愛するNPCが現実化したら勝手にギスギスし始めた挙句バカ重い責任が生えてきた話   作:フォン・デ・ペギラパギラ

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38話:立ってなさい!

 ここは、エイシム最大の会議室。

 総帥室の、ちょうど階下に位置する。

 

 まず天井が目に入る。

 

 太い丸太をそのまま渡した梁が、等間隔に並ぶ。

 樹皮だけ剥がれ、白木のまま空気に晒されている。

 

 床は木製のタイルだ。

 似た色合いばかりでありながら、明るい板と暗い板が隣り合わないよう、細かく計算されたモザイク模様が敷き詰められている。

 

 その上に、机が据えられていた。

 

 幅が広く、そして長い。

 分厚い天板は、ただそこに存在するだけで、重力を孕んだような威圧感を放っている。

 

 その机に様々な書類が並べられている。

 広げられた地図。

 出資額と、物資一覧の書類。

 

 数字がならんでいるが――どれも赤い。

 

「――以上が現状です」

 

 クーが静かに書類を置いた。

 声に、感情がない。

 

「つまり……」

 

 要がぽつりと零す。

 焦りと呆けが混じった表情で、まだ現実の輪郭を分からないでいた。

 

「接触していた商会が、全て沈黙しました。ルーベン様の店を除いて」

「……全部?」

「全部です」

 

 ――しん、と静まる。

 

 それを破いたのはグラ。

 

 小柄な褐色の体躯。

 頭から生えた大きな黒巻き角が揺れる。

 金色の瞳を細め、背もたれに体重を預けて踏ん反り返ると、からりと笑った。

 

「わーっはっはっ! 下等生物一匹がそれほどの顔を持っておるのか。おかしな話よのう!」

 

 何事も些事と言わんばかりに笑い飛ばした声が、天井の梁まで届く。

 紫のメッシュが混じる銀髪のツインテールが、愉快そうに揺れた。

 

 しかし、誰も笑わなかった。

 空気は石のように重いまま。

 

 その静けさを受け、ツァンが小さく鼻を鳴らした。

 薄い翡翠色の髪がさらりと揺れて、橙の瞳が細まる。

 

「わらわ達がどういなすか……それを見る腹積もりじゃろう。秩序をもたらすと大見え切ったからのう……」

 

 静かな声だった。

 しかしその言葉には情勢を読み切ったものだけが持つ、乾いた確信があった。

 

 ――クルルが立ち上がった。

 

 漆黒のドレス。

 赫い瞳。

 ふさりと揺れた黒い尻尾が、その動作に一拍遅れてついてくる。

 

「問題は二点だ」

 

 指先が書類を示す。

 

「一点目。物資と資金の調達が止まる。このままでは拠点の補強計画が頓挫するどころか、食料などの供給も難しい」

 

 ゆったりと座する者を見回し、一拍置く。

 

「二点目」

 

 わずかに言いにくそうな間があった。

 

「……その、先んじて解体してしまった物資射出場を、どうするか」

「……射出場」

 

 誰にも聞こえないように、要が洩らした。

 

 思い出す。

 あの商人たちとの会合後の、エイシムでの打ち合わせを。

 

 隣で、クーが犬耳をぴくりと揺らした。

 心配そうな視線が、そっと要へ向けられる。

 

 ――と、別方向から声が飛んだ。

 

「バリスタを解体したとき、基盤構造もほぼ撤去してる。もちろん、再度作り直すことは可能だけど……ちょっと時間、かかるぜ」

 

 イラズ=アハヴェル。

 

 小柄な身体に、三白眼。

 赤くツンツンと跳ねるウルフヘア。

 レザーの首輪と、幾重にも巻いたベルトが目立つパンクな出で立ち。

 

 こめかみに指を這わせ、眉間に皺を刻んでいる。

 

 その補足が落ちた瞬間、要は頭を抱えた。

 

 ――明確な失敗だ。

 

 商業地区との交渉が上手くいって、浮かれた。

 良かれと思って、現場の負担を減らすため半ば強行した。

 それが完全に裏目に出た。

 

 沈痛なほどの静寂。

 

 要の苦悶する表情を、幹部たちが一様に、心配そうに見つめていた。

 

 その無音を一つの声が切り裂く。

 

「――よろしいかえ?」

 

 ツァンが口を開く。

 声が穏やかなのに、どこか低く鋭い。

 

「デゴールとやらが動く可能性は、想定しておらなんだのかえ?」

 

 じろり、と。

 クーを抉るように見やった。

 切れ長の翡翠の瞳が、まるで鋭いナイフのように尖る。

 

 そのまま、じりじりと言葉を続ける。

 

「あの界隈の権益構造について……諜報班から事前に上がっておらなかったのかの」

 

 問いの形をしていながら、しかし答えを求めていない音だった。

 

 ――空気が張る。

 

「……状況は把握していました。ただし、あれほど早く接触するとは」

 

 クーが、小さく零すように告げた。

 声の輪郭が、いつもより薄い。

 

「……状況を把握していた?」

 

 ツァンの口角が、ほんの少しだけ持ち上がった。

 目は笑っていない。

 

 口蓋だけを鳴らす乾いた笑いが、ほろりと漏れた。

 

「かか。……それを宝主に、なんと申し伝えたのじゃ、おんしは?」

 

 矢のように細く、しかし正確に刺さる問いだった。

 

 クーは顔を歪め、視線を机へ落とす。

 まるでその先の床を睨んでいるように。

 それでも、声は揺れなかった。

 

「謝罪はいたしました……。後日、恒久処置について講じることをお約束します。しかし今は原因の追及より対策を――」

「――対策?」

 

 ツァンの嘲りが混じった声が遮った。

 

「クー、おんしの“策”は、いつも後手じゃのう」

 

 一瞬の間。

 その一言が、空気の中に溶けていく。

 

 クーの目がゆっくりと細くなった。

 俯いていた頭が、かすかに上がる。

 

 二人の視線が、真正面でぶつかった。

 

 ぎちり。

 見えない何かが悲鳴を上げるようだった。

 

 ツァンの口の端が、三日月のような弧を描く。

 

「"策"とは……機先を制するために謀るものじゃと、わらわは思うがの?」

 

 絡みつくような問いかけ。

 しかし、その言葉が床に落ち切る前に。

 

「――俺が悪い」

 

 空気を押し流すような声が上がった。

 

 要だった。

 

 誰も予期していなかったその声に、ツァンの眉がわずかに動く。

 クーも机から顔を上げた。

 

「俺の指示だ。俺が考え無しだった」

 

 淡々としている。

 感情を削いで、ただ事実だけを積み上げるような声。

 

「迷惑を掛けて、ごめん」

 

 そう言って――要は、頭を重々しく下げた。

 

 要はもうすでに学んでいた。

 

 己の失敗を、余すことなく認めること。

 慕ってくれる彼女たちが、不要な忖度をしなくて済むように。

 

 そして――自分のせいで彼女たちがいがみ合うところを、これ以上見ていたくなかった。

 

 下げた頭の先で、床の木目が目に入る。

 モザイク状に並んだ、明るい色と暗い色。

 

 ざわり、と。

 

 幹部も副幹部も、全員が同時に揺れた。

 口が半開きのまま固まる。

 そんなはずがないと言わんばかりに。

 

「何を……! 頭を上げてくれぬか……?」

 

 ツァンが焦ったように身を乗り出した。

 がたり、と椅子が鳴る。

 

「――宝主はただ、現場の手間のために、良かれと思うて命じたのでしょう?」

 

 責める声ではなかった。

 眉根がわずかに寄り、真摯な眼差しが要を捉える。

 

 ――しかし次の瞬間、その表情が一転した。

 

 クーへと、ゆっくりと横目が滑る。

 舐めるように。

 逃がさないように。

 

「それを額面通りに受け止め、解体を指示したものが責を負うべきじゃ」

 

 静かな声。

 しかし、その中身は鋭かった。

 

「片付けて仕舞っておく。それくらいの判断もできなかったものがのう」

 

 その言論は、巧みだった。

 

 側近は主の命を遂行するだけでなく。

 その命が孕む危うさを察し、余白を読み切り、進言する義務がある。

 ――それは間違いのない道理だった。

 

 しかし、本当だろうか。

 

 いや、違う。

 常識的には、()()()()()()()()()()()()()()()

 善意も、誠実さも、評価には無関係だ。

 

 クーは即座にでも反論ができた。

 

 だが。

 

 それを口にすれば――それは敬愛する主の責任であるとの主張に他ならない。

 

 クーは珍しく唾をのんだ。

 二の句が、継げない。

 

「上から下へ流すだけ……なんぞ、おんしは蛇口かえ?」

 

 ツァンが首を傾け、見開いた目をクーに向ける。

 

「……わらわはのう、クー。おんしが憎いわけではないのじゃ」

 

 涼やかな声。

 しかし、続く言葉には凄みが乗る。

 

「ただ、おんしの横で――宝主がたった一人でお困りになっておろうが」

 

 はっ、と。

 

 クーは青白い顔で瞠目した。

 肩が引きつる。

 己と机の間にある虚空を、ただじっと見ることしかできない。

 

 そのクーを見て。

 要は、衝動的に声を上げた。

 

「待って! ほんとに、俺が……」

 

 要の声と、同時だった。

 

「――隆盛の龍よ」

 

 静かな声。

 だが、その腹の底を叩くような原初の響きが混ざっていた。

 

 グラだ。

 

 いつもの快活さを仮面のように脱ぎ捨て、ギザギザの牙を剥き出しにしている。

 

 褐色の肌に、ざわりと龍鱗が浮かんでは消えた。

 まるで擬態が内側から剥がれかけているかのように。

 

 金眼の中心。

 縦に割れた瞳孔が、ぎょろりと光る。

 

「その口を仕舞え……目障りよ」

 

 ツァンの顔色が瞬時に変わった。

 

 要へ向けるでも、クーへ向けるでもない。

 余裕も、笑みも、策も、何もかも消えた。

 

 今まで一度も見せることのなかった明確な嫌悪の色が、その面に滲む。

 

「……なんじゃと?」

 

 眉間に深い皺を刻みながら、緩慢にグラへと向き直るツァン。

 ゆらりと細い龍尾が揺れた。

 

「黙っておれ、破滅の龍。おんしに政は分からん」

 

 凛、と。

 空気が揺れたかと錯覚するほどの威圧が、その一文字一文字に乗っていた。

 

 しかしグラは動じない。

 喉の奥だけで、嗤って見せた。

 

「か、か……余に政が分からんのはそうよ。だが――政の前に」

 

 笑みが、完全に消える。

 

 ぶわり、とグラの銀色のツインテールが浮き上がった。

 

「――つがいと余の巣に不和を撒く貴様が、羽虫の如く癪に障る」

「……あァ?」

 

 ツァンの橙色の瞳孔が、縦に割れた。

 

 宝石のように美しいはずの目が、つるりと光沢だけを返している。

 爬虫類のそれ。

 今のグラのそれに、酷く似ていた。

 

 ――それが、引き金だった。

 

 等間隔に並ぶ鋭い牙を見せつけるように、グラが吠えた。

 

「ツァン――貴様のその顔、虫唾が走るわ!」

 

 声が、空間を叩く。

 

「つがいを引き合いに出して、つがいのことなど考えとらん! つがいまで指で転がすつもりならば、ここでその矮小な尾ごと滅ぼすぞ……!!」

 

 ツァンの目が、最大に見開かれた。

 もういつもの麗しい瞳ではない。

 悪鬼か妖の類のそれだ。

 

 こちらも牙を剥き出しに、吐息から炎でも出すかのように気焔を撒く。

 

「……グラァァア!! わらわが、宝主のことを、考えておらんだと!?」

 

 声が裂ける。

 

「諦観と破綻に沈んだうぬが、どの面下げて物を抜かすかァ!!」

 

 ビリビリと、空気が震えた。

 大声が重なったからだけではない。

 二人から放たれるプレッシャーが、空間そのものを圧している。

 

 視線がぶつかる。

 火花が散る。

 

「……うっせぇ、つの」

 

 そう低く呟いたのはラズだ。

 その威圧を受けてなお、眉間に皺を寄せ、顎を手のひらに乗せている。

 

 他の幹部たちも、他所でやってくれといったような白けた表情で、どこか遠くを見ていた。

 

 そのなかで。

 

 要は、頭痛を堪えるように、拳で額を押さえていた。

 ぎゅっと目を瞑る。

 歯を食いしばる。

 

 己が愛した組織が、二分するかもしれない。

 ――そして、それを止められない。

 

 その恐怖が、胸の奥で形を変えていく。

 熱を帯びて。

 焦りと入り混じって。

 

「だから……」

 

 呼気が、かすかに震えた。

 

「――待てって言ってるだろッ!!」

 

 どん。

 

 拳が、机を叩いた。

 小さな音だ。

 威圧も、迫力も、何もない。

 

 しかしその声に――場が不自然なまでに静まりかえった。

 

 気焔を吐いていたグラもツァンも。

 白けていた幹部たちも。

 この場の全員が。

 

 愕然と、恐怖の表情に変わった。

 

 とりわけ当の二人は『やってしまった』とばかりに肩を吊り上げ、そのまま石のように硬直した。

 

 要はハッと我に返る。

 じん、と拳が痛む。

 じっとその自分の手を見た。

 

 数秒間。

 

 耳が痛いほどの沈黙が、横たわった。

 

 ――その静寂の底で。

 

「……わたしが悪いの」

 

 ぽつり、と。

 声が落ちた。

 

 セラだ。

 

 俯いていて、顔は見えない。

 声は静かだった。

 波紋のように、会議室の空気に溶けていく。

 

 だが次の瞬間――何かが、決壊した。

 

「わたしが、悪いの――っ!」

 

 声が、裂けた。

 

 急に立ち上がる。

 椅子が弾かれ、壁際までけたたましく転がっていく。

 その先に立っていた副幹部がぎょっとして飛び上がった。

 

 ばさり、と背中の翼が、感情を語るように荒々しく広がる。

 

 衆目がセラに集まる。

 

 ――セラは、泣いていた。

 

 拳を握りしめ、唇を噛み、肩が震えている。

 

 涙が頬を伝い、ぽたぽたと床に落ちていく。

 拭おうともしない。

 

「セラ……?」

 

 要は呆けたまま、その様子を見た。

 

「私が……全部……!」

 

 セラの口が、開いて――閉じる。

 何かを言いたい。

 しかし言葉が、出ない。

 

 そして。

 

 走り出した。

 

 猛スピードで会議室の扉へ到達し、開け放つ。

 轟音。

 扉が、衝撃に耐えきれず破壊された。

 

 一瞬の出来事だった。

 背中は、もう見えない。

 

「セラ……っ!?」

 

 要は咄嗟に立ち上がっていた。

 考えるより先に、足が動く。

 頭の中は真っ白で、ただ焦りだけが要を突き動かした。

 

「ご主人さま……!?」

 

 クーが、裏返るような声で呼んだ。

 

「……ごめん、続けてて!」

 

 クーが固まる。

 伸ばした手が、宙で止まった。

 

 護衛しなければ。

 しかし会議を続行せよという命が下った。

 

 その二つが一瞬でクーの中で衝突し、動けなかった。

 

 その彼女の躊躇いに気づかないまま、要は走る。

 

 一つの蝶番だけが辛うじて残り、ぷらぷらと頼りなく揺れている扉を恐々と避けながら、廊下へ飛び出した。

 

 ――その瞬間。

 衝動のまま振り返る。

 

「ツァン、グラ!」

 

 びくり、と二人の肩が揺れた。

 

 罰を与えなければ。

 そう、自然と思った。

 だが名前を呼んだ瞬間、鈍い苛立ちと、それでも深い愛惜が、胸の中でせめぎ合った。

 

 逡巡。

 落ちている答えを探すように、一瞬だけ床を見た。

 もちろん、何もない。

 

 ――要は咄嗟に眉を吊り上げて言った。

 

「ええと……立ってなさい!」

 

 それだけ告げて、踵を返した。

 扉の奥に、消えていく。

 

 ……。

 

 …………。

 

 しん、と。

 会議室が静まり返る。

 

 グラが、勢いよく立った。

 腰に両手を当て、堂々と立つ。

 

 ――しかし、顔がくしゃくしゃだった。

 泣きそうなのを堪えているような、怒られた子供のような顔。

 

「……またつがいに叱られてしもうた」

 

 震える小声で、洩らした。

 

 グラの後に続いて、ツァンがゆっくりと立ち上がる。

 眉を下げ、目を細め、それから腕を組んだ。

 

「……」

 

 無言で、視線を机の天板に落とす。

 じっと、そこだけを見ていた。

 

 飄々とした余裕がどこにもない。

 気まずさと、己の失態を悔いる色が、複雑に混ざった表情。

 それが珍しく、痛々しかった。

 

 クーが、伸ばした手をゆっくりと引っ込めた。

 半ば呆然としたまま静かに問いかける。

 

「……続け、ましょうか?」

 

 答える者などいない。

 

 誰も動かず。

 誰も話さず。

 ただ沈黙だけが、じわりと部屋に満ちていった。




わぁ~ケンカらᐠ( ᐛ )ᐟ

一話直しまくってます。
良く分からなくなってきた……。
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