愛するNPCが現実化したら勝手にギスギスし始めた挙句バカ重い責任が生えてきた話 作:フォン・デ・ペギラパギラ
幹部十二人が等間隔で円を描き地べたに座っている。
要もまた、円を形作る一人として、一人だけ椅子に座らされていた。
その円環の中で、彼の位置だけが不思議と上座として認識できるような位置だった。
正座をして背筋を伸ばす者。
女の子座りで膝を揃える者。
足を投げ出し、無防備に座る者。
胡坐をかき、腕を組む者。
膝を抱え、内側へ沈み込む者。
早くも船を漕ぎかけている者。
姿勢も、距離感も、性格も、まるでばらばらだ。
それでも全員がこの円の一部だった。
さらにその外側。
重鎮たちの作る小さな円を包むように、数十名の少女たちが立ったまま取り囲んでいる。
黒と白の制服。
背筋を伸ばし、両手を後ろで組み、直立不動。
まるで彫像のような規律。
彼女たちはエイシムの副幹部たち。
その参列の中には、先ほど来訪者に直に対応したエクメアの姿もあった。
一様に唇を引き結び、緊張を湛えながらも――総帥の前に立つという非日常に、ほんのわずかな高揚が滲んでいる。
(……幹部で打ち合わせ、って伝えたら――めっちゃ来たな)
要は内心で呻いた。
ただの廃墟の一角に過ぎないはずなのに。
今やここは、緻密な典礼と審議が行われる評議会の間のように見える。
空気が重い。
呼吸するだけで、重圧を吸い込んでしまいそうだった。
この建物の内側だけでなく、外に至っても静寂に包まれている。
要は内心、完全に凍り付いていた。
おそらく――いや、確実に。この場で一番緊張しているのは、他でもない要自身だった。
(どうしよ……これ、始めちゃっていいのか……?)
しん、と。
何かが始まるのを待つような沈黙が、床に落ちる。
誰も口を開かない。
誰も動かない。
沈黙が、重ね塗り潰されていく。
――そのとき。
ふと横を見ると、誰かがそっと立っていた。
見る角度によって、虹色に反射する光沢のある銀髪。
クリーム色のフリルをふんだんにあしらったゴシックドレス。
ふわふわとした印象で、袖はラッパのように広がり、手指は完全に隠れている。
しょんぼりと下がった眉。
ぷるぷると震えながら、何かを差し出してくる。
要は反射的に、それを受け取った。
(……水筒?)
ゲームであった頃に誰かに持たせた携行資源だろうか。見覚えのあるデザインに少し驚く。
「あ、ありが……あれっ!?」
目を離した、ほんの一瞬。
その少女の姿は、まるで霧のようにかき消えていた。
慌てて視線を走らせると、彼女は何事もなかったかのように、十二人の円の中に座っている。
(……今の、なに!?)
驚きつつも、喉がからからに乾いていることに、要はようやく気づいた。
水筒の蓋を開け、喉を潤す。
冷たい水が、現実感を取り戻させる。
――その瞬間、クーの視線がそっと預けられた。
真面目な表情。
だが唇の端だけ、ほんの少しだけ柔らかく緩んでいる。
それに応えるように、要は視線を返す。
するとクーは、『では始めますね』と言わんばかりに、こくりと頷き、口を開いた。
「それでは――第一回エイシム幹部総合会議を、始めます」
うやうやしく。
しかし、はっきりと通る声色。
「くれぐれも総帥閣下に失礼なきよう注意し、各部の明確な現状報告を行い、課題を共有しましょう」
立っていた少女たちが、ざっ、と音を立てて一斉に礼をする。
座ったままの幹部たちも、同時に頭を下げた。
まるで、事前に打ち合わせていたかのような動き。
要は、ただただ圧倒される。
「では、私から簡潔に」
クーが正座で背筋を伸ばし、凛とした姿勢で語り始める。
蒼い瞳を、総帥である要へと預けながら。
艶やかな金の尻尾が、ばさりと翻る。
同色のきめ細やかなボブヘアの間から、犬耳がぴんと立つ。
人懐っこい外見とは裏腹に、巫女装束を思わせる衣が、静謐で儚い印象を与えていた。
「近衛筆頭、兼、特別近衛保全局局長のクーより、報告を奉ります」
静々と。
「我々特保では、要人警護、機密情報の保持、諜報活動を担っておりますが――」
一呼吸。
「いずれも、現在は機能しておりません」
場の空気が、わずかに張り詰める。
「施設、資材に加え、地形や周辺国家に関する情報データベースも、丸ごと失われています」
淡々と、だが容赦なく。
「そのため保持すべき情報そのものが存在せず、諜報活動も目的を見失った状態です。結果として、多くの職員が職務を与えられていません」
要は、内心で『そりゃそうだ』と頷いた。
その様子を察したのか、クーはほんの少しだけ表情を和らげ、続ける。
「正直なところ、特保が優先して見直すべきは総帥閣下の警護体制のみです」
一拍。
「それ以外の人員は、他部署の優先案件へ回しても問題ありません」
――以上です。
クーはそう締めくくり、軽く頭を下げた。
すぐに、クルルが口を開く。
「……諜報とやらは、何をしていたのだ?」
クーはゆっくりとクルルに向き直り、補足する。
「総帥の勅命を受け、近隣国やその土地に溶け込み情報を特保本部へ送信する――そういった活動を行っていたようです」
そうですよね、というように、クーは要へ視線を向ける。
要は、うんうんと大きく頷いた。
同時に、ゲーム内での仕様を思い出す。
一定期間味方キャラを送り込むと、“情報マテリアル”という資材が蓄積され経済戦や情報戦が有利になる。
(……今となっては、そんなデフォルメで済む話じゃないよな)
要は顎に手を当て、思案する。
すると、クーが、主を立てるように問いかける。
「ご主人さまからは、何かございますか?」
要は、その声に引き戻され、言葉を返す。
「ん? ……ああ、特にないよ。報告ありがとう」
クーはへにゃっと笑い、再び深々と頭を下げた。
その終了を見計らい、クルルが総帥へ視線を送りつつ、口を開く。
「では――近衛筆頭、兼、統合武力管理庁主席戦略監のクルルより、報告します」
一瞬、言葉を区切る。
「形式上はグラが軍部最高役職ですが……最終決裁権は私が持つため、私からの報告となります」
わっはっは、と、胡坐をかいたままグラが豪快に笑った。
クルルはそれを横目でしらっと一瞥し、何事もなかったかのように語り始める。
「当庁は――専制的な軍事機関となっており……」
朗々と、自信に満ちた報告が続く。
要は、その言葉一つ一つを逃すまいと、じっと聞き入っていた。
***
それから、各部署からの報告は続き、数刻に及んだ。
食糧、医療、インフラ、教育、研究、治安、外交。
声の数だけ問題があり、問題の数だけ、意思があった。
要は、何度となく頭を抱えたくなる衝動に駆られながらも、同時に、胸の奥にじんわりとした安堵が広がっているのを感じていた。
(……任せて、よかった)
拠点を失ったこと以外に、世界がゲームから現実へと変質したこと。
その“ズレ”や“歪み”が、どのように現場へ波及し得るのか。
自分一人では決して拾えなかったであろう、無数の細かな違和感と気づきを、次々と差し出してくれた。
口元に手を当て思案を巡らせていた、そのとき。
ふと――場に落ちた沈黙が、不自然なほど長いことに気づいた。
要は、顔を上げる。
視線の先で、クルルがわずかに言葉を詰まらせていた。
クーと瓜二つの輪郭が困ったように曇っている。
「……あー……最後は」
咳払いひとつ。
「総帥付特別緩和室、特別緩和官の……ベル、だ」
その名が出た瞬間、全員の視線がまるで磁石に引き寄せられるように一点へ集まった。
そこにいたのは――ぺたり、と床に座り込んだ小さな影。
それは少女というよりはどう見ても、幼女と呼ぶ方が正しい。
真っ白な長い髪。
ゆるく波打ち、もさもさと広がっては床に溶けている。
遠目で見れば、もはや毛玉か、ふわふわの白い塊だ。
とろんとした灰色の瞳は、半分どころか、九割が眠りの底に沈んでいる。
頭には、山羊のようにねじれた角。
威厳が生えているというより、どこかデフォルメされた愛嬌が勝っている。
もこもことしたポンチョコートは、ほとんどパジャマだ。
見ているだけで、こちらまで眠くなりそうな温度を放っている。
――完全に、寝ている。
クルルの声にも、ぴくりとも反応しない。
ついに堪えきれず、クルルが少し苛立ちを滲ませて声を張る。
「おい、ベル緩和官。……ベル!」
――!
ぴくっ、と。
ベルと呼ばれた幼女は、反射的に頭を持ち上げた。
そして、ぐぐぐ、と無理やり瞼を持ち上げようとする。
だが、眠気という名の重力はあまりにも強かった。
数秒の必死な抵抗。
そして――ふらり。
後ろへ傾き、大きく口を開けて、再び深い眠りへと落ちていった。
まるで、電池が切れかけているぬいぐるみだ。
その光景に、場の空気が一斉に言葉を失う。
――マジか、こいつ。
誰も口に出さないが、そんな無言のツッコミが空間いっぱいに充満していた。
クルルが、半分は怒り、半分は困惑、といった複雑な表情で要へと視線を投げた。
まるで『どうするのだ、主』と無言で問いかけているようだった。
要はその視線を受け止める。
――まあ、一応。という気持ちで、ベルへ声をかけた。
「……ベル。ほら、起きて」
その声にだけ、彼女は反応した。
ベルは、ぱち、ぱち、と小さく瞼を瞬かせる。
まるで、深い水底から引き上げられたかのような、鈍い覚醒。
周囲の空気もクルルの怒気も、まるで存在していないかのように振舞う。
「……パパ……?」
語尾がめくれ上がるような、眠気に溶けた声。
言葉の輪郭が、ふにゃりと崩れている。
「……どうしたの……?」
「どうしたもこうしたもない……!」
クルルが、ついに怒りを隠さず声を荒らげた。
「貴様の報告の番だと言っている! いい加減、シャキッとしろ!」
だが、ベルは一切クルルの方を見ない。
視線はただひたすら、要だけを追っている。
まるで、世界に存在する“重要人物”が、その一人しかいないかのように。
要は、乾いた笑いを浮かべながら、できるだけ柔らかい声でベルに語りかけた。
「ベルの報告の番なんだけど……大丈夫かな?」
一拍。
二拍。
ベルは、半開きの口と目で、ぽけーっと要を見つめ続けていたが――数秒かけて、ようやく言葉を咀嚼したらしい。
こくり。
大きく、首を縦に振る。
「あい……」
そして、思い出したように。
「ベルから……ほうこく、しま、す」
その声は、とろん、と。
まるで、温めすぎた水飴を、ゆっくりと垂らすかのような速度と甘さと柔らかさだった。
「きょうも……」
……間。
「……へいわ、でした」
――空白。
数秒間、沈黙が落ちる。
じわり、と床に染み込むような時間。
「……パパと、おひるね、したい」
ふわあ、と。
魂まで抜けそうな大あくび。
幹部たちの多くが、『なんだ、こいつは』とでも言いたげな顔をしている。
「……いじょう。ほうこく……おわり」
その声に、ほぼ被せるように青筋を立てたクルルが主張する。
「主! これは……その……本当によろしいのですか!?」
無理もない。
――総帥付特別緩和室。
表向きの実務は、総帥の精神ケア、休養管理。
だが、ゲームのときの実態は――。
ベッドが置かれた小部屋に、ベルが寝ているだけ。
部下もいない。具体的な職務もない。
つまり言い換えればただの“穀潰し”である。
要は、なだめるように苦笑を浮かべながら言う。
「まあまあ……ベルは、寝るのが仕事だから……」
そう言いながらも、説明ができないもどかしさを感じていた。
キャラクターには、ステータスがある。
それはこの世界に来ても、要の記憶の中に鮮明に残っていた。
特にベル。それから、例えばグラ。
彼女たちの、言うなれば要領や統率力を表すスコア。
その数値は、地を這うどころか、地中深くに埋没しているレベルだ。
つまり――働かせれば意味がないどころか、トラブルの温床になる。
この事実を、彼女たち当人の前で説明するのはさすがに気が引ける。
(……でも)
要は、心の中で続ける。
(二人とも、最終兵器レベルで強いんだよな……)
しかし何より、彼女たちはこれまでエイシムの“土台”を個人武力で支えてきた存在だ。
幹部に据えているのは確かに要の好みもある。
だがそれだけではなく、座るに足る“力”が、確かにある。
――とはいえ。
ベルには。
ただ、ふわふわと。ゆっくり眠っていてほしい。
それ自身は要の贔屓である――その事実は、幹部たちにもうっすらと透けて見え始めていた。
「……しかし、その」
クルルが、声を落として控えめに抗議する。
「形式的にでも、何らかの枠に嵌めておいた方がよいのでは?」
その言葉に、他の数人の幹部も頷き、声を上げる。
「そうだよ、ずるいもん! ボクもあるじとお昼寝したい!」
「イナ、おんしは睡眠不要じゃろ?」
「うっ……」
一方で、感情に引きずられるように天使の翼を大きく広げたセラが身を乗り出す。
甘ったるく、しかし勢い任せに。
「わたしも、あなたの特別官になりたい! ……ねえねえ、いいでしょお?」
「うぜえ! テメェの馬鹿力で兄貴を殺す気か!?」
「ひどっ! そんなことしないわよ!」
場は、完全に混沌へと傾き始める。
ずらりと並ぶ副幹部の少女たちも、重鎮たちの感情に押されておろおろとしだした。
――こいつら、ここで戦い始めたりしないよな?
――巻き込まれたら、死ぬぞ?
そんな無言の恐怖が、視線や呼吸の端々に滲んでいた。
一方で。
要もまた、場を収拾できず完全におろおろしていた。
当初は全員分の業務説明を入れようと思いましたが、流石に趣味が過ぎてダレると思って止めました。欲しかった人はすみません。。