愛するNPCが現実化したら勝手にギスギスし始めた挙句バカ重い責任が生えてきた話   作:フォン・デ・ペギラパギラ

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34話:ぐう、心が痛い……

 商業地区との初邂逅と調整が終わった後の日――要はいつもの総帥室で、珍しくゆったりとした時間を過ごしていた。

 

 クーが、へにゃっと柔らかく微笑んでいる。

 資料を片手に、要にぴとりと寄り添ったまま。

 

 特別なことは何もない、穏やかな午後だった。

 

 ベルは机の端に引っかかったまま、よだれを垂らしてそのまま爆睡していた。

 ……先日と姿勢が、一ミリも変わっていない気がする。

 

 ――こんこん、と。

 

 扉がノックされる。

 

「所属と、用件を」

 

 クーが定例的に言った。

 扉一枚隔てて、くぐもった声が返ってくる。

 

「統合基盤総監、フェルマです。報告を」

「どうぞ」

 

 キイ、と小さな軋みを立てて扉が開く。

 

 ――そこには、小さな陰。

 

 漆黒のロングヘア。

 その髪は長すぎて、床に落ちてくるりと巻いていた。

 

 同じく黒いロングコート。

 こちらもまた丈が合わず、布がずるずると床に溜まっている。

 

 垂れ落ちた髪やコートの端から――ほつれるように、黒い粒子が零れていた。

 まるで影そのものが、ゆっくりと霧散しようとしているかのように。

 

「報告します。外部の魔動観測値に、異常値が確認されました。数値は以下の通り――」

 

 フェルマが数字を並べる。

 

 抑揚は、ない。

 感情も、ない。

 ただ情報だけが、一定の速度で流れていく。

 

 クーが書類を置いて、静かに動いた。

 

「ご主人さま、確認してきます。少々お待ちください――すぐ戻りますから」

「うん、行ってらっしゃい」

 

 要に一礼して、クーはフェルマを連れて消えていった。

 

 室内に残るのは、要と――よだれを垂らして爆睡しているベルだけ。

 

 しばらく穏やかな時間が流れた。

 窓の外で、風が木の葉を揺らしている。

 

 が。

 まるで見計らったかのように。

 

 ――扉がノックされる。

 

 返答できるのは、この場に座る要だけだった。

 

「ええと……どうぞ」

 

 クーが席を外した今、入室のやりとりをするものもいない。

 既定のやり取りがあるようだが、要は気にするでもなく少し間抜けにそう言った。

 

 ――かちゃり、と扉が開く。

 

「……」

 

 薄く開いた隙間。

 その扉に掛かった、小さな手。

 

 そして――切れ長の薄紫の瞳が、ぎょろりと光った。

 

 隙間から、ひやりとした空気が流れ込んでくる。

 足元を撫でるような、骨の髄まで届く冷気。

 

 その瞳は部屋の中をゆっくりと舐め回す。

 

 右から左へ。

 隅から隅まで。

 

 まるで現場を確認する暗殺者のように、念入りに、血走った眼差しで。

 

 警護の姿はない。

 クーはいない。

 ベルは机の端で爆睡している。

 

 その事実を一つひとつ確かめるように。

 千載一遇の機を掴むように。

 

「……アティ?」

 

 要は戸惑いながら声をかけた。

 

 アティは扉を、ぎい、と静かに押し開く。

 

 ――ぱたん。

 

 後ろ手に扉を閉めると、その場に立ち止まった。

 部屋の内側を、なおも確かめるように見回す。

 

 アーティフェル=グリムロード。

 

 その威圧感に不釣り合いな、小柄な体躯。

 ダークグレーのツインテールが、左右対称の完璧なロールを巻いて垂れている。

 その脇から、天を衝くように蛇腹状の角が生えていた。

 

 きゅっと細身に絞るようなミニタイトスカートと白いブラウス。

 小柄で痩身な少女の体の線をつぶさに物語る。

 

 黒を基調とした軍帽。

 軍服めいた、しかし煌びやかな外交礼服を肩に羽織る。

 くすみなき銀の装飾と帽章が威嚇のようにギラリと光を返した。

 

 眉間は絞られ、口元は引き結ばれ、仰け反るような鷹揚な姿勢。

 

 ――さながら、悪の首魁。

 

 肌から、瞳から、呼吸のひとつひとつから――おどろおどろしい気配が滲み出ている。

 産毛が逆立つような、ぞわりとした圧。

 空気そのものが歪んでいるかのように。

 

 アティはもう一度、確認するように視線を巡らせた。

 

 その目に、絶妙な機を捉えた光がある。

 今しかない、とでも言いたげな。

 

「アティ? ……どうしたの」

 

 要の静かな声が掛かった。

 

 ――次の瞬間。

 

 アティが、しぼんだ。

 

 その気配ごと、しゅん、と。

 

 毅然と張りつめていた背筋がへたりと崩れ、肩が内側に落ちる。

 己の腕を胸元に抱き込み、内股になって膝を擦り合わせた。

 

 目がうるうると潤んで、口がへの字に。

 

 いつもの“吾輩”の仮面が――その面持ちから、ずるりと剥がれ落ちた。

 

「だ、旦那さまぁ……!」

 

 とてとて、と手を伸ばして駆け寄ってくる。

 今にも転びそうな足取りで。

 

 椅子に座る要の横にするりと滑り込み、膝をついて、その腕にぎゅうっと縋りついた。

 

 ――そして、さめざめと泣いた。

 

 えぐ、えぐ、と嗚咽を零しながら、しきりに涙を落とす。

 ぽろりぽろりと頬を伝う一カラットの雫が、要の袖にじわりと染みを作っていく。

 

「え、ちょ……、どうしたの……!」

「旦那さまぁ……」

 

 外見は、相変わらずだった。

 世界の終わりを告げる悪の御使いのような、おどろおどろしい風貌のまま。

 

 なのに。

 

 眉がこれでもかと落ちている。

 ダークグレーの前髪の隙間から零れる、切れ長の薄紫の瞳は、涙に濡れ、覆われ――夜空のよう。

 いつも青白い頬には、うっすらと薄いピンクが差している。

 

 肩を、ひくりひくりと引き攣らせながら、鼻を啜った。

 

「アティ……アティ、もうできませぇん……!!」

 

 ぴい、と雛が鳴くように吐露した。

 目が><(ばってん)になっている。

 

「幹部の皆さまにご迷惑ばかりで……それに、最近――怪しまれてますぅ……!」

「え!? どうして!?」

 

 縋りつく腕から、細かな震えが伝わってくる。

 アティは喉を引き絞って、続けた。

 

「だってアティ――ただのゴブリンですよぅ!」

 

 蛇腹状の細く美麗な角が、室内の光を受けてつやりと光る。

 

 要は瞬時に脳裏を駆け巡らせた。

 アティの由来と――かつての自分の、あの悪ふざけを。

 

「そんなことないって……! ただのじゃないよ!」

 

 アティは要の腕に額を擦りつけるように、ぶんぶんとかぶりを振った。

 

「アティにできることなんて、ちょっと“むっ”てするといい感じの“圧”が出せるくらいですぅ……」

 

 はらはらと涙が頬を伝っている。

 

「このままじゃ隠し通せません……! ば、ば、バレたら……殺されますッ!」

「殺されないから!」

 

 はあはあと目を血走らせるアティ。

 要がフォローを入れても、まったく落ち着く様子がない。

 

 ――要の心に、どしっと重い責任感がのしかかる。

 

 思わず目をぎゅっと瞑った。

 

 ……ネタキャラを作ろうと思った。

 

 何日も、何年も、妥協は一切せず。

 ただエイシムとその構成員を、巨大に、強力にすることだけを生きがいとしてきた。

 

 しかし限界はいつでも、不意に訪れる。

 ゲーム的にも――そして、自分のモチベーション的にも。

 

 だから遊びを入れようとするのは、無理のないことだった。

 

 ただの一人だけ。

 

 種族を偏らせ。

 見た目を偏らせ。

 スキルを偏らせ。

 

 ハリボテのような構成を、面白半分に組み上げた。

 

 しかしいざ創造してみたら――思いのほか、機能した。

 

 愛着と共に、そして自身の思うままに、()()()()()()()()()幹部へ滑り込ませた。

 

 ――まさかそのツケが、ここで回ってくるとは。

 

 要は内心で深く嘆いた。

 

「うまくやってくれているよ! 大丈夫だから!」

「でもぉ……でもぉ……」

 

 アティはそれを責めない。

 その事実が――責められるより、よほど胃を締め付けた。

 

 ゆっくりと五分ほど。

 

 色々と宥めながらアティの背中を撫でていると、えぐえぐという引き攣りが少しずつ遠ざかっていく。

 やっと、落ち着いてきたようだった。

 

 袖は涙に湿って、じわりと温かい。

 

 ――きゅっと、アティが要を見上げた。

 

 切れ長の潤んだ瞳。

 涙の膜できらりと光るそれが、真っ直ぐに要を捉えてくる。

 

 やがておもむろに膝を立てると――要の首元へ、そっと顔を寄せた。

 

「あ、アティ?」

 

 ダークグレーの艶やかな髪が、要の頬をかすめる。

 そのつむじから、ジャスミンの上品さに似たパウダリーな香りが、ほんのりと漂ってくる。

 “吾輩”モードであれば、よく似合う大人の香り。

 

 こしょこしょと、耳元をくすぐるような声が続いた。

 

「それに、お耳に入れたいことが……」

 

 距離感がおかしい。

 要を抱き込むように、するりと身を寄せてくる。

 

 暖かさとこそばゆさに、要は少し背筋が震えた。

 

「あの人……、ツァンが人を集めて――」

 

 ぽそぽそとアティが続ける。

 

 要の頭の中で、ゆっくりと、その夜の光景が像を結び始めた。

 

 

 ***

 

 

 「……何故集めた」

 

 深夜。

 

 エイシムのとある一角。

 まだ用途が決まっていない建屋の、更に奥まった小部屋。

 

 ドアをくぐったクルルが、真っ先にそう言った。

 

 目を細め、顔を歪めている。

 漆黒の尾がゆらりと揺れていた。

 

 幅広の机を囲む椅子に、三人が座っている。

 

 ミリエル。

 

 魔法少女のようなゴシックロリータ。

 袖口に顔を半ば埋めたまま、そっと虹色の瞳だけをクルルへ向ける。

 銀髪の頭上で、虹色の天使の輪がゆっくりと回っていた。

 

 アティ。

 

 軍服を纏い、目を閉じ、腕を組んで――堂々と気高い様子で座っている。

 クルルが入ってきても微動だにしなかった。

 

 そして、ツァン。

 

 大理石のように真っ白な肌。

 薄翡翠色のナチュラルボブの隙間から、東洋の古龍を思わせる枝分かれした翡翠の角が伸びている。

 大胆すぎるチャイナドレスに身を包み、目の置き所に困る少女。

 

 その口元には、ニマリと作られた微笑みが貼りついていた。

 顎に手をつき、ゆったりとクルルを見ている。

 

「まあ座るのじゃ」

 

 ツァンが椅子を示す。

 壁際に控えた職員の一人が、即座に椅子を引いた。

 

 クルルは腰を落としながらも、『で?』という表情をまったく緩めない。

 

 ツァンはクルルが座ったのを見届けると、この場の全員をゆったりと見回した。

 

「今日の商人たちとの外交指針について、改めて詰めておきたくての」

 

 にこり、と微笑む。

 隙はない。

 

「クルル筆頭は軍務。ミリエル代行は暗部。アティ局長は……まあ外調局局長じゃ。このメンバーで話すのが筋というもの」

 

 クルルは間髪入れず、遮るように言い放った。

 眉間にくっきりと縦皺を刻んだまま。

 

「筋? ……そうは思えん」

 

 ぎらり、と長い犬歯が光る。

 

「暗部というなら――なぜ()()()がおらん」

 

 しん、と。

 鉛のような沈黙が横たわった。

 

 数秒、じっくりと間をおいてから、ツァンが口を開く。

 

「……クー筆頭のことかえ?」

 

 じわりと、更に空気が重くなる。

 

「ここにおる者は、同じ方向を向いておる。……そうじゃろう?」

 

 ニタリ、と。

 何かを含んだ微笑を浮かべた。




名前もバチクソ厳めしくて気に入ってる。
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