなダークグレーのウェーブがかったツインテールが揺れる。

 短いタイトスカートの裾からは、白く、たおやかな脚がまっすぐに伸びていた。

 

 見た瞬間、ライナスは直感する。

 

 ――自分とは、立っている場所が違う。

 同じ舞台に立つ人間ではない。

 

 だが、異様さは外見だけでは終わらなかった。

 

 その姿が完全に露わになった瞬間、肌を串刺しにするような圧倒的な威圧が叩きつけられる。

 視界が揺れ、指先が小刻みに震え始めた。

 

(……体調が、悪いのか?)

 

 思わず不安になり、後ろの部下たちを振り返る。

 そこには自分とまったく同じように、間の抜けた顔で硬直している騎士たちの姿があった。

 

 ――視線を戻す。

 本当は、見ていたくない。

 だが、目を逸らすことができなかった。

 

 逸らした瞬間――捕食される。

 そんな確信めいた予感が、背中に貼りついている。

 

(なんだ、あいつ……!)

 

 思考が形になるより早く、少女はあろうことか――ゆっくりと、こちらへ歩みを進めてきた。

 

 冗談じゃない。

 

 ライナスは浅い呼吸を繰り返す。

 額から、こめかみから、汗がぼたぼたと嘘のように流れ落ちる。

 

 一歩一歩が、やけに長い。

 永遠のようでもあり、瞬きのようでもある。

 

 ――気づけば、少女はすでに眼前に立っていた。

 

 足の震えを、もう隠す余裕はない。

 死ぬか、生きるか――そんな熱病に晒されているような感覚だった。

 

 至近距離で見ると、否応なく少女の出で立ちの細部が目に入る。

 

 軍帽の脇、ツインテールの根元から生える細めの黒い蛇腹状の角。

 それがねじれながら、天を突くように伸びている。

 

 軍服には、くすみ一つない銀の装飾。この一着だけで、城下町に家が一軒は建ちそうだ。

 

 そして――切れ長の、紫色の瞳。

 こちらを睥睨しているそれは、わずかに光を帯びているように見え、視線を合わせただけで内側を覗かれている錯覚を覚える。

 

 少女が、口を開いた。

 

 ――ライナスは反射的に、殴られる直前のように身を縮めてしまった。

 

「吾輩は――アーティフェル・グリムロード」

 

 その声を聴いた瞬間、頭から冷水を浴びせられたような感覚に襲われる。

 

「――超常統合管理機構、外界調停局。局長である」

 

 よどみのない宣告。

 

 背後に控えていた先ほどの少女――エクメアが『え?  組織名とか言っちゃっていいの?』と言いたげな顔で、アティの後頭部を見つめた。

 アティも一瞬『あ』と言いたげな表情を浮かべたが、すぐに何事もなかったかのように取り繕った。

 

 もっとも、ライナスにそれを気に留める余裕はまるでなかった。

 

「――して、何用だ。来訪者よ」

 

 言葉と同時に、びりびりと圧が叩きつけられる。

 

 ライナスは、矜持だけを頼りに口を動かそうとした。

 だが、頬が引き攣り、思うように声が出ない。

 

「いずれから参った?」

 

 訝しげな視線。

 罪人を裁くかのような口調。

 

 ――しかし。

 

「……いや、まあよい」

 

 少女は、勝手にそう言って、話を切った。

 

 ライナスは、心の底から安堵した。

 何も、言えそうになかったからだ。

 

「総帥がお待ちである――付いて参れ」

 

 そう告げると、アティはふいと目を逸らし、背を向けた。

 

 重圧が、わずかに解ける。

 溺れていたところに顔を出したかのように、ライナスは大きく息を吸った。

 

 遅れて、言葉の意味が脳に染み込んでくる。

 

(……総帥?)

 

 カラカラに乾いた唇が引っ付く。

 

(嘘だろ……まだ上がいるのか?)

 

 呆然としていると、気付けば少し先に歩き始めていたアティが振り返った。

 ――その眼に、単にぞっとする。

 

「何をしておられる――来られよ」

「は……はっ!」

 

 ライナスは思わず最上位の上官に返すような、かしこまった返事をしていた。

 後ろを振り返り、同じく辛うじて立っている部下たちへ『行くぞ』と血走った目で無言で告げる。

 

 震える足を叱咤しながら、歩き出す。

 無数の少女たちの視線に晒されながら。

 

 そして、ライナスは恐る恐る建物の骨組みを潜った。 

 

 記憶では廃墟であるはずの空間が、まるで謁見の間に変貌していた。

 

 整然と並ぶ少女たち。

 その誰もが、職人が魂と命を削って彫り上げたかのような美貌を備えている。

 まるで呪いの宝石のような毒々しさを併せ持った美しさだった。

 

 人間の範疇を超えているのではないか、とライナスの直感が囁いた。

 

 そして中央――たった一脚の椅子に、若い男が座っていた。

 

 周囲を固める少女たちとは対照的に、華美さのかけらもない。

 珍妙だが、装飾のない服。穏やかな表情。

 異国的な顔立ちが、ライナスの年齢感覚を狂わせ、まだ成人もしていないのではと錯覚させる。

 

 ――奇妙だった。

 

 絢爛たる宝石群の中に、ぽつりと、穴が開いているような違和感。

 この男だけが、この場に"属していない"ように見えた。

 

「そこで止まれ」

 

 鋭い声が空気を裂く。

 

 全身を黒に包んだ獣人の少女――クルルが、まるで研ぎ澄まされた刃のような眼光でライナスを射抜いた。

 

(獣人……いや、それだけではない。この集まりは、一体……?)

 

 思考の間にも、アティはつかつかとその列へと加わる。

 

 圧倒的な威圧は少しだけ和らいだが――代わりに、周囲の少女たちから放たれる圧が一斉に集中した。

 

 目に見えない魔力が、過重力のように押し潰してくる。

 十三人、二十六対の眼差しが、容赦なく突き刺さる。

 

 生きた心地など、欠片もしなかった。

 

 

 ***

 

 

 一方、椅子に座る主人である男もまた――緊張していた。

 

 意識せずとも背筋が伸び、握る手に力が入る。

 何度も唾を飲み込む。

 

 そして、ぼんやりとした視界で来訪者たちを見やった。

 

 軽装に身を包んだ男たち。

 腰に剣を差している。

 

 まるで中世の騎士団のようだ、と男は思った。

 ゲームの中で見たことのあるような、物語の中にしか存在しないはずの光景。

 

 特に最前列の壮年の男性は深みのある風貌で威厳がある。

 渋い俳優のような、絵になる佇まいだ。

 

 だが――汗だくで、青ざめている。

 

(体調、悪いのかな……大丈夫だろうか)

 

 男の胸に、小さな心配が芽生える。

 それはこの緊張した場面にはあまりにも場違いな、素朴で人間的な感情だった。

 

 とりあえず待ってみるが、当然のように誰も話し始めない。

 

 ――自分が喋る流れか。

 

 男は仕方ないと小さく息を吐き、口を開いた。

 

「ええと――こんにちは……?」

 

 瞬間、騎士風の男がぽかんと目を見開いた。

 まるで『なぜ、挨拶……?』と呆けているようだった。

 

(……あれ、なんか変だった?)

 

 男は不安げに表情を揺らしたが、誰も何も言い出さないのでそのまま続けるしかなかった。

 心臓が少しだけ早く打ち始める。

 

「あー……それで。何のご用で、来られたのでしょう?」

 

 ライナスは彫りの深い眼窩に困惑を滲ませ、男を見つめた。

 

 あれほどの威厳を持つ少女を差し置いて、まるで"普通の青年"が代表者のように喋り出したからだ。

 まるで近所の若者が道を尋ねるような気安さすら感じられる口調。

 

(こいつが……総帥、とやらか……?)

 

 答えあぐねていると――冷徹な声が、空気を凍らせた。

 まるでその侮りを感じとられたかのように。

 

「――おい、下等生物」

 

 褐色の肌。金眼。小さな体躯。

 

 銀と紫のメッシュ――自然界ではありえない髪色。

 黒く図太く巨大な角を生やしている。

 

 ぶかぶかのスカジャンが手指まで覆う。

 龍の煌めく刺繍が、わずかな光を受けてぎらりと輝く。

 

 そして、空間そのものを歪ませるような圧力。

 

「……とっとと物を言わんか。余のつがいが待っておろうが」

 

 少女は頬を歪め、瞠目して怒気に満ちた視線で相手を睥睨する。

 

 一方、主人である男は、この少女の豹変ぶりに内心で息を呑んだ。

 

 さっきまでは胡坐をかいて高笑いを上げていたのに――今や、ギザギザの歯を剥き出しにし、爬虫類のような縦長の金の瞳孔をぎらりと光らせ、圧倒的な支配者の気迫を纏っている。

 

「無礼にも余の巣に土足で上がり込み――あまつさえ白痴を誇るか!!」

 

 ――咆哮。

 

 金色の瞳が、世界そのものを焼き尽くすように光を増した。

 その光の中に、古い、とても古い何かが――文明が生まれる前の、原初の破壊衝動が渦を巻いている。

 

「ひゃああぁ!」

 

 後列にいた若い騎士が、悲鳴を上げて尻もちをついた。

 まるで動力が切れた人形のように、ガタガタと震えている。

 

「ちょ、ちょっと! ダメダメ、抑えて!」

 

 慌てたように男が声を上げる。

 

 男は思い出す。

 この子は恐らく――グラ、文明すら破壊する始原の龍。

 

「むう……」

 

 グラは少しだけむくれたように唇を尖らせ、それでも腕を組んで騎士たちを睨みつけた。

 

「つがいが申すなら……わかった、余からは何も言わん」

 

 まるで飼い主に叱られた猛獣のように――従いはするが不満は隠さない、そんな態度だった。

 

 圧力がほんのわずかだけ和らいだ隙を見たライナス。

 もう疑問を抱いている時間の余裕はない。

 

「すまない――いえ、申し訳ありません、総帥閣下!」

 

 声を張り上げ、深く頭を下げる。

 

 それに倣い、部下たちも次々と頭を下げていく。

 すでに地面に転がっていた者は、そのまま額を床につけた。

 

「率直に、申し上げます!」

 

 ゆっくりと顔を上げ、視線を総帥と思わしき男一点に固定する。

 

 しかし横合いから、鞭で打つような叱責が飛ぶ。

 

「まずは、自らが何者かを名乗れ!」

 

 クルルの声だった。

 

「はっ!」

 

 ライナスは反射的に返事をする。

 

「治安騎士隊小隊長、ライナス・アッシュフォードでございます!」

 

 背筋を伸ばし、真正面から若い男を見据える。

 

「この度は――」

 

 そうして、口上を述べようとした――その時。

 

 総帥である男が、静かに立ち上がった。

 そして、手のひらをこちらに向ける。止めるための穏やかな仕草。

 

「……ごめんなさい、ちょっと待ってもらってもいいですか」

「は!? ――はっ、問題ありません!」

 

 ライナスは目を見開きつつも、即座にそう返していた。

 

「みんな、少しだけいい?」

 

 男はそう言って、立ったまま周囲の少女たちを見回す。

 

 穏やかな表情。

 だがその奥には、曖昧にしてはいけない一線を示す、わずかな厳しさが宿っていた。

 

 彼は、はっきりと自覚していた。

 

 ――この子たちの責任は、自分にある。

 

 ならば。

 彼女たちの態度が行き過ぎているのなら、正すべきなのも自分しかいない。

 

 突如、忽然と現れた自分達の様子を確認しに来ただけの人ならば、尚更だ。

 

 今の自分の置かれた状況、ゲームの現実化、突然の来訪――混乱。

 男の頭はパンクしそうであった。

 しかしこんな時でさえ、日本に生まれたという刷り込みに似た矜持が、彼に礼節を重んじさせた。

 

「クルル達に限った話じゃないけどさ」

 

 静かな声。

 

「ちゃんとした人に、あんまり態度が悪いのは、ダメだよ」

 

 ぽかん、と。

 周囲の美貌が、一斉に呆けた表情を浮かべる。

 

 怒鳴られたわけでもない。

 命令されたわけでもない。

 ただ当たり前のことを、当たり前の口調で言われただけだ。

 

 男は静かに、諭すように続けた。

 

「……今のところ、さ。めちゃくちゃ失礼なことを言われた訳でもないんだから」

 

 一息。

 

「ちゃんとした態度で、話聞いてあげようよ」

 

 ――雷に打たれたかのように。

 

 少女たちは一瞬、完全に硬直した。

 

 それは反省というより――初めて叱られた犬が、何が起きたのか分からず呆然としている。

 そんな表情だった。

 

「も、申し訳ありません……」

「……す、すまぬ、つがいよ」

 

 先ほどまで高圧的だった二人も、しょぼんとした態度を隠さず頭を下げる。

 

 ただしその謝罪は男にだけ向けられ、()()()()()()()()()()()()

 

 しかし男は気づかないまま。

 『ちゃんと伝わったかな』と、少しだけ安心したような優しげな微笑みを浮かべた。

 

 ……皆が頭を下げ目を伏せる中、クーは今のやり取りを噛み締めていた。

 

 騎士の前で味方を諫め、笑みで許す――場を制す鮮やかな一手。

 我が主の慧眼に密かに舌を巻いた。




毎日現場と上司に板挟まれてるから、おじさん板挟みの解像度だけは高い自信あるよ。
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