愛するNPCが現実化したら勝手にギスギスし始めた挙句バカ重い責任が生えてきた話 作:フォン・デ・ペギラパギラ
感謝です。
ラズに引っ張られるように施設内を見て回った。
いや、施設、と呼ぶには少し素朴すぎる。
平らに踏み固めた土の上に、いくつかの建物と資材置き場がぎゅっと肩を寄せ合うように並んでいるだけだ。
職員たちは少しだけ浮かれた様子で、しかし手だけはテキパキと動かし続けていた。
要が視線を向けると一瞬だけ顔が綻び、すぐに仕事に戻っていく。
やがてラズが、少し高台になった場所へ要を連れ立った。
そこから見下ろすと、施設の全体が一望できた。
「昼は物資の仕込み、夜が射出なんだ」
ラズが指を突き出して、正面のそれを指し示した。
――巨大なバリスタ装置が、三台。
狭い集積所の中に、まるで我が物顔で腰を落ち着けている。
一台一台が人の背丈をゆうに超え、引き絞られた弦の張力が空気ごと圧縮しているような緊張感を漂わせていた。
「バリスタって結構デカい音するし光るし、飛んでるところ見えるし……昼間にやったらダメじゃん? だから運用できる時間帯が夜中の決まった枠しかない」
今度は傍の資材置き場に目をやる。
切り出されたばかりの木材、大きさも色もばらばらな石材が積み上がっていた。
「――あと、石材と木材の質がマッ……ジでバラバラ。毎回強度と射程の計算し直してる。ムカつく」
ラズが口をへの字に曲げながら言う。
怒りを噛み砕くような間があって、それからさらりと付け足した。
「……あとまあ、交代でやってっけど、全員ほぼ徹夜続きではあるね」
要が軽く息を呑んだ。
ラズの説明が進むたびに、彼の表情が段々と変わっていく。
眉が寄り、目の奥が翳った。
「徹夜……」
頭の中で、かつての記憶がぐるぐると動き始める。
深夜残業……。
三六協定……。
特別手当……。
使い潰されて当然という顔をした、あの現場責任者の顔。
しかも、今回は違う。
――
「……大変な作業が行われてる」
言葉は独り言のようで、ほとんど吐息に近かった。
彼女たちの体力が高いことは知っている。
きっと魔物の群れを笑いながら蹴散らすことができるに違いない。
普通の人間の基準は通用しない。……それはわかっている。
――でも、だからといって慮らなくていい道理はどこにもない。
そう要は思った。
ラズが反応して、きょとんと要を見上げた。
スカイブルーの瞳が、純粋な疑問符を浮かべている。
「……? 兄貴の言った通りに動く。当たり前だろ?」
責めるわけでもなく、省みる素振りもない。
職務の煩雑さには遠慮なく腹を立てるくせに、要の判断にだけは一切口を挟まない。
彼女の中では完全に別の話なのだ、と要は理解した。
……その迷いのなさが、むしろ胸に刺さった。
(俺自身が省みなければ……無理を、強いることになる)
言葉にならない重さが、じわりと両肩に乗ってくる。
ラズはそんな要の沈黙には頓着せず、きゅっと腕に引っ付いてくる。
さっきよりも少し体重を預けた感触があった。柑橘系の爽やかな香りが、ふわりと紅い髪から漂う。
「じゃ、最後はバリスタを近くで見せるぜ! ……おい、準備を」
要への声とはまるで別の、平坦で冷たい声を脇に。
ぽつりと傍に控えていた職員へ向けたそれに、少女はびしりと敬礼して、先を駆けていった。
ラズが再び要を見上げる。
一瞬走った冷たい表情は消え失せ、ただ純粋に、早く見せたくて仕方がないという期待一色だった。
引っ張られながら、要はもう一度だけ施設を振り返った。
徹夜で動き続ける職員たちの背中が、木漏れ日の中に点々と散らばっている。
***
近くで見ると、迫力がまるで違った。
台座は切り出した花崗岩を積み上げたもので、その表面を魔術刻印が隙間なく走っている。
本体は、太い丸太を削り出した腕木が左右に力強く張り出している。
中央には、繊維を幾重にも編んで魔術で強化されたらしき弦が張られており、引き絞られた状態でなくともその張力が空気をわずかに歪ませているような気がした。
射出レールは石材と僅かな金具の組み合わせ。
溝に沿って物資コンテナを滑らせる構造のようだ。
全高は三メートルを優に超え、仰角調整のハンドルが側面に無骨に張り出している。
職人が作った実用品、という言葉がぴったりだった。
美しくはない。しかし一切の無駄がない。
「すごいな……」
要はバリスタを見上げ、ぽつりとつぶやいた。
ゲームでも良く見たイラストが、目の前にどしんと根を張っている。
重力を持って、匂いを持って、存在している。
その実在感が、なんとも言えない感慨を胸の奥に湧かせた。
思わず一歩、また一歩と歩み寄る。
「これ、マルタが……?」
言った瞬間、彼女のシルエットが脳裏を走った。
己の総帥室も手掛けた匠。
あの底抜けに明るい笑顔と、『作ったっすー!』という元気のいい声が、今にも聞こえてきそうだった。
ラズが胸を張って頷く。
「おう! コイツの基本は単純だ。仰角と方位を設定して、弦を引いて、物資コンテナをセットして――この魔術刻印が、射出の瞬間だけ反発力を増幅する」
びしり、と指で刻印の一点を示す。
「だから火薬も要らないし、魔力消費も最小限で済む。……問題は弦の張力が毎回微妙に変わっちまうんだよな。気温と湿度と、材質のばらつきで射程が変わる。だから毎回計算し直す必要がある」
顎をさすりながら、ラズはバリスタを見上げた。
その目は設計者の目をしていた。
愛着と苛立ちが、均等に混ざったような眼差し。
「この計算は、今んとこオレと、あのドロッセルしかできねえ」
一応、他のメンツにやらせてみてはいるんだけどなあ……、とラズはぼやいた。
苦労の重さがにじんでいる。
そういえば、と要は問う。
「ドロッセル、いるの?」
「ああ、あいつは休憩シフトでエイシム本拠地に帰ってるぜ。……兄貴に会えずじまいだ、残念だね!」
けらけらと笑いながら、ラズが腕にぎゅっと引っ付いてくる。
小さな肩の動きが腕越しに伝わって、むず痒い。
要は、はあ、と短く息を吐いた。
バリスタを見上げたまま、気づかれないよう肩を落とす。
ドロッセルに会えなかったから、ではない。
――己の思い付きを実現するために、多大な努力が払われている。
それを目の当たりにしたからだ。
脳裏に、先ほど見せてもらったコンテナの構造が蘇っていた。
消音のための構造。
長距離射出に耐える補強。
衝撃を逃がすための、目立たない工夫の数々。
誰かが何度も失敗して、考えて、直して。
ようやく辿り着いた成果。
「……知らなかった」
声に出るつもりはなかった。しかし言葉は勝手に洩れた。
無数の、多大な努力。
それを己は、命じた側として当然のように、知らないまま享受していた。
自分への失望に似た感情が、胸の底でじわりと滲む。
しかし同時に、もっと静かな何かが、その失望の下からゆっくりと湧き上がってきた。
――見に来て、良かった。
足を運んで、汗をかいて、目で見て、空気を吸った。
だからこそ今、この重さが自分のものになっている。
要はもう一度、バリスタを仰ぎ見た。
武骨で、無駄がなく、誰かの苦労が染み込んだ巨体。
それは当然――ゲームの画面の中にあった頃よりも、ずっと大きく見えた。
――すると、背後から声がかかった。
「あなた!」
要は振り向く。
ぱたぱたと、小走りで駆け寄ってくるのはセラだった。
クリームベージュ色の長髪が弾む。
薄桃色の瞳が要を真っ直ぐに捉えている。
白いドレスは一見すると清楚そのものだが、よく見ると胸元が大きく開かれている。
そして、大きな純白の翼。
大胆に開かれた背中から、陽光を受けてふわりと輝いていた。
ラズの抱く側とは反対の腕に飛びつこうとして――。
ぴたり、と止まる。
セラは自分の袖をくんくんと嗅いだ。
次いで、資材の汚れが残る自分の手のひらをまじまじと見つめた。
「え、えへへ……」
曖昧に微笑むと、後ろ手に組んでそっと後ずさる。
いつもの押しの強さがどこかへ消えていた。
要は首を傾げた。
「セラ、どうしたの?」
彼女らしくない、とそう思ったからだ。
要に会えば真っ先に飛びついてくる彼女が、一歩引いている。
セラは小さくかぶりを振った。羽がぱたぱたと揺れる。
「ううん、大丈夫……」
そう言って逸らした視線の先に、バリスタを捉えた。
「あ! これ、私も知ってるよ!」
「そうなんだ、……どうやって動かすんだろう」
要は軽い気持ちで問いかけた。ただの日常会話の延長だ。
それだけだったのに。
セラは張り切って「むん」と小さな拳を握った。薄桃色の瞳がきらりと光る。
「私に任せて……!」
そう告げるや否やバリスタへと走り寄る。
ぽかん、と要が見送る中、腕を抱いているラズの体がぴくりと揺れた。
セラは不意に、弦を両手でがっしりと掴む。
なにやら得意げな表情。
ぺろり、と口の端を舐めている。まるで格闘技の試合前みたいな顔だ。
(あれ? 横のハンドルは?)
一瞬、要の頭にその思考が過ぎった。
セラの行動に呆けていたラズの目つきが、みるみる変わった。
視線がセラの手元に吸い込まれ、眉間に縦皺が走る。
「バッ、そっちじゃ――」
その声も聞こえていないのか、セラが一気に引いた。
――ごぉん。
腹の底に響く鈍い音。
空気ごと揺れる。衝撃の波が、要の胸を軽く叩く。
咄嗟に、クーとクルルとラズの三人が要を覆い尽くすように動いた。彼の体を覆い尽くすようにぺたぺたっと引っ付く。
ひゅう、と空気を裂く音。
台座の固定具が吹き飛んだかと思うと、弧を描いてバラバラと木の上まで飛んでいく。
その軌跡を、覆い被さる護衛たちの隙間から、要は呆けた表情で見送った。
ぷらんと力なく弦が垂れたバリスタ。
先ほどまでの重厚な威圧感はどこへやら――さながら日陰で舌を出しだらけきったライオンのような、やる気の抜けた姿に早変わりしていた。
しんと、現場が静まり返る。
職員たちが口を開けたまま事態を見送っている。
誰も、何も言えなかった。
鳥の声だけが間抜けにのどかに響いていた。
――その沈黙を切り裂いたのは、一番身体の小さい少女だった。
「――テメェェェェ!!」
ラズがズカズカとセラに歩み寄りながら、口から炎を吐くかの如く叫んだ。
肩がワナワナと怒りで震えている。
「このクソ馬鹿力女!! 何回やれば気が済むんだァ!!」
セラは、あわあわと口を動かしながら青褪めていた。
両手で口を覆い、大きな羽が困惑したようにばたばたと揺れる。
「あ……あ……」
「あ、じゃねェ――――ッ!! 固定具が!! 固定具がまた吹っ飛んだだろうがァ――!! いい加減にしやがれッ、この筋肉ダルマがァ――!!」
セラはその場にペタンと座り込んだ。
顔をくしゃくしゃにして、肩がみるみる落ちていく。
そして、ぴゃあ、と小さな雛が鳴くように叫んだ。
「ごめんなさぁ――い……!」
「ごめんで済むかァ――ッ!!」
要が唖然とその光景を眺めていると、ちょい、と袖に感触があった。
クルルだった。
漆のような前髪の奥から、死んだような赫い瞳が要を見上げている。
表情は動いていない。目だけが、深く疲弊していた。
「……全行程、終了です。帰りましょう、主」
「え……でも」
更に、つい、と逆の腕が引かれる。
クーもまた、クルルと瓜二つの顔で、瓜二つの無表情を貼り付けていた。
その金色の犬耳だけが、心なしか、しなりと横に垂れている。
「さっ……こちらへ」
両脇を側近に固められ、歩かされる。
要はしきりに振り返る。
遠ざかる視界の中で、ラズの怒声とセラの泣き声が重なり合いながら続いている。
周囲の職員たちが固定具を拾い集め始めていた。
……どうも手慣れた動きだ。
どうやら、これが初めてではないらしい。
要はそっと、胸の中で合掌した。
***
来た道を戻る。
護衛の職員たちが列を成しながら、端然と、淑やかに動いていた。
クルルが鋭く指示を飛ばし、職員同士がまるで軍隊のように短い言葉と身振りだけで段取りを伝え合う。
足音すらどこか揃っていた。
要は歩みを緩め、作業場を振り返った。
開けた広場。
巨大なバリスタと、整然とまとめられた資材。
木漏れ日が斜めに差し込んで、働く職員たちの影を長く伸ばしている。
顔や服に泥が飛んでいる子がいる。
腕まくりをしたまま荷を運んでいる子がいる。
声を掛け合いながら、しかし手を止めない子たちがいる。
要がもっと早く動いていたなら。
総帥として的確に指示を下し、外部との交渉を滞りなく進めていたなら。
――きっと、しなくて良かった仕事。
それを彼女たちは今も、必死に回している。
要の、命令に従って。
遠くで、ラズの怒号がまだ続いていた。
セラが泣き顔のまま地べたに正座して、ぺこぺこと頭を下げている。
職員たちはその二人を横目に、慣れた手つきで片づけをしている。
誰かが『またか』という顔でげんなりしていて、別の誰かが肩を震わせて小さく笑みを湛えていた。
その時――セラがちらりと要の方を向いた。
泣き顔のまま、目が合う。
ぱっ、と笑顔になった。まるで、それまでの涙が嘘だったかのように。
次の瞬間、ラズに頭を掴まれて引き戻されていた。
要は思わず笑ってしまった。
笑いながら、前を向いた。
そして――胸の奥に、じわりと何かが固まっていく。
笑みがゆっくりと真顔に戻る。
「……ずっと、これをやってたのか」
独り言のような呟きだった。
要自身、声に出すつもりはなかった。
横をぴたりと歩くクーが、蒼い瞳をそっと向けた。
金色の尻尾が、歩みに合わせて緩やかに揺れている。
「そうですね。ご命令があってから、ずっと」
責める色は一欠片もなかった。
ただ事実として、日常会話として繋いだだけの言葉。
それがかえって、要の胸に真っ直ぐ届いた。
要は身を正した。背筋が自然と伸びる。
「商業地区との交渉の件……、急ごうか」
クーの犬耳がぴくりと跳ねた。
金の瞳が、要の横顔をわずかな間だけ見つめる。
それからいつもの人懐っこい声に戻って、静かに応じた。
「そうですね、午後の会議で早速……」
「そうしよう」
要は前を向いた。
斜面の先、木々の隙間から空が見えた。
快晴のまま、何も変わっていない眩しくて澄んだ青。
その鮮烈な青を映した要の目には、今まで持っていなかった何かが宿る。
金色の犬耳がもう一度、ぴくりと揺れた。
クーは何も言わなかった。
ただ、要のすぐ隣を寄り添うように、半歩だけ詰めて歩いた。
Nola使ってますが、うーん……。
執筆ソフトとかでお勧めあったら教えてください。