走狗 作:カストロ
本能のみで生きていたあの頃。
喰らうこと、雌のこと、驚異たる父、あと雌のこと、それに雌のこと。
そんな大別すれば5種類のみで生きていた頃は時間の進み方が早かったように思う。
今はというと──しっかりした上司や同僚の女性の比率が多くて下ネタ厳禁な飲み会くらいには時間の進みが遅い。
「オマエ、ココでなにしてるの?」
「グワフ?」
見たまんまだ。俺が今やっているのは釣りである。
このロン毛の少女のような少年は釣りを知らないのかな?
ならおっさんが教えたらんこともないけど面倒やし見て覚えや。
「? ホントに釣りしてるの?」
「グゥフ」
「釣れるの?」
釣れる。けどこの山の湖はそこそこのサイズのわりに魚の数は少ない。
釣れたとしても焼くと毒々しい色の気持ち良くなる煙が立ち上るので、味よりそちらがメインのお香的存在だったりもするが。
「グッ」
「ナニソレ」
構造的に握りこぶしを作るのは難しいが、強引にサムズアップを作り、長い爪を立ててやればこの少女ボーイめは首を傾げて冷めた目を向けてくる。
可愛げのない奴だな、まったく。
「オマエってホントに言葉わかるの?」
「グゥ……グゥグゥフ」
まあまあ、わかる。でも返事が面倒なのを察しろよ。
喉がイガイガしてくんだよ、この吠え方。
「ナニ? わかんないよ」
「……」
もう吠えるのも面倒なので自動的に口に咥えてしまっている手ごろなサイズの枝──というか木をぶらぶらと揺らしてなにも答えない。
「……むかつくね、オマエ」
犬にむかつくお前の将来がおっさんは心配だよ。
ᴥ
念に目覚めさせられ、修め、開発する。
甘栗な飼い主直々にあのサウナー現象の正体である念というマジカルパワーの教えを受けた──というか、他の奴は俺のワンワンオがあまり通じないからってのもあるが。
筋がいいと褒めてくれる甘栗には申し訳ないが、俺はそこまで出来の良い生徒ではないと思われる。
オーラを纏うっていう【纏】、精孔を閉じたり開いたりっていう【絶】に【練】は甘栗が驚くほどの早さで覚えられたし、応用技とかいうのもすぐに熟せるようになったが、【発】とかいうオーラを操るっていうやつがどうにも苦手で甘栗を悩ませていたと思う。
たぶん【纏】に【絶】に【練】、そこから派生する応用技は野生の勘でやれているだけで、【発】となると知能がものをいう領域であるっぽいので、中の人である俺が担当する必要がある為だろう。
それに加えて俺の念の系統は操作系らしい。
操作系なのにオーラを思ったとおりに操れないという矛盾。
中の人のスペックの低さが酷すぎる。
それでも懇切丁寧に甘栗が教えてくれるので、季節をひとつ跨ぐくらいの時間が流れた頃には甘栗が鼻先に乗っても寄り目にもならず、さらにはこの家の広大な敷地内の山道を壊さず自在に走り回れるようになったし、えらくレトロな飛行船にぶら下がれるくらいには念ってやつを応用して体躯を器用に動かせるようにもなった。
でもたまに山に忍び込んできた密猟者っぽい奴らを甘栗がポンポコする際、俺を足代わりにするのだけが意味不明だ。
自分で走った方が早いだろうに、甘栗は妙に俺に乗りたがる。
あと甘栗の孫だか曾孫だかの彫刻が飼う馬サイズの犬と見合いさせられたりもあったが、どのメス犬もピンと来なかったし、馬サイズでも無理があるだろうと己のポコチンを爪指し訴えたら──スルメっぽい甘栗の息子だか孫が爆笑していたが、彫刻は怒っていたように思われる。というか怒っていた。
そんなこんながあって、【発】──現時点での念の集大成となる必殺技的なものの開発をせんかと甘栗に勧められ、頭を悩ませている今日この頃。
皆さんはどうお過ごしでしょうか。ぼくは餌である人肉が血抜きされるようになり、食生活が改善されております。
さて、甘栗より【発】に関しては自身の望みを形にするのが一番だと告げているのでそれに従う。
結果的に無理ではあった。でも真っ先に浮かんできた望みってのが──。
人化。
創作物等だと人化は地雷要素なんて言われることもあるけど、自分が畜生となった場合は別。
ぶっちゃけこの畜生な肉体は燃費が悪くて不便で喋れない上、わりとガチでウンコがデカくて臭い。ポコチンもデカすぎるしグロいし怖いのもマイナスだ。
でも人化するのに必要な【発】となると操作系をメインに強化と変化も加えてかなり高度な領域でまとめる必要がある上に、俺の念系統との相性もあってメモリーっていう容量が足りないっぽい。
まあでも制約と誓約とかいう裏テクを効かせれば、制限時間付きで人になれる【発】は作れそうだった──女体化すっけど。
人化に続いてTS。
人化とTS、この2つの属性を併せ持つ主人公は意外に少なかったような気がする。
ああ、でも前世では文章にしろ映像にしろ創作物に性描写があったりすると、そこで止めにしてしまうくらい潔癖なきらいがあったので偏った知識かもしれない。
競走馬が女体化する作品だなんて想像するだけで面白そうだとは思っていたけど、競馬にはつきものの繁殖や、牝馬ならフケが入ってくるだろうから触れなかった記憶がある。
ウマ娘がエロそうってのはさておき自分が女体化するとなると、どうだろう──なしだ。
なしだ。秒で即決できてしまうくらいには女体化には忌避感が強いので、【発】は無難に『言葉』にしようと思い至った。
文字の読み書きは頑張ればやれていたけど、言葉を操るのはワンワンフォンフォンがメインなこのトゲトゲな口にはしんどかった。
あと、甘栗には何故か詳細な内容まで伝わることが多いけど、一粒としか話せないのは世界が狭すぎる。
ただ、人化同様に操作系をメインに強化に変化の系統で作り上げる【発】である都合上、制約と誓約は厳しめにしないとメモリーの消費が激しくなりそうだった。
なので制約と誓約にはかなりシビアなものを設けた。
己で定めたルールを破った場合は死よりも厳しい罰として、一生を人として女体化する上に化粧はおろか改造も不可のブスのままとなるものとしたら、メモリーの節約がかなり捗った。
そして最終的に言葉にオーラを纏わせるという形にしてようやく、文字どおり【念話】が行えるようになった。
『オイ オンナ キケ』
「あら、アナタ……話せるようになったの?」
メンヘラ臭とケミカル臭を振りまく女。
甘栗によりこの女を喰らうのは辞めろと言われていなかったら、とっくの昔に喰らっていた。
その理由は単純で、この女は俺の食事に毒を盛る上に針だとかちょっとした爆発物──おそらく己の念由来の異物を混入してくるので扱いに苦慮していた。
話せるようになる前はこの女の私室に何度も侵入してはウンコをしたものだけど、それも終いだ。
今日からは本人に直接ファッキンビッチという意を伝えられるのだから、からくり屋敷を破壊してしまったりして執事らを困らせることもなくなる。
『オレ ノ メシ ニ ヨケイ ナ コト スルナ』
「へェ……アナタ……そうね。変わった、そう、変わったペットだとは思っていたけれど……そう」
ん? そもそもペットの座にいつまでも甘んじている俺じゃあない。
俺のドギーライフを見ていればわかりそうなものだろうに。
衣食住を完全に依存しつつも飼い主に媚びたりせず、酒呑んでプラモ作ってるくらいには俺は自由にしているんだから。
家事のお手伝いなんて見返りありきでたまにしかやんないし。
『ペット ジャ ナイ ヒモ ダ』
「あら? ほとんど同じ意味でなくて?」
だから今の俺は立派なヒモだ。
でも全然伝わっていらっしゃらない。
まったく。常識が抜け落ちているこの女に咀嚼して説明してやろう。
『アイジン ト セフレ クライ チガウ』
「ハイ? 意味がよくわからないのだけれど?」
『オマエ ノ ダンナ ニ キケ』
「……旦那様に聞けと? 今、アタナはそうおっしゃったのかしら?」
『アイツ クワシイ ヨク オマエ イガイ ノ メス ノ ニオイ ヲ ポコ──』
こちらの言葉を最後まで聞かず、女は音もなく消えてしまった。
意識して閉じていた己の大きな口を解放して、これまた大きな口角をぐにょりとあげる。
あの彫刻には恨みはちょっとしかないけど、この俺に執拗に盛ってくれやがったこの女の罪は重いのだ。
さて愉悦に浸りつつ今日は大きめの穴っぽこでも掘って──んだよ、また来たのか。
「オマエ、今ヒマ?」
『……』
「付き合って」
【念話】ってのは燃費が悪い。
いくら制約と誓約でメモリーを節約しているからって、【発】は【発】だから相応にオーラは消費する。
先程は必要に迫られて【念話】を連発していたけど、普段は極力使いたくないし使わない。
ただし眼前のこの少女ボーイはある程度の付き合いがあるので、意思を伝えたい場合は【念話】を使用するまでもない。
拒絶の意を伝えたい場合は丸まって目を瞑ればいい。
「オマエ、やっぱりむかつくね」
悪態を口にしつつ針を刺そうとするんじゃあない。
刺さると少し痛いのでやめろ。
それに分厚い皮を避けて眼球や肉球部分を狙うのは悪手じゃろガキンチョ。
刹那の攻防の中、己の毛を操作して少女ボーイの手首に巻き付ける──つもりが避けられたのは想定内。
次の手は既に打ってあって、応用技である【隠】で操作された毛は存在を極限まで消してあるので、少女ボーイの腕に容易に触れ──避けられた。うん、想定内想定内。
「オレとヤる気?」
『ザコ トハ ヤラネ』
「ハ?」
まだまだ薄っぺらい肉体にへにょへにょのオーラ。
甘栗は当然としてスルメにも彫刻にも及ぶべくもない力量なのは本能の部分で探らなくてもわかる。
それでもこの少女ボーイは喧嘩は弱いけど殺し合いが強いタイプなので煽り過ぎると面倒になる。
『シゴト カ?』
「……ウン。片付け面倒だから付き合って」
『コヅカイ クレ』
「わかった」
甘栗同伴でこの家の仕事を手伝うことはたまにある。
現場でホカホカの食事を摂るっていう手伝いがメインだから楽なモノだ。
この少女ボーイとも何度か同じ現場に帯同したこともあるし、要領は大体わかっている。
諸々の準備や処理は執事らがすることが普通だけど、プロフェッショナルな彼らでも大量に死体が出る場合なんかは現場を片付けるとなると、やっぱり口の大きな袋があると便利なんだろう。
でも現場に転がる死体って大体脂っこいか香料が効き過ぎてて、くどいんだよなぁ。
ᴥ
最終的な打ち合わせの際、【念話】にて少女ボーイと呼んだところ、呼び名について遺憾の意を表してきた。
甘栗は甘栗呼びでも大丈夫だし、スルメも彫刻もこういった主張をしてこないし、子供ってのは変な部分にこだわりがあるのかもしれない。
そういえばこの少女ボーイ改めイルミの下にいる丸っこい弟も「丸いの」呼びを嫌がって名前呼びを希望してきたっけか。
格ゲーで俺に勝てたら呼んでやるよなんて【念話】で答えてやれば鼻息を荒くして勝負を挑んできたけど、アケコンを駆使して手慣れた仕草を見せつける丸いのとの対戦を開始した瞬間、丸いのが持つアケコンを粉砕してやり、こちらは妨害を試みる丸いのを毛で簀巻きにして爪の先でレバーを倒して弱パンを連打して勝利してやったので、名前呼びはお預けである。
それ以来、丸いのは俺とゲームで遊ぶ際、ものすごく警戒して有線接続に拘りつつ周辺機器には常に【周】をするようになっている。
とはいえまだ10歳にもなっていない上に念の修行をサボりがちであったらしく、雑である。
こちらの【隠】を見破れないし、古典的な視線誘導や不意に音やモノが発生すると集中をすぐに乱されるので対戦系(パズル系は考えないものとする)のものはほぼ負けない。
ただ、対戦系のもの以外ではFPSをメインに一緒にランクを回したりもする(専用の巨大ゲームパッドやキーボードにマウスを作成してくれた執事陣には感謝)けど、シンプルに俺の方が動体視力やトラッキング等の肉体操作が上であるので、IGL以外の部分で明らかに差が生じるので、そういう部分を指摘すると涙を浮かべて悔しがる──ので、こいつは伸びると信じて心を鬼にしてオンラインゲーするなら札束積み上げて得意になれるMMOでもしとけよと煽ってあげている。
この頃からだろうか、食事が血抜きされるようになったし世話をしてくれる新米っぽい執事らの顔ぶれががらりと変わり、ベテラン陣が増えたような気がする。
おそらく丸っこいのは相応に期待されているんだろう。たぶん。
あ、あと1歳にしてはスタスタと歩く一番下の弟くんが後継であるらしく、教育方針の都合上、念を充てるなよと甘栗より注意されている。
まぁ、ほとんど顔を合わせる機会もないし、たまーに俺の食事風景を母親に連れられる形で見学しているが、アレは何が目的なのかよくわからない。
「ミケ様、そろそろ到着致します」
「ワッホ」
荷物というより貨物を積載するタイプの飛行船の専用の区画でゴロゴロしていれば、現場にはあっという間に到着する。
このノスタルジックな移動手段にも随分と慣れたものだけども、賑わっている飛行場だったり現場が街中にあったりする際は飛行船より降りる際にひと手間必要になってくる。
竿立ち状態となると戸建て住宅サイズくらいはあるので、どうしたって目立つ。
目立つからといって飛行場で咎められたりはしないが、街中(国外の場合)に入るとなると許可を取るのに必要な手続きに俺自身が出向く必要があるそうだし、そもそも騒がれたりする場合が多いので、己を馬くらいのサイズのギリ犬くらいの大きさになるようにしている。
こんなことできるから彫刻は俺と馬サイズの犬を交配させようとしたんだろうけど、そもそもメモリー食いまくってる【発】ってる時にエロいことはできないんだよ?
スルメにも聞いたけど、そうじゃそうじゃって爆笑してたからな?
交配は置いといて、サイズの変化は、やっぱり相応にメモリーを食う【
俺はたんに最小化やら縮小って感じの名を頭の中に浮かべて発動しようとしていたけど、甘栗の助言によりこうなった。
30年後くらいに消えてなくなりそうな名前ではあるものの、ダブル・ミーニングっぽいところや響きが結構気に入っている。
そんなわけで体躯を小さくして、空港より殺し屋御用達の大きなバンに丸まって搭乗して移動。
『オマエはまた死体の片付けね』
別の車で先行しているイルミより無線が入る。
「ワグッ」
特注の犬型ヘッドセットを装着中の俺は仕事でもあるのでちゃんとワンワンしておく。
しばらくして車の窓の外からネオンが消え、住宅街に入っていく。
『……じゃ』
「ワグワッグ」
イルミから連絡が再び来た頃には車のスピードがゆるやかとなり、ターゲットの居るはずの屋敷が見えてきた。
イルミは指示らしい指示なんてしてこないが、同行する執事らはあれこれと事前にしっかりと説明してくれるので、今回の現場のターゲットや仕事の手順なんかはもう頭の中に入っている。
たぶんわかってなくても現場でよく取り仕切っている立場の執事の婆さんやメガネが都度指示をくれるので、極論搬入口等で俺は口を広げていればいい──今回のようにヤバそうなのが居たら別だが。
今回のこれはイルミへの抜き打ちの試験か何かなんだろう。
【
凝らさずとも感じ取れる存在感やニオイで察してしまえるくらいだから、向こうも自分の存在を隠そうとしていない。
イルミも当然気づいているだろうし、珍しく表情に焦りや緊張を出している執事までいる。
下車して【
え、なに?
俺はゴミ袋要員でしょ?