天土楔の憂鬱な教職日誌   作:金属粘性生命体

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開戦、所謂最終章
神野の悪夢、あるいは交差する絶対悪と掃除屋


 

 

 神奈川県横浜市神野区の裏路地に位置する廃バーの薄暗い室内ではテレビ画面に映し出された雄英教師たちの謝罪会見を眺めながら死柄木(しがらき)(とむら)が苛立ちに首を掻きむしっており拘束を解かれた爆豪(ばくごう)勝己(かつき)が周囲を取り囲むヴィランたちの隙を窺いながら反撃の機会を静かに待っている。

 彼らは自分たちが安全な隠れ家に潜伏し完全に主導権を握っていると信じて疑っておらず外の世界で確実に狭まっているプロヒーローたちの包囲網の存在に誰一人として気付いていないまま死柄木が再び爆豪を自らの陣営へと引き込もうと歪な言葉を紡ぎ出そうとしていた。

 外の通りからピザの配達を告げる間の抜けた男の声が木製のドア越しに響いたのはまさにその静寂と停滞が頂点に達した瞬間であり誰かが返事をするよりも速く何の前触れもなく建物の壁が外側から爆発するように弾け飛んで平和の象徴たるオールマイトが土煙を引き裂いて室内に突入してくる。

 彼の圧倒的な突進が室内の空気を圧縮して衝撃波を巻き起こしそれに合わせるかのように背後から飛び込んできたシンリンカムイの無数の木材の枝が四方八方へと伸びてヴィランたちの身体を拘束しワープゲートを開こうとした黒霧(くろぎり)の体内にはエッジショットの鋭利な身体が忍び込んでその意識を即座に奪い去った。

 完璧に計算し尽くされたプロヒーローたちの電撃戦は開始からわずか数秒で廃バーに潜むヴィラン連合の主力を完全に無力化しオールマイトが爆豪へと歩み寄って救出の完了を宣言しようとしたその刹那気絶しているはずの黒霧の能力とは全く異なる泥のような黒い液体が突如として室内の至る所から湧き出し爆豪や拘束されたヴィランたちの身体を別の空間へと強制的に引きずり込み始める。

 オールマイトが顔を歪めて手を伸ばすもののその黒い泥による空間転移は物理的な干渉を完全にすり抜けてしまい爆豪の姿は泥に飲み込まれて音もなく消失して廃バーには呆然と立ち尽くすヒーローたちだけが残された。

 

 時を同じくして爆豪が囚われていた廃バーとは全く別の場所に位置する神野区のもう一つの標的である脳無の巨大な格納庫施設でもプロヒーローたちによる大規模な制圧作戦が同時に進行していた。

 Mt.レディの巨大化した身体が格納庫の強固な外壁を粉砕して内部への突入口を切り開き先行したベストジーニストが鋼線のごとき強靭なデニムの繊維を操って無数の脳無が眠る培養カプセルごと施設内のあらゆる物体を一瞬にして縛り上げる。

 そして崩壊した外壁の隙間から防刃コートの襟を立てた天土(あまつち)(クサビ)が静かな足取りで内部へと足を踏み入れ破壊されたコンクリートの基礎の下から露出した純粋な大地の土壌へと意識の糸を接続させた。

 彼の冷徹な計算回路は巨大な格納庫の容積と脳無の配置座標をミリ単位で把握しており地面に触れることなく意思の力のみで土中の鉱物成分を抽出し起動すらしていない数十体の脳無の直下に極めて強力な対装甲用の成形炸薬弾と大口径の対物散弾銃を同時に生成して一斉に射出する。

 鉛の雨と超高温の金属ジェットがカプセルを内部から貫き再生能力を発揮する暇すら与えずに脳無の頭部や生命維持器官を次々と炭化させていくその無慈悲かつ効率的な殲滅速度は共に突入したギャングオルカたち歴戦のプロヒーローでさえも息を呑んで動きを止めるほどに洗練された暴力の極致であった。

 

「内部の掃討は完了した。拍子抜けするほど脆い施設だ」

 

 天土が感情の欠落した声で作戦の完了を告げベストジーニストが制圧状況を確認しようと前へ歩み出たその時格納庫の最深部にある暗がりから一人の男がゆっくりと足音を響かせて現れた。

 生命維持装置のような奇妙な黒いマスクをつけ仕立ての良いスーツに身を包んだその男の周囲にはただ歩いているだけで大気が重力を増したかのように錯覚するほどの絶対的な死の気配が漂っており男が軽く手を叩きながらヒーローたちの迅速な制圧劇を称賛する言葉を口にする。

 その直後男が何気ない動作で右手を翳した瞬間神野区の夜空を覆い尽くすほどの規格外の破壊エネルギーが空間そのものを捻じ曲げながら全てを押し潰すように爆発した。

 それは複数の強大な個性が複雑に融合して生み出された純粋で理不尽な破壊の奔流であり天土は男が手を動かしたコンマ数秒の間に本能的な死の危険を察知し自らの足元にある土壌から極厚の多重複合装甲板と岩盤のドームを幾重にも生成してベストジーニストたちを覆い隠すように展開する。

 だが戦略兵器の直撃にも耐えうるはずのその強固な防護壁は男の放った衝撃波の前に紙細工のように容易く削り取られて崩壊し周囲のビル群や道路のアスファルトごと脳無の格納庫全体が跡形もなく吹き飛ばされて広大な更地へと変貌してしまった。

 土煙と瓦礫の雨が降り注ぐ中悪の支配者であるオールフォーワンは宙に浮かび上がりながら自らの足元に広がる惨状を見下ろして静かに冷笑を浮かべている。

 

 その絶望的な破壊の震源地から数ブロック離れた安全圏などではなく彼らはまさに攻撃の中心地の目と鼻の先にいた。

 緑谷(みどりや)出久(いずく)をはじめとする(とどろき)焦凍(しょうと)切島(きりしま)鋭児郎(えいじろう)たち五人の生徒はオールフォーワンが放った凶悪な衝撃波の指向性から奇跡的に外れ完全に吹き飛ばされることを免れた半壊状態の建物の分厚い壁の影に身を潜めて恐怖で体を震わせている。

 発信機の電波を頼りに格納庫のすぐ裏手まで辿り着いていた彼らは天土の非情な命令に従って決して最前線へは出ずに壁の裏側で息を潜めていたがほんの数メートル先にある空間の全てが更地へと変貌する光景は彼らの想像を絶する悪夢そのものであり瓦礫の山と化した街の中心に君臨する絶対悪の威圧感を前にして呼吸をすることすら忘れて絶望的な無力感に苛まれていた。

 緑谷は痛む腕を強く握り締め天土が病院の裏路地で語った言葉を脳内で何度も反芻しながら恐怖に飲まれそうになる自分の精神を必死に繋ぎ止めている。

 

 俺が敵の戦力を完全に引き剥がし陣形を崩壊させたその一瞬の隙にだけ爆豪を回収しろ。

 

 そんな天土の冷酷な作戦指令だけが破壊の暴風が吹き荒れる壁の裏側で身動きが取れない子供たちに残された唯一の希望の光であった。

 

 更地と化した格納庫の跡地ではオールフォーワンの足元から突如として黒い泥が湧き出しその中から廃バーにいたはずの死柄木や荼毘(だび)トガ(とが)といったヴィラン連合の面々そして拘束されたままの爆豪が次々と吐き出されて実体化していく。

 オールフォーワンが死柄木に対して歪な慈愛の言葉をかけヴィラン連合の撤退を促そうと空間を操作し始めたその時瓦礫の山の一部が内側から吹き飛ばされ血に塗れた防刃コートを無造作に脱ぎ捨てた天土楔が静かに立ち上がった。

 彼の左腕は衝撃波を防ぎきれずに深い裂傷を負って鮮血を滴らせているがその瞳には痛みや恐怖といった人間らしい感情は一切存在せずただ目の前に立つ絶対的な巨悪を駆除すべき害虫として見据える絶対零度の殺意だけが暗い炎のように燃え盛っている。

 

「随分と派手な更地工事だが申請手続きは済ませているのか」

 

 天土の低く冷たい声が瓦礫の空間に響き渡るとオールフォーワンは僅かに首を傾げて興味深そうに傷だらけの教育者を見下ろした。

 天土は口の中に溜まった血を吐き捨てアスファルトが剥がれて完全に露出した神野区の大地へと意識の全回線を接続させ彼の背後に広がる広大な空間の全てを無数の大口径銃火器や対物ミサイルの発射管で埋め尽くしていく。

 それは一人の人間が放つにはあまりにも過剰で狂気的なまでの火力の具現化であり天土楔という男が残業を終わらせるために自らの命すらも弾丸の火薬として消費する覚悟を決めた証であった。

 

「俺は残業が大嫌いなんだ。これ以上の追加業務が発生する前に、お前たちを物理的に消去する」

 

 神野の悪夢の中心で理不尽なまでの暴力を操る魔王と人類が築き上げた殺意の歴史を束ねる掃除屋が正面から激突し緑谷たちが待ち望むわずかな隙を生み出すための絶望的な死闘が今まさに始まろうとしていた。

 

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