天土楔の憂鬱な教職日誌   作:金属粘性生命体

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病棟の裏口、あるいは子供たちの覚悟と境界線

 

 

 深夜の総合病院は重傷を負ったヒーロー科の生徒たちを隔離するための巨大な要塞と化しており、無機質な蛍光灯の光が照らす長い廊下には警察官たちが等間隔で配置されて重苦しい静寂が空間全体を支配している。

 外部からのマスコミの侵入やヴィランによる再襲撃を警戒して正面玄関から屋上に至るまでのあらゆる出入り口が厳重に封鎖されている中、防犯カメラの死角となる裏路地の搬入口に続く非常階段の踊り場に、防刃コートを深く羽織った天土(あまつち)(クサビ)が闇に溶け込むようにして静かに立っていた。

 彼の視線の先にある古びた鉄製の非常扉が微かな軋み音を立てて内側から押し開かれ、月明かりも届かない暗がりの中に、私服姿の緑谷(みどりや)出久(いずく)をはじめとする五人の生徒たちの姿が浮かび上がる。

 迷いと決意に心配の感情を滲ませた緑谷と、鋭い決意を瞳に宿した(とどろき)焦凍(しょうと)、硬く拳を握りしめる切島(きりしま)鋭児郎(えいじろう)、そして彼らの無謀な行動を最後まで止めようとしながらも同行を選んだ飯田(いいだ)天哉(てんや)八百万(やおよろず)(もも)の五人である。

 彼らが病院の厳重な警備網を抜け出してここまで辿り着いたのは八百万が製造した発信機の受信機を手掛かりに自らの手で爆豪を救出するという青臭くも純粋なヒーローとしての衝動によるものであったが、扉を開けた彼らを待ち受けていたのは圧倒的な暴力の権化とも言える雄英教師の冷酷な眼差しであった。

 

「警備の目を誤魔化して抜け出す程度の知恵はあったようだが、その先の生存確率について少しでも計算したのか?」

 

 天土の低く感情の欠落した声が裏路地の冷たい空気を震わせると、予期せぬ教師の待ち伏せに直面した生徒たちは弾かれたように足を止め、緑谷は痛む腕を庇うように一歩後ずさりをしながらも必死に言葉を紡ごうと喉を震わせる。

 逃げ隠れすることのできない圧倒的な実力差と、教師という絶対的な権威を前にして彼らの心臓は警鐘を鳴らして引き返すことを要求しているが、それでも切島が歯を食いしばって前に進み出た。

 

「天土先生。俺たちはどうしても行かなきゃならないんです。プロに任せてここでただ待っているなんて、絶対にできない」

「お前たちが法を破ってまで動けば、それはもはやヒーローの活動ではなくただのヴィランと同質の違法行為だ。ルールを守れない子供に、他人を救う資格はない」

 

 天土は防刃コートのポケットから手を出すことなく冷ややかに告げ、その言葉の重みに飯田が苦渋の表情を浮かべて俯く。

 林間合宿で何もできずに友を奪われたという無力感と悔恨が彼らを突き動かしていることは天土にも痛いほどに理解できているが、戦場において私情は最も無価値で危険な死因であり、未熟な子供たちが足を踏み入れて良い領域ではないことを彼はプロの掃除屋として誰よりも知っているのだ。

 

「ルールを破ってでも、助けたいんです。僕の手が届く場所に、かっちゃんがいるなら」

 

 緑谷が折れた腕を震わせながら顔を上げ、かつてUSJの事件や保須市の路地裏で見せたのと同じ、自らの命すら度外視した狂気にも似たヒーローとしての執念を込めた瞳で天土の冷たい視線を真っ直ぐに射抜く。

 轟もまた無言のまま緑谷の隣に並び立ち、万が一天土が実力行使で彼らを止めようとするならば、教師を相手にしてでも強行突破するという静かで熱い覚悟をその身から立ち上らせていた。

 天土は五人の生徒たちが発する未熟でありながらも決して折れることのない意志の光を無言で観察し、やがてポケットの中で握りしめていたスマートフォンから静かに手を離して深く息を吐く。

 

「俺はこれから、ヴィランのアジトを物理的に更地にする」

 

 唐突な天土の宣告に生徒たちの表情が驚愕に染まり、八百万が息を呑んで目を見開く中、天土は一切の冗談を含まない事務的な口調で自らの狂気的な計画の一端を語り始めた。

 

「プロの部隊とは別に俺は単独で別ルートから突入し、視界に入る敵対存在を一人残らず駆除する。その戦闘規模は市街地を巻き込む災害レベルになるため、お前たちのような脆弱な子供が戦場にいればただの肉片に変わるだけだ」

「先生、それはまさか」

「お前たちがどうしてもその受信機を頼りに神野へ向かうと言うのなら、俺は物理的に止めることはしない。だが、俺が暴れ回っている間は絶対に最前線へ姿を現すな」

 

 天土は緑谷の胸ぐらを掴み上げるようにして距離を詰め、その絶対零度の瞳で少年の魂の奥底までを見透かすように睨みつける。

 

「これは教育的指導ではなく、戦場における作戦指令だ。俺が敵の戦力を完全に引き剥がし、陣形を崩壊させたその()()()()にだけ、お前たちの機動力と個性を利用して爆豪を回収しろ。そして回収した後は、俺がどれだけ血を流していようと一度も振り返らずに逃げろ」

 

 それは本来であれば決して許されることのない、教師が生徒を非合法な戦闘領域の作戦に組み込むという越権行為であり、天土楔という男が雄英高校の理念よりも自分自身の冷酷な合理性を優先した瞬間であった。

 緑谷たちの戦力には期待していないが、天土自身がヴィラン連合の主力を引き受けて殺戮の嵐を巻き起こしている間、敵の包囲網をすり抜けて爆豪という特定のターゲットだけを迅速に回収して離脱するという一点においては、彼らの予測不能な行動力と連携が最後の()()として機能する可能性があると計算したのだ。

 

「振り返るな、と言いましたか。天土先生が、敵を全部引き受けるつもりで」

「勘違いするな。俺は残業が嫌いだから、手伝いのガキにゴミ捨ての仕上げを任せるだけだ」

 

 天土は緑谷から手を離すと、アスファルトの裏路地に背を向けて闇の中へと歩き出しながら、肩越しに冷たい命令を下す。

 

「お前たちが作戦の足手まといになると俺が判断した瞬間、俺はお前たちごとヴィランを爆撃する。死にたくなければ、絶対に目立つな」

 

 裏路地の静寂の中へ天土の足音が消えていくのを、緑谷たちは呆然と見送ることしかできなかった。

 彼らは大人に止められることだけを想定してここまで来たが、まさか最も恐ろしい実力を持つ教師から、非公式の回収部隊として作戦に組み込まれるなどという展開は全く予想外であった。

 轟が小さく息を吐き、切島が震える拳を強く握り直して前を見据える。

 

「天土先生は、俺たちの覚悟を利用してでも爆豪を確実に取り戻す気だ。あの人は、本気でヴィランを皆殺しにするつもりだぞ」

「だからこそ、僕たちが行く意味がある。先生の邪魔をせずに、かっちゃんだけを連れ出すための完璧なタイミングを見つけるんだ」

 

 緑谷の瞳には迷いが消え、代わりに自分たちに与えられた過酷な役割を完遂するという明確な使命感が宿っていた。

 法と秩序を守るべき大人たちがマスコミの前で頭を下げて偽りの防衛戦を演じているその裏側で、一人の冷酷な掃除屋と五人の無謀な子供たちが、それぞれの矜持と目的を胸に秘めて神野の街へと向かう暗いレールの上を走り出したのだ。

 

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