天土楔の憂鬱な教職日誌   作:金属粘性生命体

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神野の悪夢、あるいは過去の亡霊と掃除屋の流儀

 

 

 神野区の夜空を覆い尽くした規格外の破壊の嵐が過ぎ去った後の広大な更地には巻き上げられた土煙と焦げた建材の悪臭だけが濃密に立ち込めており圧倒的な暴力の中心に君臨するオールフォーワンの足元にはヴィラン連合の面々と共に未だ分厚い拘束具で椅子に縛り付けられたままの爆豪(ばくごう)勝己(かつき)が転がされている。

 その絶対的な死の領域と対峙するように血に塗れた防刃コートを捨てて立ち上がった天土(あまつち)(クサビ)の背後には先ほどの理不尽な衝撃波を正面から受けて意識を失い倒れ伏したベストジーニストやMt.レディそしてギャングオルカといった歴戦のプロヒーローたちの無惨な姿があった。

 本来であれば圧倒的な機動力を活かして敵の射程外から重火器の雨を降らせるのが天土の確立された戦闘スタイルであるが背後に気絶した同僚たちを庇っている現在の状況では回避という選択肢は完全に封じられており彼は舗装が吹き飛ばされて剥き出しになった大地の土壌に両足を固定して文字通り一歩も退くことのできない過酷な防衛戦を強いられているのだ。

 天土が足元の鉱物成分を抽出して自身の周囲に何十層もの複合装甲板と迎撃用の対空機関砲をひたすらに気怠げな無表情のまま構築していくその姿を見下ろしながら宙に浮く魔王は生命維持マスクの奥で不気味な笑い声を漏らした。

 

「他者を守るために自らの足を止めるという致命的な矛盾。かつて所属部隊を全滅させられたあの夜から全く成長していないね」

「あの時は無給の残業で散らかった死体の後片付けまでさせられて最悪だった。今日ここでお前という害虫を駆除して未払い分を清算する」

「血の海の中で涙一つ流さず面倒そうに溜息をついていた異常者め。今日もまた同僚の死骸を掃除することになるぞ」

「俺が考えているのは早く帰って寝るためにお前の頭蓋骨を何発の徹甲弾で粉砕するかという掃除の段取りだけだ」

 

 天土の極めて気怠げでやる気のない宣告を合図とするかのように彼の背後の大地から一斉に隆起した数十門の多連装ロケットランチャーが火を噴き夜空を焦がすほどの無数のミサイルがオールフォーワンとその背後にいるヴィランたちを飲み込もうと殺到する。

 だがオールフォーワンは微かに腕を振るうだけで複数の個性を合成した巨大な空気の衝撃波を放ち迫り来る弾頭の群れを空中で容易く爆散させて無効化してしまうだけでなくその余波だけで天土の構築した強固な防護壁の数枚を紙切れのように吹き飛ばした。

 天土は口から血を吐きながらも即座に壁を再構築し同時に土中から別ルートで掘り進めていた巨大な地中貫通爆弾をヴィラン連合の直下で起爆させるという予測不能な奇襲を仕掛ける。

 凄まじい爆発が更地を揺るがし死柄木(しがらき)(とむら)たちヴィランが体勢を崩して宙に舞い上がるその一瞬の隙を天土は見逃さず右手から極限まで圧縮した岩石の弾丸をレールガンの要領で射出した。

 その一撃はヴィランの命を狙ったものではなく爆豪を縛り付けていた分厚い鋼鉄の拘束具の結合部だけを寸分違わぬ精度で撃ち抜き彼を物理的な自由の身へと解放するための極めて高度な精密射撃であった。

 

「手枷が外れたならさっさと俺の視界から消えろ」

 

 天土の冷酷な指示が戦場に響き渡り拘束から解放された爆豪は瞬時に掌から爆発を生み出して自らの身体を空中に跳ね上げ死柄木の手が伸びてくるよりも速くヴィラン連合の中心から距離を取ることに成功する。

 だがオールフォーワンが逃げる獲物を易々と見逃すはずもなく彼が指先から黒い鞭のような刺々しい個性を無数に放って空中の爆豪を串刺しにしようと襲いかかる。

 天土は爆豪を守るために迎撃の対空砲火を展開しようとするが彼が背後に庇っている気絶したベストジーニストたちに向けてオールフォーワンの別角度からの熱線攻撃が同時に迫っており二つの致命的な脅威を同時に防ぐことは天土の異常な処理能力と火力をもってしても物理的に不可能であった。

 同僚の命か生徒の命かという残酷な二者択一を迫られた天土が計算回路を焼き切るほどの速度で最適解を模索し背後の同僚たちを守るための強固な防壁構築に全リソースを割いたその瞬間半壊した壁の裏側に潜んでいた緑谷(みどりや)出久(いずく)たちに天土の冷酷な作戦指令が脳内で鮮明に蘇る。

 俺が敵の陣形を崩壊させたその一瞬の隙にだけ爆豪を回収しろという天土の言葉こそが血を吐きながら作り出した最初で最後の隙であり緑谷は痛む腕を振り絞って個性を足に集中させ(とどろき)焦凍(しょうと)が巨大な氷の斜面を一瞬にして空高く向かって生成し飯田(いいだ)天哉(てんや)切島(きりしま)鋭児郎(えいじろう)がそれに乗って砲弾のように空へと飛び出した。

 彼らは絶対に戦闘には介入せずただ空中にいる爆豪の救出のみに特化した一直線の軌道を描き切島が硬化した腕を限界まで伸ばして爆豪に向けて叫んだ。

 

「来い!!!」

 

 その声に応えるように爆豪が自らの爆破を推進力にして切島の手を強く握り締め彼らはオールフォーワンの黒い鞭が届くよりもわずかに早く空中へと離脱していく。

 生徒たちが自らの手で希望を繋ぎ止めたその光景を視界の端に捉えながら天土は一切の迷いを捨てることなく自身の全火力を防衛に回し気絶したヒーローたちへと迫っていた熱線を何重にも重ねた土壁とチタン合金の盾でギリギリのところで防ぎ切った。

 圧倒的な熱量に土壁がガラス化して砕け散り天土の左半身は深刻な火傷を負って肉が焼ける異臭を放っているがこれまでの気怠げで無気力な表情の中に初めて獰猛な肉食獣のような笑みが浮かび上がる。

 

「これで守るべきガキはいなくなった。左腕の治療費と有休の補償も上乗せして請求してやる」

「たかが小僧一人を逃がした程度でこの盤面が覆ると思っているのか」

「覆るさ。俺はこれから一切の容赦なくお前の全存在を物理的に消去するための本格的な大掃除に移行するからな」

 

 爆豪という最大の枷が外れたことで天土の足元の土壌から抽出される火器の密度と規模はこれまでの比ではなくなり神野の更地全体が彼という一人の掃除屋を動力源とする巨大な自動防衛要塞へと変貌を遂げていく。

 絶対的な暴力の象徴であるオールフォーワンと残業を終わらせるために静かな殺意を純粋な兵器へと変換する天土の二人の怪物が互いの命を完全に削り切るための真の死闘を今ここに開戦させたのだ。

 

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