走狗   作:カストロ

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甘栗

 どこまでも広がる異質な森。

 地面が砂地で砂漠化しているのに木々が生い茂っていたり、はたまた凍土に覆われているってのに菌類がびっしりな森。

 特異な植生を内包する森に住まう動物もまた特異で驚きの連続だった。

 

 幸い、兄弟姉妹の中では単独で狩りができるようになるのは一番早かった。

 

 だからだろうか、父が明確に殺意を向けてくるようになった為、群れから早々に離れた。

 その後は適当に他の群れでも探すか、はたまた独りで気ままに日々をほぼ本能のみに生きようとしていたあの頃。

 同族以外の悪そうな畜生は大体友達になる前に喰らった俺は敗走を経験したこともあったけれど最終的には捕食する側であり続けた──頭部が甘栗みたいなヒトのカタチをしたこの怪物と出会うまでは。

 

 そいつは足音を一切立てず、不思議なことにニオイすら発せず唐突に眼前に姿を現した。

 音とニオイってのは畜生──とりわけ俺らのような畜生にとっては特別で最大の武器なわけで、この2つの網を素通りするなんてことは、ほぼない。

 まあたまに隠蔽に特化した虫や一部の鳥なんかは掻い潜ることはあるっぽかったけど、それでも奴らは隠れたり逃げることを目的としたものだった。

 

 だが眼前の甘栗は違う。

 こいつは俺のチートな性能がたくさん搭載された肉体をもってしても知覚できなかった一瞬の隙を突くようにして現れた。

 

 本当にただただ現れた。

 それでいてこちらを喰らおうだとか邪魔だから排除すべく攻撃するといった素振りすら見せない。

 だというのに平気ではいられない。

 ある日、なんの前触れもなく風呂上がりの自分の携帯端末を同棲中の彼女が手にしていたあの時に似て、唐突で、怖くて、頭が真っ白で、鼓動がやけに煩くなってくるあの感覚を思い出す。

 

 吐きそう。

 

「ほう、はぐれか?」

 

 え? 声ちっさ。

 耳チートな俺じゃなきゃ聞き逃しちゃうくらい小さい。

 あ、この甘栗ってもしかしてヒトのカタチをしてるだけで霊的なソレだったりする? 

 いやでもそのわりには存在が肉体サイズに不釣り合いなほどに巨大で、群れのトップだったあの父と比べるのが馬鹿らしいほどで……。

 

 本能がはよう仰向けになろ、はよう仰向けになろと煩い。

 でも無視しちゃう。仰向けになる前に考えないと、これはそういう手合いの相手な気がする。

 本能じゃなくて理性がそう告げている。考える時間はあまりない。

 なら思いついた選択肢の中から最善を選び、すぐに実行するのが最良。

 

 ひっひっふー。

 緊張しても良いけど雑にはするなー、おれー。

 よーし。

 

 左前足が付いている地面がザラザラとしているので、これを利用しよう。

 爪の先が動かないよう意識し、肉球の感覚を尖らせる。

 視線と鼻先をやや上向きにして、視界の端に甘栗を捉えておく。

 使い古された古典的な手段に出る前に、前世のヒトパワーを加えて意外性を添えておく。

 無駄になるかもしれないけど、離脱の成功確率を少しでも上げるためには思いついたことはすべて詰め込む。

 

ハァ……

 

 肉体サイズに比例する大きな溜息を吐くのと同時に甘栗に向けて砂──ヒトにとっては致命傷になるような速度の石を放つ。

 結果を確認する前に四肢に軽く力を込めて速度重視の横方向への跳躍、からの着地の勢いを殺さずに加速、前脚で低木を切り刻んでの目くらまし。

 木々の合間を進み、四つ足の有利がある地形を即断しながら目標に向けて突き進む。

 

「壊さんようにせんとのう」

 

 背後に聞こえた声に比喩抜きに全身の毛がよだつ。

 高濃度の恐怖に四肢の関節が緩み、背筋が凍りすぎてアイスキャンディーが頭を過るというバグが発生。

 怖がり過ぎる己に笑えてくるという末期な状況がコンマ単位で訪れるも、これって現実で……母ちゃん助けて。

 母ちゃんはここに居るはずないし、居たとしてもたぶん赤の他人以前に種の壁があって、ここってたぶん地球じゃないっぽいから今生で会うことすら叶わない。

 でもこのまま、この甘栗にサクッと殺されたら……これが悪い夢で、目覚めりゃ風俗は月に1回までにして早く結婚しろと煩く言ってくる母ちゃんにまた会えるんじゃあ? 

 そんなことを考えつつ、全力以上の力を込めて動かしていた四肢を緩め、尾を左右に揺らす。

 

 直線距離なら数百メートルなものの、高低差に障害物もあったのでこのチー畜の脚をもってしても数十秒は掛かった。

 常であれば全力で動き回っても疲れるという感覚を覚えないのに、今は舌がだらりと出てしまい息も荒くなっている。

 頭と腹が急速に冷却されていく中、確信する。

 

 過去に慢心から危機に陥り、己が無欠の存在ではないことも知っている。

 ヒトであった前世が捕食者とは反対の被食者(ATM)であった頃の経験を覚えている。

 そんな俺だから、わかる。

 

 今日オレはここで──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勝ったわ。水浴びしてこよ。

 

 ᴥ

 

 この森は地形のみならず生態系も地球離れしていて、異世界している。

 それを証拠に自身も含め動植物のサイズがガバガバでグロい。

 で、ここら辺で一番のガバはダントツで蜂。

 奴らはハトくらいのサイズがあるのに蜂本来の機動性も持っているヤベー奴で、蜜を集めるタイプじゃなくて肉食タイプだもんで、それがまたヤバさに拍車をかけている。

 

 ここら一帯にふらりとやって来た当初、ポッポ蜂の存在を知らずに慢心していた俺は数の暴力に屈して体中を齧られ刺されて初めての敗走というものを経験した。

 初めて死を明確に意識させられた苦い思い出ながら、前世が人間様な俺は対処法を学んだ。

 奴らを探るべく、チー畜に完備されている諸々をフルに使って何日も観察した。

 そこで幸運にも明確な弱点に気づき、その日はたまの贅沢にと面倒な火起こしまでして妙に人間っぽい面をしたお猿さんの丸焼きを食して祝ったほど嬉しかった。

 

 ポッポ蜂の弱点、それは高すぎる攻撃性に加えて音である。

 

 ヒトの肉眼にも映るであろう距離。

 ポッポ蜂の巨大な巣はもう間近と言える距離であり、それを証拠に無数の翅音が発生している。

 天敵たる俺の登場に独特な翅音と機動の飛行が行われる。

 

 ポッポ蜂の最大の強み、それはサイズや数ではない。

 奴らの最大の強みは学習能力というか妙にヒトっぽい部分。

 どうやら一度敗北した相手には、勝ちの目が見込めるまで逆らわないようなのだ。

 俺の寝床に週1くらいのペースで狩りの成果物をお供えしていくほどで、高い社会性を持つ。

 

 斥候の役目を持つのか、飛行に特化していそうな細身の個体数匹が俺の周囲を飛行しつつ、ブブーブブーと一定のリズムの翅音を鳴らす。

 そう警戒せずとも今日も攻撃したりしねえから安心しろってな意味を込め、小さくワッフワフと吠えておく。

 本気で吠えたり、遠吠えでもしようものなら飛行できなくなるほど音に対して脆弱なこいつらは、遠くの空の雷鳴にすら全力で警戒して巣から出てこなくなる。

 なので俺も声量には気を使う、今は特に。

 

 そんなこんなで数秒ほど遅れて甘栗が悠々と現れる。

 表情には疲労の色なんて微塵もないし、息も一切の乱れがないし、汗のニオイも皆無。

 今更ながらに気づいたけど、サンダルに短パンという舐めた格好だ。

 森の中にあってそれは非常に浮く格好で、それでいてチャラさが微塵もない不思議。

 

 ま、こんな風に呑気に考え事ができるのも高すぎる攻撃性を発揮したポッポ蜂が盛大に甘栗へと向けて突撃を敢行しているからで、俺は既に逃走を再開させているからだったりする。

 勇敢なるポッポ蜂らの強みは学習能力にあるとはいえサイズと数も十分に驚異となる。

 甘栗は怪物とはいえ、サイズはヒトにしても小さい部類。

 俺がポッポ蜂に勝利したのは音が弱点であることを知ったうえに、一口サイズの範疇であったのも大きい。

 

 これで逃げ切るくらいの時間は稼げる。

 

 ᴥ

 

 一歩一歩は適当に。でも数十歩単位は丁寧に。

 頭の中にあるグルメマップを元にして、ヒトが移動に不向きなルートを描いて走り続ける。

 ルートに選んだ木々の枝が物理的に繋がり、蜘蛛の巣状になっている場所では樹上を走破し、川や湖はなるべく避ける。

 トカゲの踊り食い祭りな季節以外は近づかない湿地帯も避けず、泥だらけになりながら疾走る。

 日が暮れはじめ、夜行性の畜生の時間(エンペラータイム)がすぐそこになった頃、広大な森の中の空白地帯とも言える山岳地帯に入ったところで歩を止める。

 

「ハッハッハッハッ……フヒッフッフッ……ゴパッ

 

 喉元に溜まった異物を吐き出せば、それは赤黒い血の塊で奇しくも甘栗の頭部サイズ。

 肉体の至るところが悲鳴をあげていて、猛烈にゴロゴロしたくなってくる。

 でもそんな思いを押し留めて血のニオイを消すべく、血の塊を川へと投棄するついでに深さが十分ありそうな川中へ。

 川の中で行水しつつも耳に気合を込めて死角になりがちな樹上や後方の音を拾い集め続ける。

 

 行水しつつ、ついでに水もがぶ飲みする。

 血に誘われてか恐れ知らずのウナギっぽいワニの群れが寄ってきたので──いつもの癖で踊り食いにしようとした口を閉じ、自重。

 血のニオイは今は厳禁であるので、ウナギワニどもを掬い上げて川岸に捨てていく。

 熱を持っていた金玉がほどよく冷たくなってきた頃合いで川岸に上がって知覚する。

 

 甘栗がその存在を極限まで薄くして普通に川岸に立っていた。

 川岸の乾いた石に肉球の大きな跡をペチョペチョと付けつつ甘栗の真横を通り過ぎる。

 音のみならず気配まで消したまま、甘栗が踵を返す形で横を歩く。

 

「食わんのか?」

「……ワ、ワフ(え、まあ)」

「ふむ?」

 

 甘栗がウナギワニを指差し、問うてきたので一応ワフワフと答える。

 よくよく考えればヒトの言葉なんて何年ぶりに耳にしたんだってなもんだけど、なんとなくわかる──え、こいつの口している言葉って……日本語じゃ? え、マジ? ここって日本? は? 怖ッ! 

 体が強張り、あくびを噛み締めつつ舌がハアハアさせろハアハアさせろと強く主張してくる。

 でも今はハアハアしてる場合じゃねえ! 

 この日本語を口にするヒトのカタチをした怪物への対応が大事だから舌は引っ込んでろ。

 

 そもそもこの甘栗の目的は? 

 森で迷って人に声を掛けるのとはわけが違う。

 こちとらどこからどう見ても畜生だし、サンダル短パンという軽装っぷりからしてその線はない。

 

「ワフ……ウォフッ? フォフォン? (ここ……日本? 日本人?)」

「はて?」

 

 お互い首を傾け合う。

 まあ伝わるわけないのは百も承知でやったワフだ。

 これでもかなり頑張って言葉っぽくしたんだけども──んなことより、とりあえず逃げないと。

 日本云々はこの甘栗に確認する必要もない。怖いし。

 

 力を込めすぎないよう、早さ重視で軽くを意識して四肢を動かそうとしたその瞬間──強烈な危機を察知して真上にぴょーんとジャンプして回避する。

 寸前までそこにあった自身の尾を掴もうとしていた甘栗の手は空振りに終わり、若干の困惑の色をその面に浮かべている。

 警戒していたってのに、その危機は本当に知覚の隙間を縫うようにして訪れた。

 気づけたのは偶然に近く、畜生の本能が生を掴み取ろうと頑張った結果とも言える。

 

 まあ、頑張ったけど真上にジャンプしたのは失態だってわかってしまえる。

 圧縮された時間の中、いろいろと頭の中で考えを巡らせつつ、焦燥が強まるのに合わせて時間の進みが元に戻ってくる。

 着地と同時、意表を突いてやろうと頭を地面に打ち付けるようにして前転する。

 勢いを殺さぬよう背を丸め、両前脚の爪を地面に突き刺し、体を射出するよう全力で引く。

 

 目をつけていた太い木に飛び込み、四肢をついてそのまま体を預ける。

 しなりを利用して横方向に飛べば、移動先となる線上に枝を片手で掴んでぶら下がる形で甘栗が。

 先読みされた事実に絶望しつつ肺の中の息を全力で吐き出し、体をひねる。

 パキパキする胸部と無理なひねりにより生じたのか、背と腰の辺りがミシミシする。

 軌道はほんの少しズラせたものの、次の行動への布石にと口の中に牙を立てる。

 

 視界の端に映る甘栗の次の動きを読んで口内に溢れる血を射出──ハズレ! もうッ! 

 

 予想していた場所に甘栗はおらず、いつの間にやら己の背にいるという現実。

 もうほぼほぼ詰みの状態だと理性が理解して諦めムードとなり、軽く過去を振り返りそうになる。

 でも本能くんがそれを許さず、最期のその時まで戦え抗え孕ませろとワンワンする。

 本能くんの必死の要望に応えて、前脚を畳んで後ろ脚を蹴る要領で背の甘栗を前方に吹き飛ばす。

 目論見どおり、甘栗の重みが背から消えるも、それは一瞬のことで再び背に立たれてしまう。

 まあ失敗するだろうなと理性くんは予想していたので、甘栗が背に立つ前より尾を丸めて背に向けて振るっていたりする。

 

 結果。振るった尾の毛の感触から、甘栗が吹き飛んでいくのを知る。

 

 え、意外。マジか。

 避けられるか、掴まれるかと予想していたってのに。

 吹き飛んでいった甘栗は、飛んでいく方向を自分の意思で定めていたようで、木の幹に足の裏をつけて()向きに立っている。

 物理法則をガン無視したその光景を見ても、あんまり驚かない。

 甘栗はその存在が色んな法則の外にいそうだし、てかたぶんいる。

 

「随分と敏いのう」

「クワッフ、ワフ(無理ゲーだな、こりゃ)」

「魔獣には見えんが……もしや、言葉を理解しておるのか?」

 

 甘栗の存在が一気に膨らんだような気がする。

 そんな気がするだけで視覚や聴覚で知覚したわけではない。

 俺の中にある第六感的な部分でそれを知れたんだと思う。

 だからもう最期に自身の爪と牙に賭けろと本能が喧しく吠えている。

 

「ファ……アッフフッ(あー……腹減ったな)」

 

 昨日、満腹だからってスルーしたポンポン爆発するキノコ喰っとけば良かった。

 あれって爆発するのが面倒だけど、甘じょっぱい菓子みたいな味がして美味いだよなあ。

 最近結構見るようになったから、いつでも喰えるとスルーしなきゃ良かった。

 

 最期になるっぽい空を見上げれば、青がまったくなくってどんよりとした曇り空が広がってやがる。

 鼻の湿り具合とヒゲの感覚からして夜には土砂降りになりそうなニオイがしてくらあ。

 屍が雨に晒されるのはなんとなく嫌な気分になるというか、前も強い雨の日にぽっくり逝ったんだっけか。

 

 ᴥ

 

「すまん、ついやってしもうたようじゃ」

 

 は? すまんじゃねえし。

 テメエ脚を引っ掴むんじゃねえ。

 喰わせろタコ助お願いします。

 覚悟を決めてほぼほぼ諦めたってのに怖すぎだぞクソジジイ。

 俺がもっと年食ってもっと力をつけてたらお前みたいなシワシワひと噛みで─ワフ♥

 

 ぷー? はれ? ほぶ……? 

 

 おかしい。

 まだ致命の一撃を食らったわけでもない。

 なのに急速に体が枯れていくような感覚を覚える。

 

 はれ? ほれってさうな? ちがう? 

 なんなん、これ……なにこれー。

 あー、ふわふわふーしてきたー。あかーん。これしぬまえになったきーするー。

 

「纏うんじゃ」

 

 なにをじゃハゲ。

 

 ᴥ

 

 枯らされたあの日。

 甘栗の声を必死になって咀嚼してふわふわしたのを手繰り寄せ続けた。

 朝の通勤ラッシュ時やお偉いさんが取り仕切る会議中にうんこを何度となく我慢した経験をしていなかったらダメだったかもしれない。

 

 でだ。今、俺は飼われている。

 飼われるのはこれで2度目。

 1度目の飼われは前世にてだけど、状況が全然違う。

 

「新鮮じゃぞ」

 

 甘栗なご主人をはじめとするヒトの話す言葉の聞き取りがほぼほぼ完璧になってきた今日この頃。

 ピシッとした正装に身を包んだ強面の野郎どもが甘栗なご主人に侍り、彼らの一部が特別な餌が満載された台車を俺の前へと運び込んでくるのが、ここ最近の日課になりつつある。

 前までは家畜をメインにした餌が運び込まれていたってのに、アタシこの餌キライなのよね。

 

 ちなみに新鮮なのは本当で捌かれたばっかりなのは見て取れる。

 だってホヤホヤだもの。湯気みたいなのがまだドロドロと漏れ出てるし。

 

「ジイ。やはりここにおったか」

 

 若干乾いたスルメっぽい──たぶん甘栗の血縁者が音もなく登場。

 足音を消すのが癖にでもなってんのかな? そんな年頃には見えないけども……ううむ。

 まあ今は目の前のヒトの会話は脇に置いておこう。

 山積みにされていく餌という名の人間の死体のほうが問題だ。

 

「……うむ」

 

 別に俺が人間様の前世記憶持ちだからって、餌となる人間の死体の全部が嫌いなわけじゃない。

 人肉は個体差が激しいってのが、ダメなの。

 まあでも食えないほどじゃないから、例えるなら祖父母の家で出されるおやつくらいには我慢して喰える。

 でもハズレの割合が高いのは事実だったりする。

 

「こやつを飼うのに反対はせんが……人の味を覚えさせるには早すぎるかと思ってな」

「……」

「なんぞ目的があって構っておるのか?」

「無論……乗る」

 

 ペット化にまっしぐらなこの状況はもう受け入れているし、出されたモノに文句を言うのは贅沢ってのも理解している。

 でも俺ってば森生まれの狩猟系の畜なわけだからさー、舌が肥えてるのよ。

 ひとつの季節のうちだけでも数十から数百種の味を口にしていたわけで、エブリデイ人肉は苦痛なの。

 せめて焼き肉にしてくんないかなハゲ。

 

 だからこちとら現状ハンスト中だハゲ。

 もう約半日もの間、なにも喰っていない。

 すごい。よく我慢してる俺。すごい。

 

「む? 乗るのか? は?」

「……」

 

 刹那、人間の頭部サイズの甘栗がリアル甘栗くらいなサイズとなる。

 小さな甘栗の残像を知覚したその瞬間──鼻面に重さが生じる。

 くしゃみが出そうになる感覚を堪える。

 一応これでも主人であるからして甘栗。

 

 でも鼻面に乗る意味は理解できないからな。

 俺が歩けばそこって結構揺れるし、ヌメヌメなのよ? 

 そのままだとより目になっちまいそうだし、シンプル邪魔。

 

「嫌がっておるようには見えんが……いや、それよりそこに乗るのか」

「……」

「それで、これは番犬にはせんのか?」

 

 番犬はなあ……それをやったとして給料って貰えないだろうし、モチベが続くかどうかが問題になりそう。

 今までの経緯を鑑みれば衣食住は確約されてそうだけど、なんだかなあ。

 

「……」

「む? もしやただのペットとして飼うのか? じゃがこやつは無駄に大き過ぎんか?」

 

 大きいよ。確かに大きいよ俺って。

 でも言うて車サイズだし。大型の。特殊がつくタイプのだけども。

 

「……坊」

「なんじゃ?」

「ミケじゃ」

「ん? こやつの名か?」

「うむ」

 

 俺ってミケなの? 

 え? てことは俺って猫なの? 

 わりと犬とか狼とかワンワン系だと自覚してたんですけど。マジ? 

 

 いや湖とか水溜りに映った自身の面は何度か見たことあるけど、正しく犬ってた。

 うん、この甘栗は元気溌剌で眩しいくらいだけど、それって雰囲気の話であって見た目はシワッシワのキャンタマなジジイ──というかほぼほぼ死体だし、認知症の可能性は大だ。

 

 でもまあ、ノッてあげる。

 俺ってノリは良いほうだから。

 

「デャ~フォ」

 

 精一杯の猫の鳴き声を真似てみた。

 結果、記憶にある猫とは全然違って酔っ払いの落語家の鳴き声みたいになってしまった。

 なぜかスルメが困惑を浮かべた顔色でこちらを見て、甘栗を見て、再びこちらを見て小さく溜息を吐いた。

 

 ᴥ

 

 群れの中ではそれを口にするのは弱者の代名詞だった。

 

 草。

 

 狩が下手で妥協して草食う奴には草生える的な考え。

 それが群れの教えで思想で宗教で草だった。

 だからか草を口にすることはあまりなくって、口にする場合もポッポ鳩に体中を齧り取られた場合等に限られていた。

 

 でもまあ、この巨大な洗畜場付きの戸建て犬小屋での暮らしで草への考えも変わってきたりしている。

 なにせ周辺には良さげな草がたくさん生えていて、刺激的な味がして結構アガるというか嫌なことを数瞬だけ忘れられたりするマジカルな草なのもあって楽しい。

 餌は依然として人肉だし野郎ばっかりで毛深いし臭いけど草は癖になるくらいに好き。

 

「それで? コレは番犬にはしないのか?」

 

 今日は珍しいことに甘栗が顔を見せず、代わりにスルメと何度かしか見たことがない彫刻みたいな──これまた甘栗の系譜っぽい──のが我が家(犬小屋)を訪れている。

 

「じゃな。ジジイがこれを気に入ったようでな……」

「ただの大きい犬? 狼じゃないの?」

 

 あと初めて見る顔もある。

 少女のような顔つきにロン毛ながら雄のスメルがするのでこれまた甘栗系譜ボーイ。

 このボーイは喧嘩は弱そうだけど狩りは上手そうな印象があって、このタイプは兄弟にもいた。

 奴は今頃、あの父のタマを虎視ワン々と狙って雌伏してそ。暗ッ。

 

「見てくれはの。じゃがおそらくコレは……あくまでもワシの勘じゃがのう──魔獣化しておる」

「ほう」

「魔獣化? ホント?」

 

 暗そうな少女ボーイがマジマジとこちらに視線を向けてくる。

 その後方で腕を組む彫刻の眼の角膜と瞳孔の境界が不思議で特異で、何度見てもゾワつかせてくるプーチン感。

 

「専門家ではないから断言はできんがの」

「出入りの専門家に見せるか?」

「止めておけ。ジジイが気に入っておると言うたじゃろ。それにこやつはもう使えよるんじゃ。普段は垂れ流しておるようじゃがな」

 

 てかファミリーで俺ん家来るなら手土産に甘味でも持ってきてほしい。

 甘栗はたまに酒を持ってきてくれるが、菓子の類の趣味がジジイ過ぎて口に合わないし甘栗より若いお前らならその辺、俺の口に合う甘味を好むだろうに。

 

「無理やり起こしたのか?」

「偶然じゃったと言うとるが……どうだかのう」

 

 むかついてきたしウンコしたろ。

 

 

 

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