不気味な黒い霧が、空間を浸食していく。
広場の中央、噴水前に現れたのは、異形の集団だった。
路地裏に巣食うゴロツキのような風体の男たち。
その中心に立つ、全身に「手」を貼り付けた病的な男。
そして、その背後に控える、脳味噌が剥き出しになった黒い巨体の怪物。
「……13号、
彼の目は、既に敵の戦力を値踏みしている。
(……数は多いが、大半は雑魚だ。問題はあの中央の三人。特にあの黒い霧と、デカブツ)
楔の長年の勘が告げていた。
あれは、ただの暴徒ではない。
明確な目的と、それを完遂するための戦力を整えた「軍隊」だ。
「どこだ……? せっかくこんなに大衆を持ってきたのに……オールマイト……平和の象徴……いないのか……」
手の男――
その言葉に、生徒たちが戦慄する。
「オールマイト……? こいつら、オールマイトを殺しに来たのか!?」
「ヴィラン……! 本物の……!」
パニックになりかける1-A。
だが、その空気を切り裂くように、相澤が前に出た。
「天土先生、13号。生徒の避難を頼みます。学校に連絡を」
「相澤先生! 一人で戦うつもりですか!? あの人数じゃ無理です!」
相澤はゴーグルを装着し、冷徹なプロの顔になった。
「一芸だけじゃヒーローは務まらん。……後は任せましたよ、先輩」
「……ああ。死ぬなよ、イレイザー」
短いやり取り。
相澤が広場へと飛び降りる。
その背中を見送ることなく、楔は生徒たちに向き直った。
「ボサッとするな! 出口へ走れ! 13号、先導しろ!」
楔の怒号に、生徒たちが弾かれたように動き出す。
出口への階段を駆け上がる生徒たち。
楔はその最後尾につき、油断なく背後(広場側)を警戒する。
(……通信は圏外。ジャミング系の個性がいるな)
懐の端末を確認し、舌打ちする。
完全に孤立した閉鎖空間。
救援が来るまで持ちこたえるか、誰かが外へ出て通報するか。
「……させませんよ」
不意に、目の前が暗転した。
出口の扉の前。
空間が歪み、先ほど広場にいたはずの「黒い霧」が、瞬時に移動してきていた。
ワープゲート。
「初めまして、我々はヴィラン連合。僭越ながら……」
霧が人の形を取り、慇懃無礼な口調で語り始める。
生徒たちの足が止まる。
恐怖で動けない。
だが、楔に躊躇いはなかった。
「どけ」
楔は走る勢いのまま、手に持っていたコンクリート片を投擲した。
ただ投げたのではない。
空中で瞬時に
広範囲に広がる鉛の雨が霧を襲う。
「……ッ!」
霧が揺らぐ。
だが、弾丸は霧をすり抜け、背後の扉に突き刺さった。
(物理無効か。……厄介な)
楔が舌打ちした瞬間、
「そのアブねーのってのを考える前に!!」
「やっちまえば関係ねえだろッ!!」
二人の奇襲。爆破と硬化パンチが霧を捉える。
だが、手応えはない。
「危ない! 下がれ馬鹿共!!」
楔が叫び、二人を襟首掴んで引き戻そうとした、その時。
黒い霧が大きく膨張し、生徒たちを包み込んだ。
「散らし、なぶり殺す」
視界が奪われる。
空間がねじれ、足元の感覚が消える。
強制転移。
生徒たちを分断し、各個撃破するための罠。
「……チッ、離せ!!」
楔は咄嗟に、足元の床タイルに個性を流し込んだ。
床から鋼鉄の鎖を生やし、自分の足と、近くにいた数名の生徒――
強風のような圧力が過ぎ去り、霧が晴れる。
その場に残ったのは、楔が固定した数名と、13号だけ。
緑谷や爆豪を含め、半数以上の生徒が消えていた。
「……散らされたか」
楔は鋼鉄の蔦を解除し、苦々しく呟く。
最悪の展開だ。
生徒たちがどこへ飛ばされたのかは分からない。
だが、敵のテリトリーである以上、そこは死地だ。
「先生! みんなが……!」
「慌てるな。……まだ死んだわけじゃない」
楔は動揺する麗日たちを制し、立ちはだかる黒い霧――
こいつがゲートの番人だ。
こいつを突破しない限り、外への連絡手段はない。
「13号。お前は生徒を守れ。……俺が道をこじ開ける」
楔はジャージのポケットから、予備の「圧縮土カプセル」を二つ取り出した。
ここには土がない。
床のコンクリートやタイルを変換することもできるが、それでは建物の強度が落ち、避難経路が崩れるリスクがある。
だから、持ち込んだ手持ちの弾で勝負するしかない。
「飯田天哉!」
楔は視線を敵に向けたまま、鋭く名を呼んだ。
「はい!」
「お前の足なら、外まで走れるか」
「……!」
「俺が隙を作る。お前は全速力で走り抜け、学校へ救援を呼べ。……それがお前の任務だ」
飯田が息を呑む。
友を見捨てて自分だけ逃げるのか。その葛藤が一瞬顔に出る。
だが、楔の背中は、議論を許さない「プロ」のそれだった。
「委員長だろ。……クラス全員を助けるための、最善の選択をしろ」
「……了解しました!!」
飯田がエンジンを吹かす。
黒霧がそれに反応し、ゆらりと動く。
「させると思いますか?」
「させるんだよ。……ここから先は、大人の仕事だ」
楔の手の中で、二つのカプセルが砕けた。
溢れ出した土が、彼の両腕に絡みつき、硬質な感触と共に形状を変えていく。
右腕には、回転機構を備えた「多銃身機関砲」。
左腕には、空気を切り裂く巨大な「チェーンソー」。
遠距離と近距離。
物理無効の相手に対し、あくまで物理で制圧にかかる無骨な武装。
「実体がないなら、あるまで削るだけだ」
チェーンソーが唸りを上げ、ガトリングの砲身が回転を始める。
かつて「アーセナル」と呼ばれた男の瞳に、冷酷な狩人の色が宿る。
「行くぞ、黒いの。……地理の補習の時間だ」
USJ入り口。
退路をかけた防衛戦が、幕を開けた。