走狗   作:カストロ

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甘露

 犬は噛む力──咬合力(こうごうりょく)ってやつが成人男性の倍以上ある上、犬種によっては3倍以上もあるらしい。

 ワニだとかカバなんかと比べると劣るものの、犬のサイズを考えると驚異的な力だ。

 なので分類上は犬畜生な俺の持つ噛む力、すなわち牙こそが最も優れた武器となり、力量に差がある個体にもこの武器は通用すると思われる。

 おそらくカツオブシ級であろう甘栗(マハ)は別にして、あずきバーくらいの彫刻(シルバ)スルメ(ゼノ)であれば噛み砕ける。はず。

 当然相手が無抵抗であった場合の想定であるので、やろうと思っても不可能だろうけど──要するに隙を見てがぶりとやれば大体の奴はそれで終いだ。

 ヒトにそんな抵抗をされたことはないが、甘栗に出会う以前、たまにえらくタフな獲物に抵抗されたこともあった。

 が、アムアムアムと超高速での咀嚼をするという奥の手を出せば秒で片付いたし噛むってのはどちゃくそに強い。

 

 甘栗と邂逅した当時は噛みつく隙もクソもなかったわけだし、己の最大の武器をまったく活かせなかったけども、強いったら強い。

 あと強い上に便利。それを証拠に人間用に作られた屋敷の出入り口なんてのは壁をひと噛みすればパッカーンと大穴が開くのでショトカも容易く、先行しているイルミの居る場所へもこうしてさくっと到着出来る寸法である。

 ちなみに牙と牙の間に建材が大量に詰まるけど、舌でもみゅもにゅすればすぐ取れるくらいにはすきっ歯なのでお手入れも簡単だ。

 

「こいつはオレがヤるから」

「ワッフ」

 

 今回に限っては執事らにイルミが強者と対峙した場合、手出し無用であるとの厳命が下っているらしい。

 ところがどっこいメガネ執事は命に背かぬ方法として俺を使うことを考えていたようで、不測の事態への対処をさせようと手の平を地につけてまでお願いしてきたので現場へとわりかし急ぎで赴いたわけだけども、これはあくまでもイルミへの試練である。

 なので屋敷にある強者と対峙中のイルミの元へと到着する際、全力の【絶】を以って接近してからの奇襲がぶりは見送った。

 当のイルミは既に軽く交戦し合っているようで、屋敷の大きなロビーの壁や調度品に戦闘の痕が見て取れる。

 イルミに言われるまでもなく手を出すつもりもないので、針の突き刺さった動かなくなった(死体)包装(衣類)を剥きつつ観戦モードに入る。

 

「ムム……使役している獣……か? 俺としては1対2、まとめて相手にしても構わないぞ?」

 

 ん? 随分と余裕のある物言いだが、ピンチになりゃ俺が介入してやらんこともない。

 とはいえピンチか否かの判断は難しい。なので厄介そうな物言いのこの相手にイルミにはしっかり勝利していただきたい。

 

「オレだけで十分」

「ハッ! 随分と自信があるようだが残念だ。その年でそれだけ練られているというのに……な。ここで終わらせるのが惜しくなる」

「ナニソレ」

 

 言葉を交わしつつも交戦する二人。

 イルミに対峙する強者──髭面の野性味溢れる道着姿の大男は肉体そのものを武器にして肉弾戦を挑む模様。

 無手でもあるし、おそらく強化系かあるいは変化形か放出系だろうと推察出来る。

 そんな二人のやり取りを目を【凝】らして眺めつつ包装が剥けた飯をもっしゃもっしゃと口に──もほ! 美味ッ!? オイオイ、血抜きしていないってのに……味が良いというより甘露? でも決して甘くはない。味自体は常と変わらず肉と骨と血と糞の味なのに、何故か甘露。ナニコレコワイ。止まらない。脳の奥の方が熱くなってくるほどに美味さが強い。

 

 もしかすると……だ。あっちの無駄に装飾過多な螺旋階段の前に転がってる飯も甘露だったりするのか? 俺の舌って特定の人種をものすごく好むようになってる? 

 今喰らったのも迷彩服で包装してあった浅黒い肌の女で、あっちに転がってるのもメイド服姿ではあれ浅黒い女で顔の造り的に人種が同じか似ている気がする。

 目の前でモリモリにオーラを纏う大男は──うーん、色白で平べったい顔だし違うな。喰らうならやっぱりあっちの転がっている浅黒くて彫りの深い女だ。

 

『トオルゾ』

 

 壁伝いに向かうのも我慢ならないのんので交戦中の二人の間を一応【念話】で以って伝えつつ押し通る。

 イルミが放った針が丁度後ろ脚に突き立ってしまって痛い! 一瞬意識が途絶えたけどすぐ戻ったので良し! それより甘露! イルミの針で操作されたくさいが甘露ハフハフ。

 

「……ッ!」

「オマエ……邪魔」

 

 おかしい。

 包装を剥がずに剥き出しの頭部を味見したものの、全然甘露していない。

 剥き剥きして他の部位も口にするも普通の肉で──こうなると残った肉を試したくなる。

 

『ソイツ クワセロ』

「ッ!? 畜生風情が人語を介すとはなッ! 喰えるものなら喰らってみろ!」

「こいつはオレがヤるって言ったろ」

 

 大口叩く割にはイルミの動きがやや固い。何してんだろう、こいつ。緊張するようなタマでもないだろうに。

 それに直接対峙していないから分かりやすいのかもしれないが、少し動きを見れば分かるだろうに──強者っぽい対象は強者っぽいだけで、素の肉体は執事らと同じて普通のヒトの域を出ないし、こいつって念を練り練りしているだけの求道者タイプの雑魚じゃんか。

 

『ナラ ハヨシロ ソイツ ザコ ダロ』

「……」

 

 ほんの刹那とも言える一瞬だけ、常に張り付けてある人形のようなイルミの形相が鬼って俺のタマがピィーってなると同時、イルミの体がブレ始めて、あえて出し始めたであろう足音や衣擦れの音がズレて、空間さえもズレたかのような感覚に陥り脳がバグる。

 気付いた時にはイルミがいっぱいになっていてピィーだ。

 

 面倒なやり取りなんてせずに、初手からお得意のそれをやりなさいよ。

 

「──終わった」

 

 強者風の雑魚の首に針を突き刺したイルミはいつも通りの無表情で鬼感はゼロだ。

 でも珍しいことに声に少し苛立ちを乗せている。

 

「……ナ、を? ノ?」

『オツ』

「頭は残しなよ」

 

 うるさいなぁ。つーか初手から様子見したり防御に重心おいた立ち回りしてんなよな。

 殺し屋なら一手で決めろよ。彫刻にチクっておいて──ンまいッ! 

 

「聞いてる?」

「ヮンッ!」

 

 甘露! とびきりだ! 我慢ならずに道着からはみ出している妙に綺麗な手を喰いちぎっただけだってのに舌のみならず脳が震える。

 あまりの衝撃に己の中に眠るグルメな理性が全力で三ツ星であると訴えてくるので、それに従う形で過去現場にて喰らってきた死体を頭の中に一覧で表示してソートしていく。

 ぐるぐると処理中のマークが頭の中に浮かんでくるが、なんとか整理できた。

 

 甘栗を始めとするゾルディックさん家の者らの手によって処された念能力者は喰らったことがあるが、甘露にあらずだった。

 だとするとイルミが針で刺す、もしくは操作した念能力者が甘露となる? 

 今回の試練を催したであろう彫刻には、イルミは実戦不足であるのでもっと念能力者を相手にさせろって伝えてやろウマスギル、トマラン。

 

 ᴥ

 

 現場の片付けを終えて帰路に付く間、己の肉体が不安定になった。

 なんとか【シュリンクフレーション(カントリーマアム)】を発動させて肉体を縮めさせていたが、集中してやっとといったほど。

 初めて念に触れたあの時ほどではないけど、熱々のたこ焼きを口に放り込んでホグホグしているあの感覚を常に全身で味わっているといえばわかりやすいだろうか。

 我が犬小屋の洗畜場にて【シュリンクフレーション(カントリーマアム)】を解除して汚れを落としてもらっている間もホグホグは続き──しまいには度数が40前後ある安酒を翌日死亡が確定するのを覚悟して金曜の夜にしこたま飲んだ時のようなあの状態へと至り、連続していたはずの意識がどこかで途切れた。

 

 目覚めると目を閉じた状態の甘栗が眼前に立っていた。

 眼前の甘栗はなんだか常と違って「血」そのものを具現化したヒトの形をした何かのようで……おのずと理性と本能がビビり散らかしてしまって垂直大ジャンプをぶちかましてしまった。

 そう、無自覚の「大」ジャンプである。めちゃくそに跳んだのだ。

 眼下では普段の雰囲気となった様子の甘栗が呑気に拍手していたが、跳びすぎて無いはずの子宮がある辺りがキュッとしたし、迫りくる地面に着地した際、久しぶりに肉球に痛みを覚えた。

 

「大事ないか?」

「ウォフッ!」

「……」

 

 やっぱり甘栗がいっちゃん怖い。

 

 ᴥ

 

 なんやかんやあって肉球に若干の違和感を覚えつつ犬っころを放し飼いにしている彫刻の私室にアポなしで訪れる。

 いつもどおり犬っころ共が尻尾を巻いて腹を見せつけてくるので、それぞれの股座に鼻を近づけスンスンしていく作業をしっかりやってから、ガン見してくる彫刻の前にお座りする。

 【シュリンクフレーション(カントリーマアム)】を発動しつつのお伺いであるので、彫刻の私室の調度品を壊すようなことはもうしない──ってのに彫刻の眉間にはものすごく皺が刻まれている。

 

 今はそんなのどうでもいい。

 

「……何用だ?」

 

 【念話】にてイルミをもっと念能力者と対峙させろと伝える。

 あとついでに、本当についでに奴が針をぶっ刺して処した念能力者を喰らわせろというささやかな願いも伝えておく。

 

「お前の【発】に関係するのか?」

 

 そんなものは関係しない。

 味がよくなるから喰らいたいだけだという旨を正直に伝える。

 裏を取りたいなら先生役の甘栗に聞けと強気の姿勢を崩さない──つもりではあったが、彫刻は長い沈黙に突入してしまい黙ってしまって肩透かしである。

 

 つーわけで、暇すぎて彫刻の私室で放し飼いされている犬っころ用の動物だかヒトだかの異形の骨をバリボリと摘み食いしてしまったし、悲しそうな目を向けてくる犬っころどもの腹を舐めてやったりしているとようやく彫刻が口を開いた。

 

「……良いだろう。お前が我が家の決まりを守るのであれば同行することを許可しよう」

『リョ』

「……」

 

 快諾をいただいた。

 意外な即日の満額回答にテンションが上がったので彫刻の私室を飛び出し、からくり屋敷をも飛び出して山を駆け回って喜びを噛みしめる。

 最終的にはこの畜生パワーを全力でぶつけられるモノである試しの門とかいうクソデカ面倒な門扉に到達して、念なしで最大の7まで開け放ち、自動的に閉まる門を受け止めては再び全開放してを繰り返してのパカパカをしてやった。

 いつの間にやら付近にいた甘栗がワシャワシャと笑って褒めてくれたが、四肢と腰を中心に結構な箇所の骨が折れたようで、こちらに生まれて初めて熱を出して寝込んだ。

 【絶】っときゃすぐ治るとの助言を甘栗より受けて3日ほどゴロゴロしていれば治ったものの、まだ調子が悪いワンと仮病を使って食べやすく調理されたヒトユッケが配膳される生活を2週間ほど送っていたらさすがに仮病が露見した──スルメに。

 

 そんなこんなで一応病み上がりな肉体は今、天を貫かんばかりに聳え立つ塔──天空闘技場とやらが見える場所にある。

 この地ではちょこちょこ仕事を請け負っているからか、俺でも寛げるサイズの庭付きのセーフハウスというより屋敷を持っているようで、今は庭でブリーフィングしている。

 当然この庭には到着早々にマーキング済みであるので安心してほしい。

 

「対象グループは150階から190階を行ったり来たりをしているのは明白であり、ファイトマネーの他に勝敗を調整した賭けによって10億ジェニー以上不正に稼いでいるそうです。そして既に二度送り込んだ刺客が撃退されています」

 

 メガネの執事が依頼主からの情報やらをメガネをクイクイさせて説明している。

 メガネの執事の他にも執事はいるが、今回もやっぱりメガネが取り仕切る模様。

 こいつって新人の執事をいちいち俺の犬小屋に連れてきて顔合わせさせてくる律儀な奴だからわりと好き。

 

 でも苦労人気質が顔にも額にも出ていてハゲそう。

 

「国際人民データ機構に照会したところ未登録であり、流星街出身者であると予想されましたので、窓口を介して照会したところ、あちらでも把握していなようでした。そして文盲でもある様子や人種的な特徴から独自言語の使用者が多い、かの島国から不法に渡航してきた棄民らとの予想を立てております」

「フーン。こいつらが逃げない理由は?」

「内通者の報告によりますと目標額は60億ジェニーとのことで、使途については不明のままですが、この地で目標額を稼ぎきるつもりのようです」

 

 60億も稼いでどうすんのさ。

 ほとんど税金やら裁判費用で消し飛ぶだろうけど、10億のうち幾らかは手元に残るだろうに強欲な奴らだなぁ。

 つーか60億って……もしかして何年か前に発売されたらしい58億もするグリードなんたらっていうアレでも買いたいとか? 

 でも既にプレミアついてて余裕で100億超えだとか丸っこいのが言ってたような気がするから違うか? 

 

「金の回収は? こっちでするの?」

「いえ、あちらが可能な限り行うようです。そもそも本件は金銭の回収よりも見せしめの側面が強いのかと」

「そ」

 

 暗殺対象は対象グループ内の中核メンバーとされる3名。

 先日イルミが対峙させられた強者風の求道者のアレとは違って今回は甘栗が同行しているくらいだから、確実に先日のアレとは比にならない強者であるはず。

 相手との力量差次第だけど、普通に考えて全員に針を刺して仕留められずに他の手段でキルしちゃいそう。

 なので今回は俺もちゃんと動いて、なるべく念能力者を動けなくするっきゃない。

 

「……オマエ、油断するなよ」

「イル坊、ミケは油断せん。のう?」

「ワッフフ」

 

 甘栗の言は正しい。俺ってば油断とは無縁だもの。

 だってこちとら野生育ちだし。温室電撃育ちのボンボンと一緒にしないでほしい。

 とはいえ誤解させてしまったのかもしれない──ブリーフィング中であるのに俺用に作って貰った大砲サイズのストローでシャボン玉を飛ばしている姿は少々場違いである。

 でもシャボン玉を上手に作れるようになればオーラの操作も上達しそうだし、そんなわけだからこれは油断だとかましてや遊んでいるわけでもない。

 

「ホント?」

「遊びが好きなだけじゃ」

 

 遊びではない。

 

「バフッ!」

「おお……大きいのう」

 

 うむ。すごく大きい。大きすぎて無性に飛び込みたくなる。我慢ならんので飛び込んじゃう──が、割れる。やはりオーラを多少籠めたところで割れるな。

 これは何度も繰り返しつつ割れてしまう要因を科学と念、双方から正しく導き出して解決策を模索する必要があるので理系に強そうな執事連中に頼るべきだろう。

 

「ナニしてるのオマエ」

「バフッ……」

 

 甘栗にイルミ。二人が揃って首を傾げている。

 こういう姿を見るにやはりこの二人は血縁であるなぁと思わされてほっこりする。

 シワシワかつ塩漬けされた状態ってくらいに縮んでいるので原型がほぼゼロとはいえ、甘栗の顔の造りは確かにイルミに似ているし、その系譜は遺伝以外の念の部分でも繋がっているのが見て取れる。とはいえ何となく。ほぼ勘ってか畜生由来の例のアレからくる判別法でわかる程度だが。

 

 ──ピピピ。

 

 不意にメガネ執事が持つ懐かしさを覚える角張ったドラゴンレーダー風の端末から音が鳴る。

 この世界はまだガラケーが現役だったりするのにネトゲーの世界は妙に進んでいたりでチグハグで、情報技術の分野はとくにぐちゃぐちゃで専門家でもなければ上手いこと掴めない部分だったりするカオスだ。

 

「──ターゲットの誘導が出来たそうです」

「行くよ」

 

 うん。現場に出向くのはわかる。

 甘栗のみならずイルミまで俺にナチュラルに乗るのは変じゃない? てかこっからは車移動じゃろ? 庭からロータリーがある玄関前までの移動なのにいちいち乗ってくる意味がわからん。

 まあ、重さなんて感じないし背の高いイルミが乗ってくるとやや視界の妨げになるが、四六時中オーラを纏わせて保護しているこの高性能なヒゲがあるから問題とならないが……甘栗は良いけどイルミ、テメエは靴を脱げ。あと髪切れ。坊主にしろ。

 

 

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