愛するNPCが現実化したら勝手にギスギスし始めた挙句バカ重い責任が生えてきた話 作:フォン・デ・ペギラパギラ
午後の光は、柔らかかった。
窓の外、広場に職員たちの声が溶けている。
遠く行き交う影。往来の賑わい。
あの嵐の後とは思えないほどの、のどかな空気。
要は執務机の椅子に深く体を預け、対面の人物と話していた。
――ルーベンだ。
ふくよかな初老の商人。
愛想のいい、親しみやすい顔立ちのなかに、どこか重々しい笑みを浮かべていた。
ルーベンはゆっくりと、丁寧に頭を下げる。
白髪交じりの頭頂部が、執務室に差し込む穏やかな光の中でゆっくりと沈む。
その真剣さが、要の背筋を無意識にすっと正させた。
「このたびは……本当に、助かりました」
しわがれた声に、安堵がひっそりと滲んでいる。
要は少し迷ってから、口を開いた。
「取引が再開できてよかったです。本当に」
大仰な感謝を受け止めるような器量は、まだない。
英雄ぶった余裕もなければ、いきり立った達成感もない。
ただ胸の奥から自然に出てきた言葉だった。
ただの、安堵。
静かな沈黙が落ちた。
窓の外の賑わいだけが、遠く続いている。
ルーベンは顔を上げると一度唇を舌で濡らした。
それから恐る恐る、という表現がぴったりな慎重さで口を開く。
「……それで、排除……なされたのですね」
名前は、出さなかった。
要は一瞬、視線を机の表面へと逃がした。
それからゆっくりと、正面へ視線を戻した。
「はい」
声は穏やかだった。
「――デゴールごと、根こそぎ」
それだけ。
秘匿も隠蔽も、言い訳もない。
声に刃はない。
表情にも、険はない。
穏やかな目が、まっすぐにルーベンを見ている。
――ただ、その目の奥に入り込む隙間は、どこにもなかった。
ルーベンは細くゆっくりと、一筋の息を吐き出した。
「……オズウェルさんも、この一件でカナメさまとエイシムの皆様方へ投資を確定させたようです。とても前のめりでしたよ」
そこでルーベンは、はじめて柔らかく笑った。
目尻に小さな皺が刻まれる。
「もちろん、私も当初から変わらず支持させていただきます」
要は、一瞬だけ口を噤んだ。
「……よろしいのですか?」
明言はしない。
だが、その問いに乗せた眼差しが全てを語っていた。
あの夜の光景を、要は覚えている。
賑わっていた晩餐会が、静まり返った瞬間を。
フェルマが作り上げた
あの事実を知って、なお手を組もうというのか。
ルーベンはしばらく要を見返していた。
それから、目元の皺を静かに深くした。
「エイシムの皆様方は……大義の元に実行なされた、それだけのことでしょう」
声は落ち着いている。
「あの会場から接収された
事実を並べる。
それから、穏やかに、しかしきっぱりと付け加えた。
「それに――私は商人ですから」
にこり、と笑う。
「貴族ではなく……金の信奉者ですので」
その一言が持つ重みを分かった上で、あえて軽く言い放った。
要は思わず、小さく噴き出しそうになった。
それをこらえて黙って頷く。
ルーベンが、もう一度頭を下げた。
また深く丁寧に。
「改めて……娘を救っていただき、本当にありがとうございます。必ずや、カナメさまに利をもたらしましょう」
要は、それ以上の言葉を返さなかった。
一度、深く頷いた。
報告会は終わった。
二、三、言葉を交わした後、別れの挨拶を告げる。
職員の少女が出入口の扉を開ける。
案内を受けながら、その奥へと。ルーベンの背中が、ゆっくりと消えていった。
廊下に遠ざかる足音。
それが完全に聞こえなくなったとき。
要は、ゆっくりと椅子の背もたれへ体を預けた。
天井を見上げる。
ふう、と。
長い息が口から抜ける。
肺の奥にまだ残っていたものを、その吐息と共に、どこかへ逃がすように。
散々かき回された日々がようやく終わった。
窓の外では、今日も職員たちが行き交っている。
談笑する声。
荷を運ぶ足音。
誰かが笑う、屈託のない声が、遠くから流れてくる。
――やっと、ひと段落だ。
要はそれだけを思い、目を細めた。
……。
室内に、ゆるい空気が流れ込んだ。
静寂を見計らったように、クルルが一歩前に出る。
いつもの鉄面皮だった。
しかし、珍しく声色の角が取れている。
「関与が疑われておりましたモルガン総業からも……現在のところ動きはございません」
一拍、置く。
「沈黙しています」
要は、その言葉をぽつりと繰り返した。
「……沈黙、か」
胸の奥で、何かが静かに緩む。
緊張というほどでもなかったが――ずっと張っていたままだったものが、ゆるりと解けた。
クーもまた、隣からそっとすり寄ってきた。
金の尻尾がぱたぱたと揺れている。
その体温が心地よい。
「それが最も雄弁な返答でしょう。しばらくは安心かと」
へにゃりと目じりを下げて、穏やかに補足する。
要は、小さく笑った。
何気ない笑みだった。
肩の力が抜けた、少し間の抜けた、いつもの顔。
クーは、その変化を見逃さなかった。
(……やっと)
胸の奥で、静かにそう思う。
あの一件以来――こんな顔を見たのは久しぶりだった。
口に出すことはしない。
ただ蒼い瞳を密かに細め、心中で胸を撫でおろした。
誰も急かさない。
部屋に光が落ちている。
その、緩み切った空気の中で――。
一歩。
ツァンが歩み寄る。
翡翠の龍角が、金色の午後の光を弾いた。
「……さて」
ツァンの声が、とろりと室内に溶ける。
甘みと策略を等分に溶かし込んだような、底の見えない声音だった。
しゅるり、と細くしなやかな龍尾が床を撫でる。
「これからが本番じゃのう、宝主よ」
にこり、と口角を上げる。
自分の美しさを心得た者の笑み。
「忙しくなるぞえ。示し合わせねばならぬことが山積みじゃ――」
一拍。
声の最後が、ほんの僅かに甘くなる。
「すまぬが早速、二人でゆるりと話せぬか?」
意図的な誘いだった。
巧みで、気づかれない程度のそれ。
クーとは反対側から。
ひたり、と。
ツァンの手のひらが、要の手の甲を覆った。
白磁のような肌。
翡翠の爪が、午後の光を細く反射している。
ひんやりとした指先が、くすぐるように要の手の甲をそっと撫でた。
要の意識がどきりと揺れるが、持ち直すように苦笑する。
「うん、わかったよ」
それから――思い出したように、視線をずらす。
「あ、でもクーも来て」
何の迷いもなかった。
『来てほしい』でも『来てくれないか』でもなく――『来て』だ。
どうせ後から説明しないといけないし、という声色だった。
忘れ物を思い出して財布を取りに戻るような、そんな軽さ。
重要なもののために引き返す、そんな重さ。
その一言が落ちた瞬間。
ツァンの表情が――動いた。
笑みの形のまま、ほんの一瞬。
コンマ数秒の静止。
要の視線の向こうでは、クーがへにゃりと蕩ける笑みで応じている。当然です、と表情が語っている。
「はい! ご主人さま」
軽やかな声。
いつものクーだ。
犬耳がぴんと立って、尻尾が揺れて、蒼い瞳が嬉しそうに細まって。
しかし、その視線の端が――ほんの僅か、ツァンを捉えた。
ちろり、と。
勝ち誇るでも蔑むでもない。
何かを確かめ、把握した。
しかしもう興味はないとばかりに、すぐにまた要の方へと視線を戻した。
ツァンは自然な表情を取り繕う。
ただ。
一瞬だけ奥歯を、ぎり、と鳴らした。
白磁の指先が、そっと自分の爪を撫でる。
爪の側面を親指でなぞり、またなぞる。
なぞる。
なぞる。
(――わらわは、まだ)
言葉にならない思考の端。
その思考が過ったことにさえ、彼女の矜持をいたく傷つける。
要の中で――選択肢に入りすらしなかった。
直接任されることが。
二人きりで話す、と言うことが。
翡翠の瞳が細まる。
自然な笑みを湛えたその奥に灯る感情は――静かで暗い炎。
彼女の最も深い場所で、煮えるように燃える。
クーの返事を受け、安心そうに笑う要。
何も気にしていない彼は、ただ、ふと思い出したように次の言葉を落とした。
「……そういえば」
頭の後ろで手を組みながら、背もたれに体重を預ける。
天井の一点を見る。
「……やっぱり、もっと個別に話す機会を作るべきだよなって思っててさ」
要の胸の奥で、アティの顔が過ぎった。
泣きそうな目で縋ってきた、あの声。
それから――膝を抱えて、エイシムの端っこにうずくまっていたセラの背中。
「こう……一対一で。面談みたいな。みんなと」
「……面談、ですか」
クーの眉がほんの少し動いた。
僅かな間には、何かを計算する静寂が混じっていた。
「うん。一人ひとりと話す時間。何か困ってることとか、言いにくいこととかあるだろうし。どうかな」
「ご主人さまが特定の個人と……二人きりになるのは……」
クーは少し言い淀む。
言葉を選んで、選んで。
それでも芯のある言葉を選択し、返した。
「その……警護の観点から、好ましくはありません」
要は苦く笑う。
「……いや、幹部のみんなは大丈夫じゃない?」
「それでも、です」
揺るがない。
ぷっと少し頬を膨らませた、可愛い却下。
「ご主人さまの安全が最優先です」
嘘ではない。
その心配は本物だ。
だが、警護の言葉の下にもっと正直な何かが沈んでいる。
本人すら自覚しているかどうか分からない、どろりとした感情の底。
本能に似た嫉妬。
いや、嫉妬に似た本能。
要はそのクーの様子に気づかないまま、それ以上押さなかった。
「……うーん、そっか。また今度話そう」
あっさりとした声だった。
引き下がりながらも、諦めたわけではなかった。
――唐突に。
扉からノックの音。
そして直後に、がちゃりと開いた。
……ノックの意味がない。
「あ、揃ってんじゃん」
特に感慨のない声。
荘厳な杖で肩を叩きながら、ツンツンとした赤いウルフカットの少女が部屋に入ってくる。
小さい角。
ベルトだらけのパンクな装い。
ショートパンツと鈍器のようなブーツ。
レザーの首輪の留め金が、きらりと光った。
首を回しながら、三白眼が無造作に室内を見回す。
まるでヤンキーのように荒々しく歩いてくる。
……不良と呼ぶには、いささか小さいが。
「……ラズ。貴様、入室の手順というものが」
クルルが眉を寄せた。
彼女らしい細かい指摘。
「うっさ」
それを視線も向けず、冷えた一言で切り捨てた。
要へとトコトコと近づきながら、くるりと声色が変わる。
「兄貴っ、ちょっといい?」
鼻に掛かった甘い声。
爽やかな、何のてらいもない微笑みを浮かべている。
要の座る大きな執務机の脇に、ぽつんと小さく、しかしやたらと近くに居座るクーの庶務机。
そこからゴリゴリと、遠慮なく椅子を引っ張り出した。
その椅子で、ぐいぐいと。
要の隣に立つクーの脛を押し出すように、物理的に追い払う。
彼女の浮かべる迷惑そうな表情もまったく気にしない。
嫌々どいたクーのことを一切見ずに。
そのまま要の横にぴたりと付けると、ラズは躊躇いもなく腰を下ろした。
クーは何か言いたげだったが、何も言わなかった。
「ラズ、どうしたの? ――あ、ちょうどよかった」
要は少し顔を明るくして、続けた。
「面談の話してたんだけど、ラズはどう思う? みんなと個別に話す時間作った方がいいかな」
ラズが要の腕に寄りかかりながら、ぽかんとした。
「面談? 誰と?」
「俺と」
ラズはしばらく要を見た。
こてん、と首が傾く。
考えているというより、意外そうな顔だった。
それから――あっさりと言った。
「なんで? わざわざオレたちに付き合う必要ねぇよ」
室内の空気が、微妙に止まった。
ラズはそのまま特に気にした様子もなく続ける。
「オレたちのために無理すんの、意味わかんねえ。……けど、兄貴が必要だと思ったらやりゃいい、めんどいと思うならやらなくていい」
首を傾けたまま。
スカイブルーの瞳が、何の企ても画策もなく、どこまでも正直な光を宿す。
「それだけじゃん」
からり、と笑った。
裏もない。
含みもない。
ただの事実のように、そう告げた。
要の目がゆっくりと丸くなった。
口をわずかに開く。
予想外な言葉が――なぜか深く刺さった。
策を弄した言葉ではない。
忠誠を示そうとした言葉でもない。
ただ、当然のことを、当然の声音で言っただけのような。
だからこそ。
要の胸の一番柔らかいところにまっすぐ届いた。
「……なんか変なこと言った?」
ラズが首を傾けたまま不思議そうに要を見ている。
スカイブルーの瞳に浮かんでいるのは、本当に純粋な疑問。
クーが静かに割り込む。
どこか、焦るように。
「しかし、ご主人さまの警護の面で推奨はできません」
いつもと同じ、穏やかながら揺るがない声音。
総帥の身を案じるという、あくまで正論の体裁。
――ラズの顔がこれでもかと歪んだ。
「……はあ?」
眉が、鋭く寄る。
三白眼に、あからさまな不快が灯った。
「それをどうにかすんのがテメェの仕事だろが、あ? 違うかよ?」
真正面から、抉り込むように眼光が飛ぶ。
「――普段何してんだよ、テメェ」
刃物を真っ直ぐに突き付けるような物言い。
策謀でも議論でもない。
ストレートで殴り飛ばすような正論。
それこそ、バリスタの開発と運用という、要の無茶振りを実行し完遂までさせた、優れた才媛としての重い一撃でもあった。
クーの蒼い瞳が一瞬だけ濁る。
柳眉がぴくりと震え、額に明らかに青筋が立った。
――やべえ、と。
「オッケーオッケー!」
要が、無理やり割り込む。
内心の冷や汗を軽さで塗り潰すように、声のトーンがすこぶる明るい。
話を切るように。
「ありがとう、ラズ。俺の方で考えるよ!」
「あ、うん!」
表情がころりと変わる。
「でも二人きりで話せるなら、オレは楽しみだな!」
椅子の上で、ぴょんと跳ねる。
要に向ける顔に、さっきまでの鋭さなど欠片もない。
スカイブルーの瞳が、ぴかりと、まっすぐに輝いた。
***
ツァンは、ずっと黙って見ていた。
ラズと。
そして要の顔を。
ラズの言葉が届いた瞬間の――あの目を。
あの一瞬。
要の“正しくあろうとする”力みが、すうっと抜けたように見えた。
(……あやつは、策を弄さぬ)
ツァンの中で、何かが静かに組み上がっていく。
要は、理を尽くした言葉には頷く。
誠実な忠誠には応える。
美しい論理には素直に感心する。
しかしあの目は――今まで一度も見たことが無かった。
策のない言葉。
計算のない温度。
ただそこにあって揺るがない、さながら“家族”の論理。
要の目が丸くなる瞬間。
あの目は――何かを渇望していた。
ツァンは、翡翠の爪をそっと撫でる。
(なるほど、のう)
橙色の瞳が細まる。
ゆっくりと要の横顔を捉える。
龍尾が、静かに一度だけ揺れる。
思考の炎が、静かに、しかし確かに――次の形を探し始めている。
***
「あーそうそう」
ラズが思い出したように声を上げた。
会話の流れを断ち切るような、あっけらかんとした声。
杖をテーブルの縁に立て掛ける。
それから、何の前置きもなく、懐に手を差し込んだ。
取り出したのは、石、のような何か。
親指ほどの大きさ。
形は不規則で、角が丸く削れている。
群青色で、少しくすんで透き通っている。
川底を長い時間かけて流れてきたガラスの破片のような、そんな見た目だった。
しかし。
午後の光を受けた瞬間――その内側が、ぴくり、と一度だけ脈打った。
生きているような、呼吸のような、不自然な輝き。
要は、思わず目を細めた。
「……な、なにそれ」
「デゴールんとこで回収した」
ラズはさらりと答える。
しかし、目は真剣だった。
「“晩餐会”跡の廃墟に、別の日に改めてもっかい調査に入ったじゃん。そのときただの石みてえに転がってた。……でも、普通の魔石じゃない」
――触っちゃだめだぜ。
そう一言だけ付け加えて、テーブルの上にそっと置いた。
ことり、と。
乾いた、小さな音。
それだけなのに――なぜか、室内の空気が少しだけ変わった気がした。
要がテーブル越しに覗き込む。
その視線を受けた瞬間。
石が、またひとつ――ぴくり、と脈打った。
要の背筋に何かが走る。
「魔力の質が普通じゃねえ」
ラズが続ける。
足をぶらぶらさせながら、しかし声だけは真剣さを帯びていた。
――飄々としたラズが、このトーンになるのは珍しい。
「兄貴が来る前からあそこにあったのか……。それとも誰かが後から、なにかを確認しにきたのか――」
言葉が、途切れた。
要は、石と、ラズの顔を交互に見た。
頭上に疑問符がはっきり浮いている。
「……ま、魔石?」
「ああ……」
ラズは、自分の説明が端折りすぎていたことをようやく自覚した。
ばつが悪そうに頭を掻く。
ウルフカットの赤い髪が、ぐしゃりと乱れた。
「そっか、そこからだよな。……ごめん兄貴」
一息。
「とにかく、今のエイシムには動力がないんだ」
ぴん、と人差し指を立てた。
目の奥が、わずかに研究者めいた熱に切り替わる。
「イナが賄ってもいいけど、限りがあるし、……あいつ不安定だからなぁ」
要の頭にふとよぎる。
白いワンピース。
薄く透き通った輪郭。
無邪気に宙を浮かびながら、要にじゃれて飛びついてくる彼女。
薄い体の稜線が透けて見えて、幾度も要を戸惑わせるあの子。
首筋あたりに、時々ちくりと刺さる静電気の痛み。
「――ということで、目ぇつけてんだ。これに」
石を指でつつく。
ころん、と抵抗なく少し転がった。
「詳しく説明したいから、どっか時間作ってくれない?」
こてん、と首を傾げる。
スカイブルーの瞳が光を受けてきらりと輝いた。
要は考える間もなく頷いた。
「うん、もちろん。また後で打ち合わせしよう」
それから、石をもう一度だけ見た。
群青色の表面。
静かに沈んでいる輝き。
「……ああ、それとラズが必要だって判断したなら研究してくれ。きっと重要なことだろうから」
ラズは、ニッと笑った。
計算も遠慮もない、飾らない子供みたいな笑顔。
「おっけ、じゃあ空いたらいつでも呼んでくれ!」
立ち上がる。
石と杖を、ひと抱えに引っ掴む。
「また来るね!」
そう言って、来た時と同じ気軽さで、杖で肩を叩きながら退出していった。
扉が軽い音を立てて閉まる。
廊下に遠ざかる足音が、数秒もしないうちに聞こえなくなった。
ぱたりと訪れた静けさの中で。
クーが、ちょこちょこ、と要に寄り添ってきた。
しれっと視線を脇に落としながら。
金色の尻尾を、ふさりと要の脇にそっと引っ付けた。
体を寄せる角度が心持ち拗ねているように見えた。
ラズがいた間、少し離れていた分を取り戻すように。
もうちょっとだけ続くんじゃ!