天土楔の憂鬱な教職日誌   作:金属粘性生命体

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血肉の城塞、あるいは歴史という名の暴力

 

 

 月光すら届かぬ森の深淵で、規格外の暴力と戦略級の武力が衝突し、大気を震わせる衝撃波となって周囲の木々を薙ぎ倒していく。

 マスキュラーの筋肉は、単なる肉体強化の域を超え、それ自体が意思を持つ別の生物のように蠢きながら皮膚を覆い、鋼鉄以上の硬度とゴム以上の弾性を兼ね備えた鎧となって、楔の攻撃をことごとく弾き返していた。

 

「効かねえな。豆鉄砲でマッサージでもしてくれるのか」

 

 マスキュラーが地面を蹴り砕く。

 砲弾のような速度で肉薄した彼は、丸太ほどもある腕を振り下ろして楔を押し潰そうとする。

 その一撃は、岩盤すら容易く粉砕する質量の暴力だ。

 だが、楔は眉一つ動かさず、右手を軽く払う動作だけで空間を支配した。

 

 彼が生成したのは、単なる防弾シールドではない。

 地面から斜めに隆起した、数百本もの「長槍」による拒絶の壁だ。

 中世の歩兵陣形「ファランクス」を思わせる槍の襖が、マスキュラーの突進を受け止めるべく、その鋭利な切っ先を向ける。

 しかし、それだけではない。

 槍の穂先の間から、現代の殺意たる「アサルトライフル」の銃口が無数に顔を覗かせていた。

 槍による物理的な拒絶と、銃火器による飽和攻撃。

 時代を超えた凶器のハイブリッド。

 

「串刺しがお望みか、肉ダルマ」

 

 衝突の瞬間。

 長槍がマスキュラーの筋肉繊維に突き刺さり、その突進エネルギーを受け止めて軋みを上げる。

 筋肉が槍をへし折ろうと収縮した、そのコンマ一秒の隙を楔は見逃さない。

 彼の意思に連動し、槍の隙間に配置されたアサルトライフルが一斉に火を噴いた。

 ゼロ距離からの鉛の嵐。

 数千発の弾丸が一点に集中し、筋肉の鎧を削り取り、肉片を撒き散らす。

 さらに楔は左手を握り込み、槍の先端に仕込んでおいた「成形炸薬」を起爆させた。

 槍が刺さった内部からの爆発。

 熱と衝撃がヴィランの体内を駆け巡る。

 

「ぐ、おおおおおっ」

 

 さすがのマスキュラーもたたらを踏み、後退を余儀なくされる。

 だが、この怪物は止まらない。

 爆炎を切り裂き、血走った眼球を剥き出しにして咆哮すると、傷ついた筋繊維を無理やり結び直し、更なる増強を開始して身体を一回り大きく膨張させた。

 

「痛えな。痛えけど、最高だ。もっと派手に殺り合おうぜ」

 

 理性を捨てた獣の笑み。

 彼は防御を捨て、痛みすらも快楽に変えて再び突進を開始した。

 その速度と質量は先程の比ではない。

 楔が展開した槍の壁を、マスキュラーは真正面から体当たりで粉砕し、銃弾の雨を筋肉で受け止めながら、強引に距離を詰めてくる。

 楔は冷静にバックステップを踏みながら、次々と戦術を切り替える。

 足元に「対戦車地雷」を生成して起爆させ、爆風を利用して跳躍。

 空中で「短機関銃」を両手に生成し、敵の眼球や関節といった急所を狙い撃つ。

 だが、マスキュラーは瞼の筋肉さえも強化して弾丸を弾き、圧倒的な腕力で空中の楔を叩き落とそうと腕を振るう。

 風圧だけで木々が裂ける。

 

 楔は空中で姿勢を制御し、着地と同時に地面に手を叩きつけた。

 単純な火力では足りない。

 再生能力と耐久力が異常すぎる。

 ならば、個の力ではなく、軍の力で圧殺するしかない。

 楔の瞳に、冷徹な光が宿る。

 

「派手がお望みか。なら、歴史の勉強といこう」

 

 楔の意思に呼応して、背後の断崖絶壁を構成する岩盤が、地鳴りを上げて変形を開始した。

 土を素材とし、構造を理解していれば、世界そのものが彼の武器庫となる。

 崖からせり出したのは、無数の砲門だけではない。

 古代ローマ軍が用いた巨大な「バリスタ」。

 中世の攻城戦で城壁を砕いた「投石機」。

 大戦時代の「野戦榴弾砲」。

 そして現代の「多連装ロケットシステム」。

 人類が積み重ねてきた殺意の歴史が、博物館のように、あるいは悪夢のように崖一面を埋め尽くす。

 

「消えろ」

 

 楔が指揮棒を振るように指を下ろす。

 轟音という言葉すら生温い。

 丸太のような鋼鉄の矢が筋肉を貫き、その傷口に投石器で投げられた石が飛び込んで引き裂き、巨大な鉄球が骨を砕き、最後にロケットの弾が肉体を消し飛ばす。

 新旧入り乱れた破壊の嵐。

 物理的な質量と爆発エネルギーの飽和攻撃。

 マスキュラーの悲鳴がかき消され、その巨体が物理的な奔流に飲み込まれていく。

 岩盤が崩落し、土煙が立ち上り、森の一角が地図から消滅した。

 

 やがて砲撃が止み、静寂が戻ると、そこには巨大なクレーターと、瓦礫の下でピクリとも動かないヴィランの姿だけが残されていた。

 楔は展開した無数の兵器群を砂へと還し、土煙を払ってクレーターの縁に立つと、沈黙した敵を見下ろして短く息を吐いた。

 

「石器時代の棍棒から現代のミサイルまで、人類の殺意の歴史はどうだった。少しは勉強になったか」

 

 彼は生成した軍用バイクに再び跨り、エンジンを始動させると、緑谷(みどりや)たちが逃げた施設の方角へと視線を向ける。

 マスキュラーは片付いたが、森の各所で上がる黒煙と爆発音は止んでおらず、生徒たちが未だ交戦中であることを示していた。

 特に、広場の方角からは断続的な閃光が見え、マンダレイや虎が奮戦している様子が伝わってくる。

 

「急ぐか」

 

 楔がアクセルを回そうとしたその時、懐の通信端末が着信を告げて震え、相澤(あいざわ)消太(しょうた)の切迫した声がノイズ混じりに飛び込んできた。

 

『天土先生。聞こえるか。状況はどうなっている』

「筋肉馬鹿は処理した。今からそっちへ合流するが、生徒の被害状況は」

『数名が負傷、ガスによる被害も出ているが、今のところ死者はいない。だが、マンダレイのテレパスで敵の狙いが判明した』

 

 相澤の声が一瞬途切れ、苦渋に満ちたトーンで告げる。

 

『奴らの狙いは、爆豪(ばくごう)だ。生徒の殺害ではなく、爆豪の拉致が目的らしい』

「爆豪だと?」

 

 楔の眉間に皺が寄る。

 死柄木の狙いは、やはり雄英の象徴たる生徒を奪い、社会を揺さぶることか。

 爆豪の強烈な自我と力への渇望、それをヴィラン側に取り込もうという腹積もりなのかもしれないが、いずれにせよ最悪のシナリオだ。

 爆豪は現在、肝試しのルート上にいるはずであり、護衛がついている保証はない。

 

「相澤、俺はルートを変更する。爆豪の確保を最優先にする」

『頼む。俺も施設を出て前線に向かう』

 

 通信を切り、楔はバイクのハンドルを強く握りしめると、タイヤを軋ませて方向転換し、道なき森の中へと突っ込んでいった。

 バイクの前輪に排土板、後輪にスパイクタイヤを追加生成し、倒木を粉砕しながら最短距離を駆け抜ける。

 

 一方、森の中央部では、爆豪と(とどろき)焦凍(しょうと)が、奇妙なヴィランと対峙していた。

 黒い拘束着のような衣装に身を包み、刃物のような歯を見せて笑う男――ムーンフィッシュ。

 彼の口からは、自由自在に伸縮し、鋭利な刃と化した「歯」が無数に伸びており、それが二人を近づけさせない鉄壁の結界となっていた。

 

「肉、肉肉肉、綺麗だ」

「クソが。近づけねェ」

 

 爆豪が爆破で歯を弾こうとするが、切っても切っても再生し、伸びてくる刃の檻に阻まれて防戦一方を強いられている。

 轟も氷壁で防御するのが精一杯で、下手に炎を使えば周囲の木々に燃え移り、ガス爆発を誘発する恐れがあるため、最大火力を出せずにいた。

 ムーンフィッシュの歯は、単なる刃物ではない。

 生き物のようにうねり、死角から襲いかかり、退路を断つ。

 その精度と速度は、生徒二人を完全に圧倒していた。

 

「爆豪。あんまり前に出るな。奴の射程が広すぎる」

「指図すんな半冷半燃。あーもう、イラつくぜ」

 

 ジリ貧の状況。

 ムーンフィッシュの歯が、轟の氷壁を貫通し、二人の喉元へと迫る。

 その刹那。

 横合いの茂みが爆ぜ、一台の鉄塊が飛び込んできた。

 楔のバイクだ。

 彼は走行したままジャンプし、空中でバイクを「巨大なモーニングスター」へと変形させてムーンフィッシュの頭上へ落とした。

 

「潰れろ」

 

 重低音と共に、数トンの鉄球がムーンフィッシュを地面に叩きつけ、その異常な歯の伸長を物理的に封殺する。

 爆豪と轟が目を丸くして見上げる中、楔は軽やかに着地し、鉄球を砂に戻しながら二人の前に立った。

 その両手には、既に新たな武器が握られている。

 右手には、大口径のマグナムリボルバー。

 左手には、無骨で鋭利な日本刀。

 遠距離と近距離、新と旧。

 二つの時代の武器を携えた教師の背中。

 

「天土先生」

「遅くなって悪いな。怪我はないか」

「あァ? 助けなんて呼んでねェよ」

 

 爆豪が悪態をつくが、その顔には安堵の色が見える。

 楔は周囲を警戒しながら、短く状況を伝えた。

 

「無駄口を叩くな。状況が変わった。爆豪、敵の狙いはお前だ」

「はあ? 俺だァ?」

「理由は知らんが、お前を拉致するのが目的らしい。だから、これよりお前を『要人』として扱い、俺が直接護衛して施設まで送り届ける」

 

 楔は懐からドッグタグ型の発信機を取り出し、爆豪に投げ渡した。

 

「持っておけ。万が一はぐれた時の命綱だ」

「ふざけんな。俺は守られるなんざ御免だ。敵をぶっ殺して終わらせる」

「聞き分けのないガキだ」

 

 楔が溜息をついた瞬間、鉄球の下敷きになっていたはずのムーンフィッシュが、異様な執念で地面を掘り進み、楔の足元から歯を突き上げてきた。

 地面を食い破り、槍のように迫る白い刃。

 

「肉ゥゥゥゥ」

「しつこいな」

 

 楔は反応した。

 左手の日本刀を一閃させ、迫りくる歯を切り落とす。

 金属音が響き、切り落とされた歯が地面に転がる。

 だが、切断面から新たな歯が生え、枝分かれして楔を襲う。

 楔は身体を回転させながら、右手のマグナムを火にかけた。

 正確無比な射撃。

 大口径の弾丸が、再生しようとする歯の根元を撃ち砕き、衝撃で軌道を逸らす。

 

 斬撃と銃撃。

 楔は踊るように戦場を舞った。

 日本刀でパリィし、体勢を崩した瞬間に銃弾を叩き込む。

 接近すれば斬り、離れれば撃つ。

 ガン=カタと剣術を融合させた独自の戦闘スタイルは、ムーンフィッシュの変幻自在な攻撃を完全に封じ込めていた。

 

「すごい。あの歯の速度に、完全についていってる」

 

 轟が息を呑む。

 だが、森の奥から新たな足音が近づいてきた。

 悠然とした足取りで現れたのは、片手で手品のように青い玉を転がす仮面の男――Mr.コンプレス(ミスター・コンプレス)

 

「随分と賑やかだねー。主役の爆豪くん、いただいてもいいかな」

 

 敵の増援。

 楔は瞬時に計算する。

 ムーンフィッシュの広範囲攻撃と、未知の個性を持つコンプレスの連携。

 そして何より、守るべき対象である爆豪がここにいるというリスク。

 この場で迎撃戦を行うのは、護衛任務としては下策だ。

 

「轟、爆豪を連れて走れ。俺が殿を務める」

「先生はどうすんだよ」

「残業だと言ってるだろ。行け」

 

 楔が地面を強く踏み込んだ。

 二人の背後の地面が隆起し、巨大な「城壁」となって道を塞ぐ。

 同時に、彼は両手の武器を構え直し、迫りくる歯の嵐に向かって突進した。

 爆豪が何か叫ぼうとしたが、轟に腕を引かれて走り出す。

 それを見届けた楔は、ニヤリと好戦的な笑みを浮かべ、二人のヴィランと対峙した。

 

「さて、手品師と歯医者のコンビか。俺の『武器庫』とどっちが芸達者か、試してみるか」

 

 森の闇が深まり、戦況は混迷を極めていく。

 守るべき未来を背に、戦略級の教師がたった独りで防波堤となり、悪意の奔流に立ち向かう。

 

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