愛するNPCが現実化したら勝手にギスギスし始めた挙句バカ重い責任が生えてきた話   作:フォン・デ・ペギラパギラ

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お待たせしました!
……と言うのは少しおこがましいですかね。


二章
26話:疲れた……


 快晴。

 

 空気そのものが磨かれたみたいに、遠くの山の稜線までくっきりと浮かび上がる。

 

 景色がまるでガラス細工のようだ、と要は詩的に思った。

 光を受け、葉の一枚、石の一粒にまで輪郭が宿っているように見えたからだ。

 

 木漏れ日が線になって降り注ぐ。

 その、あまりにも清冽な朝の中で――要は、息絶え絶えに歩いていた。

 

 隣にはクー。

 心配そうに眉を下げ、要の腕に手を沿わせた。

 ぴとりとくっつくように歩調を合わせている。

 

 日光が金のボブヘアを乱反射させ、歩みのたびに揺れる。

 しゃんしゃんと涼しげな音が聞こえるような気さえした。

 

「ご主人さま……、あまり無理は……」

「……大丈、夫。いけるいける」

 

 そう言って口の端を持ち上げてみせるが、奥歯を噛み締めるその表情は硬い。

 額から汗がダラダラと流れる。

 首筋を伝い、背中へと消えていく。

 

 風は涼やか。

 それでも、長年のデスクワークで弱った要の体には、焼け石に水だった。

 

 少し先を行くクルルが、ちらりと振り返る。

 歩調を落として要を待ちながら、その赫い瞳が素早く周囲を走査している。

 

 漆黒のボブヘアとドレスが木漏れ日を吸い込み、眩しい光の中に、ぽかりと穴が開いたような影となっている。

 

「主、水分を……」

 

 そう言ってひらりと舞うように要の近くへ歩み寄ると、エイシム携行用の水筒を取り出し、差し出してくる。

 

「大丈夫……、もうすぐ……でしょ?」

 

 要が斜面を一歩一歩踏みしめながら、息を吐くタイミングと同時に洩らした。

 

 クルルは答えの代わりに、周囲へ視線を飛ばす。

 

 山道。

 獣道と呼ぶにも曖昧な、その細い踏み跡。

 最近誰かに踏み固められた形跡。

 

 木々の根が地表をうねりながら這い、隙間から覗く土は黒く柔らかく深みがある。

 光が葉と葉の隙間を斜めにすり抜け、まばらな紋様を地面に落とす。

 

 その急斜面を、要を中心に黒と白の制服の少女たちが取り囲むように動いている。

 

 道の先。

 木の上。

 鬱蒼とした草の陰。

 

 あらゆる角度から要の安全を確保しながら、声もなく、息もなく、ただ静かに同行していた。

 

 ――クルルが前方へ手を振った。何らかのサインだ。

 

 視界の先、小さな影。

 常に要を確認しながら先行する職員が、同じように指を使って応じた。

 

 クルルはいつもの眉を顰めた表情のまま、一度だけ頷く。

 

「……そうですね、もう二百メートルほどのようです」

「そっか……。はあ、気が抜けそうだ」

 

 乾いた笑いが口から零れた。

 

 クーは、目尻をへにょんと落とす。

 金色の大きな犬耳が、ぺたんと前に折れた。

 

「ご主人さま、クーの背にお乗りください。すぐ駆けあがりましょう」

 

 要はかぶりを振った。

 

「……一度は自分の足で歩きたくてね。それに、ちょっと恥ずかしいし」

 

 そういってはにかむ。

 クーはそれ以上何も言えず、ただ支える手にそっと力を込めた。

 

 

 ***

 

 

 やがて、木々の隙間から開けた土地が見えてきた。

 

 森の奥に、誰かが丁寧に隠した秘密のように、その空間は存在していた。

 

 踏み固められた土が不自然なほど平らだった。

 斜面を削り、土を叩き、均してならされた地面。

 

 要は、ぐるりと見回した。

 

 小屋が四棟。

 棟と棟のあいだには、削った丸太を渡しただけの通路。

 

 適当に直接地面に放り出されている作業台。

 急造の工具が立てかけられ、遠目にも重そうな部品が幾枚も野ざらしになっている。

 

 作業所というよりは、ほとんど野営地や基地に近い雑然さだった。

 

 さらに遠くに、とりわけ大きい装置が見える。

 それが三台、一定の間隔を空けて並んでいる。

 

 バリスタだ。

 薄っすらとした空気の膜の向こう、ここからまだ遠くに聳えているのに圧倒的な存在感を放っている。

 

 小屋の奥で。

 

 小さく、褐色、銀髪のツインテールを陽光に流す少女――グラが、丸太を一本ずつ片手で引きずっているのが見えた。

 その後ろに深い溝が一筋、まっすぐに刻まれていた。

 丸太の重さを物語るように土が悲鳴を上げているかのようだ。

 

 しかしグラ本人は重さなど感じていない様子。

 鼻歌でも歌いそうな顔で引いていた。

 さながら重機を操る操縦者、そういう光景だった。

 

 はっ、とこちらに気づいたグラ。

 次の瞬間、ぱあっと笑みが弾けた。スカジャンの萌え袖がばさりと裏返るほど大きく手を振ってくる。

 

 ――そして、丸太を盛大にドカンと落とした。

 転がっていく丸太を慌てて追いかけ、小屋の影に消えていった。

 

「ここか……」

 

 要は周囲を見回す。

 

 開けた空間に踏み込んだ瞬間、気づいた職員たちが一斉に沸き立った。

 わあ、と黄色い声が上がる。

 

 それまで精密機械のように一定だった所作が、急に解ける。

 視線だけで嬉しさを交わし合う子。

 まるで反射のように敬礼で固まる子。

 

「作業続けてていいから」

 

 要が近くにいた職員に話しかける。

 

 そうはいっても、まるでスターにでも出会ったかのように。

 

 赤く染まった頬を。

 驚きに開いた口を。

 手のひらでそっと隠したまま、動けずにいた。

 

 要は思わず苦笑した。

 

「ご主人さま、お疲れさまでした」

 

 クーが、さっと手拭いを取り出して要の額を、首を、やさしく撫でていく。

 纏わりつく汗が拭われるたび、要の体から力が少し抜けた。

 

 クルルが短く護衛の職員へ指示を出している。

 疲労のぼんやりとした意識でその様子を見ながら、クーにされるがままに労わられていた。

 

「さて……主、こちらです」

 

 クルルが振り返る。

 要は一息、深く呼吸すると答えた。

 

「うん」

 

 ゆらりと揺れるクルルの尾を追って、歩き出す。

 

 物珍しそうに見回していた要の目が、ふと、ある一点で止まった。

 

 きゃあきゃあと色めく職員の群れの隙間に、一人だけ――わずかに肩を落として歩いている者がいた。

 

 大きな二対の純白の翼を持つ少女――セラフィエル。

 

 台車を、セラが一人で引きずっていた。

 

 大きさごとに選別された石材ブロックが積み上がっている。

 台車の重量を物語るように、車輪がずぶりと土に埋まりながら、輪郭のはっきりした轍を刻んでいた。

 

 普通の人間なら数人がかりの重さだろう。

 しかしセラは地面を眺めながらぼんやりと引いていた。

 

 近くの職員がセラの肩を叩いた。

 

 その視線を追うようにセラが顔を上げ――要と目が合った。

 

 瞬間、その顔が花開く。

 

 衝動的に駆け寄ろうと、純白の羽が大きく跳ねた。

 

 しかし、ちらりと自分の手を見て笑顔が少し曇った。

 職務を思い出したように一歩踏み出した足が止まる。視線が台車の持ち手に落ちた。

 

 また要へ。

 また持ち手へ。

 

 口をきゅっと引き結んで、セラは持ち手を握り直した。

 そして、荷を慌てて運ぼうと盛大によろけながら、急いで駆けていった。

 

 その姿を見送りながら。

 要が側近たちに連れられて歩いていると――元気な、しかし少し甘く蕩けた声がかかる。

 

「兄貴!」

 

 木と石でできた巨大な装置の整備台。

 その上に赤い髪の少女が座って脚をぶらぶらさせながら、こちらに手を振っていた。

 

「ちょっと待ってて!」

 

 からりと笑ってそう言うと、羊皮紙に急いで何かを書き殴り始める。

 インクが飛んでも気にしない。

 筆が止まらない。

 

 そして、整備台の下で固まっている職員に向かって、その紙をひらりと投げかけた。

 

「……射出補正に誤差が出てる。夜間運用の想定が甘い。修正しろ」

 

 要へ向けた声色とは全く別の、静かで、一方的な、冷たい声だった。

 

 ひらりと舞う羊皮紙は計算メモだろうか。

 何らかの計算式と、その隙間に何度も書き直した図のようなものがびっしり描かれているのが見える。

 

 要が呆けたように見ていると、赤い少女はすとんと地面に降り立った。

 

「――ラズ、ごめん。忙しそうだね」

 

 その要の声に、赤い少女――イラズ=アハヴェルはぷくっと頬を膨らませた。

 

 百四十センチほどの小さな身体。

 現代で言うところの小学四、五年生くらいだろうか。

 

 深い紅色のウルフカットで、後頭部がツンツンと跳ねている。

 その髪の合間から小さめの角が二本、ちょこんと生えていた。

 

 服装も黒と赤いチェックを基調としたパンクファッションで、いくつものベルトの飾りが至るところからぶら下がっている。

 ショートパンツともミニスカートとも付かないパンクなボトムスの下には、ほっそりと白い足。

 そして、黒く鈍器のようなロングブーツが、地面をしっかりと踏みしめていた。

 

 ラズは整備台に立てかけていた杖を足でけり上げる。

 

 彼女の身長より長く、荘厳で重厚な杖が宙を舞う。

 くるりと一回転し、先端の赤い宝石の燐光が空中に輝線を残した。

 

 ぱし、と掴む。

 そして、まるで鉄パイプのようにがつりと肩に担いだ。

 

「遅かったじゃん、ずっと待ってたのに! ていうか使えない奴多すぎなんだけど! 聞いてよ! アイツどんだけ同じことで修正したか……。てか、ココ虫も多いし! 資材で粉っぽいし鼻がムズムズするしよ! それに――」

 

 要に駆け寄りながら早口でまくし立てる。

 ぷんぷんと可愛らしく頬を膨らませながら、ぴとりと密着するほど近くで見上げてきた。

 

 聞いて聞いて、とでも言うようにかかとで跳ねる。

 スカイブルーの瞳が、真下から突き上げてくる。

 

「あはは……ごめんね、遅くなって」

「あれ、兄貴……! 汗だくじゃん!? 大丈夫!?」

 

 そう言って、ギリッ、とクーを下から睨め付ける。

 その三白眼が鋭く尖り、眉間が縦に割れる。

 『俺の兄貴になにさせた?』と言わんばかりだった。

 

 クーが口を開く前に、要は焦って割り込んだ。

 

「いや! 俺が歩いて登頂したいって言ったんだ……資材の集積所、バリスタ運用所に向かう皆の苦労を知っておきたかったから」

 

 そう言って要はクーに視線を向ける。

 クーはいまだに心配そうな顔で寄り添っていた。

 

 ラズはこてん、と首を傾ける。

 キョロキョロと考えるように目だけ右に左に動かす。

 その頭上には疑問符がいくつも浮かんでいるようだった。

 

「ふーん……? まあ、いっか……」

 

 そう言ってラズは小さな体を密着させ、要の腕を抱いた。

 

「あ、ちょ……」

「じゃあ視察の案内するぜ!」

 

 ニコニコと楽しそうに、そのまま引っ張ろうとする。

 

 要は焦って告げた。

 

「汗、びちょびちょだけど、臭くない……!?」

「ん? 気になんねえよ!」

 

 ラズはからりと笑った。

 柑橘系のような爽やかな香りが、汗の匂いより先に鼻をついた。

 

 腕を組んだクルルが刺すように言葉を投げる。

 

「……ラズ、閣下に対して無礼だぞ」

 

 ラズは、下からしゃくりあげるようにクルルを睨んだ。

 しかし何も言い返さず視線を外すと、真っ直ぐに要を見上げる。

 

 きょとんとしたスカイブルーの瞳。

 要の腕に押し付けられた、むっと膨れた頬。

 柑橘系のような爽やかな香り。

 

「兄貴、ダメ……?」

 

 その可愛らしさのギャップに、思わず要は揺れた。

 

「いや、いいよ。俺は全然……」

 

 苦笑しながら頭を掻く。

 

 ラズは大義名分を得たように、再びクルルをギンと睨み返した。

 視線が交差し、空中で音もなく火花が散った。

 

「兄貴はいいってよ……」

「……チッ」

 

 クーもまた、心配顔のまま要に告げる。

 

「ご主人さま……、前々から思慮しておりましたが、このような配下にはもう少しはっきり申された方が……」

「うっせえ! どけ、犬っころ! ――行こうぜ兄貴」

 

 ラズは、要の近くに居座るクーに土を蹴り飛ばした。

 要にだけかからないよう配慮したそれを、クーは一歩引いて躱し、静かに睨み付けた。

 

 板挟みにあった要は、苦笑するしかなかった。

 暑さとは別の汗が、ひと筋流れる。

 

 散歩される犬のように、ラズに引かれて歩き出す。

 

 後ろで、クーとクルルが無言のまま視線を交わした。

 




いろいろ難産……。

これから毎日投稿と洒落込みたいですが、最近仕事が立て込みつつありまして。
毎度最終チェックしてから投稿するのですが、その時間が無くて予告なく投稿日が飛ぶ可能性があることをご承知おきくださいませ。
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