日曜日。
それは労働者にとっての聖域であり、教師という激務に身を置く
だが、現実は非情だ。
愛用していたコーヒーメーカーが壊れたため、楔は重い腰を上げ、街のショッピングモールへと足を運んでいた。
ヨレヨレのTシャツにサンダル履き。無精髭も剃っていない。
完全に「近所の冴えないおっさん」に擬態し、家電量販店を目指して歩いていた、その時だった。
「――あ! 天土先生だ!」
聞き覚えのある、やたらと元気な声が降ってきた。
楔は反射的に「人違いです」と言って回れ右をしようとしたが、遅かった。
雲に乗った少年が、吹き抜けの二階からふわりと降りてくる。
「やっぱり先生だ! 奇遇だなぁ、何してんスか?」
「……見ればわかるだろ。不審者として通報されないように、気配を消して歩いていたんだ」
「それ不審者の行動そのものっスよ!」
快活に笑う
そして、エスカレーターから降りてくる二人の少年。
私服姿の
またしても、この三人組だ。
「げ。お前らもか」
「げ、とはなんですか。俺たちだって買い物くらいしますよ」
「先生、その恰好マジでダサいっスね! ロックじゃねえ!」
「ほっとけ。で、お前らは何だ。合コンの服選びか?」
楔が適当に尋ねると、三人は顔を見合わせ、ニシシと笑った。
「ヒーローアイテムを見に来たんですよ。サポート会社直営の店があるんで」
「へえ、熱心なこった」
◇
成り行きで、楔は三人の買い物に付き合わされることになった。
サポートアイテム専門店。
所狭しと並ぶ最新ガジェットに、山田と白雲は目を輝かせている。一方で、相澤だけは少し浮かない顔で、防塵ゴーグルの棚の前で立ち止まっていた。
「……相澤。お前、まだ悩んでんのか」
楔が声をかけると、相澤はビクリと肩を震わせた。
「先生……。いや、俺の個性は、瞬きしたら終わりなんで。ドライアイ対策が必要なのは分かってるんですけど……」
「視界を遮る装備は、個性の邪魔になるかもしれないってか?」
「……はい。それに、俺なんかが装備に頼っていいのかと」
自信の無さ。
相澤消太という男は、常に合理的であろうとする反面、自己評価が低い。
楔が何か言葉をかけようとした時、横からスッと手が伸びてきた。
「じゃあ、これとかどうよ!」
白雲だった。
彼が棚から取ったのは、金色のラインが入った無骨なゴーグル。
「これならレンズもデカいし、視界も確保できる! それに何より、カッコイイだろ!」
「白雲……。でも、これ結構高いぞ」
「いーのいーの! 俺からの先行投資!」
白雲は強引にゴーグルを相澤の顔に押し当てた。
「俺たちが三人で事務所建てる時の為の準備だよ。ショータが敵の個性消して、マイクが叫んで、俺が守る。その為には、お前の『目』が必要なんだ」
「……お前なぁ」
「受け取っとけよ、相澤」
楔も口を挟む。
「道具を使うのは甘えじゃない。人間が他の動物より優れているのは、道具を作り、使う知恵があるからだ。……ま、俺の場合は作る側だがな」
「先生が言うと説得力あるような、ないような……」
相澤は苦笑しながら、それでも大切そうにゴーグルを握りしめた。
その光景は、あまりにも眩しかった。
互いを補い合い、支え合う関係。
楔は目を細め、この穏やかな時間が少しでも長く続けばいいと、柄にもなく願った。
だが、トラブルというのは、得てしてこういう平和な休日にこそ舞い込むものだ。
「キャアアアア!!」
「どけぇ!! 邪魔する奴はぶっ殺すぞ!!」
階下の広場から、悲鳴と怒号が響いた。
万引きか、あるいは強盗か。
逃走中の男が、警備員を個性の衝撃波で吹き飛ばし、こちらのエスカレーターへと突っ込んでくる。
「ヴィラン!?」
「行くぞ!」
三人が色めき立つ。
だが、ここは人が多い。山田の声は被害が出る。相澤の抹消も、物理的な暴走には分が悪い。
何より、敵は錯乱してナイフを振り回し、近くにいた親子連れに手を伸ばそうとしていた。
「――下がってろ」
低く、冷たい声。
生徒たちが動くより速く、楔が前に出た。
サンダル履きの足が、床のタイルを強く踏みしめる。
「
カカカカッ!!
床のタイルが瞬時に隆起し、鋭利な「数本の剣」となってヴィランの進行方向を塞ぐ。
檻のような剣の柵。
だが、ヴィランは止まらない。衝撃波の個性で剣をへし折り、無理やり突破してくる。
「邪魔だァァァ!!」
「……芸がないな」
楔はため息交じりに、懐から手を出した。
その手には、いつの間にか無骨な鉄塊が握られている。
床の破片を一瞬で再構築して作り上げた、黒光りするショート・ショットガン(散弾銃)。
もちろん、中身は非致死性のゴム弾だ。
「文明の利器を喰らいな」
ドン!!
至近距離からの発砲。
重い衝撃がヴィランの鳩尾に叩き込まれ、男の体がくの字に折れて吹き飛ぶ。
受け身も取れずに床を転がる男。
だが、まだ意識がある。
「ぐ、あ……ッ!」
「往生際の悪い」
楔はショットガンを放り捨て(それは空中で砂に戻った)、流れるような動作で指を振るった。
今度は、男の足元の床が液状化し、そこから鋼鉄の「鎖」と「手枷」が出現する。
蛇のように巻き付いた鎖が四肢を拘束し、地面に縫い付ける。
剣で牽制し、銃で制圧し、鎖で捕縛する。
古典的な武器と、近代兵器のハイブリッド。
それを呼吸するような自然さで行う技巧。
「……確保完了」
楔があくびをしながら振り返ると、三人の生徒がポカンと口を開けていた。
「す、すげぇ……」
「剣出したと思ったら、次は鉄砲!? 先生、何でもアリっスね!」
「……無駄がない。今の判断速度、俺にはまだ無理だ」
尊敬と驚愕。
楔はバツが悪そうに頭をかいた。
「休日に残業させやがって……。いいかお前ら、今の見たな? 個性一辺倒じゃなく、状況に合わせて最適な『道具』を選ぶ。それがスマートなヒーローだ」
「へいへい。流石っスよ、アーセナル先生」
「その名前で呼ぶな。ここではただの一般市民だ」
駆けつけた警察に男を引き渡し、四人はモールのベンチでハンバーガーを齧った。
西日が差し込むフードコート。
白雲が、相澤の新しいゴーグルを指さして笑う。
「でもさ、やっぱショータにはそのゴーグル似合うよ! ヒーローって感じする!」
「……そうか?」
「おうよ! 俺たち三人で事務所建てたら、そのゴーグルがトレードマークになるんだ。楽しみだなぁ!」
無邪気に未来を語る白雲。
それに釣られて笑う山田と、照れる相澤。
その光景は、あまりにも完璧な「青春」の形をしていた。
誰もが疑わなかった。
彼らがプロになり、三人で活躍する未来が来ることを。
このゴーグルが、後に相澤消太のトレードマークとなり、しかしその隣に白雲がいない未来など、誰も想像していなかった。
「……先生も、絶対遊びに来てくださいよ? 俺たちの事務所」
「……ああ。気が向いたらな」
楔はストローを噛み潰しながら、曖昧に頷いた。
胸の奥で、何かがざわつく。
幸せであればあるほど、影は濃くなる。
予感めいた不安を打ち消すように、楔は冷えたコーラを一気に飲み干した。
運命の日は、もう目の前まで迫っていた。