天土楔の憂鬱な教職日誌   作:金属粘性生命体

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期末テスト、あるいは創造主たちの非対称戦争

 

 

 三日間にわたる筆記試験という名の精神的拷問が終了した。

 最後の科目である地理の答案用紙が回収されると同時に、1年A組の教室からは魂が抜けるような溜息が一斉に漏れ出した。

 天土(あまつち)(クサビ)が作成した地理の試験問題は、彼の予告通り慈悲のない代物だった。等高線から標高差を計算し、その地形における最適な狙撃ポイントと退路を記述させる問題や、過去の災害データに基づいた都市復興のコスト計算など、もはや地理というよりは軍事戦術と土木工学の混合テストだったからだ。

 

「終わった。狙撃ポイントなど知るか」

「私、計算ミスしましたわ。復興予算の桁が一つ足りません」

 

 上鳴(かみなり)電気(でんき)が机に突っ伏し、八百万(やおよろず)(もも)ですら青ざめた顔で額を押さえている。

 だが、感傷に浸る時間はない。

 筆記の次は、本丸である演習試験が待っている。

 

 演習試験会場、セントラルプラザ。

 A組の生徒たちがジャージ姿で整列する前には、相澤(あいざわ)消太(しょうた)を筆頭に、雄英高校が誇るプロヒーロー教師陣がズラリと並んでいた。

 その威圧感は、並大抵のヴィラン集団よりも遥かに重く、生徒たちの肌を粟立たせる。

 校長の根津(ねづ)|が、生徒たちの足元からひょっこりと顔を出した。

 

「諸君! 筆記試験お疲れ様! 次は演習試験だね! 事前の情報ではロボットとの模擬戦だと思っていたかな? 残念! 今回は趣向を変えて、対人戦闘を行ってもらうよ!」

「対人?」

「そう! 君たちには二人一組のペアを組んでもらい、ここにいる教師一人と戦ってもらう!」

 

 教室がどよめく。

 ロボット相手なら火力で押し切れるかもしれない。だが、相手は百戦錬磨のプロヒーローだ。

 相澤が淡々と説明を引き継ぐ。

 

「評価基準は二つ。制限時間内にハンドカフスを教師にかけるか、あるいはステージからの脱出。要は『捕縛』か『逃走』だ。そして、ハンデとして我々はこれを装着する」

 

 教師たちが一斉に、手足に重りのようなバンドを装着した。

 超圧縮重り(ウルトラウェイト)|。

 総重量、約プロヒーロー一人分の体重に相当する枷だ。

 楔もまた、面倒そうに手首と足首に黒いバンドを巻き付けた。

 重厚な金属音が鳴る。

 だが、彼の表情には少しの翳りもない。むしろ、ハンデなど意味がないと言わんばかりの冷ややかな目が、生徒たちを射抜いていた。

 

「それでは対戦カードを発表する。第一試合、切島・佐藤ペア対セメントス。第二試合、常闇・蛙吹ペア対エクトプラズム」

 

 次々と名前が呼ばれていく。

 そして。

 

「第五試合。轟・八百万ペア対……天土」

 

 名前を呼ばれた瞬間、(とどろき)焦凍(しょうと)と八百万百の二人が、強張った表情で楔の方を見た。

 楔はポケットに手を突っ込んだまま、ゆっくりと二人の前まで歩み寄った。

 身長差。

 そして、圧倒的な経験値の差。

 彼は特売の煎餅をバリと齧りながら、見下ろすように告げた。

 

「運が悪かったな。他の先生なら、生徒の成長を促すようなプロレスをしてくれるかもしれんが、俺はそういう器用な真似はできん。手加減はしない。死ぬ気で来い」

 

 その言葉は脅しではない。

 事実の通告だ。

 轟が拳を握りしめ、八百万が息を呑む。

 二人の顔には、明確な緊張と、微かな恐怖が張り付いていた。

 さらに発表は続く。

 最後に残ったのは、緑谷(みどりや)出久(いずく)爆豪(ばくごう)勝己(かつき)。彼らの相手は、平和の象徴オールマイト。

 最悪と最強の組み合わせに会場がざわつく中、楔は踵を返し、指定された演習エリアへと向かった。

 

 演習場の一角。

 住宅街を模したエリアは、しとしとと降る小雨に濡れていた。

 スタート地点のゲート前に立つ轟と八百万。

 二人の間には、重苦しい沈黙が流れている。

 轟はステイン戦を経て迷いを振り切ったとはいえ、相手が天土楔となると話は別だ。あの教師は、轟の戦い方の癖も、思考の甘さも全て見透かしている。

 一方、八百万の表情はさらに暗い。

 体育祭での常闇(とこやみ)|戦での完敗。それが彼女の自信を根底から揺るがしていた。自分の判断は遅いのではないか。私の創造は通用するのか。

 そんな迷いが、彼女の立ち姿から滲み出ている。

 

「八百万。策はあるか」

 

 轟が問いかける。

 八百万はハッとして顔を上げたが、視線は泳いでいた。

 

「え、ええ。天土先生の個性は強力ですが、生成された武器は物理的なものです。遮蔽物を利用して接近し、一瞬の隙を突いて」

「具体性がないな。まあいい、俺が先行して氷と炎で陽動する。お前はその隙に何か有効な武器を作ってくれ」

 

 轟の言葉は、提案というよりは指示に近かった。

 八百万が唇を噛む。彼女は自分が頼りにされていないことを敏感に感じ取っていた。

 

 開始のブザーが鳴り響く。

 試験開始。

 轟が飛び出す。

 彼は右足を強く踏み込み、巨大な氷壁を生成して前方の視界を塞ぎながら、一気に距離を詰めようとした。

 速攻。

 楔に準備の時間を与えないための最善手。

 だが、その判断こそが、楔の掌の上だった。

 

 轟音が鼓膜を叩き割る。

 轟が生成した氷壁が、中央から粉々に砕け散った。

 氷の破片が散弾のように降り注ぐ中、轟は咄嗟に左手の炎で熱風を作り、破片を融解させて防御する。

 

「なっ!?」

 

 視界が開けた先。

 そこにあったのは、ゴールゲートを守る教師の姿ではなかった。

 要塞だった。

 ゴールゲートを中心に、扇状に展開された無数の砲台。

 アスファルトから生えたそれらは、対空機関砲、榴弾砲、そして対戦車ミサイル発射機。

 およそ三十門におよぶ火器群が、電子制御された目のように、正確に轟たちを捕捉していた。

 その中央、弾薬箱(生成物)の上に座り、退屈そうに特売茶を飲んでいる男。

 

「遅い」

 

 楔が指を弾く。

 一斉射撃。

 銃声が重なり合い、一つの巨大な咆哮となって空間を震わせる。

 弾丸の雨。

 轟は舌打ちをし、全力で氷のドームを作って防御体勢に入った。

 氷が削られる乾いた音が絶え間なく響く。

 楔の作り出す弾丸は、ただの鉛ではない。土中の鉱物を圧縮し、硬度を高めた徹甲弾だ。轟の氷など、数秒で貫通する。

 

「くそっ! 近づけねぇ!」

 

 轟は氷壁を維持するだけで精一杯だ。

 八百万は轟の後ろに隠れ、盾を作るのがやっとだった。

 これでは陽動にもならない。完全な制圧射撃。

 楔は弾薬箱の上で足を組み直し、拡声器を通して通告した。

 

「どうした、ヒーロー志望。ヴィランが待ってくれると思ったか? ここは既に俺の陣地だ。一歩でも踏み込めば、蜂の巣じゃ済まんぞ」

 

 楔の戦術はシンプルだ。

 動かない。

 『土細工(アース・クラフト)|』の弱点は、生成した武器を維持するのに集中力がいることだ。

 ならば、ゴール地点に陣取り、そこを絶対防御圏とすることで、移動のリスクを排除し、火力を最大化する。

 ハンデである重りなど関係ない。動かなければ重さなどゼロに等しい。

 

「八百万! 何か作れないか! このままじゃジリ貧だ!」

 

 氷の壁が削られ、薄くなっていく。

 轟が叫ぶ。

 八百万は脂質から大砲を作ろうとするが、思考がまとまらない。

 相手の火力が強すぎて、何を作れば対抗できるのか計算できないのだ。

 

「わ、私、どうすれば」

「ちっ!」

 

 轟は八百万の返答を待たず、左手の炎を最大出力で放出した。

 氷壁が溶け、爆発的な水蒸気が発生する。

 視界を奪う煙幕。

 その隙に、轟はサイドの路地裏へと駆け込んだ。

 

「逃げるぞ八百万!」

 

 二人は路地裏へと退避し、楔の射線から逃れた。

 だが、それは楔にとって想定内の行動だ。

 彼は砲撃を止め、煙の向こうを見つめた。

 

「路地裏に逃げ込んだか。定石だな。だが、俺が地理教師だということを忘れていないか」

 

 楔は懐から端末を取り出し、この演習場の見取り図を表示させた。

 彼らが逃げ込んだエリアは、袋小路が多い住宅密集地。

 楔は地面に手を触れた。

 遠隔操作。

 彼らが走っているであろう路地の地面から、音もなく有刺鉄線が生成される。

 さらに、壁面からは感知式クレイモア地雷が顔を出す。

 路地裏を走る轟と八百万。

 

「ここなら射線は通らない。回り込んで背後を突く」

「で、ですが轟さん、天土先生のことです。このルートも予測しているのでは」

 

 八百万の懸念は的中した。

 轟が曲がり角を抜けようとした瞬間、足元に違和感を覚えた。

 

「しまっ」

 

 微かな金属音。

 壁面のクレイモアが起爆する。

 非殺傷性のゴム弾と衝撃波が、狭い路地裏で炸裂した。

 轟が吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。

 

「ぐっ!」

「轟さん!」

 

 八百万が駆け寄ろうとするが、彼女の周囲の地面からも、鋭利なスパイクが隆起し、進行を阻む。

 逃げ場がない。

 正面は砲台による弾幕。裏道は罠の迷宮。

 これが、地形を掌握した天土楔という男の戦い方だ。

 

「聞こえるか、劣等生ども」

 

 街頭スピーカーから楔の声が響く。

 ハッキングではない。彼は配線を通じてマイクを接続し、放送設備をジャックしたのだ。

 

「轟。お前は力押しが過ぎる。氷と炎、強力な個性だが、それに頼りすぎて足元がお留守だ。地雷一つでお前の機動力は死ぬ」

 

 轟が歯を食いしばる。

 図星だ。彼はステイン戦でも、個性の出力に頼るきらいがあった。

 

「そして八百万。お前は何をしている? 轟の後ろをついて回るだけの荷物持ちか」

 

 八百万の肩が跳ねる。

 最も痛いところを突かれた。

 

「お前の個性『創造』は、全部とは言えんが俺の『土細工』の上位互換だ。俺は武器しか作れんし、素材がなきゃ何もできん。だがお前は、知識と脂質さえあれば、絶縁シートも、ガスマスクも、あるいは戦局を覆す何かだって作れるはずだ。なぜ作らない。なぜ思考を止める、お前の個性は思考を止めた瞬間に負けが決まる代物だ」

 

 楔の声は冷たく、しかし核心を抉る。

 

「私の創造が、上位互換?」

 

 八百万は震える手を見つめた。

 楔の圧倒的な生成速度と物量。それに比べて、自分は遅いし、脆い。そう思い込んでいた。

 だが、楔は言った。彼女の方が上だと。

 

「今の俺は、ただの固定砲台だ。動けないし、動く気もない。攻略法などいくらでもあるぞ。考えるのをやめた時点で、お前たちの敗北だ」

 

 スピーカーからのノイズが切れ、再び静寂が戻る。

 轟が痛みを堪えて立ち上がり、八百万を見た。

 彼女は俯いていた。だが、その瞳からは、先ほどまでの迷いが消え、代わりに必死に思考を回転させる光が宿り始めていた。

 

「轟さん。私に、時間をください」

 

 八百万が顔を上げる。

 

「天土先生の言う通りです。私たちが勝つには、先生の予測を超える『何か』を作るしかありません。先生の武器が土から生まれるなら、その土台を覆すものを」

「勝算はあるのか」

「やってみせます。私だって、A組の生徒ですから」

 

 八百万がコスチュームのジッパーを下ろし、肌を露出させる。

 最大出力の創造。

 彼女の脳内で、化学式と構造図が高速で組み立てられていく。

 楔の砲撃が再開されるまで、あと数十秒。

 そのわずかな時間が、勝敗を分かつ分岐点となる。

 

 一方、ゴール地点の楔は、再びお茶を一口飲んだ。

 モニターには、路地裏で何やら作戦会議をする二人の熱源反応が映っている。

 

「さあ、見せてみろ。俺の作った箱庭を、どうやって壊す」

 

 彼は生成した対物ライフルのスコープを覗き込んだ。

 引き金にかけた指は、まだ動かない。

 教育者としての彼は、生徒が殻を破る瞬間を、照準の向こう側で静かに待ち続けていた。

 

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