天土楔の憂鬱な教職日誌   作:金属粘性生命体

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エピローグ、あるいは無力な子供たちと鋼鉄の庇護者

 

 

 神野区を中心とした未曾有の広域災害と歴史的な死闘から数日が経過した静岡県郊外の閑静な住宅街において、マスキュラーとの死闘で限界を超えた力を引き出した代償として赤黒く変形した痛ましい傷痕が幾重にも刻み込まれた素腕を露出させた緑谷(みどりや)出久(いずく)は、自室のベッドの上に力なく腰掛けたままつけっぱなしになっている薄型テレビから絶え間なく流れてくる報道番組の音声を感情の抜け落ちたような虚ろな瞳でただ聞き流していた。

 

 画面の中では連日のように隕石が墜落したかのように崩壊した神野の凄惨な空撮映像と事実上のヒーロー引退を余儀なくされた平和の象徴の痩せ細った真の姿が繰り返し映し出されており、それを見るたびに緑谷の胸の奥底では自身のあまりにもちっぽけな無力感と大人たちに過酷な運命の全てを背負わせてしまったという拭い去ることのできない重い罪悪感が黒い泥のように渦を巻いて彼を苛み続けている。

 

 八百万(やおよろず)(もも)の作り出した発信機の受信機を頼りに(とどろき)焦凍(しょうと)切島(きりしま)鋭児郎(えいじろう)そして飯田(いいだ)天哉(てんや)と共に絶対悪が潜む敵地へと無謀にも足を踏み入れた彼らは、結果として誰一人欠けることなく無事に帰還し標的であった爆豪(ばくごう)勝己(かつき)を奪還するという奇跡的な戦果を挙げたものの、緑谷の優れた分析回路はその生存という結果が自分たちの実力や正義感などではなく一人の狂気的なまでに合理的な教育者による緻密な計算と究極の自己犠牲の上に成り立っていたという残酷な事実を正確に弾き出していた。

 

 警察病院の裏路地の冷たい暗がりの中で彼らの前に立ち塞がった天土(あまつち)(クサビ)は、生徒たちの青臭い正義感や感情的な衝動を一切の容赦なく切り捨てて戦場における最も無価値な足手まといとして彼らを極限まで見下しながらも、最終的には自らの作戦における()()()()()()()()という形で彼らの同伴を冷酷に許容したのだ。

 

 その言葉の表面だけを捉えれば冷酷で非情な教師の越権行為に他ならないが、実際に神野の戦場で緑谷たちが崩れかけた壁の裏側から息を潜めて目撃した光景は、絶対的な死を振り撒く魔王の眼前に自ら進み出て広大な大地の全てを重火器へと変換し、気絶した同僚たちを背後に庇いながら一歩も退くことなく全身の肉を焼かれながらも狂気的なまでの火力を吐き出し続ける一人の男の凄絶な防衛戦であった。

 

 天土は緑谷たちに決して最前線の戦闘領域へ出ることを許さず、自分が敵の陣形を完全に崩した一瞬の隙にだけ爆豪を回収して振り返らずに逃げろと非情な命令を下していたが、それはつまり守るべき子供たちを安全圏に留め置いたまま自分自身が最も生存確率の低い地獄の中心に立ち塞がり、全ての敵意と殺意を引き受けるという狂気に等しい究極の自己犠牲を極めて気怠げな残業の愚痴でコーティングしていたに過ぎない。

 

 オールマイトが常に絶やさぬ笑顔で人々の恐怖を拭い去る光の象徴であるならば、天土楔という男は一切の感情を排した無表情のまま社会の底に溜まった汚泥を物理的に焼き払い対象を徹底的に殲滅することで弱者を庇護する影の掃除屋であり、彼が流した大量の血と炭化した左腕の代償によって自分たちの現在の安全が買い取られているという事実が緑谷の傷だらけの両拳を怒りと不甲斐なさで小刻みに震わせていた。

 

「僕たちは、守られていただけだ。天土先生が身を挺して作ってくれたあの一瞬の隙がなければ、僕たちはかっちゃんを助けるどころか誰一人として生きて帰れなかったんだ」

 

 緑谷の口から漏れたひび割れた乾いた呟きは静寂に包まれた自室の空気に吸い込まれて消え、彼は変形した自身の腕を庇いながらベッドからゆっくりと立ち上がると壁に貼られたオールマイトの巨大なポスターと、その横のハンガーに掛けられた雄英高校の真新しい制服を強い決意を込めた瞳で真っ直ぐに見据える。

 

 大人たちがどれほど傷つきながらも必死に守り抜いてくれたこの命と未来をただの無力な子供のままで消費するわけにはいかず、彼らが残してくれた平和の猶予期間の中で一日でも早くあの理不尽な戦場に並び立つことのできる真のヒーローにならなければならないという途方もない覚悟が緑谷の心に静かに、しかし決して折れることのない強靭な鋼のように根を下ろしていた。

 

 同じ頃、緑谷の自宅から遠く離れた爆豪家の静かな自室において、当事者である爆豪勝己はベッドに深く腰を沈めたまま自身の両手の手のひらを穴が開くほどの鋭い眼差しで瞬きすら忘れて見つめ続けている。

 

 彼の脳裏には廃バーでヴィラン連合に取り囲まれていた時の圧倒的な停滞感とそこから強制的に転送された神野の更地で味わった絶対悪の底知れない絶望の気配が色濃く焼き付いていたが、それ以上に彼の異常に高い自尊心を強烈に刺激してやまないのは自分を縛り付けていた分厚い鋼鉄の拘束具を一瞬にして粉砕したあの見えない狙撃の鮮明な記憶であった。

 

 周囲で巨大なミサイルの爆発と衝撃波の死闘が巻き起こる極限の状況下において、自身に傷一つ付けることなく拘束具の強固な結合部だけを寸分違わぬ精度で撃ち抜いた天土の常軌を逸した火器管制技術と演算処理能力は、爆豪がこれまで培ってきた戦闘センスや才能という概念を根本からへし折るほどの絶対的な実力差の証明である。

 

 しかもあの気怠げな教師は爆豪を救出の対象として優しく保護するどころか、足手まといの手枷が外れたなら速やかに俺の視界から消えろと無表情のまま吐き捨て、生徒の命を確保した瞬間に待ってましたとばかりに更地全体を沈めるほどの理不尽な多連装ロケットと対空砲火の殲滅陣地を展開して魔王との死闘に歓喜の片鱗すら見せずに没入していったのだ。

 

「あのダルそうなツラしたクソオヤジ、俺のことをただの邪魔な燃えないゴミくらいにしか思ってやがらなかった」

 

 爆豪は奥歯が砕けそうなほどの強い力で噛み鳴らし、掌から微かな爆破の火花と硝煙の匂いを散らしながら誰に言うでもなく忌々しげな悪態を無人の自室に向かって吐き捨てる。

 

 ヴィランに捕まった己の不甲斐なさと自分が人質にされたことがオールマイトの引退の引き金となってしまったかもしれないという誰にも言えない重い責任感が彼の心を無意識のうちに削り取っていたが、それと同時に天土のような圧倒的な理不尽を体現する大人がまだ雄英高校に存在し自分たちの遥か頭上に立っているという事実が、爆豪の底なしの向上心に新たな起爆剤を大量に投下していた。

 

 誰かに守られて生き延びるような弱い立場でいることを彼の苛烈な魂が許すはずもなく、あの非常識な火力を気怠げに操る教師の背中をいつか必ず実力で超えて自分自身がナンバーワンの座に君臨するという強烈な渇望が、爆豪の瞳の奥で獲物を狙う獰猛な肉食獣のように爛々と暗い輝きを放ち始める。

 

「見てろよクソオヤジども。次にああいう盤面になった時は、俺がてめェらを全員まとめて踏み台にして圧倒的に勝ってやる」

 

 爆豪の低く唸るような宣戦布告は静まり返った部屋の空気を震わせ、神野の悪夢を乗り越えた少年たちはそれぞれが胸に抱いた異なる形の後悔と強烈な決意を前へ進むための推進力に変え、間もなく始まる全寮制という未知の新たな舞台へ向けて自らの未熟な牙を密かに研ぎ澄ませていく。

 

 理不尽な暴力を極めた大人たちが多大な血を流して切り開いた凄惨な残業業務の果てに、己の無力さを噛み締めた子供たちが真のヒーローへと成長するための過酷で終わりの見えない新たな日常の幕が、今まさに静かに開かれようとしていた。

 

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