天土楔の憂鬱な教職日誌   作:金属粘性生命体

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騎馬戦、あるいは不協和音の戦場

 

 

 第一種目・障害物競走の熱狂が冷めやらぬまま、スタジアムは異様な緊張感に包まれていた。

 フィールドには、予選を突破した四十二名の生徒たちが集結している。彼らの視線が一点に集中している理由は、実況のマイクが高らかに宣言した残酷なルールにあった。

 

「第一種目の順位によってポイントが割り振られる! そして一位の緑谷(みどりや)出久(いずく)に与えられるポイントは……なんと1000万ポイントだァ!!」

 

 その瞬間、緑谷出久はただの高校生から、歩く一獲千金の宝箱へと変貌した。

 周囲からの突き刺さるような視線。それは競技という枠を超え、生存競争における捕食者の目に近い。

 解説席に座る天土(あまつち)(クサビ)は、その光景を見て、手元の特売緑茶を一口啜り、冷ややかに呟いた。

 

「悪趣味なルールだ。最上位を孤独な標的に仕立て上げ、集団心理で狩らせる。ヒーロー社会の縮図そのものだな」

「辛辣ぅ! でもそれが世の中ってもんだろアーセナル先生! さあ、一五分のチーム編成タイムだ! 誰と組むか、何を目指すか、ここで運命が決まるぜ!」

 

 生徒たちが慌ただしく交渉を始める。

 個性の相性、機動力、防御力。限られた時間の中で最適な「騎馬」を構築しなければならない。

 楔の目は、その交渉の過程こそを評価していた。

 プロの現場において、即席のチームアップは日常茶飯事だ。好き嫌いではなく、生存率を高めるために誰と手を組むべきか。その判断力こそが、現場での寿命を決定づける。

 

「……爆豪(ばくごう)は相変わらず人気だな。性格に難はあるが、あの火力と戦闘センスは誰から見ても魅力的か。……対して緑谷は孤立している。1000万という数字が重すぎる」

 

 楔は淡々と分析する。

 誰もが一位を狙うが、そのリスクを背負う覚悟がある者は少ない。

 そんな中、緑谷が選んだのは、麗日(うららか)お茶子(ちゃこ)発目(はつめ)(めい)常闇(とこやみ)踏陰(ふみかげ)というメンバーだった。

 機動力、防御力、そしてサポートアイテムによる奇策。

 逃げ切りに特化した編成だ。

 

「……なるほど。戦うのではなく、生き残ることを選んだか。賢明だ」

 

 楔は僅かに評価を改めた。

 自身の美学である「生存の最適化」に近い思考だ。

 対照的に、轟焦凍のチームは盤石だった。

 飯田(いいだ)天哉(てんや)のエンジンによる機動力、八百万(やおよろず)(もも)の創造による対応力、上鳴(かみなり)電気(でんき)の広範囲放電による迎撃力。

 攻守ともに隙がない、まさに走る要塞だ。

 

「さあ時間だ! 第二種目・騎馬戦、スタートォ!!」

 

 号砲と共に、フィールドが混沌の渦と化す。

 全チームが緑谷へと殺到する中、緑谷チームは発目のジェットパックと麗日の無重力を組み合わせ、空へと逃れた。

 

「飛んだァ!? これには他のチームも手が出せない!」

「……いや、悪手だ」

 

 楔の声が、マイクの興奮に水を差す。

 彼は上空を見上げ、渋い顔で指摘した。

 

「空中は遮蔽物がない。……ただの的だぞ」

 

 その言葉通り、遠距離攻撃を持つチームが一斉に対空射撃を開始する。

 耳郎(じろう)響香(きょうか)のイヤホンジャックが空を裂き、峰田(みねた)(みのる)の葡萄が弾丸のように飛来する。

 常闇のダークシャドウが辛うじて防御するが、着地際を狙われればひとたまりもない。

 だが、ここで戦場の空気を一変させたのは、やはりあの男だった。

 

 轟焦凍。

 彼が右足を地面に踏み下ろした瞬間、フィールドの一角が白亜の世界へと塗り替えられた。

 広範囲凍結。

 迫り来る他チームの足を地面ごと凍らせ、物理的に行動不能にする。

 騎馬の足を奪われた生徒たちがバランスを崩し、その隙に轟チームがハチマキを次々と奪取していく。

 

「……雑だ」

 

 楔は、本日二度目となる苦言を呈した。

 その視線は、轟が作り出した氷の原野に向けられている。

 

「地面の起伏を無視して、ただ冷気で蓋をしているだけだ。……あれでは氷の強度が均一にならない。場所によっては体重をかけただけで割れる脆い氷だ。……それに」

 

 楔は、轟自身の様子を観察する。

 彼の左半身、炎を司る側には霜が降り始めていた。

 体温調整を放棄し、右側の氷結能力だけを酷使した代償だ。

 自身の身体機能さえも犠牲にして、ただ「炎を使わない」という誓いを守るためだけに戦っている。

 

「……氷叢(ひむら)の氷は、本来もっと大地と対話するものだ。……凍土を耕し、生命を育むための優しい冷気だ。……あんな、拒絶のためだけの氷じゃない」

 

 楔の独り言は、スタジアムの歓声にかき消された。

 轟の氷は強力だ。だが、それは彼自身の心身を蝕み、周囲の土壌さえも窒息させる、悲鳴のような冷たさを帯びている。

 

 戦況は終盤へ。

 1000万ポイントを巡り、轟チームと緑谷チームが激突する。

 飯田の切り札「レシプロバースト」による超加速。

 反応すら許されない速度で、轟の手が緑谷のハチマキを掠め取った。

 

「奪ったァ! 1000万ポイントは轟チームの手に!」

 

 だが、緑谷は諦めない。

 残された時間、彼は全開の「ワン・フォー・オール」を発動させ、轟へと突撃する。

 その風圧だけで空気が歪む。

 対する轟も、無意識のうちに左手……炎の半身に力を込める。

 赤熱する拳。

 氷の戒めを解き、本能で迎撃しようとしたその瞬間。

 

「……ッ!」

 

 轟は直前で理性を引き戻し、炎を消して無理やり体勢を変えた。

 緑谷の拳が空を切り、代わりに一番上のハチマキを奪い返す。

 だが、それは一〇〇〇万ポイントのハチマキではなかった。

 

「タイムアップ!!」

 

 マイクの宣言が、熱狂の終わりを告げる。

 一位、轟チーム。

 二位、爆豪チーム。

 三位、心操チーム。

 四位……緑谷チーム。

 辛くも予選通過を果たした緑谷がその場に崩れ落ちる一方で、一位になったはずの轟は、自身の左手を見つめ、苦悶の表情を浮かべていた。

 あの一瞬、炎を使おうとした自分への嫌悪。

 父の影に抗いきれなかった弱さへの憤り。

 

 楔は、モニターに映る轟の表情を見て、深いため息をついた。

 

「……勝って兜の緒を締めろと言うが。……あいつの場合、勝って自分の首を絞めているな」

 

 彼は立ち上がり、マイクと相澤に背を向けた。

 

「……休憩だ。俺は少し席を外す。……喉が渇いた」

「えっ、アーセナル先生もう行っちゃうの!? 次はレクリエーションだぜ!?」

「……チアリーダーの応援合戦なんぞに興味はない。……それに、警備の巡回もしなきゃならんのでな」

 

 楔は解説席を後にした。

 生徒たちの熱気とは裏腹に、彼の胸中には重苦しい澱が溜まっていた。

 轟焦凍の歪み。

 それは単なる反抗期や家庭の不和といったレベルを超え、彼のヒーローとしての根幹を揺るがしかねない亀裂となっている。

 土壌に合わない肥料を与えられ続けた植物が、その根を腐らせていくように。

 

「……やれやれ。……本当に、どいつもこいつも手のかかるガキだ」

 

 楔は職員用通路を歩きながら、懐の煎餅を探った。

 しかし、袋の中身は粉々になっており、まともな形のものは残っていない。

 今の轟の精神状態そのものだ。

 

 彼は静かな場所を求めて、普段は使われない非常階段の方へと足を向けた。

 そこで、彼が聞くべきではない「氷点下の告白」を耳にすることになるとは知らずに。

 祭りの喧騒から切り離された薄暗い踊り場で、物語は核心へと踏み込んでいく。

 

 

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