愛するNPCが現実化したら勝手にギスギスし始めた挙句バカ重い責任が生えてきた話   作:フォン・デ・ペギラパギラ

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35話:さすがやなこの子

 ツァンが、ゆっくりと見回す。

 

 アティは目を閉じたまま。

 ミリエルは無感情に。

 クルルは、警戒を最大に。

 

 それぞれの顔を、確かめるように。

 

「クルル筆頭。……ベルンの件、おんしが宝主に進言し“名分”という道を整えとったおかげで、幾分か交渉がしやすかったわ」

 

 一拍。

 

「――しかしクー筆頭が指揮を取っていれば、こうはならなかったじゃろうのう……」

「貴様がおべっかを使うとはな?」

 

 クルルは、ふん、と鼻を鳴らした。

 黒く大きな犬耳がぴくりと揺れる。

 

「――何が言いたい」

 

 ナイフを投げるような、鋭い問いかけ。

 

 ツァンは机の上で両手を組み、その上に顎をそっと乗せた。

 目を細めたその表情は――笑みとも、威圧とも取れた。

 

「先ほどの会議を覚えとるかえ」

 

 その言葉に、この場の幹部全員が想起する。

 要と、ツァンとセラが纏めてきた商業地区との会合。

 その直後の評議会について。

 

「物資用バリスタの解体の事か?」

 

 ツァンが何を言いたいか。

 クルルは思い至り、短く静かに問いかけた。

 

 ツァンは小さく頷く。

 

「何もすぐさま解体する必要は無い、そうではないか?」

「閣下の決定だ」

 

 一も二もなく。

 クルルは投げ放つように、断ち切るように告げる。

 

「――それじゃ」

 

 しかし、ツァンの笑みは深まる。

 

「宝主自身がおっしゃった――己は迷うようになった、と。それなのに、クー筆頭が考えていることはこれよ」

 

 一拍。

 

()()()()()()()()を、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。――たったこれだけよ」

 

 投げ捨てるように、言葉尻が鋭くなる。

 

「今はまだ良い……しかしそれだけでは――慈悲深い宝主は、ただの人として終わってしまうぞえ?」

 

 クルルの柳眉がピクリと動く。

 

 その言葉は。

 クルルの懸念に、野望に、的確に刺さった。

 

 ミリエルも、長い袖に口元を隠したまま、睥睨するようにその虹色の目を細める。

 

 アティは――動かない。

 

 ツァンは悠然と、静かに続ける。

 

「確かに、宝主は焦っておられた。……きっと、末端の負担を取り除きたいのじゃろう」

 

 げに優しきお方じゃ、と口の中でぽつりと零した。

 

「――じゃが」

 

 更に淡々と口を開く。

 

「宝主の重荷は筆頭が肩代わりすればよいだけじゃ。だというに、あやつは碌に進言もせず、ただ一つずつ目の前の積み木を上手く組み上げることしか考えておらぬ」

 

 ツァンは僅かに眉を顰め、饒舌に語った。

 

 場が重く沈む。

 

 刹那の静寂。

 

 しかしそれを破り、クルルが口を開いた。鋭い声が飛ぶ。

 

「……だから?」

 

 ツァンが不敵に、口の端をつり上げる。

 楽しげに、しかしどこか獰猛に。

 

 それ以上何も言わなかった。

 しかしその沈黙こそが――ツァンの言いたいことを雄弁に語っていた。

 

 その含みを察したミリエルが、唐突に遮る。

 

「筆頭を。()()()の位置を。……ツァン、(なれ)が成り替わりたい。……そう言っているように聞こえるが?」

 

 投げ放った。

 

 要に向けるような甘い声色も、可愛い仕草も一ミリもない。

 

 言葉で出来た鋭利な矢を、なんのぼかしも遠慮もなく、痛めつけるように突き刺す。

 

 袖で隠した口元。

 ミリエルの表情は読み取れない。

 しかしその虹色の瞳は、ぽっかりと穴が開いたように薄暗い。

 

 ――ツァンはこてんと、首を傾げた。

 

「そうは言っておらん」

 

 しかし彼女もまた、強かな女。

 貼り付けた白い笑みは、まるで仮面のようだった。

 

「わらわでなくともよい……ただ、今のままではよくないと申しておる」

 

 その言葉が波紋のように広がる。

 

 そうして。

 気まずいほどの間、静寂が場を支配した。

 

 無音。

 

 耳が痛いほどの静寂。

 

 その中、観念したかのように――ぽつりと零れる。

 床に溜まるように、声が落ちた。

 

「……()()()が退く。それには全く異存はない」

 

 クルルだった。

 腕を組んで、顔を伏せたまま告げた。

 

 ツァンの笑みが、濃く、深くなる。

 何かを確認できた顔だった。

 

「だが……」

 

 クルルが目をあげた。

 赫い眼を、光らせる。

 

「――陰で嘯く貴様も、我にとっては信用ならん」

 

 ツァンとクルルの視線が交差する。

 赫い炎のような気迫と、翡翠の清流のような笑みがぶつかった。

 

「奴は好かん。肩を持つつもりは微塵も無い。しかし――」

 

 一瞬、言い淀む。

 自分でも認めたくない事実を、噛み締めるように。

 

「アレは……頭の先から爪先まで。徹頭徹尾、主が愛着を抱かれるように創られた存在だ。――それ故、奴には、我らが見えぬものが見えている」

 

 静かに、独白するようにクルルが告げた。

 そして更に一方的に落とす。

 

「とりわけ、下らぬ陰言を、無様な根回しをする貴様には……()()()以上に主の信頼を獲得できるとは思えん」

 

 ――ぎしり、と。

 

 場が明らかに軋んだ。

 

 ツァンの笑みは変わらない。

 しかし何かが歪んでいた。怒りが滲んでいるのがはっきりと分かるほどに。

 翡翠の瞳孔が、じわりと広がる。

 

 ――睨み合う。

 

 しかし。

 

 ツァンはどこか諦めたように、静かに溜飲を下げた。

 ため息をひとつ洩らして、目線を逸らす。

 

 話題を転換するように、黙っているアティに視線を投げかけた。

 

「しかし、アティ局長はいつも変わらぬ態度じゃのう。……おんしは、どう思うのじゃ」

 

 ぴくり、と。

 少しだけ身じろぎするアティ。

 軍帽の帽章が光り、蛇腹の角が揺れた。

 

 ツァンはさらに問いかける。

 

()()()は唯一、おんしをどうも心理的に避けているように感じるが……」

 

 アティは薄目を開ける。

 切れ長の薄紫の瞳が、ゆっくりとツァンへ向けられる。

 

「別に、何も。……吾輩もまた、旦那様の足元を照らすのみ」

 

 言葉数少なく。

 神妙に、また目を瞑る。

 

 性格なのか。

 それとも、わざと何も語らぬのか。

 

 ツァンとクルルが視線を交わす。

 火花は散らない。今度は、不信を共有するように。

 

「率直に聞くぞ」

 

 ツァンが笑みを消した。

 

 そして、アティに鋭く尖った目線を向ける。

 懐疑的に、値踏みをするように。

 

「――宝主がおんしの情報を伏せておるのは、何故じゃ」

 

 アティは目を瞑ったまま、静かに告げる。

 

「……吾輩に語る権限はない」

 

 一蹴。

 それ以上でも以下でもない答え。

 

「……そうかえ」

 

 ツァンの。

 ミリエルの。

 クルルの。

 

 三者の視線が、アティへ静かに突き刺さった。

 

 ――この女はいったい何者なのか。

 

 きっと“ゲーム”の中であれば起こらなかった、しかし当然の疑問。

 出自も分からず、忽然と現れ、しかし総帥の権限によって突然幹部に躍り出た。

 

 能力はある。

 しかしその心の拠り所はどこにあるのか。

 その静けさの源は、何なのか。

 

 ツァンは諦めたように、アティから視線を外した。

 

「……今日は話をしたかっただけじゃ。決め事もない」

 

 少し間を置く。

 

「しかし、一つだけ考えてほしいのじゃ。……宝主が王として立つためには、王道が要る。道を敷く者が要る」

 

 ツァンは面々を見回す。

 

()()()は、目の前を正確に処理することは上手い――しかし、宝主の先を照らすことができるかえ?」

 

 一拍。

 

「……ただ傅くのみが忠誠と思っておる者も多い。しかし果たして、このままでよいか、をな」

 

 その言葉を継いだツァンの表情に、もう笑みはない。

 その眼に嘘もない。

 

 偽りのない、本心がそこに宿っているようだった。

 

 深夜の、小さな部屋で。

 

 水面下で、何かが静かに動き始めていた。

 

 

 ***

 

 

「そうか……」

 

 アティの説明を全て聞き、要は複雑な面持ちで顔を伏せた。

 答えを探すように床を見つめるも、そこには何もない。

 

 クーに相談したい。

 

 でも――。

 

 クーに話せば、クーはツァンへ向かう。

 ツァンはクルルを巻き込んでいる。

 ミリエルもアティも。

 

 しかしツァンを諭そうにも、次は『誰が漏らしたか』を探るだろう。

 クルルなのか、ミリエルなのか。

 それともアティなのか……。

 

 ――エイシムが二つに割れる。

 

 彼女たちの力が振るわれる事態にまで発展してしまえば最後。

 当然、自分では止められない。

 愛する彼女たちが争うのを見ていることしかできない。

 

 それだけは嫌だ、と要は思った。

 

 わかっている。

 解決はただ一つ――己が、優れた指導者になる。

 全てをまとめ上げることができる己になる。

 

 それ以外に無い。

 

 その事実が、胃の底に重く落ちていった。

 

 ――ふと視線をアティに戻す。

 

 床にぺたんと座ったまま。

 アティはカタカタと小刻みに震えながら、なおも要の腕に縋りついていた。

 

「アティ、何かまずいことに巻き込まれてませんか……?! こ、殺され――」

「――ないから! 大丈夫、ありがとう話してくれて」

 

 震えるアティの背中を撫で続ける。

 

「ふわぁ……」

 

 撫でられるたびに、アティはぼうっと蕩けるような表情を浮かべた。

 目元がとろんと落ちて、口は半開き。

 

 しかし。

 アティは気を取り直したように、膝を立てて要に顔を近づけてくる。

 さながら、袖口を勢いよくよじ登る子猫のようだった。

 

 いつの間にか、口づけすらできる距離。

 

 距離感がバグっているアティに、要の心臓がドクンと跳ねた。

 

 逃げ場もない近さで、きめ細かい白い顔が視界を占める。

 整いすぎた顔。

 ダークグレーの前髪の間から、切れ長の瞳がきゅっと吊り上がっているのが見える。

 

「ツァン、最近調子にノりすぎですよっ! どうにかしましょうよ、アイツ……!」

 

 ……アティこそ、勢いに乗って口が軽くなっているようだった。

 

 吐息が要の口元に掛かり、温かく湿る。

 甘い花のような香りの向こうに、隠しきれない生きた体の匂いが混ざっていた。

 その温もりごと鼻腔に届き、要の頭の芯がじわりと熱を持つ。

 

 わずかに揺らいだ理性を抑え込むように、口を動かす。

 

「まあまあ、抑えて……」

 

 要は苦笑を向ける。

 

(……にしても、躊躇なくチクったなこの子。さすがアティ)

 

 寡黙で、思ったことを口に出さず、自分の中で完結させる内省的なタイプだと思われているのだろう。

 そういう一種の信頼を預けられているというのに、実際のところは直行便で総帥まで爆弾を抱えて持ってきた。

 

 知り得たことは機密だろうが、センシティブな問題だろうが、一番大事な人につぶさに共有する。

 ……まあそれが、彼女の正義なのだろう。

 

 期待を外れないというか。

 期待を外すことに定評があるというか。

 

 自分では真似できないと、要は内心で、呆れにも似た尊敬を抱いた。

 

「とりあえず、アティはこのままその会議に参加して欲しい。内容を俺に教えてくれると助かる」

 

 アティが戦慄しながらも、与えられた使命に重々しく頷く。

 ぎゅっと口を結んだ。

 

 要はアティの肩に手を置きながら更に告げる。

 

「……また二人きりの時に、教えてほしい」

 

 まあ、ベルは寝ているが。

 チラリと視線を向けると、変わらず彼女は()()()に机に引っかかって爆睡している。

 

「でも……いつもクーさんがいて」

 

 アティは潤んだ瞳を投げてくる。

 

 要は少し考えて、答える。

 

「そっか……。うん、考えておくから、大丈夫」

「はい……」

 

 ――その時、廊下に気配。

 

 こつり、と床を叩く音が聞こえる。

 

 要が、『あっ』と思う間も無く。

 アティは要の隣で、びしりと背を伸ばしていた。

 

 一瞬で“吾輩”の顔に戻っている。

 銀の装飾が光り、眉間に皺を寄せ、鋭い眼光が飛ぶ。

 ぞっと、悍ましいオーラが足元から滲み出た。

 

 ノックの後、要の許可を受けてクーが扉を開けた。

 

「お待たせしました。誤差の範囲内でした、問題……ありません……」

 

 扉を開けながら、要の隣に立つアティに気づいた。少しずつ言葉尻が怪訝の色を湛えていく。

 

 クーはこれでもかと訝しげな視線を送った。

 金の犬耳がピンと立つ。

 

「お疲れ様」

 

 取り繕うように要が声を掛けると、少しだけクーの表情が和らいだ。

 

「では旦那様、吾輩はこれにて……」

「うん、またよろしくね」

「はっ……」

 

 アティは静かに一礼すると、威圧的な歩調で出入口に歩き出した。

 

 要の元へ歩み寄るクー。

 その逆方向に進むアティ。

 

 すれ違う一瞬、二人の視線が交差する。

 

 アティは涼しい顔で、まるでじろりと睨め付けるように鋭い視線をクーに刺す。

 

 クーはあからさまに困惑と嫌悪の混ざった表情。

 何者だと問いたげな目に、関わりたくないという色が滲んでいた。

 

 要の横に着いてからも、クーは最大限の警戒でアティの背中を見送り続ける。

 

 ……やがてアティはもう一度一礼して、扉の向こうに消えていった。

 

「何かありましたか?」

 

 クーは心配そうに要に問いかける。

 へにょん、と眉が垂れ、犬耳が伏せている。

 

「ううん、何も……。それより、ルーベンさんと打ち合わせなんだけど――」

 

 要は眉を下げながら、わざとらしく話を逸らすことしかできなかった。




ワイ、吐息フェチだったのか……?
なんか多くね?
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