天土楔の憂鬱な教職日誌   作:金属粘性生命体

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お祭り、所謂体育祭
祭りの前奏曲、あるいは不適合な防衛戦力


 

 

 USJ襲撃事件から二週間。

 雄英高校は一時的な休校措置を経て、厳戒態勢の中で再びその門を開いていた。

 世間では、平和の象徴が在籍する学び舎がヴィランに襲撃されたというニュースが連日報道され、雄英のセキュリティ体制に対する批判と、それを上回る激励が入り乱れている。

 そんな喧騒をよそに、1年A組の教室には、異様な緊張感と……それとは裏腹な、奇妙な日常が戻ってきていた。

 

「お早う」

 

 教室の扉を開け、全身を包帯でぐるぐる巻きにしたミイラのような男――相澤(あいざわ)消太(しょうた)が現れると、生徒たちは一斉に息を呑んだ。

 

「相澤先生、復帰早すぎ!!」

「プロ根性凄すぎるだろ……!」

 

 飯田(いいだ)天哉(てんや)切島(きりしま)鋭児郎(えいじろう)たちが驚愕の声を上げる中、相澤は包帯の隙間から覗く虚ろな目で教卓へと歩み寄る。その足取りは痛々しいが、教壇に立つ姿には揺るぎない威圧感があった。

 

「俺の安否はどうでもいい。……何よりまだ、戦いは終わっていない」

 

 相澤の言葉に、教室の空気が張り詰める。

 まさか、再びヴィランが。

 緑谷(みどりや)出久(いずく)が身構え、爆豪(ばくごう)勝己(かつき)が鋭い視線を向ける。相澤はそんな彼らの緊張を、溜めを作ってから切り裂いた。

 

「雄英体育祭が、迫っている」

 

 ――クソ学校行事だー!!

 全員の心が一つになった瞬間だった。

 

       *

 

 一方その頃。職員室の片隅にある地理準備室では、天土(あまつち)(クサビ)が机に突っ伏して、深いため息をついていた。

 彼のデスクには、体育祭の「対ヴィラン襲撃想定・特別警備計画書」という分厚いファイルが山積みになっている。

 

「……勘弁してくれ。俺は地理の教師であって、警備会社の社員じゃないんだぞ」

 

 楔は、手元の特売緑茶(二リットル)をラッパ飲みし、天井を仰いだ。

 USJの事件直後だ。本来なら自粛ムードになってもおかしくない。だが、雄英高校の判断は真逆だった。『我々の危機管理体制は盤石である』と世間に示威するため、例年よりも規模を拡大し、警察と連携して警備を五倍に強化した上で開催を断行する。

 その判断自体は合理的だ。ヴィランの脅威に屈しない姿勢こそが、ヒーロー育成機関としての最大の防御になる。

 問題は、その盤石な体制を構築するために、誰が酷使されるかということだ。

 

「……セメントス先生が羨ましいよ、全く」

 

 窓の外では、石山(いしやま)(けん)――セメントスが、その個性を使ってスタジアムの観客席を増設し、破壊された外壁を瞬く間に修復しているのが見える。

 楔の個性『土細工(アース・クラフト)|』もまた、大地を操作する能力だ。事情を知らない人間からは「天土先生も手伝えばいいのに」という無責任な声が聞こえてくる。

 だが、彼にはそれができない。

 彼の個性は、大地を素材として「武器・兵器」を生成することに特化しすぎている。

 剣、槍、銃、戦車、ミサイル。殺傷力と破壊力に満ちたそれらは作れても、平和的な「観客席」や「壁」といった構造物を作る機能は、彼の個性因子には組み込まれていないのだ。

 

「……俺が手伝ってみろ。観客席が全部『反応装甲付きのトーチカ』になって、座り心地最悪の要塞が出来上がるぞ」

 

 楔は自嘲気味に呟き、再び警備計画書に目を落とした。

 彼に求められているのは、万が一の襲撃に備えた「迎撃ライン」の構築だ。

 スタジアムの地下、外周、そして避難経路。それら全ての地形を頭に叩き込み、敵が現れた瞬間にどこから「武器」を生やせば、生徒と観客を巻き込まずに制圧できるか。

 数万人の観客の足元に、仮想の地雷原を敷設するような神経を使うシミュレーション。

 それは土木作業のような肉体労働ではないが、精神をゴリゴリと削る、終わりのない思考の泥沼だった。

 

 廊下を歩いていると、向こうから八木(やぎ)俊典(としのり)――オールマイトが歩いてくるのが見えた。

 トゥルーフォームの彼は、以前よりもさらに痩せたように見える。だが、その瞳には奇妙な熱が宿っていた。

 

「やあ、天土くん! 警備の打ち合わせかい? ……本当に、君には頭が上がらないな」

「……皮肉か、八木。……お前が派手に暴れるおかげで、俺の仕事が増えるんだ。……セメントスみたいに、壁一枚でも作れれば少しは役に立ったんだろうがな」

「ははは、何を言うんだ! 君がいるからこそ、我々は安心して開催できるんじゃないか。……それに、今回の体育祭は特別だ。……緑谷少年にとっても、他の生徒たちにとっても、最初の大舞台になる」

 

 八木の言葉に、楔は足を止めた。

 緑谷出久。ワン・フォー・オールの継承者。

 その重すぎる運命を背負わされた少年に対し、八木は次の象徴としての期待を隠そうとしない。

 楔はポケットから煎餅を取り出し、バリと噛み砕いた。

 

「……あまり気負わせるなよ。……あいつはただでさえ、自己犠牲の塊みたいな危うさがある。……お前が背中を押しすぎれば、あいつはブレーキを壊して崖から飛び降りかねん」

「……肝に銘じるよ。……だが、私は信じているんだ。彼らが、この体育祭で大きく化けることを」

 

 八木は眩しいものでも見るように笑い、去っていった。

 楔はその後ろ姿を見送り、小さく鼻を鳴らす。

 

「……化ける、か。……ヴィランに狙われるリスクも増えるってことだろうが」

 

 有名になるということは、標的になるということだ。

 特に、あのUSJで顔を晒した生徒たちは、既に敵側のブラックリストに載っている可能性が高い。

 楔は、自身の役目が「生徒を輝かせること」ではなく、「輝きすぎて焼え尽きないように、影から不純物を排除すること」だと再認識し、再び歩き出した。

 

 

 

 昼休み。

 1年A組の教室前は、他クラスの生徒たちによって封鎖されていた。

 敵情視察。

 ヴィランの襲撃を生き延びた「A組」の実力を確かめようと、普通科、サポート科、経営科の生徒たちが群がっていたのだ。

 

「ヴィラン襲撃を耐え抜いた1年A組……どんなもんかと見に来たが、随分気安そうじゃねぇか」

 

 気だるげな声と共に現れたのは、普通科の心操(しんそう)人使(ひとし)だった。

 目の下の隈、逆立った紫の髪。

 彼はA組の生徒たちを見回し、明確な宣戦布告を叩きつけた。

 

「ヒーロー科に入ったからって調子に乗るなよ。……体育祭の結果次第じゃ、普通科からヒーロー科への編入も検討される。……その逆もまた然りだ」

 

 一触即発の空気。

 爆豪が噛みつき、飯田が狼狽える中、廊下の角からその光景を眺める一つの影があった。

 天土楔である。

 彼は特売のお茶をすすりながら、壁に寄りかかって生徒たちのやり取りを観察していた。

 彼の仕事は警備計画の策定だが、同時に教師として、生徒たちの精神状態を把握しておくこともまた、リスク管理の一環だ。

 

(……普通科の編入志望、か。……ハングリー精神は評価するが、実戦は甘くないぞ)

 

 楔の視線は、心操だけではなく、A組の中にいる一人の少年に向けられていた。

 (とどろき)焦凍(しょうと)

 彼は騒ぎの中心には加わらず、ただ静かに、冷徹な視線で周囲を拒絶していた。

 その左手はポケットに突っ込まれたままで、決して使われる気配がない。

 

(……エンデヴァーの最高傑作。……だが、その内側は随分と歪だな)

 

 楔は知っている。

 轟の母方の実家、氷叢(ひむら)家。

 かつて楔がとある極寒地での任務に関わった際、その土地の土壌データを分析したことがある。

 彼らの一族は、冷気を操ることで凍土の組成を変化させ、特殊な土壌環境を作り出す技術を持っていた。それは破壊のための力ではなく、厳しい環境下で生き抜くための、静かで忍耐強い力だったはずだ。

 だが、今の轟が放つ冷気には、そのような一族特有の性質は見当たらない。

 あるのは、父への憎悪と、自らの半身を否定する強固な拒絶だけ。

 

 轟は、自分の力だけで、氷だけで全てをねじ伏せようとしている。

 それはまるで、楔がUSJで見せた「地形を利用する戦い方」とは真逆の、個人の出力のみに依存した危ういスタイルだ。

 

(……地形を無視して、力だけで進もうとすれば、いつか必ず足元を掬われる。……USJであれだけのモノを見せられても尚、自分の殻に閉じこもるか)

 

 楔は、轟が爆豪や緑谷に対し、「お前らには負けない」と静かに、しかし強烈な対抗意識を燃やす様を見て取った。

 それは健全なライバル意識ではない。

 自分を証明するための、悲壮な決意だ。

 父親という巨大な影を否定するためだけに、彼は戦おうとしている。

 

「……やれやれ。……今年の体育祭は、どいつもこいつも重たい荷物を背負って走りそうだ」

 

 楔は飲み終えたペットボトルをゴミ箱に投げ入れた。

 放物線を描いて吸い込まれるプラスチック。

 彼はジャージのポケットに手を突っ込み、生徒たちの前から姿を消した。

 彼にはまだ、スタジアム周辺の地盤データを再確認し、どこに「迎撃用スパイク」を隠しておくかという、果てしない残業が待っているのだ。

 壁は作れない。観客席も作れない。

 だが、もしもの時に、この会場全体をヴィランの墓場に変えることだけは、誰よりも完璧にこなせる。

 それが、天土楔という不適合な防衛戦力の、唯一にして最大の価値だった。

 

 二週間後。

 日本の全土が熱狂に包まれる中、雄英体育祭の幕が上がる。

 それは生徒たちにとっての晴れ舞台であり、ヴィラン連合にとっては、次なる標的を見定めるための品評会でもあった。

 そして、天土楔にとっては。

 数万人の観客の熱狂の裏で、冷めたお茶を片手に、万が一の殺戮に備えて殺気を研ぎ澄ませ続ける、一年で最も憂鬱な労働日の始まりだった。

 

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