愛するNPCが現実化したら勝手にギスギスし始めた挙句バカ重い責任が生えてきた話   作:フォン・デ・ペギラパギラ

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39話:動いた証拠だ

 外への扉を抜けた瞬間、風が顔を打った。

 

 身体が、思い出す。

 ここは丘の上だと。

 

 足元の石段を二、三段降りると、視界が一気に開く。

 

 ――眼下に、エイシムがあった。

 

 最初に感じたのは、音だった。

 

 木を叩く、乾いた響き。

 誰かを呼ぶ声。

 遠くの笑い声。

 

 かつてただの空白だった土地が、確実に埋まりつつある。

 

 屋根の高さが揃ってきた。

 木の色はまだ新しく、場所によっては切り口の白さが残っている。

 それでも棟が並ぶと、自然と“通り”のような筋目が生まれている。

 

 踏み固めた小石と砂利を敷き詰めた大通り。

 その広い道に、黒白の制服を着た職員の少女たちが荷を抱えて往来していた。例の共用風呂や、休憩所もここから窺える。

 

 建物の造りは、まだ場所によってばらつきがある。

 丁寧に板を張った壁の隣に、布を張り渡しただけの仮設がある。

 完成している棟と、骨組みだけの棟が、数棟おきに混在している。

 

 それでも、最初の頃とは別の場所に見えた。

 

 最初は、ただそこにあっただけの集合体だった。

 生きるために寄り集まった群れ。

 

 しかし今は何かになろうとしている意志が、見て取れた。

 

 ――その景色にほんの一瞬だけ感慨が過ぎったが、要の頭はまた一つのことで一杯になった。

 

 見える範囲を素早く見渡す。

 

(目立つ子のはずなんだけど……)

 

 あの白い羽は、どこにも見えない。

 

 要は石段を駆け降りた。

 広い階段は眼下の大通りと繋がっている。

 下り切る手前で、段差を一つずつ丁寧に掃除している職員が目に入った。

 

 鼻歌まじりの彼女に、慌てて声を掛けた。

 

「ねえ君……!」

「んむ? ――んにゃっ、総帥閣下……!!」

 

 気が抜けていた彼女は、びくりと肩を跳ねさせ一気に硬直した。

 そして思い出したようにびしりと敬礼。

 

「ほ、ほ、本日はお日柄も、良く! ええと――」

 

 声が裏返っている。

 咄嗟に手放した箒が、がらんがらんと石段を落ちていった。

 

 要はその箒を見送りながらも、割り込んだ。

 

「仕事中ごめん! セラ、見なかった?」

「は、はっ……!? セラフィエル長官殿でございますか?」

 

 少女が戸惑いながらも、人が行き交う通りの奥を指さす。

 

「長官殿であれば、物凄い速度であちらの方へ……」

「そっか、ありがとう!」

 

 最後まで聞かずに、要は駆けだした。

 

 ――残された少女は、ぽかんと半開きの口で総帥の背中を見送った。

 

 しばらくして、じわじわと実感が湧いたのか。

 

 にまぁ、と口元がほころんだ。

 

「やった……! 総帥閣下と、話しちゃった……!」

 

 えへ、えへ、とだらしなく笑いながら、口元を両手で押さえ、ぴょんぴょんと跳ねる。

 

 しばらくの間、周囲に珍獣でも見るような目で見られたのだった。

 

 

 ***

 

 

 拠点の端。

 さらにその裏手。

 

 表の喧騒が、重なった空気の向こうで遠くなっていた。

 気づけば静けさだけが残る。

 

 等間隔に打ち込まれた荒削りの杭に、分厚い板が横渡しされた木の柵。

 ここから内は入るべからず、と黙って主張するような、無骨な境界線。

 

 柵の向こうは、枯れ草と石と、遠く黒ずんだバラックの群れ。

 エイシムが作り上げた秩序の匂いが、柵一枚でぶつりと断ち切られている。

 

 その内側。

 

 柵と、一棟の家屋。

 二つが作る狭い隙間は日当たりが悪く、誰も近寄らず、ほとんど気にも留められない。

 

 そこに。

 セラが、壁にもたれて座っていた。

 

 膝を抱えている。

 羽が、力なく折り畳まれている。

 

 羽の先端がわずかに地面に触れ、白い羽毛が砂埃に汚れているが、本人は気にも留めていない。

 

 俯いた顔は膝に埋もれ、遠目には表情が読めない。

 薄桃色の髪だけが、かすかに揺れていた。

 

「――いた」

 

 思わず声が洩れた。

 

 要は駆け寄る。

 乾いた土を蹴る足音と、自分の息継ぎが交互に耳に届く。

 

 近づいて、乱れた息を整えながら、セラのつむじに声をかけた。

 

「セラ……」

 

 セラが、ゆっくりと顔を上げた。

 

 目が赤い。

 目尻が腫れている。

 まつ毛の縁が湿って、光を滲ませている。

 

「……あ」

 

 掠れた声。

 いつもなら要を見つけた瞬間に顔を輝かせる少女が、今は何も言わなかった。

 

 ただ、見ていた。

 

 二人とも、しばらく黙っていた。

 要の息が少しずつ落ち着いていく。

 遠くで、拠点のくぐもった喧騒が聞こえる。

 

「大丈夫……?」

 

 要が言う。

 

 セラの瞳が揺れた。

 白い唇がかすかに動く。

 何かを言おうとして――言えなかった。

 

 それから、また膝に顔を埋めた。

 

「ごめん、隣いい?」

 

 返事を待たずに、要はセラのすぐ隣の壁に背を預けた。

 

 柵越しに乾いた風が来る。

 

 セラは動かない。

 膝を抱えたまま、地面を見つめたまま。

 折り畳まれた翼が、呼吸のたびに微かに上下するだけだった。

 

 遠くで、斧が木を打つ音が聞こえる。

 声が、くぐもって届く。

 

「……デゴールのことか?」

 

 名前を出さずに言おうかと迷って、結局そのまま要は問うた。

 

「あれはセラが守ってくれただけだ、何も悪くない……」

「――違うの」

 

 セラが被せた。

 

 声は低く、平坦だった。

 いつもの甘い声色が消えている。

 感情の膜が一枚剥がれたような、生のままの声だった。

 

 要が思わず口を閉じた。

 

「私は、何をやってもうまくいかない……」

 

 その声が、柵の向こうの風に消えた。

 

 乾いた土の匂いが、ゆっくりと鼻を通り過ぎる。

 どこかで、風が草を鳴らした。

 

 セラの肩が小さく揺れる。

 それから――堰を切るように、口が開いた。

 

「わたし、三番目なのに……!」

 

 声が掠れた。

 甘い声色など、どこにもない。

 

「クーさんと、クルルさん……そしてわたし、だったのに……」

 

 すぐさま要は思い当たる。

 

 エイシムの帰属順。

 ゲームの中で要が選んだ、その順番。

 クーが一番。クルルが二番。セラが三番。

 

 それはセラにとって――疑いようのない要の優先順位。

 

「なのに何で……」

 

 セラは、自分の手のひらをゆっくりと広げた。

 指先をじっと見つめる。

 

「何でわたし、あなたから一番遠いところで――石を運んでるの……?」

 

 最後の一言だけ、震えていた。

 

 要は思わず息を呑んだ。

 

「わかってる……当然だわ……」

 

 声が沈む。

 自分に言い聞かせるような、低く静かな自嘲。

 

「モノは壊しちゃうし」

 

 セラは、そっと手を握った。

 羽根でも包むように、きゅっと、軽く。

 

 小さな拳。

 それなのに――ぎしり、と音が鳴った。

 

「会食でも転んで迷惑かけるし。デゴールが来たとき、ただ固まって……いざとなると手が出ちゃうし」

 

 言葉が続く。

 止まらない。

 

「頑張り屋さんだって、ソフィエちゃんは言ってくれたけど……」

 

 その名を呼ぶときだけ、声が一瞬だけ柔らかくなった。

 

「頑張っても結果が伴わないなら、意味がないじゃない……っ!」

 

 白ずんだ拳がギチギチと音を立てる。

 折り畳まれた羽が、さらに小さく縮んだ。

 

 涙が、ぼろぼろとこぼれ落ちた。

 膝を伝い、地面に落ちて、砂埃に染み込んでいく。

 

「あなたにとって、どうせわたしは必要じゃないの……!」

 

 声が震える。

 真っ直ぐに前を向いたまま言った。

 要の方を見ていない。

 

「せっかく今回あなたに選んでもらったのに。このままじゃ……もう、選んでもらえなくなる」

 

 小さく、しぼんで消えていくような声だった。

 

 ――何か言わなければ。

 

 要の心がそう急く。

 

 焦りが、内側から押し上げてくる。

 

 しかし。

 言葉が、出てこない。

 

 慰め方を知らない。

 泣いている女の子に何を言えばいいか――学んだことも、考えたこともなかった。

 

 要は押し黙ったまま、ただそこに座ることしかできなかった。

 

「……ねえ、あなた」

 

 セラが言った。

 

 ゆっくりと顔を向ける。

 涙で滲んだ薄桃色の目に、甘さの色はない。

 

「――なんで、わたしを幹部に選んだの?」

 

 音が消えた気がした。

 

 柵の向こうの風も、遠くの笑い声も、斧の音も――全部どこかに消えた。

 

「強いから? でもわたしより強い人、いっぱいいるし……。治療魔法ができるから……? 天使だから……?」

 

 ねえ、どうして。

 

 泣いていた目が、今は――弾を込めた銃口のように、要を正面から見据えていた。

 

 要は、動揺した。

 これ以上ないほどに。

 

 人生で、女の子に真意を問われたことなど一切なかった。

 ゲームの画面越しではなく。

 隣に座った生身の誰かに、こんなふうに、真っ直ぐに。

 

 しかし――。

 それがかえって、よかったのかもしれない。

 

 計算する余裕もない。

 取り繕う時間もない。

 気の利いた言葉を探す余地も。

 

 だから。

 

「か……可愛かったから……」

 

 口からそのまま、出た。

 

 そう。

 

 つまるところロジカルな理由なんてない。

 気に入ったから、好きだったから――そこに置いた。

 それだけだった。

 

 沈黙。

 

 セラは、ぱちぱちと瞬きした。

 何度も。

 

「……ふぇ?」

 

 眉が跳ねた。

 半開きの口が、そのまま止まった。

 思考が、どこか遠くに飛んでいった顔だった。

 

 ――やってしまった。

 

 セラの表情が止まったのを見て、要は悟った。

 

「あ、いや……! それだけじゃないよ、もちろん!」

 

 慌てて身を乗り出す。

 

「でもなんていうか……」

 

 言葉を探して、正面の虚空を見た。

 

「なんだろう。セラだから選んだ――と言えばいいのかな……うん、そういう感じで。だから決して見た目だけとか、そういう意味では……」

 

 矢継ぎ早に、しかし着地点のないまま言葉が続く。

 途中から、自分でも何を言っているのか分からなくなっていた。

 気恥ずかしさが頬を上ってくるのを感じながら、それでも正面を向いたまま喋り続けた。

 

 隣で、気配が変わった。

 

 セラの頬がじわじわと赤くなっていく。

 耳の先まで、色が伝わっていく。

 

「ええ……!? そ、その……」

 

 声が裏返りかけた。

 

 またもや場が静まる。

 

 しかし――さっきとは違う。

 

 さっきの沈黙は、痛かった。

 研ぎ澄まされた刃物みたいに、冷たく張り詰めていた。

 

 今のこれは。

 

 柔らかくて、むずがゆくて、どこへ逃げればいいか分からないような。

 そんな甘い混乱だった。

 

 要が、耐えきれずに口を開いた。

 

「……ごめん。答えになってるかな」

 

 申し訳なさと、気恥ずかしさが半々に混じった声だった。

 

「えと……」

 

 セラは、真っ赤になった顔を両手でふわりと覆った。

 白い指の隙間から、潤んだ薄桃色の目だけが、ちらりと要を見た。

 それからすぐに、また隠れた。

 

 羽が、ぱたぱたと小さく揺れている。

 さっきまであんなに力なく折り畳まれていた羽が、今は――落ち着きなく、忙しなく動いていた。

 

「わ、わかんない……」

 

 小さな、子猫の鳴き声のような声。

 

 能力で選ばれたわけじゃない。

 強さを買われたわけでも、役割を期待されたわけでもない。

 

 でも。

 なんで、こんなに。

 

 セラは言葉にできなかった。

 涙の跡がまだ光っている頬に、今度はまったく別の熱が広がっていく。

 

 ――甘い空気を押しやるように、要はかぶりを振った。

 

 いけない。

 今は、そういう話じゃない。

 

「セラ」

 

 真剣な声で、呼んだ。

 

 セラの手を取る。

 両手で覆ったままのその手を――そっと、引き剥がすように。

 

 セラが、びくりと震えた。

 

 手と手が触れた瞬間、要は内心で盛大に動揺した。

 温かい。

 柔らかい。

 すべすべで、しっとりしている。

 

 引き剥がした手のひらの向こうに、セラの顔があった。

 すぐそこに。

 

 真っ赤だった。

 

 耳の先まで、首筋まで、綺麗に染まっている。

 涙で濡れた長いまつ毛の先が、湿って束になっていた。

 薄桃色の瞳が鏡のように潤んだまま、要を映している。

 

(……やばい)

 

 要は心の中でそう思った。

 

 何かを待つような、乞うような顔だった。

 そのまま吸い込まれそうだった。

 物理的に距離が近すぎる。

 セラの吐息がかすかに届く距離だ。

 

 しかし要は、その引力に強い意志で逆らった。

 

 視線は逸らせない。

 今ここで逸らしたら、言いたいことが言えなくなる。

 

「失敗するのは、当たり前だよ」

「でも――」

 

 セラの瞳が揺れた。

 視線を逸らそうとする。

 

 要は手を握ったまま、続けた。

 

「俺だってミスばっかりだ。射出場の件だって俺が判断を誤ったし。前も任せきりになってズレてたり……セラより度を超えてるよ」

「それは……」

 

 セラが何か言いかけて、口を閉じた。

 

「失敗することより――失敗が怖くて動けなくなることの方が、ずっとダメじゃないかな」

 

 一拍。

 乾いた風が、二人の間を通り過ぎた。

 

「うん……動いたから、失敗した」

 

 少し俯いて、要は言った。

 

「でもそれは――動いた証拠だ」

 

 言い終えてから、何かが頭をよぎった。

 要は少しだけ黙った。

 

 自分の言葉が、空気の中に溶けていく。

 セラに届けるつもりの言葉だった。

 

 ――だが。

 

 どこか思っていたよりも近くへ落ちた気がした。

 セラではない、もっと近い場所へ。

 

(……動いたから、失敗した?)

 

 頭の中で、もう一度反芻する。

 

 ――動かなければ、失敗しない。

 

 自分では気づいていなかった、胸の芯にこびりついた何か。

 諦観に似た、それ。

 

 わからないから、動かない。

 判断できないから、預ける。

 誰かが決めてくれるなら、それでいい。

 

 様々な記憶が、遡っては、浮かんで消えていく。

 

 リュネが迷い込んだとき。

 侵略を提案されたとき。

 物資の問題が浮上したとき。

 騎士が来た時。

 

 ――いや、もっと前。

 

 会社員として働いていた頃。

 生まれてから、ずっと。

 

 自分では、何一つ選ばなかったのではないか?

 

 それは、慎重さだったのか。

 責任を持って考えた末の、選択だったのか。

 

 違う。

 

 ただ――怖かっただけだ。

 

 動けば、失敗する。

 失敗すれば、取り返しのつかない未来が来る。

 

 ――でも。

 

 動かなくても、未来は来ている。

 今、ここに。

 

 自分で選ばなかっただけで。

 最良か最悪か、決して判別のつかない未来が。

 

(……俺も、同じだった、のか)

 

 言葉が、そのまま返ってきた。

 

 真っ直ぐに。

 避けようのない角度で、一番痛いところへ抉るように突き刺さる。

 

(失敗するのは、当たり前……。それが、動いた証拠)

 

 要は思わず、深く息をついていた。

 

 ――そして目を前に向けると。

 

 セラの潤んだ目が、確かな熱を持って要を見つめていた。

 

 さっきまでとは違う。

 銃口のような鋭さも、空洞のような虚ろさも、もうない。

 ただ――真っ直ぐに、要を見ていた。

 

 要の手の中で、小さな手がじっとしている。

 セラは逃げなかった。

 

「……あなたも、怖いの?」

 

 セラが、静かに聞いた。

 

「めちゃくちゃ怖いよ」

 

 要は、間髪入れずに答える。

 

 からっと。

 嘘のない、軽い笑みを返した。

 

「毎日怖い。吐き気がするね」

 

 言いながら、どこか清々しそうだった。

 重いものを吐き出した後の妙な軽さ。

 誤魔化しでも強がりでもなく――本当のことを言えた、という顔。

 

 セラは、その笑顔を見た。

 

 泣きそうな顔をしながら、でも少し笑った。

 

「あは……なんだか、楽になりました」

「そう?」

「はい」

 

 今度ははっきりと、セラは頷いた。

 

 目尻がまだ赤い。

 まつ毛の先が、まだ少し湿っている。

 それでも――口の端が、ゆっくりと上がった。

 

「わたし、また頑張ります!」

 

 声に力が戻っていた。

 

 羽が動く。

 さっきまで砂埃に触れたまま折り畳まれていた翼が、ゆっくりと広がっていく。

 大きく、迷いなく。

 

「うん……俺も頼りないし、たくさん失敗する。――けど、一緒にやっていこう」

「頼りなくなんてない!」

 

 セラの声が、わずかに震えた。

 感情が、抑えきれずに滲み出てくる。

 

「あなたがわたしのご主人様で、本当に良かった……!」

 

 そのまま、セラは要に――勢いよく抱きついた。

 

 ぎゅっと。

 

 要は一瞬だけ固まった。

 肩がわずかに跳ねる。

 でも、振り払わなかった。

 

 ぎこちなく、それでもしっかりと――肩に手を回す。

 

 風が来た。

 セラの薄桃色の髪が要の頬をかすめる。

 お菓子のような、甘い、かすかな香り。

 

「戻りましょう!」

 

 セラが立ち上がった。

 

 ぱっと。

 さっきまでの重さが嘘みたいに、身軽な動作で。

 

 要の手を、ぐいと引く。

 

「おっと――あはは。そんなに急がないで」

 

 引っ張られながら、要は苦笑した。

 

 セラはそのまま先に歩き出した。

 前を向いたまま、迷いなく。元気よく。

 歩くたびに、ふわり、ふわりと羽が揺れる。

 

 要はその後ろ姿を見ながら、ふと思った。

 

(――俺、セラのことをちゃんと見えてなかった)

 

 拠点の喧騒が少しずつ近づいてくる。

 木材を打つ音。誰かの笑い声。職員が走る足音。

 

 その賑やかさの手前で、要はセラの背中を見ていた。

 

 バリスタを視察した。

 一緒に外に出た。

 転んで笑いを取った。

 

 要はその全部を、なんとなく流していた。

 セラが内心でどう感じていたか、考えたことすらなかった。

 

(他の幹部のことも……ちゃんと見えてるのか、俺)

 

 その問いが、胸の底に静かに沈んでいく。

 

「あなた、遅いよー!」

 

 セラが振り返った。

 目元はまだ赤い――それでも、にっこりと嬉しそうに笑っていた。

 

 要も、笑った。

 

「ごめんごめん」

 

 歩幅を広げる。

 セラがまた前を向く。羽がふわりと揺れる。

 

 その後ろ姿を追いながら――問いだけが、まだ静かに残っていた。




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