愛するNPCが現実化したら勝手にギスギスし始めた挙句バカ重い責任が生えてきた話   作:フォン・デ・ペギラパギラ

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29話:ペロペロ、……うーん上手い!

 人の波がある。

 

 声がある。匂いがある。

 

 荷馬車が通る。

 子供が走る。

 露店の呼び込みが重なる。

 

 視界に入る情報が多すぎて、ただ要は突っ立った。

 

 その隣にはツァン。

 外套を着て、深くフードを被っている。

 

 着飾るためではない外套。

 それでも、彼女が身に纏えば、なぜかどんな布も様になっていた。

 

 枝分かれする木の幹のような形の、翡翠の龍の角が、フードの切れ込みから窮屈そうに突き出している。

 

「……宝主、道の端に寄るのじゃ」

 

 要の腕を優しく引く。

 

 次の瞬間、荷馬車が要のすぐ脇をすり抜けた。

 風圧が、ほんの少しだけ外套の裾を揺らす。

 

「おっ、と……ごめん。……それにしても」

 

 言葉が、そこで途切れた。

 ただ目が、忙しく色々なものを追いかけている。

 

 ――ここは商業地区。大通りの入口。

 

 石畳の敷かれた大通りは、想像よりずっと狭かった。

 

 しかしその狭い道に、屋台が所狭しと並んでいる。

 大人が五、六人横に並べばもう精一杯という道幅の中に、世界が詰め込まれていた。

 

 両脇を固める建物は木造やレンガ造りで、二階建て、三階建てと高さがばらばら。

 二階部分の軒が張り出して通りに覆いかぶさり、空は細く切り取られていた――風が抜けるたび、頭上の洗濯布がはためく。

 

 どこかオリエンタルな雰囲気の中、匂いが層になっている。

 

 焼いた肉の脂。

 花か香辛料か判断がつかない、甘い香り。

 雨上がりの石と泥が混ざった土の匂い。

 

 それが風に押されて、波のように寄せては引く。

 

 「わー……、賑やか……!」

 

 隣でセラが小さく呟いた。

 手でひさしを作り、要と同じようにきょろきょろと通りを見回している。

 

 要は正面へ視線を戻した。

 人が、途切れない。

 

 老いた行商人が荷を背負って歩く横を、数人の子供が笑いながら駆け抜ける。

 

 露店の前で値段交渉をする声。

 大きな木箱を軽々と仕分ける獣人。

 どこかの二階から怒鳴る声。

 荷馬車の車輪が石畳を叩く音。

 

 それら全部が同時に存在していて、どれひとつ遠慮していない。

 

 雑然としている。

 なのに、全てがこの地の一員として、自然と調和している。

 

 まるで長い年月をかけて、ここに溜まったものみたいだと。

 要は言葉にならないまま静かに息を吐いた。

 

 ――夢中になっていると、要の外套のフードが風でずり落ちた。

 

 セラが「あ」と声を上げて手を伸ばす――その一瞬前に、ツァンがすでに直し終える。

 セラの手が空中で止まる。

 

「……」

 

 ツァンは、無邪気に通りを眺める要の横顔を、静かに見つめていた。

 慈しむような眼差し。

 くすり、と微かに笑みがこぼれる。

 

 セラのことなど最初から気にしていない。

 

 ……セラがぷくっと頬を膨らませた。

 

「よし……」

 

 要が羊皮紙の地図を広げる。

 機械で刷ったかと見紛うほど精緻な絵図。

 

 ツァンがちょこんと横から覗き込む。

 要の肩に、自然としなだれかかるようにして。

 

 くすり、と笑ってから、ちょいと紙の端をつついた。

 

「それ、逆じゃのう」

「え……? あ、こうか?」

 

 要は持ち直すが、今度は横向きのようだ。

 

 ツァンがなおも愛おしそうに笑った。

 要に擦り寄りながら、その肩に頬を委ねるほど顔を近づける。

 

 そこへ。

 セラが反対側から、ぐいと体を押し付けてくる。

 

 その衝撃が要の肩越しに反対側のツァンにも伝わる。

 むす、と不満げな表情を湛えた。

 

「ねえねえ、貸して!」

「ああ、うん。どうぞ」

 

 そういってセラは地図を受け取る。

 

 地図を見て。

 前を見て。

 

「こっちよ!」

 

 きょろきょろとした後、びしりと指で方向を差した。

 眉をきりりと引き締め、得意げな微笑。

 

 そのまま自信満々に歩き出す。

 外套の背中、穴をあけた布からぱたぱたと羽が揺れている。

 

 その背中を、ツァンが静かに見送る。

 はあ、と小さなため息ひとつ。

 

 それからツァンは要の腕を組み、その反対方向へとついと優しく引っ張って歩き出した。

 要は困り果てたようにツァンとセラの背中の間で視線を往復させた。

 

 セラの背中が少し小さくなったあたりで、ようやく気が付いた。

 

「え!? ちょっと……! こっちじゃないの!?」

 

 たたた、と要とツァンを慌てて追いかけた。

 

 

 ***

 

 

 大通りを歩き始める三人。

 

 ツァンもセラも、要の腕を抱いている。

 

 ツァンは優雅に。

 時折、その翡翠の龍尾がするりと要の足元を撫でた。

 無意識の動作なのか、意識した甘えなのか。

 

 セラはどこか大型犬めいた甘え方で。

 ぴょんぴょんと弾むように歩き、その喜色が体中から溢れ出している。

 

(歩きにくいんだけどなあ……)

 

 要は内心でだけ、そっと零した。

 

 とはいえ……。

 彼女たちの甘い匂いが鼻をかすめる。

 腕から伝わる、しっとりした柔らかい感触。

 

 男の(さが)というもので、心が勝手に踊り始めるのも無理はない。

 

 ……しかし直後、ふと背中に冷たいものが走った。

 

 誘われるように視線を横にやると、路地裏の陰に外套を纏った人影が一瞬見えた。

 

 腰に日本刀。

 穴を開けたフードから、金色の犬耳がピンと立っている。

 フードの奥は陰になって、表情は一切読み取れない。

 

 頬が引き攣る。

 

 視線を屋根へ向けると、いくつもの頭が屋根の陰から顔を覗かせていた。

 目だけをこちらに向けて、まばたきもせず、確認している。

 

 過保護にもほどがある護衛体制だった。

 

「しかし、わざわざ宝主直々に視察などせずともよいと思うがのう……」

 

 ツァンが、ほんのわずかに唇を尖らせた。

 至近距離から橙色の切れ長の瞳が、ゆっくりと見上げてくる。

 

 要は護衛から目を逸らし、ツァンへ笑いかけた。

 

「ごめんね。ちゃんと自分の目で見ておきたくて」

 

 申し訳なさそうに眉を下げる。

 

(引きこもってばかりで、頭ごなしの命令ばかりになると……、たぶんズレていく)

 

 異世界で初めて人の上に立った彼の胸の裡。

 曖昧な形だったその責任感が、この頃はくっきりとした輪郭を持ち始めていた。

 

「むう……謝られてしまうと、わらわが悪いことを言ったようではないか」

 

 珍しく。

 ツァンが甘えるように、要の肩にそっと額を擦り付けた。

 

 ぷくっと頬を膨らませながら、しかし龍角を当てないように、わずかに角度を調整している。

 その小さな配慮は、ちゃんとツァンの中にある。

 

 反対側のセラが、ムスっとむくれる。

 

 見てほしい、その一心で。

 ぴょん、とかじりつくように要の腕を抱き直した。

 

「わたしも、あなたとデートできて嬉しい……!」

 

 どしん、と軽い衝撃。

 

 不快ではない。

 むしろ、むにゅん、と柔らかい感触が何度も肩越しに伝わってきて、要はきまりが悪くなった。

 

「でえと、ではないのじゃがな……」

 

 ツァンがぽつりと零した。

 

 はは、と要は乾いた笑いを零す。

 気持ちを切り替えるようにゆっくりと街を見回した。

 

 ふと、新たな発見。

 

 大通りの両脇。建物の軒先に、街灯のようなオブジェが等間隔で並んでいる。

 どこか無機質なデザインが、この雑然とした異界めいた風景から、少しだけ浮いていた。

 よく見ると昼間だというのに薄く光を放っている。

 

「……これ、街灯? 夜は全部点くのかな」

 

 呟くような問いに、ツァンはしっかりと答えた。

 

「うむ。魔術灯じゃの。これのおかげで、大通りは比較的治安がよいらしいのじゃ」

「そうなんだ……」

 

 灯りだけで、と要は少し考え込む。

 

 エイシムは今、夜に灯り一つない。

 配下の大半は夜目が効くので不要とも言えるが、こういった発想は参考になる。

 脳裏の隅に、ひっそりとメモが残った。

 

 思考を巡らせていると――鼻先を掠めるように、嗅いだことのない匂いがすり抜けた。

 思わず足が止まる。

 

 横を見ると、露店の台の上に色とりどりの粉が小山になって並んでいる。

 赤、黄、深緑、くすんだ紫。

 

 気になって、気付けば歩み寄っていた。

 

「もしかしてこれ全部香辛料……?」

「旅の方かい? そうだよ! どれか試すかい?」

 

 三角頭巾のおばさんが、愛嬌よく笑いかけてくる。

 

「え、いいんですか? それじゃあ――」

 

 ――はっし、と。

 

 伸ばした要の腕を、ツァンが掴んだ。

 

 そのままの流れで、ツァンは自分の人差し指と中指を粉へ伸ばす。

 二本の指先に、赤い粉がふわりと乗った。

 

 中指を、ぺろりと舐める。

 

「……ふむ。こりゃ上出来じゃな」

 

 宙を見ながら、舌の上でゆっくりと風味を確かめる。

 橙色の瞳が、どこか恍惚としたように細くなった。

 

 それから、ぴとりと要に寄り添う。

 香辛料がついたままの人差し指を、すいと差し出した。

 

「――はい」

「……え? え?」

 

 言われるがまま、咄嗟に、しかし恐る恐る要はその指先を舌で迎えた。

 

 細く、たおやかな指。

 綺麗な爪を避けて、舌を這わす。

 ひやりと、冷たい感触。

 

 何か甘い感情が脳から背中に走り抜けた。

 

 舌の上にぴりりと旨味が充満する。

 しかし次の瞬間――それを上回る刺激が来た。

 口の中が熱を持ったまま、ぴったり三秒間言葉を返せなかった。

 

「~~~……!!」

「あなた!?」

 

 セラが肩を揺する。

 ツァンはクスクスと笑いを含みながら要の顔を覗き込んだ。

 

「あらあら、色男には厳しかったかい?」

 

 おばさんが冷やかした。

 

「いや……けど、うまいな、これ!」

「だろう? うちのは他のどこよりも高品質さ!」

 

 おばさんが竹を割ったように笑った。

 

 ツァンは、自身の指に残った粉末を、その細長い舌で舐め取る。

 

 ぬらりと。

 

 人差し指に残った要の唾液ごと、静かに舌で拭う。

 橙色の瞳が、とろりと細くなる。

 丁寧に。まるで大切なものを味わうみたいに。

 

 その仕草は自然で、しかし艶やかだった。

 

 思わず要の目が引き寄せられ、どこか息を詰めて見てしまう。

 

 そして、ツァンはそのまま要の耳元へと顔を傾けた。

 するりと首元に潜り込んでくる。

 甘い匂いが鼻をかすめ、ぽそりと吐息がくすぐったく耳に届く。

 

「宝主よ……。次からは、毒見を命じねばならんぞ……」

 

 要はハッとして、ツァンの顔を見た。

 

 眼前に。

 白く彫刻のような端麗な顔が、しかしうら若き乙女のように可愛らしく微笑んでいる。

 薄翡翠色の前髪の隙間から、輝くような宝石が真っ直ぐに要を見つめていた。

 

 その瞳に――しばし囚われる。

 

「――ちょっと……! ねえ、あなた! わたしもいるんだけど!?」

 

 セラがぐいぐいと肩を揺すってくれたおかげで、要は石化が解けるように現世へ戻った。

 

 何食わぬ顔で、ツァンはおばさんへ向き直る。

 

「店主よ、色々包んでくりゃれ」

 

 どことなく冷たい光を返す硬貨を取り出すと、ことりと台の上へ置いた。

 

「あらら……! 気前がいいねえ。そりゃあこんな()()()()を二人も連れるわけだ」

「ほんに、わらわには勿体ない主じゃ」

 

 くすり、と笑み一つ。

 

 セラになおも引っ張られながら、要は呆けたままやり取りを眺めていた。

 

 

 ***

 

 

 露店の熱気を背中に感じながら、なおも石畳を練り歩く。

 路地の入口付近で、またもや要の興味が奪われた。

 

「炎が、青い」

 

 つぶやきは、ほとんど息に混じって出た。

 誰かに告げたというより、口が先に動いた、そういう声だった。

 

 石畳の上に据えられた炉がある。

 大人の胴回りほどの、小ぢんまりとした鉄の塊だ。

 しかしその口から溢れる熱気は本物で、一歩踏み出すたびに頬が張るような熱さが近づいてくる。

 

 炎の色が違った。

 赤でも橙でもない。

 透き通った、冷たい水底を連想させる青。

 

 炉の周囲だけ、空気の色そのものが変わっているように見えた。

 

「なんでしょう……鍛冶……?」

 

 隣でセラが同じように首を伸ばし、ほとんど同じ声音でつぶやく。

 炉に向けて目を細めていた。

 

「魔鉱石を混ぜると青色になるらしいのう」

 

 ツァンがそっと要の耳元に近づき、声を落とす。

 薄翡翠の髪が揺れて、白檀に似た仄かな香りが通り過ぎた。

 

 若い鍛冶師の手が動く。

 

 トング。ハンマー。細い整形棒。

 

 道具が次々と持ち替えられ、その切り替わりに一瞬の迷いもない。

 見物客の喋り声も、荷馬車の車輪の音も、どこか遠い世界の出来事のように彼の耳には届いていないようだった。

 

 赤く熱された金属が、叩かれるたびに形を変える。

 

 花びらのような曲線。

 細い茎。

 ほんの数分のうちに、それが指輪の原型へと整っていく。

 

 ――美しい、と要は素直に思った。

 

 金属が冷えるにつれて、色が沈んでいく。

 赤から橙へ。橙から、暗い灰銀へ。

 熱が抜けた金属はただの金属に戻るのに、形だけが明らかに別の何かになっていた。

 

「ほらよ」

 

 鍛冶師がぶっきらぼうに言って、完成品を台に置く。

 それだけだった。見ろとも、買えとも言わない。

 

 見物客からどっと声が上がる。

 子供が背伸びして覗き込み、隣の女がせがむように連れの腕を掴んで揺らしている。

 

 要とセラも、いつの間にか前のめりになっていた。

 

「あんた、両手に花だね」

 

 声を掛けてきたのは、販売台の後ろに立つ女性だった。

 おかしそうに要を見て、にやりとする。

 

「さぞ甲斐性があるんだろう? 二つ買っていきな」

 

 机の上には、赤、青、緑、白――様々な色の装飾品が並んでいる。

 宝石、ではないのだろう。

 半透明の石や、ガラスがはめ込まれたもの。

 

 それでも、蒼炎の余韻を引きずったような光沢があって、安物とは呼びにくかった。

 

(ベルン組合から巻き上げたお金だけど……)

 

 まあ、ちょっとくらいはいいだろう。

 要は内心で、財布のひもをそっと緩ませた。

 

「ツァン、セラ、どうかな?」

 

 販売員の煽りに苦笑しながら、要は二人に問いかける。

 返ってきたのは、声のトーンが一段上がった反応だった。

 

「わあ、コレ綺麗……。ね? どう?」

 

 セラが目を輝かせて、台の上の一点を指差した。

 ぱっと花がさいたような眩しい表情を要に向けてくる。

 

 さっきまでの真剣な眼差しはどこへやら、少女そのものの顔になっていた。

 

「わらわは宝主に選んで欲しいのう」

 

 ツァンがそう言って、橙色の瞳をゆっくりと要に向ける。

 表情は穏やかだが、半月状に口角をニマリと上げ、期待に満ちている。

 目の奥に、静かな主張が光っていた。

 

 次の瞬間、お互いが主張するように両側から体重が寄ってきた。

 

 花が開くように表情が変わった二人が、右と左から、要にぎゅっとしなだれかかる。

 

 おやおや、と販売員の女が含み笑いを浮かべた。

 

 要は少し困った顔。

 それからゆっくりと、装飾品の並ぶ台に目を向けた。




あまり広い範囲に公開するのが怖かったのでハーメルンだけでしたが、一応他の場所にも投稿してみようと思います……。
こちらで変わらず更新していきますので、ご心配なさらず。
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