焼き爛れた左半身から絶え間なく脳髄へと送られてくる強烈な痛覚信号を冷徹な演算処理によって強制的に遮断しながら
絶対の自信を持って展開した強固な多重複合装甲を力任せに粉砕され自らの肉体にこれほどまでの致命的な損傷を負わされるのは彼がかつて所属していた特殊制圧部隊が目の前の魔王によって一晩で全滅させられたあの忌まわしい夜以来の出来事であった。
久しく忘れていた生存本能を揺さぶるような濃密な死の気配は天土の精神を削るどころか逆に彼の冷酷な計算回路を極限まで研ぎ澄ませていき肉が焦げる異臭と流出する血液による急激な体温低下を感じながらもその瞳には恐怖や焦燥といった人間らしい感情の揺らぎは一切存在しない。
ただ増えすぎた深夜の残業時間をいかにして手短に終わらせるかという極めて事務的で無機質な殺意だけが暗い炎のように静かにそして確実に彼の内側で膨れ上がっていた。
守るべき最大の足かせであった
むき出しになった神野区の広大な大地そのものを無尽蔵の弾薬庫として無数の対物狙撃砲や地対空ミサイルの発射管が森林の樹木のように次々と隆起してはオールフォーワンに向けて雨霰と鉛の弾幕や超高温の焼夷弾を吐き出し砲身が熱で融解する前に自ら破棄しては新たな火器を瞬時に生成するという狂気的なサイクルが広大な更地を完全に支配した。
しかし絶対的な暴力の象徴であるオールフォーワンはその弾幕の嵐の只中にあって歩みを止めることなく複数の個性を編み上げた見えない空気の断層や空間そのものを捻じ曲げる巨大な衝撃波を無造作に放ち天土の展開する自動防衛陣地を次々とただの砂利へと還していく。
「手数は見事だが君自身が一歩も動けないという致命的な欠陥は何も変わっていない。守るべき同僚の死骸と共にこの地層の底へ沈むがいい」
「寝言はあの世の焼却炉で燃え尽きてから言え」
天土の冷酷な宣告と同時にオールフォーワンの右腕が異様な肥大化を遂げ幾重にも合成された筋力増強と運動エネルギーの反発能力が極限まで圧縮された破壊の塊となって天土の強固な防衛線を真っ向から粉砕しようと空から振り下ろされる。
その一撃は天土自身の命だけでなく彼の背後に転がる同僚たちをも一瞬にして原型を留めない肉片に変えるほどの理不尽な質量を伴っており天土が残された全エネルギーを注ぎ込んで大地から何十メートルもの厚さを持つチタンと岩盤の複合防壁を隆起させたその刹那夜空を切り裂くような金色の閃光が更地と化した戦場に叩きつけられた。
分厚い防壁を容易く砕き割るはずだったオールフォーワンの凶悪な右腕は天土の防壁に到達する直前で側面から強引に割り込んできた巨大な拳によって弾き飛ばされ凄まじい風圧が周囲の瓦礫や燃え残った建材を塵芥のように吹き飛ばしていく。
巻き上がる土煙と衝撃の余波が晴れた後に天土の視界に映ったのはトレードマークである笑みを完全に消し去り怒りの静脈を全身に浮かび上がらせた平和の象徴たるオールマイトの頼もしくも傷だらけの巨大な背中であった。
彼は廃バーでのヴィラン連合の転移に一歩及ばなかった悔恨と己の不甲斐なさに対する怒りを全てその両拳に宿しており宿敵であるオールフォーワンを前にして圧倒的な覇気と威圧感を放ちながら割れた大地を強く踏み締めている。
「遅刻だぞ時給泥棒。こっちの残業時間が延びた分の割増賃金はお前の口座に直接請求しておくからな」
「すまない天土くん。少しばかり道中の掃除に手間取ってしまってね」
火傷の激痛に耐えながらもあくまで気怠げに悪態をつく天土の言葉に対してオールマイトは振り返ることなく深く低い声で謝罪の言葉を返しそのままオールフォーワンに向けて爆発的な踏み込みで再び怒涛の突進を開始する。
最強のヒーローの介入によってようやく防御一辺倒の拘束から解放された天土楔は焼け焦げた左腕を庇いながらも右手の指先で静かに大地の脈動を操り平和の象徴の圧倒的な近接格闘を後方から完璧に支援するための最高精度の狙撃体制へと移行していく。
長きに渡る因縁の果てに交差した光と影の二つの巨悪の激突に理不尽な暴力を極めたプロの掃除屋が介入し神野の悪夢はその決着の時へ向けてかつてないほどの激しい死闘の螺旋へと突入していった。